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癒しの雫  作者: 蒼井みつき
第1章 アルル・ベリファードと魔法学校

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第36話 別れ(後編)

 アルルは、職人通りから広場を抜けて街の南へ向かった。カラスがどこかへ止まりながらついて行く。

 

 前から手を振って走ってくる人がいた。アレンだった。


「アルル!」


 アレンは息を切らしている。

 

「アレン、家が焼けたと聞いたけど、大丈夫だった?」


 アルルは、アレンの心配をしていた。


「こっちは大丈夫だったよ。アルルこそ、捕まってなくてよかった!」


 アルルは微笑んだ。

 

 アレンは伸ばしかけた手を引っ込めた。頭を掻いている。


「みんなも心配してたよ。特に、リオナ、グレン、リュカ」


 みんなの顔が浮かび、アルルの胸がズキッとした。


「アレンのお母さんは?」

 

「母さんは逃げたみたいだ……アルル」


 アレンは、アルルの言葉に胸が苦しくなった。


「ほんとは……俺、アルルを守りたいんだ。守れなかったけど……。だから……」


 遮るようにアルルは言った。


「私、シュミジャール行くの」


 アレンの目が丸くなった。


「そんな、遠い……」


「うん」


「だから……みんなによろしくね」


「ごめん」


 アレンはアルルの手を引っ張ると、優しく抱きしめた。


「もう、会えないのか?」


「うん……多分……」


 道ゆく人が二人を見ている。アルルがそっとアレンを離した。


「いつか……生きてたら会えるかもしれないけど……」


 アレンは剣の柄を強く握りしめた。

 

「俺、いつか絶対アルルに会いに行く! もっと強くなって」


「うん。待ってる」


 アルルはニコッと笑った。アレンも笑った。


「送ろうか?」


「寄るところがあるから、いいよ」


 二人は少しの間見つめ合った。


「じゃあ、またね」


「また、会おう」


 手を振って別れた。アレンは見えなくなるまで見送っていた。


 ◇


 ベルフィー、ノア家の店は案外狭い。卸問屋として仕事しているからだ。倉庫は広いそうだ。


 アルルは店側ではなく、裏口から門をくぐり中庭に入った。すると、馬車から荷物を降ろしている三男のミロ・ノアがいた。


「こんにちは」


 アルルが挨拶すると、ミロは荷物を持った手を離して、立ち上がった。

 

「あ、アルル。ちょっと待ってて」


 ミロはそう言うと、建物の中に消えていった。


 しばらくすると、ミロが手招きでアルルを呼んだ。アルルはカラスをチラッとみた後、建物の中に入った。


 アルルは建物の中に入ると、そこには、ミロ、ベルフィー、ベルフィーの夫で店の主人のカイルがいた。


「ドリフィーに聞いたわ。シュミジャールの船に乗るんだってね。しかも一人で」


 ベルフィーが寂しそうに言った。


「はい、そうです」


「でも、あっちなら魔王国の奴らもいないから、ゆっくり暮らせると思うわ」

 

 カイルが車のついた荷物の箱を持ってきた。


「魔王国の検閲がある。旅行者より商人の方が怪しまれないから、これを持っていきな」


「これは?」


「大したものは入ってないよ。確認してくれていい」


 アルルがそっと布をたぐると、ルーヴェン玉ねぎが整然と敷き詰められている。


 ベルフィーが、アルルのそばに寄り、抱きしめた。ピーちゃんは、じっとして離れなかった。

 

「アルル、これから大変かもしれないけど、周りの人に頼っていいんだからね」 


「わかった」


 ベルフィーは、アルルの頭をくしゃくしゃに撫でた。


「この子も一緒に行くの?」


 ベルフィーは、ピーちゃんを指差した。


「はい」


 アルルは微笑んだ。


「船はいつ出るの?」


「夕方には出るって聞いてます」


「そう……じゃあ、そろそろ行かないとね」


「お昼食べたの?」


「……食べてないです」


「やっぱりね。そんなことだと思ったわ」


 ベルフィーは、テーブルの上にあったハムサンドとソーセージを布に包んで、アルルに持たせた。


「お腹空いてたら食べなさい」


「ありがとうございます」


「ピピ!」


「あら、この子は何食べるの? 随分懐いてるわね」


「りんごを食べさせてました」


「あ、あるわ」


 ベルフィーは、りんごを五つ持ってきた。


「そんなに! ありがとうございます」


「ピピ!」


 ピーちゃんは、羽をばたつかせた。嬉しいらしい。


「じゃあ、気をつけるのよ」


「体に気をつけてな」


 ベルフィー、カイル、ミロに見送られて、徒歩でマルタ港町を目指す。歩いて一時間くらいだ。


 アルルがハムサンドを食べ始めると、カラスの視線を感じた。じっと見ている。


 (食べたいのかな……?)


