第38話 広がる光
晴れた青空の下、伝書鳥が海の方からジャックの元に戻ってきた。
ジャックは、足首に括り付けられた羊皮紙を広げて書いてある文字を読んだ。差出人は、古代魔法学者ロアン・ルーンベルクだ。
『久しぶりだ。ジャック。元気にしているか? ……愚問だったな。こっちは体のあちこちにガタが来ているが何とかやっている。さておき、ミシェルの子孫のアルル・ベリファードがこちらにくるとは……楽しみにしている。着いたらそっちに《伝書鳥》を送ってもらうように頼むから。ではまた ロアン』
召喚獣は術者から離れすぎると消えてしまう。伝書鳥は術者の魔力が尽きなければどこまででも飛ばすことができる。
(なんとかやってるようだな)
ジャックはドリフィーの家に向かって洞窟の坂を登って行った。
洞窟の上の原野も徐々にドリフィーの畑が増えていった。そして、ヴォルバグがニンジンを食べに集まってくるようになった。時折ジャックが駆除を頼まれていた。
ジャックは、丘の上のドリフィーの家を訪ねた。
「よう!」
「こんにちは、ジャック」
「ロアンから手紙が届いた」
ジャックは、羊皮紙をドリフィーに渡した。
ドリフィーは目を通すと、
「あとはアルルが着くだけだねえ」
と言った。
「そうだな」
ジャックは、ピーちゃんが不死の魔法をかけて欲しいと言ったこと、その魔法をかけたことをドリフィーに伝えた。
「……そうかい。アルルは幸せ者だねえ、色んな人に思われてさ」
「過酷な人生になってしまったけどな」
ドリフィーは、何も言わなかった。
「まあ、万が一何かあればピーが戻ってくるさ。便りがないのが無事な証拠だ」
「ああ、そうだね……なんか食べるかい?」
「もちろん! ……腹減った」
ドリフィーは苦笑した。
◇
アルルは船の甲板にいた。今日は風も心地よく穏やかだ。
お昼を食べたあと、風にあたりにピーちゃんと外に出た。
アルルは甲板の手すりにもたれ、船首が波を切るたびに舞い上がる白い飛沫を眺めている。
シェンルーに行ったら、追われることもなくなる……。
ロアンさんにも古代魔法について色々教えてもらえるだろう。
……私は、ただ逃げているだけだ。
ジャックさんは? ミシェルさんから頼まれたことをしている。
ミシェルさんは? 古代魔法を作った。魔物ができてしまった。
ジャックさんは、過去に生きたがってた人も連れてったと言ってた。もしかしたら、それが今の魔族ってこと?
……ミシェルさんはなんで生きてないの?
……逃げた?
いや、そんな人じゃない気がする……。
私がミシェルさんだったらどうするだろう?
わからないけど……ジャックさんだけに押し付けたりしない。
古代魔法って、自然を利用する魔法が多いし、生活をよくする魔法だよね。
何で禁忌なの? 時渡りの魔法が悪用できるから?
……でも、戦争に行った人の話だと、古代魔法じゃないと魔王国に勝てないって言ってた。
次、魔王国が狙うのはシュミジャールだ。
今度はシュミジャールの人たちがオランの人みたいにみんな殺されてしまう……。
やっぱり……魔王国に勝つには、古代魔法を使うしかない。
アルルは空を仰ぎ見た。
(私しか古代魔法を教えられる人がいない……。私が……古代魔法を広めるしかないのかな)
「アルル」
肩に乗っているピーちゃんが声をかけた。
「ん?」
「甲板の船尾の方にいる男……」
アルルが振り向くと、背の高い旅行者の格好をした男と目があった。男は微笑んだ。
「あいつ、マリーとシドの店にいたやつだ」
ピーちゃんに言われてよく見ると、確かに体格がいい人で見たような気もする。
(特に、普通の旅行者で悪い人には見えないけど……)
「たまたま船が一緒だっただけじゃない?」
男が近づいてきた。
「ご旅行ですか?」
「ええ、まあ」
「シェンルーまで?」
「はい」
「そうですか。私も同じですよ。……その鳥、よく懐いていますね。なんていう鳥ですか?」
「メジロです」
「ほう。珍しい」
男はピーちゃんに興味を持ったようだった。
「ピピピ」
ピーちゃんは羽をばたつかせた。
「おお! 元気がいい。私はザルフといいます。商隊の護衛をしている者です」
(なるほど。だから体格がいいのね)
「アルルです」
男は握手を求めた。アルルも握手を返す。
「シェンルーでまた会うかもしれないですね」
男はそう言って微笑んだ。
「では」
一礼すると、さっきの場所に戻って行った。
ピーちゃんが低い声で囁いた。
「勘だとなんか嫌な予感がするよ」
「またそういうこと言う……」
アルルはピーちゃんに言われたことが少し胸に引っかかっていた。
