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悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます  作者: 湊一桜


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5. 彼の弟に惚れてしまいそう

 来客が帰ると、ルーカスは綺麗に片付いた部屋の中を見回した。……私は綺麗になったと思うのに、ルーカスはぶっきらぼうに吐く。


「ここは俺の部屋だ。勝手にものを触るな」


「も、申し訳ございません」


 頭を下げながら、やっぱりこの人無理だと思う。私が汗を流して整理整頓したのに、この言い様だ。私がセシリアに戻った際には、ボロボロに貶してやろうかとさえ思った。


「だが、綺麗になった」


 その言葉に、はっと顔を上げた。ルーカスはやはり意地悪な顔をしたまま、整理整頓された本棚を睨んでいる。


「お前のクソ不味い紅茶も、まあまあだった」


 クソ不味いのか、まあまあなのか、はっきりしてよ!


「お前があのクソ不味い紅茶でも淹れてくれれば、セシリアだって喜ぶだろう」


 その言葉に、背筋がゾゾーっとした。悪いけど、私、それは出来ない。だって、私がセシリアなのだから。万が一、セシリア()がこの館に来ることになったら、セリオ()は姿を眩まさないといけない。


「せ……セシリア様が、す、好きなのですね……」


 初めて自分から言葉を発したが、その言葉は酷く震えていた。どうか、バレませんようにと必死に祈る。


 ルーカスは、表情を和らげて宙を見る。先ほどまでの意地悪な表情とは違う。私の話をする時、ルーカスはこんなにも優しげで温かい顔になる。だが、私がきゅんとするはずもない。


「あぁ……俺はずっとセシリアを思っている。

 早くセシリアに会いたい。そして、セシリアを花祭りに招待しようと思う」


 ちょ……ちょっと待って。私の思考がついていかないのだが。ルーカスは、花祭りにセシリア()を招待したいと言っている。セシリア()が花祭りに行くのならば、セリオ()は休みをいただかなければならない。そして、ルーカスはなぜ私をそんなに思っているのだろうか。身に覚えのない私は、ルーカスの勘違いとしか思えない。


「俺はセシリアと花の道を歩き、パレードを共に見物したい。そのため、必死になって花祭りの準備をしている」


 ルーカスが花祭りの仕事に真面目に取り組んでいるのは、私を招待するからと言うのだろうか。何という不純な動機だろう。そして耐えきれず、思わず聞いてしまった。


「ルーカス様は、なぜ……せ、セシリア様を好かれているのですか? 」


 ルーカスは眉をひそめて私を睨む。そのイラついた瞳を見ると、思わず怯えて飛び上がりそうになってしまう私。そしてまさか、ルーカスは私がセシリアだと気付いたのではないかという不安が押し寄せる。


 だが、ルーカスを甘く見ていた私がいけなかった。


「おい、クソチビ」


 ルーカスは不満そうに私を呼ぶ。思わず背筋を伸ばした私に、彼は口角を歪めて吐いたのだ。


「お前は恋したことがないんだな。ひ弱だな」


 彼はさらに、私を馬鹿にし続ける。


「お前は虚弱体質だから、自分に自信もないのか?

 

 ……チ◯コ付いてんのか? 」


 罵られ、私は顔を真っ赤にする。ルーカスは最後に下品な言葉を吐いたが、私に付いているはずもない。だって、私は女だから。だが、この事実がルーカスにバレてはいけない。


 ルーカスは馬鹿にするように私を見て、一歩また一歩と歩み寄る。その綺麗な顔と、嘲笑うような視線にどぎまぎしながら。そしてルーカスは、何の前触れもなく、がばっと私の手首を掴んだのだ。必死に手を引こうとするが、男の力で押さえつけられてびくともしない。そのまま、ルーカスに床に押し付けられた。


 見る人が見れば、今の私はかなり際どい場面に直面していると言えるだろう。大人の男に馬乗りになられ、両手首を床に押さえつけられているのだから。このままことに及ぶと見えるかもしれないが、そんなはずはない。だって、今の私はセリオ()だから。そんなこと分かっているはずなのに、胸がドキドキする。もちろん甘いドキドキではなく、不吉なドキドキだ。


