第22話 魔力を知る
次の日の早朝、アルルは朝ごはんを食べ、ルーヴェンの街へササリーフエキスを売りに行く支度を済ませた。
「ほんとに一人で大丈夫?」
ドリフィーが心配な顔をする。
アルルはニコッと笑った。
「もしなんかあったら、ベルフィーさんのところに駆け込むし、大丈夫。おばあちゃんは畑があるでしょ。先週行けてないし、売り物も溜まってるし」
ササリーフエキスは腐りにくく、薬効も長持ちする。あらかじめササリーフを採取しておき、週末に煮詰めてエキスを作る。野生のササリーフは少し甘みがある。
大きめのリュックを背負い、水筒も持った。
「行ってきまーす」
「気をつけていってらっしゃい」
ドリフィーは、アルルの背中が見えなくなるまで見送っていた。
◇
市場に着くと、空いているスペースを探して、椅子を置いた。さらに、大きめのクロスを二枚、下に敷いた。
そして、丁寧にリュックから瓶を並べていく。
並べ終わると、椅子に座って一息ついた。
周りを見渡すと、果物を売っている人、海産物を売っている人、肉を売る人、香辛料を売る人、さまざまだ。
空は厚い雲に覆われていた。
(売り切れるまでに雨降らなきゃいいなあ……)
一人のお婆さんがアルルに気づいて、近づいてきた。
「先週見かけなかったねえ。どうしちゃったのかと思ったよ」
(先週は、引越し後で合同大会もあったから来るのやめたんだった)
「忙しくて来れなかったの。ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。だから安くしてくれなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ」
お婆さんはそう言って笑った。
「三つ、ちょうだい」
お婆さんは、懐からお金を出して、アルルに渡した。アルルは両手で受け取ると、それを懐にしまい、ササリーフエキスの入った瓶を三つお婆さんに渡す。
「ありがとうございます」
「来週も待ってるからね」
そう言ってお婆さんはゆっくり歩いていく。
すると反対側から来た夫婦が声をかけてきた。
「よっ、アルル」
「おはよう、アルル」
鍛冶屋のシド・フォルジと、妻のマリー・フォルジだ。
「エキスが切れちゃって、他から買ってたんだけど……」
マリーが声のトーンを落として続けた。
「アルルちゃんのじゃないと、がぶ飲みしても魔力が回復しなくってさー、お金かかってしょうがなかったわ」
「うちも死活問題だからな」
シドが真剣な表情で言った。
マリーが瓶を指差して、「二十個もらえる?」と言った。
マリーは補助魔法師で、シドが作った武器に属性魔法を付けて売っていると以前聞いたことがある。
「いつもご購入ありがとうございます」
アルルは、にっこり笑ってお礼を言う。
「今日はおばあちゃんいないのね」
「家で畑仕事してます」
「そう……。今日お店終わったら、うちに来る? 補助魔法、教えてあげよっか?」
マリーが微笑んで言う。
「どういう風の吹き回しだ? いいのか?」
シドが困惑していた。
「私だって、いつもお世話になってるアルルちゃんに感謝してるんだもの。少しくらい教えてあげたっていいでしょ? ……アルルのおばあちゃんに言われるとしたくなくなるんだけどね」
マリーはそう言って笑った。
「まあ、お前がいうなら……。アルル、終わったら来いよ?」
「わかった」
(わあ! 嬉しい)
アルルは嬉しさのあまり、営業モードが外れて素に戻っていた。
お昼前には、全てエキスを売り終わった。
急いでサンドイッチを食べると、シドの鍛冶屋に向かった。
市場を出た頃には雨が降り始めていた。
◇
シドの店は市場から少し離れた職人通りにあった。周りには装飾屋や道具屋、陶器屋、革細工屋などが向かい合って並んでいる。
鍛冶屋は、一番端に建っていた。二階建ての石造りの建物で、煙突からはもくもくと煙が上がっている。
入り口には、剣と斧の交差したオブジェが埋め込まれている。
中に入ると少し薄暗い。木と鉄の匂いが漂う。壁には大剣や大矛、大斧などが飾られており、カウンターには若い男性が武器を磨いていた。棚には武器が並び、値札の付いた剣や槍が整然と掛けられている。
「あ、アルルさん?」
「はい」
「奥へどうぞ」