「部屋に戻ろうか」
「ピピ! ……リンゴ、リンゴ!」
(なんかジャックさんに似てきたな……)
◇
ピーちゃんは、小さなテーブルの上でリンゴをついばんでいる。
リタはそれをじっと見ていた。
「ピーちゃんがいるとリタがおとなしくて助かるわ」
エマがそう言って笑った。
アルルは、クララに学校の話を聞いていた。
「合同大会は、どんな感じでした?」
「私の頃は魔導士が多かったの。魔導士二人と回復魔法師でチームを組んでた」
「うんうん」
アルルは熱心に頷いた。
「結果は、残念ながら下の方だったわ」
「そっか……。私、この前の合同大会、三位だったんです」
「わあ、すごい!」
クララは軽く拍手した。
「アルルちゃんて、何年生?」
「一年です」
「すごい。すごいよ!」
同い年のノエルが口を挟む。
「うちの学校も合同大会あるんだけど。私も下の方だった。一年で三位って信じらんない……。アルルは魔導士?」
「回復魔法師だよ」
「へえ」
アルルはノエルに手をかざすと、無詠唱でノエルに回復魔法をかけた。ノエルの頭上にキラキラ光が降りてくる。
「え? なにそれ今の!!」
ノエルが立ち上がってアルルに近寄る。
「ひょっとして……無詠唱魔法?」
黙って見ていた姉のエリスが呟いた。
「うん。そうだよ」
アルルが微笑んだ。
「「えー! 教えて!」」
エリスとノエルがアルルの前に立ちはだかった。
「いいよ」
姉のエリスは回復魔法師、妹のノエルは魔導士とのことだった。
「無詠唱は、やり方としてはどの魔法でも同じなの。詠唱するってことは、言葉に意味があって、さらに言葉によって対象や方向も決めているの。さらに……言葉に知らないうちに魔力を乗せている。だから魔法って魔力を使うの」
「「なるほど」」
「無詠唱の場合、言葉の代わりに、思念と手を使うの」
「へえ」
クララも静かにアルルの話を聞いていた。エマもマーサも。リタだけはピーちゃんに夢中だ。
「魔法の意味を頭で念じる。それと同時に手で方向を指し示す」
アルルは人差し指を立てると、人差し指の先に光が灯った。小さい窓一枚で薄暗かった部屋が明るく照らされた。
「その魔法はなに? 初めて見たわ。熱くないの?」
クララがつい声をかけた。
「熱くないよ。……これは古代魔法だよ」
一瞬、場の空気が変わった。
「アルルちゃん、古代魔法できるの?」
「うん」
「『温度を下げよ』 室温を下げるのもあるよ」
「急に涼しくなってきたわ」
「すごい!」
ノエルが感嘆している後ろで、クララが、
「でも魔王国に知られると危ないよ」
と言った。
「まあ、ここなら問題ないじゃろ」
今まで会話に入らなかったマーサが編み物をしながら言った。
「荷物を軽くしたり、生活のための魔法もあるよ」
「それ、教えておくれ!」
商人で荷物が多いからか、マーサが食いついた。
『軽くなれ』
アルルが魔法を唱えると、マーサの編み物が羽毛のように軽くなった。
「おほほ! それって何語なんだい?」
「古代ルーン語だよ」
「なるほど……まず、古代ルーン語を覚えないといけないのね」
エマは、飽きたのか部屋の中を歩き回り始めたリタを見つめていた。
「そうだけど……魔法の呪文だけ覚えてできないのかな?」
アルルもまだそこはわかっていなかった。
「光るやつ、なんて言えばいいの?」
ノエルが試したそうにしていた。
「『光よ』 だよ」
ノエルは杖を持つと、『光よ』と唱えた。すると、杖の先に小さな光がぽーっとほのかに光った。
「わー! 出来た!」
「すごい! 上手!」
アルルは思わず拍手した。
「まだ、ちっちゃな光だけど練習したら出来そう」
隣でエリスも唱えると、エリスの杖の方が明るい光が灯った。
「お姉ちゃん、出来てるじゃん!」
「えへへ」
「ママ……リタもやりたい」
リタがエマにすがりついた。
「はいはい」
エマは優しくリタに教えた。
部屋の中はそこかしこで魔法を唱える声や笑い声に溢れた。
『光よ』
『軽くなれ』
アルルは助言しながら、目を細めて眺めていた。
◇
夕飯も終わり、就寝の時刻は過ぎていた。
甲板には、船員のほかに一人だけ乗客が残っていた。
「お客様、なるべく夜は船室にいて下さい」
船員に注意されると、ザルフは愛想笑いをした。
「船酔いがひどくてね。少し風に当たったら戻りますよ」
「そうですか。お大事に」
船員はそれだけ言うと、忙しそうに立ち去っていった。
ザルフは、周りを確認した後、おもむろに杖を取り出すと、伝書鳥を召喚した。
そして、伝書鳥は北の空へ飛び立っていった。




