第21話 流された情報
――アルルが寝静まる一時間前。
アルルの家に一番近い街、ルーヴェンの《炉火亭》酒場。
この街は旅人や行商人が多く、宿屋と隣接している酒場で利用客も多い。
深夜にも関わらず、《炉火亭》は盛り上がっていた。
給仕たちが忙しそうに酒や料理を運んでいる。
《炉火亭》では、アレンの母親、リゼ・ドレヴァンも給仕として働いていた。
「おい、嬢ちゃん。あの話はどうなった?」
リゼは黒い服を着た酔っ払い客に声をかけられた。
「この情報、流してくれない?」
リゼは、情報屋ダンテの手に小さな羊皮紙をそっと握らせた。
ダンテは、手のひらの中で羊皮紙を開いて、素早く中身を読んだ。
ダンテは口をへの字にした。
「証拠は?」
「証拠はないわ。家の場所と、知り合いらしい人の情報だけ」
リゼは、ダンテの耳に口を近づけた。
「報酬はもらえるんでしょうね?」
ダンテは羊皮紙をポケットにしまった。
「証拠が見つかれば」
「古代魔法が本当なら……」
リゼが話し出すと、ダンテが「シッ」と言って、リゼの口に人差し指を当てた。
「……じゃあ、よろしくね」
リゼは離れ際、ダンテの肩に手を置いた。
それから、リゼは後片付けをして書類を書いているマスターに挨拶をした。
「お先」
「お疲れ、リゼ」
リゼが歩いて帰る。街の外れにさしかかると、反対側から歩いてくるアレンがいた。
「あら、どうしたの?」
「いつもより遅いから、気になって迎えにきた」
「あら、ありがとう」
アレンがリゼの荷物を持つ。すると、アレンがポツリと呟く。
「昨日、母さんが言ってたこと、気になってたし……。まとまったお金が入るって。……なんか悪いこと考えてない?」
「あれね……。別に悪いことじゃないわ。正直なだけよ」
立ち止まり、アレンはリゼを見つめる。
(まさか……)
「それって、アルルの古代魔法の話を誰かにしたってこと?」
アレンが早口で聞いた。すると、リゼは開き直ったようにあっけらかんと返す。
「大金が手に入るのよ? 働かなくて良くなるの」
アレンは両手に力が入る。
「自分が何したか、わかってるのか?」
「もちろんよ」
リゼは、取り繕うように笑う。
「アレンにも働かせてしまっていたし、これからは何でも好きなものを食べられるし、好きな武器や防具も買えるのよ」
「……」
アレンは無言で、さっさと家に早歩きで歩いて帰った。
「待ってよ」
リゼは息を切らせながら、アレンについて行った。
◇
次の日の夕方、ベルフィーが馬に乗ってアルルの家にやってきた。
アルルは屋根裏部屋で、古代魔法の本を読んでいた。今日、明日は学校が休みだ。
明日、街にササリーフエキスを売りにいく予定にしている。
「アルルー! 一階に降りといで」
ドリフィーに呼ばれて、居間に行くと、ベルフィーが来ていた。
「あ、ベルフィーさん。こんにちは」
「アルル。こんにちは。……アルルも聞いといた方がいいわ」
三人は居間のテーブルで、花茶を飲みながら話をした。
「うちにね、魔王国の連中が来たの」
「え?」
「多分、調査官ね」
「うわ、本当?」
ドリフィーも驚いていた。
「あんたとアルルのこと、色々聞いていたわよ」
「ついにそっちに行ったか……。私たちのことバレたのかしら?」
「私たちが姉妹ってことは、知らないようだったわ」
「どこまで知っているのか、気になるわね」
「《忘却魔法》かけてやろうかと思ったけど、余計怪しまれたら嫌だからやめたわ」
そう言って、ベルフィーは豪快に笑った。
「しばらくは気をつけとくわ」
「私もしばらく召喚獣の《虎ック》は控えるわ。荷馬車は高いけど……商売道具だしね」
ベルフィーは、アルルの方を見た。
「奴らが帰ったのを確認してから、急いで来たわよ」
ベルフィーは、アルルの頭を撫でた。
「ドリフィー。アルルを……守ってあげてね」
「わかってるわよ」
ドリフィーは、長いため息をついた。
アルルはわからないながらも考えた。
(前、家に来たおばあちゃんを傷つけた奴らなのかな……)
考えていると怖くなってきた。
「ササリーフ売るならうちの店に置いとこうか?」
ベルフィーは、夫のカイル・ノアと共に、港町マルタの貿易品や農家の畜産物を扱う商人だ。
「なんか迷惑かけちゃいそうだから、やめとくわ」
ドリフィーは、手を横に振った。
「そう……なんか役に立てることあれば言ってね」
ベルフィーは、二人に微笑み、リュックの中からアプリコットジャムの入った瓶と、大きなパンを三つ、干し魚を出した。
「あら、ありがとう。これ美味いのよね!」
