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悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます  作者: 湊一桜


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6. 彼の素直な気持ち

 ジョエル様が去ったあと、ルーカスは思いっきり大きなため息をついた。そしてまた、私を睨む。


「クソチビ……余計なことばかりしやがって!! 」


 ルーカスは何に怒っているのだろうか。私が股間を蹴り上げたことだろうか。それとも、ジョエル様に助けを求めたことだろうか。はたまた、舞踏会を開くことを提案したことだろうか。いずれにしても、ルーカスが気に入らないと思っていることは確かだ。


「そもそも、舞踏会ってなんだ? どうして俺が、興味もない令嬢と踊らなければならないんだ」


 ルーカスはため息混じりに告げる。だから私は、思わず言ってしまった。


「もしかしてルーカス様、破壊的にダンスがお下手なんですね」


 そして、慌てて口を塞ぐ。こんな私を、ルーカスは思いっきり睨んだ。そして、失言をした私についに暴力でも振るうのかと思ったが……


「は? 馬鹿かお前」


 ルーカスはあきれたように吐き出す。


「俺は学院時代、ダンスでもトップの成績だった」


 その言葉に、思わず吹き出してしまった。


 なに?ダンスでトップの成績!?

 ルーカスって踊れるの!?


 そんな私に、


「は? クソチビの分際で笑うな」


なんて豪語する。やっぱり大嫌いだと改めて思う。だが、ルーカスは何を思ったのか、またあり得ないことを言い始めたのだ。


「セシリアが相手なら、喜んで踊るのにな」


 やめてよ、そういうの。ルーカスなんて大嫌いだが、どう答えていいのか対応に困る。


「悔しいけど、ジョエルの言うことも正しいからな。

 今の俺じゃ、セシリアに嫌われるかもしれない。もっと男を磨くべきなんだろう」


 何を言っているのだろう。今までのように、ジョエル様に叱られた件も、怒り飛ばしたらいいのに。そうすれば、私だってルーカスを嫌な人と思い続けることが出来る。だが、ここへきて急にいい人発言だ。そう言う予想外の言動は、やめて欲しい。悪役は悪役らしくするべきだ。そして、ルーカスがどう変わろうが、私が惚れるはずがないのに。


 ただ、ルーカスが意外すぎる発言をするから、思わず言ってしまった。


「あの……蹴ってしまって、申し訳ありませんでした」


 ルーカスは一瞬、ぽかーんと私を見る。そしてその顔は、次第に意地悪く歪む。


「謝って許されるものでもないだろう。

 お前は、()を蹴ったんだ。普通なら、この館から放り出してやる」


 だよね……やっぱり、情け容赦ないや。

 いい人だと思った私が間違いだった。


「でも、お前はセシリアの兄である、マルコスの知人なんだろう?

 セシリアについての情報を洗いざらい話せば、今回のことは許してやる」


 ……は? どうしてそうなる!?

 私はセシリアのことは何でも知っているが、情報は取捨選択しなければならないだろう。そうだ、ルーカスに、私のことを嫌いになってもらうなんてどうだろう。だから私は告げていた。


「私は、セシリアさんに会ったことはありません。ですが、噂には聞きます。

 父親は犯罪者。自分は性格が良くないのに、優しい男が好き。それに、男よりも犬が好きのようです。

 セシリアさんを振り向かせるのは難しいですし、ルーカス様にはもっといい女性がいるかと思います」


 ルーカスは怒りのこもった目で私を見る。その目で見られただけで、刺し殺されてしまいそうだ。そしてそのまま、強い語気で言う。


「セシリアの父親は、犯罪者ではない!」


 ……え!?


「周りが信じてやらないと、彼女はどうやって生きるんだ!? 」


 私は俯いた。気を許すと泣いてしまいそうだ。

 ルーカスは、自分がセシリア()を振り向かせるのは難しいと言われたことよりも、セシリア()を侮辱したことに腹を立てている。どうしてそんなに優しいことを言うのだろう。本当に、キャラに合わないことは言わないでいて欲しい。

 

「今後、セシリアのことを悪く言うのを、一切禁止する」


 ルーカスはそう告げ、書類に目を落とす。そして、ぼそっと吐き出した。


「確かに、セシリアが俺を好きになるのは難しいかもしれない。俺は最低な男だから。


 でも、惚れた女を守り通すくらいの覚悟はある。

 俺が近くにいてやって、あいつを理不尽な攻撃から守ってやりたい」


 ルーカスが私に求婚したのも、私を守るためだと言うのだろうか。私は薄々気付き始めていた。ルーカスは最低な男だが、セシリア()に対してはすごく優しく正義感溢れていることに。セシリア()と結婚すれば、必ずルーカスの評判も落ちるだろう。だが、それすら気にせず、必死にセシリア()を守ることを考えている。……なんて健気なのだろう。