「どうぞ」


 アルルがちぎって手のひらに乗せると、カラスが手に乗ってハムサンドをつついて食べた。


 (すっかり、なりきってる……)


 道中、何度か魔王国の兵士とすれ違ったが、フードを被って荷物を転がしていたせいか、呼び止められることはなかった。


 ◇


 マルタ港町に着いた。


 ここはルーヴェンよりも高い建物が多かった。レンガで出来た住居街を抜けると、商店街に分かれている。休みの日のせいもあってか、人通りが多い。


「ピーちゃん、人が多いからポシェットに入ってて」


「ピー……」


 アルルはピーちゃんを優しく掴むと、ポシェットに入れた。ピーちゃんは、隙間から顔だけ出している。


 人混みに紛れてアルルは目立たなかった。そのまま港に向かった。


 マルタ港には、シェンルー行きの大型船が停泊していた。かつては多くの商船が行き交っていたが、魔王国の支配下となった今、その数はすっかり減っていた。 


 石を敷き詰めて作られた岩壁には、船に乗ろうとする人で混雑していた。係員の人が大声で叫んでいる。


「乗船する方はこちらへ並んでください!」


 アルルは、行列の最後尾に並んだ。服のポケットから乗船券を取り出す。

 

 ジャックから貰った乗船券は、ずっとポケットに入れていて火事でも無事だった。


 船の入り口で、乗船券を確認する係員と、魔王国の兵士がチェックしている。


 (また、気づかれるだろうか……?)


 船の入り口の木製のタラップの上に辿り着くと、アルルはカラスを探した。ジャックのカラスは、船乗り場の杭の上に止まっていた。


 アルルの乗船チェックの番になった。乗船券を渡す。係員は少しの間乗船券を眺めて、端を切ってアルルに戻した。


 隣の兵士は、アルルと目が合う、荷物をチラリと横目にし、「中身は?」と言った。


「ルーヴェン玉ねぎです」


 声が少し震えてしまった。アルルは布を手繰って中身を見せた。


「うむ」


 特に何も言われなかった。そのままゆっくり荷物を転がして船に乗った。


「はぁー」


 息を吐いて、呼吸を整えた。初めての船だ。しかも、でかい。見上げるような船尾楼の最上甲板に、大きな操舵輪が見えた。


 船員に案内され、相部屋に行った。荷物を置くと、みんな甲板に戻っていく。アルルも甲板に戻った。


 港は見送る人でいっぱいだった。 


 窮屈だったのか、ピーちゃんがポシェットからスルッと抜け出してアルルの肩に止まった。


 近くの手すりにカラスが止まった。アルルは近寄った。


「気をつけて行けよ」


「うん」


「死ぬなよ」


「はい」


「不死魔法いるか?」


 アルルは苦笑した。


「いらない……。おばあちゃんを頼みます」 


「ああ……わかった」


 カラスはゆっくり羽を広げた。


「じゃあな。頼むぞ、ピー」


「ピピ!」


 カラスはゆっくり飛び立った。


 船員がタラップを引き上げ始めた。ロープを手繰ったり、船員が忙しく動いている。


 船がゆっくりと動き始めた。アルルは、手すりに捕まり、みんなと一緒に港を見ていた。


 すると、ベルフィー、カイル、ミロ、そして、アレンの顔が見えた。


 (見送りに来てくれたんだ!)


 アルルは、みんなに手を振った。上空ではカラスがクルクル頭上を飛んでいた。


 (みんな、ありがとう……)


 今になって涙が止まらなくなった。


 港が見えなくなるまで、ずっと見ていた。


 沖に出ると風が強くなった。船の進路の先に夕陽が見えた。


 ピーちゃんを見ると、飛ばされないように必死に肩にしがみついていた。


「部屋にいこっか」


「ピィ……」


「リンゴ、一緒に食べよう」

 

「ピピピ!」


 ピーちゃんが喜んで羽をばたつかせると、風に煽られて肩から滑り落ち、甲板に転がった。

 

「ピーちゃん!」


 アルルが慌てて手を伸ばして、ピーちゃんを手のひらに包んだ。


「危ない!」


「ごめん、ハァハァ」


 喋るピーちゃんを見て、アルルは笑った。それから、アルルは相部屋に向かった。


 胸の中は、不安と希望に満ちていた。

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