第37話 船旅の始まり
マルタ港町とシェンルー王都を結ぶ大型定期船の甲板にアルルはいた。
(部屋に行こう)
アルルは中甲板に降り、自分の相部屋に入った。
六人部屋には、すでに乗客がいた。
小さな女の子をあやしている女性。壁にもたれて編み物をする年配の女性。そして、楽しそうに話し込む若い女性が二人。修道服をまとった女性が静かに本を読んでいた。
アルルは自分の寝台を見上げると、大きな荷物を下段の脇へ寄せた。そして、木の梯子に足を掛けて上段へ上った。
「それ何の鳥?」
向かいの寝台の下段にいた女の子がアルルの肩に止まっているピーちゃんを指差した。
「メジロだよ」
アルルは寝台から身を乗り出して答えた。
「ピピ」
ピーちゃんが鳴きながらぴょんぴょん跳ねた。
「可愛い!」
アルルはポシェットを寝台に置くと、梯子を降りた。
女の子は、ピーちゃんの動きを夢中になって目で追っていた。
「肩に乗せてみる?」
アルルが聞くと、女の子は元気よく笑顔で答えた。
「うん!」
アルルが手に乗せようとする前に、ピーちゃんが女の子の肩に飛んだ。
「わあ! こっち来た!」
女の子が手を出すと、ピーちゃんは軽く指先をつついた。女の子は手を引っ込める。
アルルは荷物からりんごを取り出し、マリーさんからもらったナイフでりんごを剥き、小さく切った。
女の子が右手と左手を出すと、ピーちゃんは出した方の手に乗る。
「すごく慣れてるね」
母親が驚いた顔をした。
「この子は、リタ。私はエマよ」
「私はアルル」
このやりとりを見ていた隣の寝台の姉妹が、聞いてきた。
「その鳥の名前は何て言うの?」
「ピーちゃん」
声をかけてきた女の子がもう一人の女の子と目を合わせて笑った。
「ピーちゃんだって……クスクス」
「可愛い名前だね。私は姉のエリス。こっちは妹のノエル」
二人は顔がそっくりだったが、エリスの髪はストレートの金髪で、ノエルの髪は赤髪の癖っ毛だった。
編み物をしていた年配の女性がゴソゴソ袋から何かを取り出した。
「私はマーサ。ピーちゃんはこれ食うかい?」
マーサは干した果物のようなものをアルルに渡した。
「これは?」
「デーツだよ。甘い実だから、鳥も好きかもしれないね」
「ありがとう」
微笑ましそうに見守っていた修道女が、本を閉じて微笑んだ。
「私はシスター・クララ。よろしくね」
「よろしく」
ピーちゃんがリタの頭に乗った。リタは笑った。
アルルは剥いたリンゴをリタに渡した。
「ピーちゃんに食べさせてくれる?」
「いいよ!」
リタがリンゴを持つと、ピーちゃんがリタの腕に飛んできて、手のリンゴをつついた。
気づけば部屋のみんながピーちゃんを見ていた。
「美味しそうに食べてる!」
リタが目をキラキラさせている。
アルルは、完全に鳥のフリをしているピーちゃんがおかしく感じて笑った。
「ピピピ」
ピーちゃんは満足そうに羽をばたつかせた。
(……何となく、ピーちゃんを笑ってたジャックさんの気持ちがわかる気がする)
リタはピーちゃんが気に入ったようで、しばらく一緒に遊んでいた。
夕方になると、船員が扉を開け、壁に掛けられたランタンへ火を灯した。薄暗かった客室は、橙色の明かりに照らされる。
「夕食をお持ちしました」
船員は木盆を抱え、一人ひとりに食事を配っていった。
木の盆には、焼いた白身魚、野菜たっぷりのスープ、黒パン、それにゆでたジャガイモが並んでいた。
「船旅の食事なんて、もっと干し肉ばかりだと思ってたわ」
マーサが呟く。
「いただきまーす! お腹ぺこぺこ」
エリスとノエルは、お腹が空いていたらしくすぐに食べ始めていた。
食べながらシスター・クララが身の上話をし始めた。
「私は、元王都アルカリアの神殿の巡礼の帰りなの。皆さんは?」
マーサはあることが気になったらしく聞き返した。
「アルカリアなら……マルタより、アストラ港町の方がよっぽど近くないかい?」
「ああ……学校の恩師に挨拶に寄ったの。ルーヴェンの近くの魔法学校」
「えっ? 私その学校、この前まで通ってたよ」
アルルが反射的に反応した。
「まあ、本当? サリヴァン先生知ってる?」
「うん。担任の先生だったよ!」
「本当に? 奇遇ね!」
クララは、急に親しげな微笑みを浮かべた。
「てことは……魔導士か、回復魔法師?」
アルルが興味深そうに聞いた。
「そう。魔導士してたわ。今では修道士」
クララはそう言って笑った。
(そうなんだ……)
アルルはクララに親しみを覚えた。
(クララさんと魔法の話、したいな。まだ船旅は長いし、楽しみだな)
