第35話 別れ(前編)
シェンルー行きの船が来るまで、あと一週間となった。
魔王国の軍は、洞窟まで来なかった。南の森と迷いの森に阻まれており、なんと魔物の配置はジャックが操作していた。
「何で魔王国はここまで来れないの?」
「ここに来るまでに、南の森と迷いの森がある。迷いの森は俺が管理している。簡単には来れないようにしてる。海側も絶壁、岩場の浜しかない。小舟しか通れないし、波が高いと着岸するのも難しい」
「なるほど……難所になってるんだね」
「そうだな。大勢で来れる場所ではない」
「魔王国の人って召喚獣でここには来れないの?」
ジャックはニヤッとした。
「ここら一帯に隠蔽魔法を仕掛けてるんだよ。外からは見えない。俺が許したやつしか辿り着けないようになってる。破られることはないだろう」
「そっか」
アルルは安心して微笑むと同時に、すごい人なんだなあ、と感じてもっと色々習いたかったと思った。
もう学校に行けない分、たくさんの魔法を習った。竜巻魔法や海水を使った嵐を起こす魔法、草の蔓を使った魔法など、古代魔法は自然を利用して起こすものが多かった。
ドリフィーからは、基礎的な料理をはじめ、少し豪華な料理まで習った。喜んでいたのはアルルだけではなくて、ジャックもだった。
「これからうまい料理が食べられるなんて、長生きして良かったな」
ジャックは、ドリフィーの作った山鳥の香草焼きに舌鼓を打っていた。
「あら! タダじゃないわよ?」
「何だって?」
ジャックが不服そうにいうと、三人は笑った。三人は新しいドリフィーの家で夕食の食卓を囲んでいた。迷いの森と洞窟の間の原野に畑と家を新築したのだ。
星がよく見える家だった。小高くなった丘の上に一軒家を建てた。ジャックは、今まで通り洞窟で暮らすという。
アルルは、魔王国が来れないならこのままでいいとさえ思った。寝床につく前にドリフィーに聞いた。
「このまま暮らせないの?」
「んー……このまま魔王国がすんなり諦めるとは思わないわね。シュミジャール手に入れたいだろうし……」
寂しそうにするアルルの手を握った。
「万が一だよ、何万もの兵で来られたらジャックと私がいたってアルルを守りきれるかわからないんだよ。……それに本当は私も行きたいところだけど、私のせいでアルルが捕まるのは耐えられないのさ。戦うことはできても、昔みたいに何日も逃げ回れる体じゃないからねえ」
アルルはようやく納得した。そして、決意した。
(私が頑張らないと、みんなに迷惑かける。それにいつか、みんなが安心して暮らせるようになれないだろうか……)
夜、寝る前に学校のみんなのことを考えた。
(みんなに何も言えなかった。リオナは何て思ってるだろう。多分心配してる。……アレンも)
なかなか寝付けなかった。
(明日はいよいよ船が来る日だな……)
——一方、洞窟では、ジャックとピーちゃんが会話していた。
「ジャック、不死の魔法かけてくれ」
「何だよ、藪から棒に」
ジャックは、焚き火の前で、椅子に座り本を読んでいた。ピーちゃんは、テーブルの積まれた本の上に乗っている。
「俺、アルルに付いて行きたいから、簡単に死ねなくなるだろ。俺はお前と違っていつ死ぬかわかんないから」
ピーちゃんは、そう言ってジャックの肩に飛んだ。
「そんなにアルルのこと気に入ってたのか」
「気にいるとかじゃないんだ」
「……じゃ何だ?」
ジャックは肩のピーちゃんを手で払った。
「ピピ!」
ピーちゃんは、また本の山の上に止まった。ぴょんぴょん跳ねてテーブルの上を跳ねながら言った。
「アルルは狙われてて危ないだろ? ……だから、守りたい」
ジャックは鼻で笑う。
「そんなちっちゃいのに? 守るって? 魔法も大して使えないのに」
「うるさいな! だったらジャックが行けよ! 俺がここ守るから」
ジャックから笑みが消える。
「それは無理だ。ミシェルとの約束だからな」
「「この魔法がいらなくなる平和になるまで」」
ジャックと同時にピーちゃんが喋った。
「何度聞いたか……だから、お前は俺に不死の魔法を……」
「わかったよ。ったく」
ジャックは面倒そうに立ち上がった。
「いいか?」
「ああ」
ピーちゃんは、本の山の上で胸を張って立っていた。目を瞑った。ジャックがピーちゃんに手をかざす。
『アル・ヴェイン、リーファ・エテルナ(選びし魂に、終わらぬ時を)』
すると、手からキラキラと光が舞い降りて、ピーちゃんの体を包んだ。
ピーちゃんが目を見開いた。
「ピーーーーーーー!」
ピーちゃんは、鳴いたまま固まっている。
「……何だ今の」
「知らん。なんか出た」
ジャックはお腹を抱えて、肩を震わせ笑っていた。
「笑うな!」
「……無理」
◇
出発の日。
ドリフィーは、家で見送り、ジャックはカラスになって一緒に港町まで行くことになった。
新しい丘の上の家の前。
「アルル、これ持って行きなさい」
ドリフィーが渡したのは、料理のレシピノートだった。簡単にしか書いてないが、品数は豊富だった。
「ありがとう、おばあちゃん」
ドリフィーは、アルルを抱きしめた。
「ちゃんと食べるんだよ」
「わかった」
アルルが涙を拭う。ドリフィーは、優しく微笑んだ。
「これも持ってけ」
ジャックが重そうな皮袋を渡した。中には細かな魔石が入っていた。
