第33話 託されたもの
アルルが家に帰ると、ドリフィーは昼食の準備をしていた。アルルは早速、今日あった事をドリフィーに報告した。
「ジャックさんがね、魔法実践学の試験で、アリーナでみんなで一斉に決闘させたの! 回復魔法師には剣持たせてね」
「へえ。……それでどうなったの?」
「それがね、校長先生が来て、ジャックさん怒られて中止になったの」
アルルがそういうと、ドリフィーは大笑いした。
「あはは! ジャックを怒るなんて……。私も見てみたかったわ」
「ジャックさん、寂しそうだった」
「もしかしたら、アルルのことを考えてのことかもしれないよ」
「んー、そうなのかなあ?」
アルルは首を傾げながら席について、黒パンに蜂蜜を塗った。
「あ、そうだ。ミシェル……ヴァレンタインさんて、大魔法師なの?」
ドリフィーは、手拭いで手を拭きながら席につくと、「ええ、そうよ」と言った。
ドリフィーは、テーブルの皿のリンゴをつつくピーちゃんに視線を移した。
「伝え聞いているだけだけど……、まだ戦争なんかなくて魔物もいなかった時代に、魔法を研究して開発した賢者がいてね……」
アルルはパンをちぎりながら熱心に聞いている。
(魔物がいない時代……?)
アルルは、魔物は昔からいるものだと思っていた。
「ミシェル大魔法師が、過去に行って魔物ができちゃったらしいよ」
「えーっ?! なにそれー!」
アルルはつい大きな声を出してしまった。
ドリフィーは、スープを飲み始めた。パンをちぎって口に入れた。
「どういうこと?」
アルルは、ドリフィーの返事を待った。
「そこまでで、それ以上は知らないわ……ジャックに聞いてみたら?」
「うん。わかった!」
アルルは、スープを掻き込むと、急いでジャックの洞窟を目指した。肩にはピーちゃんを乗せ、ドリフィーに渡されたお弁当を持って。
守り木の裏に行って、召喚獣を出す。飛び乗ってあっという間に高いところへ飛んだ。
少し離れたところで、黒いローブを着た二人組がそれをみていた。二人は古代ルーン語で会話していた。古代ルーン語は、魔王国の言葉だった。
◇
アルルが洞窟に着くと、ジャックが焚き火の前の椅子に座っていた。アルルに気づいていない。
近くまで歩いて行って、やっと気づいたようだった。
「来たか……」
(ジャックさん、元気ないな)
「ジャック、魔王国の諜報員がウロウロしてたぞ」
ピーちゃんがおもむろに喋り出した。
「ピーちゃん、どこで?」
アルルが肩のピーちゃんの方を向くと、ピーちゃんは、テーブルの上に飛び乗った。
「アルルが召喚獣に乗った時だよ。俺は目が良いから見逃さない」
ピーちゃんが胸を張って言った。それをみていたジャックが真顔で言った。
「アルルに教えなきゃいけないことがある」
「え?」
ジャックは、洞窟の魔石が入った箱の方へ歩いていく。アルルは後をついて行った。
「アルルはいつもササリーフから魔力を採っているが、その魔力はどこから来ているかわかるか?」
「池ですよね?」
「その池の魔力は……いや、岩清水のように魔力が山から来てるんだよ。その池の魔力をササリーフが吸っている。この魔石は、言わばその源泉だ」
アルルは、ゆらゆら青白く光る鉱石を見ながら、「なるほど」と言った。
「魔石の魔力は、魔力が圧縮されている」
「圧縮? ……濃いんですか?」
「そうだ。広い魔力の池の全魔力が一箇所に集まってるようなものだ。そのまま魔力を流そうとすると酷い火傷をする。いや、もっと酷いことになる」
「じゃあ、どうすれば……」
ジャックが手をかざすと、細い髪の毛のような青い線が魔石から出てきて、手の中に吸い込まれた。
「魔力を全てまず抑えてから、ほんの少しずつ開いていくんだ。やってみろ」
「え……失敗するとどうなっちゃうんですか?」
「最悪、死ぬこともある」
「怖い!」
「俺が見てるから、やってみろ。大丈夫だ」
「やっぱり優しくないな」
ピーちゃんがボソッと呟いた。
「うるせーな。真剣なんだぞ。静かにしろ」
アルルは、心臓の鼓動がバクバク言っている。
(死ぬんでしょ? 死んだらどうするの? やりたくない……。でも、ジャックさんが真剣なんだよね)
「万が一があったら、横から俺が吸うから安心しろ」
「なんだ……」
「気を緩めるな!」
「はい! ……なんかコツとかありますか?」
アルルは深呼吸を繰り返しながら聞いた。
「まず、魔力を流そうとするな。逆に抑えろ」
「抑える……」
アルルは自分の両手を見た。しばらく考え込む。
(要は、一気に入ってこなければ良いんだよね? 前にマリーさんには魔力を流すやり方を聞いたけど、逆だ……)
アルルは魔力を完全に遮断するイメージを描いて、手をかざした。
「そうだ……そうそう。まずは、魔力を流すな」
アルルの息が早い。目を瞑っている。
「すこーしずつだ。すこーしずつ開けてみろ」
アルルは、針の先よりも小さい穴をイメージして魔力を流した。
(くっ……これでどう?)
