第23話 消えた家
草木もねむる深夜。
月は無く、真っ暗な夜だった。
ひとつ、小さな灯りがついた。黒い影が三つ。黒いローブを着た人間だった。
三人の黒ローブの者たちは、アルルの家の数十メートル手前まで近づいた。
「あれか?」
遠くにうっすら建物の影が見える。背後には巨大な木が立っている。
左手の向こうには、別の家の灯りが見えた。
「ああ、そうだな。あの大きな木が目印」
三人が藪から道に出てきた途端、足元から霧が立ち込めてきた。霧はあっという間に濃くなり、一メートル先までしか見えなくなった。
「何だこれは?」
お互い体を掴み合って位置を確認する。
「お前、そんなに引っ張るなよ。方向わからなくなるだろうが」
「あれ? どっちだ?」
「あっちじゃなかったか?」
一人が指を指す。
『生ある者を示せ』
青白い光が広がっていく。遠くに二つの形が現れた。
「あそこだ。あそこ行こう」
アルルの家がもうほんの数歩先になった時、ふっと家の姿が消えた。
「隠蔽魔法か?」
見えなくなっただけじゃない、始めからなかったかのように、そこは藪が広がり、虫の声しか聞こえなかった。
「探せ」
魔王国の髭を生やした調査官が、冷ややかな声で命令した。
『隠れている者よ――姿を表せ』
「何も出てこないぞ」
全員辺りを探した。
「チッ。逃げられたか」
黒いフードの者たちは、しばらくの間周辺を捜索していたが、やがて諦めたようにきた道を戻っていく。離れるにつれ、濃かった霧が晴れていく。
歩きながら、一人が髭の調査官に訊ねた。
「隣の家は――?」
「あそこは関係ない。……確かに《あの家》はあった。嘘ではなかった。……長居は無用だ、帰るぞ」
三人はまた藪に入り込み、姿が見えなくなった。
遠くからその様子を見ているものがいた。アレンだ。
アルルの家があった場所に行くと、藪しかないのに気づいた。
(家がない……。もしかして、どこかに隠れた?)
アレンは、罪悪感と安堵感を感じていた。
◇
アルルは、揺れたような気がして、目が覚めた。
ドリフィーも起きていた。
「おばあちゃん、揺れなかった?」
「ああ、揺れたね。移動したからね」
「移動?」
「ここは木の中だよ」
「えっ?!」
アルルは固まった。しかし、ドリフィーは驚かず、すました顔をしている。
「どういうこと?」
アルルは玄関の扉を開けようとしたが、重くて開かない。
窓を見たが外は真っ暗だった。
「落ち着きなさい、アルル。説明するから、座って」
アルルは窓を見ながら、落ち着かない様子で椅子に座った。
「今、守り木の中にいるの。魔王国の奴らが来たんだよ」
「この前家に来た人たち?」
「そうだよ。あいつらが戻るまでは守ってもらうよ。そのために木と契約したのさ」
「契約?!」
「たまに魔力を分けてやる約束をしただけさ」
「……ここにいるのバレないの?」
「まだ、大丈夫そうだね。攻撃してこないから」
その言葉を聞いて、アルルはほっと胸を撫で下ろした。
「あ、アレンは大丈夫なの?」
「多分、大丈夫だろう。……でも、しばらくは警戒しないといけないね」
アルルは不安そうな顔をした。
ドリフィーはそんなアルルを抱き寄せた。
「大丈夫。お前だけは何としても守るからね」
「おばあちゃん……」
「もう大丈夫だから。お前は明日学校あるんだから、早く寝なさい」
ドリフィーは、アルルを寝室に送り出した。
「うん……」
アルルは心配顔だったが、諦めてベッドに横になった。
――なかなか眠れない。
(守り木って普通の木と違うのかな……。それより、魔王国の人がまたやってきたらおばあちゃんと私、どうなるのかな……。また守り木が守ってくれるのかな?)
何度も何度も寝返りを打つ。
おばあちゃんと私を守ってくれますように……。
アルルはいつの間にか寝ていた。
◇
リゼが帰宅する。
(絡まれて遅くなったわ。常連だから無碍にできなくてまいったわ)
家に入って灯りをつけると、アレンがまだ起きていた。椅子に座っている。
「あら、まだ起きてたの? 灯りつけたらいいのに」
「……魔王国の人が来てた」
「そう……ちゃんと仕事してるわね。どうなったのかしら?」
リゼは窓に近づいた。
「アルルは逃げたみたいだ」
「……そうなの?」
リゼは足元がふらつく中、急いでアルルの家があったところに行った。家はない。
「まさか……。ねえ、どうしましょ」
リゼは、アレンの腕を掴んでぎゅっと握る。右手をおでこにあてた。
「逃げたのかしら……」
周りを探す。アレンは、自分のことしか考えてない親に嫌悪感を抱いた。
「いい加減にしろよ!」
アレンはリゼの胸ぐらを掴んだ。
「やめて!」
アレンの手が震える。アレンが手を離した。
「もうたくさんだ」
アレンは家に入っていった。
「二人で幸せになったっていいじゃない……」
リゼは震える声で呟いた。
◇
翌朝。
太陽が高くなり始めた頃、アルルの家が、ぐるんと揺れた。
アルルは目が覚めてベッドから立ち上がるところだった。慌ててベッドの木枠を掴んだ。
(何? 今の……)
ドリフィーは、朝ごはんを作り終わって、配膳しようと思っていたところだった。慌てて鍋と鍋蓋を押さえた。
「おっとと……、ふう」
窓から朝日が差し込む。家ごと外に出たのだ。
「おはよう、おばあちゃん」
アルルは挨拶すると、確かめるように玄関の扉を開けた。
すると、朝日がアルルを照らし、アルルは眩しそうに目を細めた。周りには誰もいない。
「外だ!」
「早く食べなさい」
家の中から、ドリフィーの声がする。
「はーい」
アルルは、朝ごはんを食べながらドリフィーに聞いた。
「最初から守り木に守ってもらうから、ここに引っ越ししたの?」
アルルはそう言って、スープを飲んだ。
「もしものために準備してただけだよ。まさか本当に使うことになるとはね。……私が小さかった頃、この近くに住んでたんだよ。その時にこの木に話しかけられてね……」
ドリフィーの話によると、この木は《古代魔樹》という木で、心を持っていて、魔法が使えるという。
この木によると千年以上生きているらしい。
ドリフィーは、この木によく話しかけていたらしい。時には相談にのってもらったり……。
「まあ、友達みたいなもんだね」
「すごいね! ごちそうさま」
何事もなく夜が明けて、朝日を浴びて、アルルは安心したように見えた。
学校に行く時に振り返って、大きな守り木を仰ぎ見た。
(昨日はあの中にいたんだよね……?)
アルルは歩きながら、何度か振り返る。
(守り木さん、ありがとう。今度話しかけてみようかな)
◇
アルルが学校に行った後、ドリフィーはジャックに伝書鳥を飛ばした。
(私一人じゃ、手に負えなくなってきたわ)
すると、昼過ぎに一羽のカラスがアルルの家の窓をくちばしでつついた。
「来たわね」
ドリフィーが玄関を開けると、目の前にジャックが立っていた。




