第10話 白い大蛇ネブリス
三人は、南の湖を抜けて南の森、さらにその奥の迷いの森に行くことにしていた。
風もなく雲ひとつない空。湖の水面にも青い空が映っていた。水面には水鳥の群れが浮いている。
「リュカ、迷いの森の先って何があるの?」
アルルが小走りでリュカに追いついて話しかけた。
「うんと……小高い丘があって、その先は岬になっているよ。丘の先の岩場には洞窟があったな。入らなかったけど」
「一人で行ったの?」
「うん、ちょっと憂さ晴らしで冒険したくなった時があった」
「なんかあったの?」
「姉ちゃんと喧嘩したんだ。まあ、すぐ仲直りしたけど……」
「リュカってお姉ちゃんいるんだね」
「ああ」
反対側で歩くグレンが会話に入った。
「迷いの森って魔物と遭遇すると思うけど、一人で行けるものなのか?」
「うちらの種族の特性で、《気配を消す》ってスキルがあるんだ。それを使っていただけだよ」
「へー! すごいな。今度見せてくれよ」
「ああ、いいよ」
アルルはリュカを羨望の眼差しで見ていた。
(魔物がいるところも自由に行けるのか……いいなあ。いろんなところを冒険できるなんて)
湖を抜け、南の森に入ってしばらくすると、リュカが「ちょっと止まって」と腕を広げた。
リュカが上を指差した。グレンとアルルが上を見上げると、大きな黒い蜘蛛がいた。体長二メートルあるだろうか、微妙に体を左右に揺らしている。
「揺籃蜘蛛だ」
リュカが静かに言う。
「準備動作だ……揺れが終わるタイミングで飛びかかってくるぞ」
グレンが低く構える。
蜘蛛は巣から勢いよく落下し、鋭い脚で地面に着地すると同時にお尻を突き出し、前方に糸を勢いよく噴射した。
グレンは回転斬で、迫り来る糸の束を切り裂いた。
ザシュッ、ザシュッ、ザザシュッ!
糸攻撃が入らないと見ると、揺籃蜘蛛は飛んだ。瞬きする間にグレンの上に襲いかかった。――速い。
リュカは毒矢を放った。
ドッ!
揺籃蜘蛛には毒は効かなかった。
「チッ」
「癒やせよ!」
アルルがグレンを回復した。が、グレンの動作が急に遅くなる。顔色が悪い。
「毒だ! 毒解除!」
「清めよ!」
アルルは慌てて詠唱する。
「巣から子供が来る! 子供から離れて!」
リュカが叫ぶ。巣から降りてくる何十匹もの蜘蛛の子供が降りきるまでタイミングを合わせた。
(ここだ! ――流星矢!)
リュカが放った矢は空中で分裂し、蜘蛛の子に降りかかる。
ブチッ! ブチチッ! ブチッ!
「ナイス!」
グレンは親蜘蛛を切りつけながら、リュカの方に振り返った。
「癒やせよ」
「毒!」
「清めよ」
何度もグレンが毒攻撃を喰らった。
「毒攻撃前は、動作が遅くなるんだ。アルルよく見て」
「癒やせよ!」
毒攻撃を喰らい時間が経つと、かなり生命力が消失する。
リュカが残った蜘蛛の子を全て倒し終わった。
アルルはポシェットの瓶を取り出してササリーフのエキスを飲み、魔力を取り込んだ。
「癒やせよ!」
アルルは、揺籃蜘蛛の動作が遅くなり、お尻を突き出す動作が――わかった。
「清めよ!」
グレンがアルルの方を見て笑った。そして前に向き直った。
「雷斬!」
グレンは一歩踏み出し、勢いよく横に斬った。
ザンッ!!
