第32話 凶事の兆し
朝、アルルは欠伸をして、スープを飲んだ。
「ピピ!」
ピーちゃんは、りんごを美味しそうに凄い勢いでつついた。
「あれから喋らないわねえ」
ドリフィーは、席につきながら、リンゴをつつくピーちゃんを眺めた。
アルルはまた欠伸をする。
眠そうなアルルを見て、ドリフィーは笑った。
「試験勉強がんばってたのね」
「昨日、魔法史ボロボロだったから」
「あら。私は魔法史得意だったけどねえ。得意というか覚えるだけだからね」
「暗記苦手」
アルルは黒パンをかじった。
「人物を掘り下げると頭に入れやすいのよ」
そう言ってドリフィーは、スープを飲んだ。
「へえ」
アルルがパンを飲み込みながら、意外そうな顔をする。ドリフィーは微笑んだ。
「ミシェル・ヴァレンタインって知ってる? 初代校長先生だったらしいよ……ご馳走さま」
ドリフィーが黒パンをちぎりながら、「その人、大魔法師よ。古代魔法作ったんだもの。アルルの先祖様よ」
「えっ?」
学校に行く支度をしていたアルルの動作が止まった。
「ちょっと、どういうこと……って時間ないや。帰ったら詳しく教えて!」
アルルはそう言って、慌ただしく出て行った。
ドリフィーは、ピーちゃんを見つめた。ピーちゃんもドリフィーを見つめていた。
◇
試験二日目。
一時限目は、魔物学の試験。
(苦手なんだよなあ)
アルルは、そう思いながら頭を掻いた。答案用の羊皮紙と、問題が書かれている羊皮紙が配られた。
頭を抱えながらアルルは必死に考えていると、教室の扉をノックする音がした。先生が開けると、黒い服を着た魔王国の査察官が二人入ってきた。
アルルは目を丸くし、体に緊張が走った。
(なんで試験中に査察官が?)
先頭の査察官がアルルの方を見た。鼓動が早まる。査察官がこっちへ一歩足を踏み出した。
ガタッ。
アルルは、思わず立ち上がった。二人の査察官は驚いたように立ち止まる。
先生が強くはっきりとした声で、
「アルル・ベリファード、着席なさい」
と言った。
二人の査察官は、じいっとアルルの方を凝視していた。その後、二人でヒソヒソ何かを話していた。
二人の査察官は、しばらくすると、先生に一言話しかけてから教室を出て行った。
アルルはまだ鼓動が鳴り止まなかった。
(またきたらどうしよう……捕まえにきたら……?)
問題文を何度も読み返すが、頭に入らない。
結局、時間が足りず、適当な答えになってしまった。
(魔物学も赤点だわ……)
二時限目は、算術の試験。なんとか集中して計算できた。
三時限目は、占い学。筆記半分、実技半分の試験だった。
実技試験は、魔力を込めた水晶に映る光から吉凶を読み取るものだった。
水晶を集中して覗き込んだ。
すると、何か黒い影のようなものが映り込んだ。
「アルル・ベリファード!」
先生から急に名前を呼ばれてビクッとした。
「それは……黒い人間の形……」
(人間……?)
アルルは、黒い人間と聞いて、魔王国の軍人を思い出した。先生が水晶を覗き込む。
「これは、どう読みますか? アルル・ベリファード」
アルルは言葉に詰まったが、か細い声で、答えた。
「災い……?」
先生は、身を起こしてくるっと後ろを向き、両手を掲げて大きい声で言った。
「まさしく! ……私が読むには、近い将来、災いが来るでしょう」
アルルは、背中から冷水を浴びた気がした。
(やっぱり……)
全身に鳥肌が立った。先生は、さらに追い打ちをかける。
「これは、稀に見る凶事が起こりますぞ」
(凶事……)
アルルは何も言えなかった。じっと先生の目を見る。
「……他には? アルル・ベリファード」
アルルは、また水晶を覗き込んだが、後ろの風景が逆さまに映るだけだった。
(適当に言っても、先生も見てるから、バレちゃうし……)
「何も……見えません」
先生は、肩を落とした。
「光は……見えない?」
アルルは水晶を見るふりして、先生の顔色を伺う。
「ああ、見えます!」
「どんな?」
「え……と」
水晶を見るが何も見えない。チラリと横目で先生の顔を見た。
「白い……」
先生の顔がアルルに近づく。
「黄色い……」
先生の眉間に皺がよった。首をかしげる。
「白い光が少し見えます」
先生は、上半身を起こして腕を組んで、難しい顔をしている。
「んー……まあ、いいでしょう」
アルルはほっとして、胸を撫で下ろす。
(でも……凶事ってなんだろう……)
アルルの胸に小さな影を落とした。
(次は、ジャックさんの試験だし、気を取り直して、頑張ろう!)