「でかいのは重いからな。金がなくなったら売れ。ただし、あっちの大都市についてからな。そこらの村なら怪しまれる」
「うん、わかった。ありがとう、ジャックさん」
ジャックは、自分の肩に乗っているピーちゃんを手の甲に乗せた。
「あと、こいつも連れてってやってくれ」
「ピー!」
ピーちゃんは、羽をばたつかせながらアルルの肩に乗った。
「ピーちゃん、よろしくね」
「ピー」
ピーちゃんは少し嬉しそうに見えた。
「さて行くか」
「あ、ルーヴェン寄ってもいい? ベルフィーさんと、マリーさんに挨拶しときたい。マリーさんにもらった本が燃えてしまったし……」
アルルの持ち物はみんな火事で燃えてしまっていた。学校に持っていった教科書も置きっぱなしだ。
「いいが、奴らがうろうろしてたら素通りするぞ?」
「うん」
ジャックは、カラスに変身すると、「ついて来い」と言った。
森側を通ると魔王国の兵がいる可能性があるので、海側から向かう。断崖絶壁の下の岩場の上を飛んだ。今日は天気が良く、風も強くなかったので、潮風が心地よい。
カラスが断崖絶壁の上へと上昇した。アルルもピーちゃんも続く。林が見える。その中へ入っていった。
「舵チョウをしまえ。ここから徒歩でルーヴェンへ行く。フードをかぶれ」
アルルは言われた通り、召喚獣をしまった。アルルはリュックを背負った格好でフードを被る。見た目は旅行者だ。肩にはピーちゃん。
「鍛冶屋に行ってから、ベルフィーさんのところに行くね」
アルルがそういうと、カラスが「俺は近くで見てる」と言った。
ルーヴェンの南口から、北西の鍛冶屋を目指す。南口には魔王国の兵士が立っていた。横を通り過ぎようとした。
「おい、そこの旅行者」
アルルはドキッとした。下を向いたまま返事をした。
「はい」
「こっちを向け」
カラスが塀の上に止まった。アルルが兵士を見上げた。
「フードを取れ」
兵士が命令すると、カラスが「忘却魔法かけろ」と喋った。
(忘却魔法?!)
「お前、ベリファードか?!」
『忘れろ』
「……あれ? 俺は何を」
(本当に消えた……?)
内心驚いていたが、その隙にアルルは街へ入った。
しばらく歩くと後ろを振り向き、兵士が追ってきていないのを確認する。ホッと胸を撫で下ろした。
カラスが「よくやった」と言って、上空に飛んでいった。
「ピピ」
ピーちゃんが羽をパタパタさせた。
(よし! マリーさん、あれから治ったと聞いたけど、元気になったかな?)
アルルは二匹を引き連れて、街の端にある職人通りの鍛冶屋に向かった。幸い、魔王国の兵士とすれ違わなかった。
店に入ると、店員が武器を手に説明していた。店員はアルルに気づいた。
「アルルちゃんですよね?」
「はい」
「呼んできますね」
「ありがとうございます」
アルルはお辞儀してお礼を言った。
客は一人の男性しかいなかった。男性は背が高く、鍛え上げられた体をしていた。剣を眺めながら時折ちらっとアルルの方を見ていた。
マリーが奥から店員と共に出てきた。
「アルルちゃん! 久しぶりね!」
アルルはマリーの元気な姿を目にして、心底安心した。
「マリーさん、元気になったんですね。良かった……」
「心配してくれたの? ありがとう」
「あの……火事で」
「……聞いたわ」
マリーの表情が曇った。
「ベリファードの家が燃えたって。あなたのことも探してたのよ」
「ごめんなさい。本も燃えちゃって……」
「そんなこと気にしてたの?」
マリーは呆れたように笑った。「ちょっと待ってて」そう言って、奥の部屋に消えていった。
男性客が店員に剣を勧められている会話が聞こえた。どれを買うか相当迷っているらしい。
マリーが本を手にして戻ってきた。
「新しい本もあるの。これ持っていって」
「ありがとうございます!」
本を受け取ると、アルルは皮袋からおもむろに魔石を三個取り出してマリーに渡した。
「これ魔石じゃない! どこで手に入れたの?」
「人から貰ったものだからわからない」
「こういうのは、軽々しく人に渡すものじゃないわ」
そう言って、マリーはアルルの手に戻した。アルルは渡された本を抱えると嬉しそうにしていた。
(やった! また補助魔法を勉強できる!)
「ありがとうございます!」
「アルルちゃんはこれからどうするの?」
(言っても大丈夫かな?)
「オランから離れるんです」
「えっ?! 大陸渡るの?」
「……はい」
「寂しくなるわね……。あ、ちょっと待って」
マリーは、棚の引き出しから何か取り出した。
「これも持っていって」
マリーが差し出したのは、革の鞘に収められた小さなナイフだった。
「これも……?」
「さっきのはこの前の代わりの本。これは私からの贈り物よ。薬草を採ったり、旅先で何か切ったりする時に便利よ」
アルルは、マリーからの贈り物が何より嬉しかった。マリーは、母親のミーナに雰囲気が少し似ていた。
「ありがとう。大切にします……そろそろ行きます」
アルルは、振り切るように言った。
「気をつけてね」
そう言ってマリーはアルルを抱きしめた。中からシドも顔を出した。顔や手を真っ赤にしている。仕事中だったらしい。
「気をつけてな」
アルルは手を振って鍛冶屋を後にした。
(……今度は、ベルフィーさんのところだ)