案内されながら奥の部屋に入ると、そこかしこと金属製品が積まれている。武器だけでなく、胸当てや籠手、鍬のようなものが積まれていて、金属製のものならなんでも取り扱ってそうだ。
さらに奥の工房からは、カン、カン、と金属を打つ音が聞こえてくる。
奥の工房に入ると、熱気が渦を巻いていた。真っ赤に熱せられた炉がある。そのすぐ手前で、シドが汗を垂らしながら鍛冶槌を振り下ろした。振り下ろすたびに赤い火花が散る。
シドの隣では若い弟子が火ばさみで真っ赤な鉄を運んでいる。
シドはこちらを見ることもなく、集中していた。
「こちらへ」
左手奥に部屋があった。扉を開けると、長テーブルがあり、その上には未完成の剣や槍の穂先が並べられている。窓際には机があり、魔石や鉱物、羊皮紙が置かれていた。
机に向かって書き物をしていたマリーがアルルに気づいた。
「いらっしゃい!」
「ササリーフは売れた?」
「はい。完売しました」
「あらよかったわね」
マリーが席を立ち、アルルに近づく。椅子に座るように促す。
アルルは長椅子に座った。
「アルルちゃんは、回復魔法師……だったかしら?」
「はい。そうです」
「なら治癒についての解説はいいわね」
「どんなことですか?」
アルルは気になって、自分から聞いた。
「どうやって治癒してるかわかる?」
「え……と、魔力を流して傷を癒す?」
アルルは学校で習ったことをそのまま言ってみた。
「半分正解かな。ちょっと杖を貸して」
マリーは、アルルの杖を手に取ると、手をかざして何かを唱え始めた。
「今、魔力消費を抑えて、魔力も流しやすくしたわ。軽く入れただけだから、一時間もすれば消えるけどね」
アルルは杖を持ってみたが、変わったところはない。
「回復魔法やってみて」
「癒やせよ」
アルルは自分にかけてみる。
「あ……」
いつもの抵抗感が全くない。しかも、魔力を使った感じがしなかった。
「すごい!」
マリーは、アルルの隣に座った。
「魔法を使う人って、魔力を流しやすい方が有利なのよ。とくに補助魔法師はね」
マリーがアルルの手を取った。すると、マリーから魔力が流れ込んできた。
思わず、アルルは手で口を押さえる。
(すごい、どくどく流れてくる)
手を離しても手先がほんのり温かく感じた。
「私の体は魔力をほぼそのまま通すの。さっきの答えだけど……回復魔法師は魔力を肉体に変える。補助魔法師は魔力を力に変える」
ふいに、アルルはおばあちゃんが襲われた時のことを思い出した。
(おばあちゃんはあの時、結界を作るのに手を繋いだけど、魔力が無くなるほど激しく抵抗したのかな……)
「アルルちゃん?」
「は、はい」
「もし今の付与が気に入ったなら、もっと長く使えるようにしようか?」
「えっ? いいんですか?」
「いいのよ。その代わり……次売りにくる時も、私が買う分取っておいてね」
そう言って、マリーはウインクした。
アルルは、ニコッと笑って頷く。
マリーはアルルの杖を手にすると、机の上に置いた。その上から両手をかざす。
ゆっくりと目を閉じ、低く呟くように詠唱を始めた。
手のひらから、うっすら淡い光が杖に降りそそぐ。
しばらくの間、杖全体が淡い光に包まれていた。よく見ると光はゆらゆら動いている。
マリーの額にはうっすら汗が浮かぶ。
アルルは瞬きを忘れたかのように見入っていた。
(すごい……)
五分ほど経つと、杖を包む淡い光はだんだんと消えていく。
マリーがふぅっと息を吐くと、椅子の背にもたれた。アルルも我に返ったように深く息を吸った。
「これでしばらく持つわ」
そう言って杖を差し出す。
アルルが受け取ると、今までと同じ杖のはずなのに、握ると軽く感じる。
(重くなると思ったのに軽い……?)
「武器本来の性能を上げることによって、素材の性質も変わるの」
アルルは杖の先に埋め込まれた魔導石に顔を近づけた。アルルの顔が小さく映っている。前より幾分キラキラしているように見える。
「ありがとうございました!」
アルルはお礼を言っていないことに気づいて、慌ててお辞儀した。
「来週も来ていいわよ」
「……いいんですか?」
「忙しい時は、ちゃんと言うから」
「はい!」
アルルは頬を赤く染めながら、大きい声で返事した。
(補助魔法も習える!)