 こんなルーカスの存在が、少しずつ私の心の安心になり始めているのも事実だった。


「なあ、クソチビ」


 ルーカスは書類を手に持って目を通しながら、私に言う。


「俺がどうしてセシリアに惚れたのか、教えてやろうか? 」


 私は思わず頷いていた。


 しんと静まり返った室内に、ルーカスの低い声が響く。その声にはいつものような狂気はなく、少しだけ甘さと切なさがあった。相変わらず書類を見る彼の眼差しは、いつの間にか優しげに歪んでいる。


「セシリアと俺は、学院時代の同級生だ」


 ルーカスは静かに告げる。


「セシリアは目立つタイプではなく、正直はじめは興味もなかった。

 俺はもっと派手好きで、窓際で読書なんてしているセシリアに、惹かれるとは思ってもいなかった」


 ……でしょうね。私とルーカスは、タイプが全然違う。ルーカスは昔からクラスの中心にいて、目立つような人だった。もちろん、目立つといっても悪目立ちだが。


「だが、席が隣になった俺は、まんまとセシリアに堕ちた」


 ルーカスは、なおも優しげで甘い声で続ける。


「ある日、食事にキノコが出た。俺はキノコが大の苦手で、あんなものは人間の食べ物ではないと思っている。キノコを見るだけで吐きそうになるほどだ。


 だから俺は、大嫌いなキノコを避け、バレないようにセシリアの皿へと投げ入れた」


 ……はぁ!?


「するとセシリアは、美味しそうにそれを全部食った。


 俺は感激した。こいつ、キノコをこんなにも美味しそうに食うのか、すげーと」


 何それ……

 どんな感動話が出るのかと思ったのに、それか。


 私は心の中でため息をつく。


「またある日、俺は猛犬に襲われていた。その猛犬は俺に激しく吠えかかり、俺は噛み殺される恐怖に襲われた。


 だが、セシリアはその猛犬を、俺から引き離してくれた」


 その記憶は微かにある。だが、私の記憶の中の犬は、猛犬などではない。小さなマルチーズが、遊んで遊んでとルーカスに飛びついていたのだ。でも、ルーカスがあまりにも怖がっているのと、マルチーズが可愛すぎたため、私がマルチーズを抱っこしたのだ。


 ……なんという誇張ぶりだ。


「そしてまたある日、俺は興味もない令嬢に告白されていた。どうせ俺の家の爵位を狙って、幼い頃から取り押さえにかかっていたのだろう。そいつは、あまりにもしつこかった。


 そろそろ嫌気がさした時、セシリアが教室に現れて助けてくれた。するとその令嬢は顔を真っ赤にして逃げていった」


 きっと、偶然居合わせただけだ。私は助けるつもりなんてなかっただろうし、その記憶すらもない。確かにルーカスはその容姿と家柄からモテていることは知っていたし、それ故に近付きたくもなかったのだ。


「セシリアはこうやって度々俺を助けてくれた。


 きっと、セシリアは俺のことが好きなんだろう」


 その勘違いぶりに、思わず吹き出しそうになった。


 ちょっと待ってよ。私がルーカスを好きだった……!? ないない!絶対にないから!


 むしろ、ルーカスは苦手な部類だった。家柄はいいはずなのに、乱暴者で喧嘩ばかりして。時には女の子を泣かせたり、先生に暴言を吐いたり。私の最も苦手とする部類だったのだ。そして今も、それは変わりない。いや、非常識な暴君と知って、ますます関わりたくないと思ってしまう。


「クソチビよ、お前はどうしてそんな顔をしている? 」


 そう言われて、はっと我に返る。私はきっとすごく複雑で、それでいて笑いそうな顔をしていたのだろう。慌てていつも通りの表情に戻す。


「お前が思っているよりも、セシリアはずっといい女だ。


 セシリアの父親が爵位を剥奪され、急に彼女が学院からいなくなった時、俺はどん底に堕ちた。

 俺は日々彼女に癒され、彼女から元気をもらって生きていたのだ。


 ……そんなセシリアを侮辱する奴は、例え使用人でも許さない」


 その気持ちは嬉しいが、やはり複雑だ。だって私がセシリアだからだ。それでも、ルーカスが私のことをそうも想ってくれていたのは意外だった。そして、嬉しくも思ってしまうのだった。たとえその動機が勘違いや思い過ごしだったとしても。


「だから、舞踏会とかやめてくれ……」


 ルーカスはすがるように言う。


「俺はただ、セシリアといたいだけなんだ……」


 普段は気が荒くて攻撃的なルーカスが、セシリア()を思ってこうも素直で弱々しくなる。その様子を見て、気持ちがぐらつかなかったと言ったら嘘になる。そして一瞬、ルーカスと結婚出来れば幸せになれると思ってしまった。


 だけど、だ。私は平民だし、普段のルーカスの様子も散々だ。例えセシリア()との恋がはじめは上手くいったとしても、いずれボロが出て駄目になる可能性も大きい。そして、ルーカスは周りから後ろ指を指され、私だって悪口を言われ続けるだろう。二人の未来に幸せがないのは事実だ。舞踏会で、私よりもいいと思える人を見つけて欲しいと、心から思った。





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