「アルルちゃんは、なぜ船に?」
クララに問いかけられて、返事につまる。
(何て言おう……。ぼかして言おう)
「シェンルーの知り合いを訪ねに行くの」
「そうなのね」
「大事な人?」
「うん。……エマさんは?」
アルルは話を逸らした。
エマはリタの様子を確認しながら話し始めた。
「夫がユエンの近くの鉱山で働いてるの。収入が安定してきたから一緒に暮らすことになって……」
「あら、良かったじゃない」とマーサ。
「鉱山て、魔石採掘?」とクララ。
「そうよ」
「魔石ってすごい高いんじゃないっけ?」とノエル。
「こら、ノエル」とエリス。
「いいのよ。高いけど、採取は危険だから命懸けなの」
「そうなんだ」
「エリスちゃんとノエルちゃんは?」
エマが二人に聞いた。
「叔母のアイルがノルティアに住んでいて、たまに訪ねに行くの。叔母はそこから離れたくないみたいで……。でも、オランは物資が少ないからお金とか物とか渡しに行ってるの」
「ノエル、喋りすぎ!」
「あ、ごめん」
ノエルは舌をぺろっと出した。
「両親は一緒に行かないんだ?」
エマが気になったらしく聞いた。
「うちの親は仕事が忙しくて休めないんだって。ねー、エリス」
「うん」
「学校、ずっと休んでもいいの?」
アルルが気になって聞いてみた。
「うん。学校は全然厳しくなくて休むのは自由だよ。その代わり、試験で点数取れないと留年する」
「エリス、前回の試験やばくて笑った」とノエル。
「うっさいなあ」
「アルルもでしょ?」
「ああ、うん」
アルルは少し嘘をついた。
「アルルは何歳なの?」とノエル。
「十三だよ」
「あ、一緒」
アルルとノエルはお互い目を合わせた。
「順番的に次は私かね……雑貨や干し肉とか日持ちする食べ物を売り歩いてる商人だよ」
「なるほど」
デーツをもらったアルルが反応した。
そんなふうに世間話をしていると、あっという間に消灯の時間になった。船員が食器を下げ、ランタンの火を消していく。
「おやすみなさい」
部屋のあちこちから挨拶が返ってきた。
アルルは毛布の上に寝そべると、顔の横にいるピーちゃんに挨拶した。
「おやすみ、ピーちゃん」
「ピピ」
暗闇に目が慣れてくると、眠そうな顔をして羽毛を広げたピーちゃんが見えた。それから頭を羽に隠した。
船が揺れてなかなか寝付けなかった。たまにリタの声がする。眠れないのだろう。
(このまま無事に着くといいな……)
いつのまにか、アルルは眠っていた。
◇
翌朝。
ルーヴェン周辺からは、魔王国軍の姿はすでに消えていた。街には静かな日常が戻っていた。
剣術学校では、朝練に励む生徒たちの掛け声が響いていた。
アレンは、一年生の練習場に行っていた。グレンとリュカを探す。
二人は、木の杭を相手に技を磨いていた。
「グレン、リュカ!」
声をかけられて、手を止める。二人とも汗だくだった。
「アレンか……どうした?」
「昨日、アルルに会ったんだ」
「「まじで?」」
「……元気だったか?」
グレンが剣を鞘に収めながら聞いた。
「ああ。シュミジャールのシェンルー行きの船に乗って行ったよ」
アレンの言葉に、二人はしばらく言葉を失っていた。
「じゃあ、もう会えないの?」
リュカが悲しそうな顔をした。
「わからない……。迷惑かけたくないからか、詳しいことは言わなかった」
「くそっ!」
グレンが壁を叩いた。
「……でも、あっちにいけば会える気がする」
アレンは自分にも言い聞かせるように呟いた。
「帰り、リオナのところ行かね?」
グレンがそう言うと、アレンは頷いた。
「ロイドにも声かけようぜ」
「そうだな」
——学校の帰り。
アレンとグレン、リュカ、ロイドは急いで魔法学校を訪ねた。
「リオナ」
「あ、みんなで……びっくり!」
近くのジュリアンもみんなに気づいて近寄ってきた。
アレンがみんなに説明すると、無事なことに安堵したものの、もう会えないのかと不安になっていた。
「アルル、無事に着けると良いな。あっちにいけば安全よね?」
「うん。そうだな」
「いつか、みんなで会いに行こう!!」
ロイドが拳をあげて空気を変えるように叫んだ。
「おう!」
「そう……そうだね」
ロイドの言葉で、みんな笑顔を取り戻していた。
【世界地図配置図】
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【オラン大陸地図】
https://49829.mitemin.net/i1206582/