アルルは何度もお辞儀をしながら、工房を後にした。
雨はすっかり上がっていた。
◇
家に帰るころには、日が傾き始めていた。
「ただいま!」
家に入ると、ドリフィーは夕飯の支度をしていた。
「おかえり。どうだった?」
「マリーさんに、補助魔法つけてもらった! 魔力消費を抑えて、魔力を流しやすくなるとか……」
ドリフィーに杖を見せると、「へえ……」と杖を眺めていた。
「あとね、……回復魔法師は魔力を……肉体に変えて、補助魔法師は魔力を……力に変えるって言ってた」
「ほほ」
ドリフィーは、目を細めて笑った。
「来週も教えてくれるって」
アルルは目を輝かせながら話した。
「いい先生ができたじゃない」
「うん!」
「さ、ご飯にしましょうかね」
「はーい」
アルルの話は、食べている間も止まらなかった。
「話すか食べるか、どっちかにしなさい」
アルルは、怒られても笑っていた。
「ジャックのお弁当、あそこに置いたから。……畑仕事で少し疲れたから、ちょっと休むわ」
ドリフィーは、背後のテーブルを指さすと、寝室に入って行った。
(おばあちゃん、頑張りすぎたのかな? 最近、またヴォルバグが増えてきたって言っていたし……)
少しドリフィーのことが心配になったが、気持ちはジャックに向いていた。
(マリーさんに教わったことをジャックさんに言ったら、なんて言うだろう?)
食器を洗い、弁当を持つといつもの洞窟に向かった。
◇
洞窟の一階にいくと、焚き火の前にジャックがいた。
「こんばんは」
「こんばんは……ん? その杖どうした?」
(ジャックさんにはわかっちゃうんだな……)
アルルは、マリーに教わったこと、杖に能力を付与してもらったことを話した。
「……なるほど」
「マリーの教え方、わかりやすかったか?」
「はい!」
アルルは元気よく答える。
「そうか……」
ジャックは呟いた。
「新しい魔法を教えようか」
ジャックはお弁当の包みを広げる。
「本当?!」
アルルの目が輝く。
『魔力の光を示せ――魔光視』
「これを唱えて」
アルルもたどたどしく唱えた。
『魔力の光を……示せ――魔光視』
すると、自分の杖や、自分の体、ジャックの体から湯気のようなものがゆらゆらゆらめいているのが見えた。
「これ……が、魔力?」
自分の手のひらから白い淡い光がゆらめき出ている。
「そうだ。どんなふうに見える?」
ジャックは、鶏肉を甘辛く煮たのと野菜を挟んだパンを食べている。左手のスプーンは、スープを掬っている。
「私やジャックさんの体から湯気が出てる」
「湯気か……まあ、いいだろう」
ジャックはパンを一口かじった。
光は徐々に見えなくなり、消えていった。
「杖からも出てた!」
「それが、マリーがつけた付与効果だ」
『魔力の光を示せ――魔光視』
もう一度よく見ようと、アルルはまた唱えた。
すると、またゆらゆら淡い光が見えてくる。
杖を間近で見てみると、木目に沿って光が出ているのがわかる。先端の魔導石の中心から眩い光が広がっていた。
周りを見渡すと、洞窟の壁にはいくつもの木箱が置かれているが、その中で頑丈な大きな箱の隙間から眩い光を放っているのに気づいた。
「あの箱は……?」
アルルが箱を指し示す。
「あ、あれか……。あれは気にしなくていい」
ジャックは、スープを啜る。
「は、はい……」
「それよりも、俺が回復魔法ずっとかけろって言ったの、気にならないか? ……ご馳走様」
ジャックはお弁当の包みをアルルに渡した。
「ずっと気にしてますよ! 教えてくれないんだもの」
お弁当の包みをひったくるように引っ込めた。
「すまない……悪かった」
「じゃあ、教えてください」
「魔法をずっとかけろと言ったのは……練度を上げるためと、無詠唱できるようにするためだ」
「無詠唱?」
アルルは首を傾げる。言葉は理解できるが、どういうものなのか仕組みが想像つかなかった。
「詠唱に慣れると、唱えなくても魔法が使えるようになる」
「心で唱えるってこと?」
「少し違う」
ジャックは尖った竹枝を取り出した。
「思っただけでは魔法は使えない。……だから、習うより慣れろ、なんだよ」
アルルは上を見て少し考えているようだった。
「ずっと唱えたら、無詠唱出来るんですよね?」
「ああ、方向さえ間違ってなければな」
ジャックは尖った竹枝で歯の掃除をしていた。
「ありがとうございます。頑張ってみます!」
アルルは、お辞儀した。
「そろそろ帰ります」
「おう、ご馳走さん。ドリフィーによろしくな」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ。気をつけるんだぞ」
アルルは、帰り道色々なところで『魔力の光を……示せ――魔光視』と唱えた。すると、以前ササリーフを取っていた池が眩く光っているのがわかった。遠くからでもわかる。
(なるほどね。……ジャックさんの箱も光ってた。あれは何だろう?)
遅くなったので、今日はササリーフ摘みは行かないことにした。
◇
夜更け。
黒いフードを被った人が、《炉火亭》の隣の《街道の宿》から三人出てきた。顔は見えない。
お互いに合図すると、音を立てず早足で歩き出した。方角は、アルルの家の方だった。