ドリフィーは、台所に行くと、大きな麻袋を持ってきた。中には、ルーヴェン玉ねぎがたくさん入っている。
ルーヴェン玉ねぎは、魔力の巡りをよくすると言われている。
「これ持ってって」
「まあ、こんなに! ありがとう」
ベルフィーは、満面の笑みを浮かべた。
「なんかあったらすぐ伝書鳥よこしてね」
「わかったわ」
ベルフィーは、馬に麻袋を乗せ、颯爽と帰っていった。
「……そろそろ、夕飯の支度しようかしらね」
最近はアルルがジャックのところに行くので、夕飯を多めに作ってくれている。お弁当をジャックに渡している。
「アルルは、玉ねぎ切ってくれない?」
「はーい」
『刺激よ、遠ざかれ』
アルルは、呪文をひとつ唱えてから玉ねぎを刻む。涙が一切出ない。
「そんな呪文あるのね!」
ドリフィーは、鶏肉を炒めている鉄鍋をかき混ぜながら、感心した顔をした。
「まずは身近な魔法から覚えようと思って。試せるし」
アルルはそう言って笑った。
「頼もしいわね」
ドリフィーは鶏肉を裏返しながら目を細めた。
◇
夕食後、アルルはお弁当を持って洞窟に行った。
洞窟の広場に降りたが、ジャックの姿が見当たらない。
『光よ』
杖の先に灯りをつけると、洞窟の姿が広がった。
洞窟の一階は、五十メートル程の幅の広場になっていて、天井が高い。地面は平らになっている。
中央にはいつもジャックが火をつけている焚き火がある。今日は火はついていなかった。
焚き火を囲むように椅子が二脚と小さな丸いテーブルが置いてある。アルルはテーブルの上にお弁当を置いた。
降りてきた坂の反対側は、海と繋がっており、小型の木船が停留している。
左の奥の壁に家のような建物があり、中に入ると、壁にはぎっしり本が並び、机の上に読みかけの本が開いてあった。
よく見ると、古代魔法の本は一冊もなかった。
「アルル」
後ろからいきなり声がして、ビクッとして振り向いた。
鍔広の帽子を被ったジャックが立っていた。
「お弁当ありがとうな。火のところに行こう。ここは寒いぞ」
二人は焚き火の近くの椅子に座った。
ジャックはおもむろにお弁当の包みを開けて食べ始めた。
「あの……ジャックさん。魔法とか古代魔法教えてもらえませんか?」
ジャックの口が止まる。
ジャックは鶏肉を頬張ったまま何か言った。
「◯×△」
「え?」
ごくりとジャックの喉が鳴った。
「変化あったか? 治癒魔法をずっと詠唱していろと言ったが」
「あー……前より詠唱しやすくなった感じがします」
「それだけか?」
「はい」
「じゃあ、まだ足りないな」
ジャックは玉ねぎのスープを、うまそうに飲んだ。
「どうなるまでやればいいの?」
つい、アルルは声が大きくなる。
「やればわかる」
(教えてくれないの、ずるい)
アルルは、口を尖らせた。
ジャックは、横目でアルルを見た。
「ご馳走様」
ジャックは弁当箱を閉じた。
「変化が出てきたら教えてくれ」
「はい」
アルルが、お弁当の入れ物を片付けようとすると、ジャックが人差し指を立ててこう言った。
「一つ、古代魔法を教えよう」
その瞬間、アルルの目が輝いて笑顔になる。
アルルは、椅子に座り直した。
「人や動物を探す呪文だ。隠れていてもわかる」
『生ある者を示せ』
「唱えて」
アルルは緊張した声で唱えた。
『生ある者を示せ』
唱えた途端、青白い光の輪が四方に広がっていく。
「あ……」
洞窟の海の方に光ったものがあった。
アルルは立ち上がり、岸へ歩いて行く。
『生ある者を示せ』
また唱えると、青白い光が広がる。海水へと飲み込まれると、光が動いた。
(そうか……魚だ)
岸の縁に立つと、足に海水がかかった。すぐ深くなっているようだった。
『生ある者を示せ』
くっきりと魚の形が浮かび上がる。まるで上から見ているような鮮明さだった。
いつのまにか後ろにジャックがいた。
「魚獲るのに、それ便利なんだよ」
そう言ってジャックは笑った。
アルルは嬉しいような、残念なような複雑な気持ちになった。
「ありがとうございました。ササリーフ採取があるので、そろそろ帰ります」
アルルはお辞儀をした。
「おう。お疲れ。ご馳走様、おいしかったよ」
「詠唱、頑張れよ」
アルルは軽くお辞儀をすると洞窟を後にした。
《舵チョウ》に乗りながら、何度も『生ある者を示せ』を唱えていた。森の中の動物や魔物の様子が手に取るようにわかる。
(へえ、意外と使い道ありそう)
アルルは、満足感に包まれた。
そして、アルルは帰ってから、ササリーフ採取をして寝床についた。
また今日もアレンに会わなかった。




