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悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます  作者: 湊一桜


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4. 滅茶苦茶な公爵令息

 ルーカスが入った部屋は、広くて大きな部屋だった。窓際に大きなデスクが置かれ、壁際には天井まで続く本棚が置かれている。部屋の手前には、革でできた豪華な応接セット。ここはルーカスの仕事部屋なのだろうか。


 ルーカスはすたすたとデスクに歩み寄り、椅子にどかっと腰かけた。そして私を睨みつつ命令をする。


「クソチビ、飲み物と菓子を持ってこい」


 ……はぁ!? 何この態度。信じられない。


 心の中でそう発しながらも、


「承知しました」


私は笑顔で頭を下げ、部屋を出る。そして廊下をドスドス歩きながらぼやいていた。


「失礼な!クソチビって何!?

 あんな変な男に罵られても、痛くも痒くもないの!」


 そして運良く給湯室を見つけ、ティーカップに紅茶を入れる。そこで、ふと乾燥させたカモミールやラベンダーが置いてあることに気付いた。ルーカスは気が立っているから、カモミールなんかを入れてリラックスするのがいいのかもしれない。ルーカスがリラックスしたら、私に対する攻撃も弱まるだろう。私は紅茶の中にカモミールを放り込んだ。


 セシリア特製のブレンドティーと、お洒落なクッキーを持って部屋に戻る。すると、部屋の中には相変わらずだらけた様子で椅子に座るルーカスと、ルーカスの前に立っている人物がいた。ルーカスの前に立っている人物は背が高く、ブロンドの髪に所々白髪が混じっている。そして、ルーカスによく似ているが、もっと知的でもっと厳しい顔をしている。黒いスーツを着ており、見るからに高貴だ。この人はまさか……


「ルーカス。花祭りに関しては、お前に一任している」


 男性の低い声が聞こえる。


「将来、私の爵位を継ぐ者として、必ず成功に導くように」


「ハイハイ、承知しました」


 ルーカスは相変わらず面倒そうに答えるが、この会話から私は確信した。この高貴な男性はルーカスの父トラスター公爵で、ルーカスは将来公爵になるのだ。ルーカスが公爵なんかになったら、トラスター公爵家も終わりだな、なんて心の中でほくそ笑む。一人でニヤついていた私をルーカスは目敏く見つけ、


「おい、クソチビ」


荒々しく呼んだ。


「ぼーっと突っ立っていないで、早く持ってこい!」


「は、はい!! 」


 私は慌てて背筋を伸ばし、ブレンドティーとクッキーをルーカスに差し出す。元伯爵令嬢なだけあって、改まった場でのマナーは心得ている。ブレンドティーをそっと差し出す私を見て、トラスター公爵は口元を緩ませた。


「君が新しい使用人だね。話は聞いている」


 トラスター公爵は、低くて穏やかな声で私に話しかけた。


「倅は我が強く、迷惑をかけることもあるかと思う。

 だが、どうか倅をよろしく」


「勿体無いお言葉です。こちらこそ、よろしくお願いします」


 私は頭を下げていた。

 どうやら、トラスター公爵はちゃんとした男性らしい。ルーカスの父親だからと身構えたが、そこはさすが公爵だ。トラスター公爵が紳士で優しい男性だから、ルーカスの株がまた下がってしまうのだった。


 だが、


「君は、倅の同級生であるセシリアの兄の知り合いだそうだな」


急に発せられたその言葉に、飛び上がりそうになった。やばい、心臓がドキドキいって止まらない。ドキドキというのも、甘いドキドキではなく、嫌な胸騒ぎだ。


 出来る限り平静を装う私に、トラスター公爵は告げた。


「倅は、ずっとセシリアに恋をしている。

 それで周りの者が、セシリア以外との縁談を勧めるから、性格がひん曲がってしまったのだよ」


「チッ……うるせぇな」


 ルーカスはそう言って、私の差し出したブレンドティーを一口飲んだ。そして思わずむせ始める。私が心を込めて淹れたのに、むせるとは何事だ。それに……セシリアに恋をしている? どういうこと?


「ルーカス。セシリアだって、今のお前を見ると幻滅するだろう。

 もう少し、次期公爵として自覚を持て」


 トラスター公爵はそう言い残して部屋を出ていった。


 ルーカスは昔から暴力的で破茶滅茶だったため、今の彼を見てもたいして幻滅はしない。むしろ、あの頃と全然変わっていないと思うだけだ。だが、私にはもちろん気持ちはないし、ルーカスが私を好き……? それも何かの間違いだろう。だってルーカスと過ごした数年間、彼はそんなそぶり一つ見せなかったのだ。私はただのクラスメイトだった。


「おい」


 ルーカスの低い威嚇するような声ではっと我に返った。ルーカスは、ブレンドティーの入ったマグカップを手に持ったまま、私を睨んでいる。


「お前は楽しいか。人の痴話を聞いて」


 その言葉に、


「い、いえ!! 」


ということしか出来ない。だが、気になりすぎて聞いてしまった。


「その女性のことが、好きなのですか? 」


 私は今、セリオだ。そう思いながらもドキドキする。ルーカスが怒らないかとか……私のことを好きと言ったらどうしようとか考えてしまって。そして、どうか間違いであって欲しいと祈るのだった。


 だが、ルーカスはマグカップを持ったまま、私を睨んで挑むように告げたのだ。


「好きだ。……でも、お前には関係ない」


 いや……めちゃくちゃ関係あるのですが……!!