揺籃蜘蛛は背伸びした後、体を地面に落とし、倒れた。
ギュウ……。
しばらく三人は肩で息をしていた。
「「「ハァハァ……」」」
「最後よくやった、アルル」
グレンが褒めると、アルルの表情は喜びに満ちていた。
「俺は――? 蜘蛛の子、速攻倒したよ」
リュカが不服そうに言った。
「あー……ついでにリュカも、よくやったよ」
「ついでかよ」
三人は笑った。
「簡単に褒めたくねーんだよ、男には」
「はい、そーですか……」
リュカが少しいじけた。
「みんな、よくやったよ!」
アルルが誇らしげに言うと、ポシェットからクッキーを取り出して二人に渡した。
「ニンジンとほうれん草が入ったクッキーだよ。体力回復するから、食べてね」
「「ありがとう」」
アルルも食べている。
「甘くて美味しい」
「でしょ。……そういえば、グレンのアームバンドはまだ出来てない感じ?」
リュカが半笑いで話し始めた。
「それがさ、こいつ照れて服の上じゃなくて、肌に直接つけてるんだって。隠してるんだよ」
「服の上だと戦闘の邪魔になるだろ?」
グレンは前を向いてアルルとリュカの方を見なかった。
「先行こうぜ」
グレンがそう言うと、アルルとリュカは、目を合わせて笑った。
◇
「もうそろそろ迷いの森になる」
リュカが静かに言った。
三人はゆっくりと大きな木々の間を縫って歩いた。
リュカが立ち止まった。
「何かいる」
草むらの間に目を凝らすと、無数の小さな赤い点が見えた。
「肉食兎だ」
リュカが言った瞬間、前後左右から十センチほどの小さなうさぎが飛び出した。目が赤く光り、おびただしい数のうさぎ。三人は、あっという間に白い波に飲まれた。あちこち噛まれて痛い。
「旋風斬!」
グレンは一歩引いて体を勢いよく回転させた。
キキッ! キッ!
周りの肉食兎は、血に塗れながら鳴き声を上げて飛ばされた。
リュカが、飛んだ塊に流星矢を打ち込む。
バババッ! キキッ!
「癒しの光! 癒しの風よ、我らを癒したまえ」
アルルは範囲回復魔法で傷を癒す。
残党は奥の森に逃げて行った。
「もしかしたら、奴らのボスがどこかにいるのかもしれない」
リュカが弓を肩に掛け直しながら言った。
「用心するに越したことないな」
グレンが口をすぼめて息を吐いた。
アルルも息をつく。
「そろそろ敵が強くなってくるな……来たぞ」
リュカが前の方に向かって弓をつがえた。
シュッ。ガッ! キキーーッ!
「当たった!」
リュカが言った瞬間、リュカに向かって白い大きなものが飛んで来てリュカが倒れた。白い大きなボス兎――牙兎だった。
「リュカ! ……癒やせよ!」
アルルがリュカに近づく。
するとさっきの肉食兎が四方から飛んで来た。リュカが短剣で肉食兎を薙ぎ払い、弓で流星矢を撃つ。
キキッ!
グレンが剣で牙兎を薙ぎ払おうとすると、数メートルジャンプした。目が赤く光る。
今度はアルルに飛びかかった。
「きゃっ」
アルルは倒れた。
「このっ!」
グレンが薙ぎ払おうとした。だが、またすぐにジャンプ。
跳躍が高すぎてどこにいくかわからない。
アルルは起き上がると、魔法を唱えた。
「氷よ、足止めせよ!」
牙兎は地面に落ちると、足が凍って動けなくなった。
パリン。必死にこちらにゆっくりと歩いてこようとする。
その隙にグレンが空中で跳んで上から落下しながら、剣を槌のように振り下ろした。「天槌!」
ザンッ! ギーーーッ……。
牙兎は、首が割れて息絶えた。周りの肉食兎は、ぴょんぴょん跳ねながら森に消えて行った。
「血の匂いを嗅ぎつけて、他のも来そうだから進もうか。大丈夫?」
リュカが心配そうに聞いた。
「「うん」」
グレンとアルルは力強く頷いた。
しばらく歩いていると、リュカが不意に立ち止まる。
「アルルって、底知れないね」
リュカがそう言って笑う。
「なにが?」
「攻撃魔法も使えるなんて……」
「私、双術師になりたいんだ」
「ほう……頑張って」
リュカがニコッと笑った。
前を歩くグレンが咳払いした。
「気を抜くところじゃないからな」
「「はーい」」
迷いの森を進んでいくと、かすかに霧が出てきた。
グレンが立ち止まる。アルルはグレンの視線の先を見ると、白い大蛇がいた。蛇は鎌首を挙げているが、三人は見上げていた。
リュカが掠れた声で言った。
「ネブリス……」
リュカはゆっくり弓を肩から下ろす。
グレンは剣の柄に手をかける。
アルルは杖を前に突き出す。
ネブリスは、三人を値踏みするように黄色い目で見ている。赤い細い先割れ舌がたまにちょろりと顔を出す。
三人の頭の中に《声》がする。
『お前たちは誰だ?』
――それは目の前のネブリスの声だった。
ネブリス
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