アルルが少しずつ目を開けると、魔石から青白い筋が手の中に入り込んできていた。魔力がすぐに充満して、手を離した。
「できたな。おめでとう」
アルルは、笑顔を浮かべた。
「ピピピ!」
ピーちゃんは羽をバタバタさせている。
「じゃあ、お弁当いただくか」
ジャックは、いつもの焚き火へと歩き、アルルも続いた。歩いてるうちに、ジャックに聞きたかったことを思い出した。
「ジャックさん、ミシェルさんって大魔法師なの? ……古代魔法作ったの?」
「まあ……な。あんまり性格は大魔法師ぽくはなかったが……」
そう言うと、ジャックは懐かしい目をしてお弁当の蓋を開けた。
アルルは躊躇いながらも、聞きたかったことを口にした。
「ミシェルさんが過去に行って魔物ができたっておばあちゃんがいってた……」
「それは結果論だ」
ジャックはにんじんを口に入れた。
「結果論……?」
「奴は俺より破天荒だった。時渡りの古代魔法を作った時のあいつの顔を今でも忘れない……。結局、好奇心が勝ったんだ」
ジャックの話によると、こうだったらしい。
——ある時、ミシェルが頬を紅潮させてジャックの前に現れた。
「ジャック! 俺はすごい魔法を作ったよ!」
「へえ! 見せてみろ」
「時空を越えられるんだ。ただ弊害があって……」
「なんだそれは?! 時空だと?」
「少し過去に行ってみたんだ。そしたら、過去に戻った分の魔力が一気に体に入ってきて、辛かった」
「それは本当なのか?!」
ジャックは、ミシェルの腕を掴んだ。
「それは……未来も行けるのか?」
「論理的には行けるはず……。ただ、過去に行って魔力が入ってくるとなると、未来はその逆……魔力を失うと思うんだ。俺は魔力を失うのは耐えられない」
「おい。そんな危険な魔法、封印しろ」
「——俺は、止めたんだ。しかし、奴は好奇心に抗えなかった。過去に生きたがってた奴や、いろんな生き物を集めて過去に連れて行きやがった」
ジャックは、拳を強く握った。アルルは、感情を露わにしたこんなジャックを見るのは初めてだった。
ジャックは、急いで食べ終わるとお弁当の箱を隣に避けた。
「アルル……よく聞け。二週間後に魔王国の軍隊が来るかもしれない」
「えっ?! ……なんで?」
「ピピ?」
ピーちゃんも首を傾げる。
「マルタで調べた。定期船に調査団と兵が乗ってくる。……あと、万が一のことを話しておく」
「もし軍隊が、お前を捕まえに来たとしたら、俺は防ぎきれない。逃げろ」
「ど、どこに……?」
アルルは体を硬くした。
(もしかして……シュミジャール?!)
ジャックは、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、アルルに渡した。ロアン・ルーンベルクという名前と住所が書いてある。
(ロアン・ルーンベルク……)
「古代魔法研究家だ。昔はここらに住んでいて、ロアンも魔法学校の教師してた。戦争中、シャン国に亡命したんだよ。今は首都のシェンルーにある古代魔法研究所にいる。そこを訪ねるといい。アルルのことを伝える伝書鳥はもう飛ばしてある」
アルルは、羊皮紙に書かれたロアンの住所をじっと見ていた。その間にジャックは、洞窟の中の端の家に行って戻ってきた。
「暗記できるなら暗記しとけ。何が起こるかわからないからな。……あとこれだ」
ジャックは、アルルに乗船券を渡した。
「何もなければ捨てればいい。なんかあった時のためにシェンルー行きの大型船の券だ。お前に渡しておく」
アルルはじーっと券を見つめていた。
「……ジャックさん。おばあちゃんの分は?」
ジャックは、重々しい表情で口を開いた。
「ドリフィーは、一緒に行けないな」
「どうして?」
アルルは悲痛な顔で訴えた。
「正直、もう若くないし、アルルの足手まといになるくらいなら、ここにいた方が安全だ。奴らの狙いはお前だ」
「でも……おばあちゃんも古代人の末裔だよ?」
「奴らが欲しいのは血じゃない。古代魔法を開く力なんだ」
「……」
「ほんっとに優しくないな! まだ十三歳とか言っときながら」
ピーちゃんが羽をバタバタさせたあと、ジャックの頭をつついた。
「いてて。しょうがないだろ。俺も動けないし……。俺と一緒にいる方がドリフィーは安全なんだよ」
アルルはジャックの一言が気になった。
「ジャックさん、動けないっていうのは?」
「細かい場所は言えないが、この洞窟には、不老不死と、それを解除する古代魔法が封印されている。俺は大魔法師ミシェルから託された、古代魔法の守り人なんだ」
「不老不死……?」
「うむ。死なないってことだ」
「ジャックさんは、その魔法をかけられているの?」
「そうだ」
「そうなんだ……」
アルルは、正直、困惑していた。
「本当に、シュミジャールに逃げないといけないの?」
「ああ、遅かれ早かれ、多分そうなる。この状況だと」
「……わかった」
アルルは、落ち着いた声で言った。
(このまま私がここにいたら……きっとみんなを巻き込んでしまう……)
「でも、二週間あるよね? 学校に行きたい。みんなと思い出を作っておきたい」
「まだ、はっきり決まったわけじゃないから、大丈夫だ。魔王国の様子は毎日確認しておく」
アルルは色々なことが一気に頭に入って、爆発しそうだった。
「……そうだ。ここにある魔石は自由に使っていい。他のものもな。大したものはないが……」
「ありがとう、ジャックさん。おばあちゃんをよろしくお願いします」
ジャックは、お辞儀をするアルルを見ると目頭が熱くなって目を潤ませた。
「まあ、まだ早いな」
そう言ってアルルの頭の上に手を乗せた。
「まだ、教えられることは山ほどあるからな」
ジャックはそう言ってニヤリとした。