 ルーカスは私の上に跨ったまま、勝ち誇ったように私を見下ろす。そして、意地悪く口元を歪めたまま、私に告げた。


「クソチビ。お前、女みたいだから、お前のチ◯コを見てやる。

 写真でも撮って、ばら撒いてやろうか? 」


 最悪だ……最低だ……使用人の下半身を露出させ、その写真を撮るだなんて、悪質にも程がある。そして、もちろんそんなもの、私にはついていない。


 追い詰められたネズミは、襲いかかる猫を攻撃するかもしれない。そしてまさしく追い詰められた私は、ルーカスを攻撃した。その股間を力いっぱい蹴り飛ばしたのだ。


「痛ぇ!! 」


 ルーカスは、股間を押さえてギャグみたいに飛び上がる。そして私は、ルーカスの体が離れた隙に、ルーカスを押し退け部屋を飛び出していた。




 後ろを振り返り、ルーカスが追ってきていないことを何度も確認した。そして、ルーカスが追ってこないことにホッとするとともに、胸がズキズキと痛んだ。私がいなくなっても、ルーカスは痛くも痒くもないんだ。


 ルーカスが最悪な人だということは、よく分かった。そして、どういうわけか私が好きで、求婚しているらしい。私はもちろん、ルーカスと結婚なんてしたくない。この館に潜入して、結婚したくないという気持ちはますます強くなった。出来ることなら、この使用人の仕事も辞めて、全てなかったことにしたい。だが、お兄様に紹介してもらった仕事だ。お兄様の顔を立てるためにも、もう少し続けなければならないだろう。でも、私はルーカスを攻撃してしまった。ルーカスは、酷く怒っているに違いない。


 廊下をうろついている私は、


「君、どうしたの? 」


不意に呼びかけられた。振り返るとそこには、ルーカスによく似ているが、ルーカスよりもずっと優しそうな男性が立っていたのだ。


 ルーカスと同じブロンドの髪に碧眼の瞳。だが、ルーカスよりも優しげで少し下がった目尻の彼は、私に優しく告げる。


「君は新しい使用人? この館で迷ったの? 」


 私はぐっと黙る。たった今、ルーカスの股間を蹴って部屋を飛び出したなんて言うと、優しそうな彼すら怒るかもしれない。いや、私は不敬ものだと言って、捕えられるかもしれない。


 黙っている私に、彼は優しい声で告げる。


「僕は、トラスター家の次男、ジョエル。

 君は兄上の新しい使用人だよね? 」


 ジョエル様はそう告げ、私の前に身を屈めて目線を合わせる。ルーカスと同じく彼も美男だが、ルーカスよりもずっとずっと優しそうだ。


 ジョエル様に聞かれ、思わず頷いてしまった。そして、この優しそうな男性に聞かれると、思わず吐き出してしまった。


「私はルーカス様の使用人ですが、ルーカス様に手を挙げてしまいまして……」


 こんな私を見て、ジョエル様はふふっと笑った。そして、笑顔のまま告げる。


「そうでしょう? 兄上の使用人は皆、そうやって兄上に愛想を尽かして去っていくんだ。

 兄上も悪い人ではないんだけどね、何しろ荒っぽいから……」


 いや、兄上は悪い人だと私は思っている。デリカシーがなく、人のことを貶し続ける、嫌な男だ。


「君は兄上に謝りたい? それとも、もう使用人を辞める? 」


 ジョエル様は私に視線を合わせたまま、申し訳なさそうに告げる。だが、今回の私の就職は、私のお兄様の手も借りているのだ。すぐに離職だなんて、お兄様にも迷惑がかかるため、出来る限り避けたい。


「謝りたいです……」


 私は消えそうな声で告げる。確かにルーカスに手を出してしまったことは、謝らなければならない。だが、ルーカスにも謝ってほしい。そんなこと、無理に決まっているだろうが。