四時限目は、魔法実践学。
場所はアリーナ三階の大アリーナ。
一年生のみんなが集まった。
リオナが口では不安そうに言っているが、目が輝いていた。
「なんだろう? まさかみんなで一斉に! ってわけじゃないよね」
「でも、武器持参て指示だったよね」
アルルは不安そうにしている。
「僕、攻撃魔法なんてできないよ……」
一番不安そうにしてるのは、ジュリアンだった。
すると、入り口からジャックが姿を現した。たくさんの鞘に収まった剣を腕に抱えている。
「みんな集まったかー?」
ジャックは、全体を見回す。人数を数えているように見えた。その剣をゴトゴトと音を立ててテーブルに置いた。それから、テーブルの上に間隔を開けて剣を全て並べた。
「さて、これからルールを説明する」
自然にみんな静かになり、ジャックの言葉に耳を傾けた。
「魔法実践学の試験を行う。これからみんなで戦ってもらう。最後に一人生き残るまで続けてもらおう」
みんな、ざわついた。ジュリアンが手を挙げた。
「僕、攻撃魔法出来ません」
ジャックがテーブルを指差した。
「攻撃魔法を使えないものは、そこのテーブルに置いた剣で戦ってもらう」
ジュリアンは、頭を抱えている。青ざめている。
「これは、戦闘の実践訓練だ。周りの奴は魔物と思え! ……生き残った時間が長いものは点数を高めにつけてやる」
ジャックが、アルルの方を見た。もちろん、生き残るよな? とでも言っているような表情。
(ジャックさん……。誰にでも厳しいんだな……)
アルルは、慣れているせいか、冷静に分析していた。
(周りの状況をよく見て、味方になったり、敵になったりしないと生き残れないな……)
周りのみんなはまだ呆然としていた。こんな試験は未だかつて聞いたことがなかった。
「早くしないと始まるぞ! 武器はいいか?」
ジャックがそう言った途端、回復魔法師の生徒はテーブルに向かった。
みんな思い思いの武器を持った。アルルはいつもの杖だ。
「よし、準備はいいようだな。さあ、開始!」
ジャックが手を回すと、花火が打ち上がった。
アルルは、状況を見ようと遠巻きに走っていた。すると、リオナとその後にくっついて走っているジュリアンがいた。リオナが攻撃し、ジュリアンはリオナを回復している。
「あ、ずるい!」
それを見たアルルは呟いた。すると、周りのみんなもそう思ったのか、ジュリアンが総攻撃を受けて、倒れた。そのまま今度はリオナがみんなから攻撃を受けていた。
巻き込まれないようにアルルはそこから離れた。すると、背後から炎の魔法を受けた。すかさず、防御魔法で守った。
振り向くと二人いた。アルルは、範囲炎魔法、範囲氷魔法、範囲雷魔法を撃った。詠唱はしない。使える範囲魔法も増えていた。
「くっ!」
相手の二人は、他の人から攻撃されている。その隙に、アルルは背後に瞬間移動。
アルルは無詠唱だし、攻撃も回復もできる。不意打ちさえ気をつければ、負ける気がしなかった。
すると、天井から回復の光が落ちてきた。倒れたものは起き上がる。一斉に体力が回復されている。
「あれ?」
ふと、入り口を見ると一人の先生が立っていた。校長先生だ。
「エルカーン先生、これはどういうことですか?」
「……試験ですよ。戦闘訓練も兼ねた試験です」
しれっと答えるジャックの態度に、校長先生はこめかみをピクピクさせて怒りをこらえている。
「わたくしが試験をしますから、先生は戻ってください!!」
ジャックは何も言わずにアリーナを出て行った。背中が寂しそうだった。
「剣を戻して!」
剣を持った人はテーブルに返しに行く。
それから、校長先生の試験は、一人ずつ課題の魔法を唱えさせて効果を見るものだった。相手は、木の杭だ。
「つまんなーい」
早々にやられてしまったリオナでさえ、そんな言葉が出てくるような安全な試験だった。