「そう。続けるなんて、君はなかなか度胸があるね」


 ジョエル様はおかしそうに笑いながら言う。


「僕も、これ以上兄上の評判を落としたくない。だから、君が続けてくれるのは大歓迎だよ。

 辛かったら、いつでも話を聞くから」


 ジョエル様はルーカスと兄弟なのに、どうして兄弟間でこんなにも違うのだろう。ルーカスが酷いだけに、ジョエル様に惚れてしまいそうだ。ジョエル様なら婚約者を大切にするだろうし、使用人を酷く扱うことも無さそうだ。ルーカスがジョエル様だったら良かったのにと、心から思った。


「兄上も大好きなセシリア嬢と結婚して、早く落ち着けばいいのに」


 いや、それは困る。セシリア()と結婚だなんて、私は耐えられない。そして、ふと思った。ジョエル様を説得したら、私との縁談はないものに出来るかもしれない。


「あの……その件なのですが……」


 私は上目遣いでジョエル様を見る。ジョエル様は、相変わらず優しい顔で私に微笑みかけている。それはまさしく天使の笑顔だ。そんなジョエル様に、私は告げていた。


「せ、セシリア嬢は、平民です。おそらく、ルーカス様と釣り合わないかと存じます。

 他にも、もっと適した令嬢がいるでしょう」


「確かに皆はそう言う。でも、兄上はセシリア嬢以外、考えられないみたいなんだ」


 ジョエル様はあまり乗り気では無さそうだ。だが、周囲の人はこの縁談に反対しているようで、心底ホッとする。


「舞踏会なんて開いてみてはいかがですか? 」


 私は提案していた。舞踏会で、ダンスが上手くて煌びやかな令嬢を見つけてもらおう。そうすれば、私の仕事も終わりだ。


 ジョエル様はしばらく考えていた。そして、そうだねと頷く。


「今までどんな令嬢にも靡かなかった兄上だ。舞踏会を開いたところで、いい相手が見つかるとも思えない。

 ただ、僕もそろそろ相手を見つけなければならないからね」


 ジョエル様の相手なら、私がなります!なんて言いたくなるほどだった。だが、ジョエル様も公爵令息だ。身分不相応に決まっている。私は黙って裏方にでも徹しよう。





 ジョエル様は、私をルーカスの部屋まで連れて行ってくれた。部屋を開けると、ルーカスは何事もなかったようにデスクに座って仕事をしている。私がいようがいなかろうが、関係ないのだろう。そんなルーカスに、ジョエル様は厳しく言ってくれる。


「兄上。使用人にキツく当たるのは、やめていただけますか?

 使用人が頻繁に変わると、兄上の評判も落ちます」


 ルーカスは、ジョエル様を思いっきり睨む。その目つきは、使用人の私を見る瞳と同じ、獰猛な野獣のようだ。そして、あからさまにイラついたように話す。


「評判とか、関係ない。俺は俺の好きなようにやる」


 あぁ……これはダメだわ。ルーカスは自己中すぎて、周りを見たり空気を読むことなんて出来ないのだろう。ジョエル様を見習って欲しい。


 だが、ジョエル様もさすがルーカスの弟だ。長年暴力的な兄と付き合っているため、ルーカスへの対応も心得ているようだ。


「兄上、セリオさんの提案で、近々舞踏会を開くことにしました。

 僕も婚約者を探すから、兄上も男を磨いてください」


「お前、余計なことを言いやがって」


 なんとルーカスの怒りは、ジョエル様ではなくて私に飛び火する。怒りのこもった瞳で睨まれ、先ほど押し倒された時の恐怖が蘇る。そして怯える私を、ジョエル様が守ってくれる。


「セリオさんを痛めつけるのなら、僕が許しませんよ?

 だいいち、自分がいい暮らしを出来るのも、使用人の皆さんのおかげです。感謝を忘れないようにと、日々父上に言われているでしょう」


 ルーカスが兄だというのに、これじゃあジョエル様が兄のようだ。ますます情け無くなる。公爵家だって、ジョエル様が継いだほうが安泰だ。


 ジョエル様は最後に、


「これ以上セリオさんを虐げたら、許しませんよ」


なんて言い残して出ていった。ジョエル様だって仕事で忙しいのだろう。それなのに、こんなにも私を守ってくれて感謝の気持ちでいっぱいだ。このままでは私、ジョエル様を好きになってしまいそうだ。



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