 

 ルーカスはブレンドティーの入ったマグカップを持ちながら、じっと私を見る。その顔はとても綺麗だが、相変わらず意地悪く歪んでいる。


「お前は俺の恋愛話を聞いて、嘲笑うのだろう? 」


「い、いえ!嘲笑うはず、ありません」


 聞きたくない。聞かぬが仏だ。だけど、やっぱり気になってしまう。


 ルーカスは再びマグカップに口を付け、ブレンドティーを飲む。そして、低い声で告げた。


「不味いな、この紅茶。どうすればこんなに不味くなるのだろうか」


 興奮するルーカスを想って、カモミールなんて混ぜなければ良かった。我ながら、自分の行いを後悔する。だが、ルーカスはブレンドティーに目を落としながら呟いた。


「こんな不味い紅茶を飲むと、またあいつを思い出してしまう。

 あいつは今頃、どんないい女になっているのだろうか。また、俺にくそ不味い紅茶でも淹れてくれるのだろうか」


 私はルーカスを見つめていた。ルーカスは冗談を言っているようには見えない。むしろ、愛しそうにブレンドティーの入ったマグカップを見ている。普段の眼差しとは違う、優しげで穏やかな瞳だ。こんな表情を見ると、もしかしてルーカスは優しいのではないかと錯覚に陥ってしまう。そして、彼はどの女のことを考えているのだろう。……まさか、セシリア()ではないよね?


 だが、私はすぐに現実に突き戻されることとなる。ルーカスはぼーっと彼を見ている私を冷めた瞳で見て告げたのだ。


「何をぼーっとしている。

 俺は花祭りの来賓に、招待状を書かないといけない。業者にも早くしろと催促しなければならない。

 早く便箋と封筒を持ってこい!」


「は、はい!! 」


 私は飛び上がって、机の横にある引き出しを開ける。すると、引き出しを開けた衝撃で、本棚からどさどさっと本が大量に崩れ落ちた。そしてそのうちのいくつかが、私の頭や体を強打する。


「いたたた……」


 思わず座り込んだ私の前には、崩れ落ちた本が山のように積み重なっている。初日から、やってしまった。そしてこんなドジな私に、ルーカスはブチ切れるのだろう。


 だが……よくよく見ると、本棚のいくつかには無造作に本が詰め込んであるだけで、飛び出た本が危なっかしく揺れている。ルーカスの机の上も、資料が山積みだ。こんな整理整頓されていない部屋だから、本の雪崩だって起きるのだろう。使用人がすぐに辞めてしまうから、部屋の掃除さえ出来ていないようだ。


「よし!」


 私は意を決して立ち上がった。やるべきことが見えたのなら、あとはこなすのみだ。


 こんな私に、


「何がよし、だ!」


ルーカスはイライラしたように告げる。そして怒りに満ちた顔で私を睨んだ。


「お前は、俺の手を煩わせるために来たのか!

 自分がしたことだ。自分で片付けろ!! 」


 ルーカスは怒りで震える指で、崩れ落ちた本の山を指さしている。まさか、私が片付けをしないとでも思っているのだろうか。残念ながら、私は本の山を片付ける以上のことをしようと思っている。あとで謝っても許さないから。




 それから、私は必死に部屋を片付けた。

 本は内容で分類し、さらに大きさごとに並べて本棚に入れる。それだけで、本が突き出たり倒れたりしていた本棚は見違えるほどすっきりした。

 次に床掃除に取り掛かる。隅々までモップで汚れを拭き取ったあと、さらに雑巾がけまでしておく。萎びた花を取り替え、窓を開けて換気をする。いつも家で家事をしていた私には、このくらい容易い仕事だった。そして当のルーカスは、私のやっていることなんて完全無視して、自らの仕事を進めるのだった。


 ルーカスは、片付けは出来ない人らしい。だが、公爵家の仕事は出来るようだった。時折訪ねてくる業者らしき人の対応をし、分厚い資料に筆を走らせる。来客があるたびに私はお茶とお菓子を用意し、来客に差し出した。そんな私に、ルーカスは常に傲慢な態度を取り続ける。いや、私だけでなく、来客にも上から目線だ。常に恵まれた環境にいる公爵令息だから、人に感謝することも出来ないのだろう。なんて嫌な男なんだ。私は心の中で吐き捨てた。


 ルーカスと来客に紅茶を出した私に、


「おい、クソチビ」


ルーカスは話しかける。そして、不機嫌な顔のまま告げた。


「どうして普通の紅茶を出すんだ?

 俺は、さっきのクソ不味い紅茶のほうがいい」


 あなたがクソ不味いだなんて言うから出さないんでしょう。しかも、そんなクソ不味い紅茶を、来客に出すわけにはいかないだろう。心の中でため息をつく私に、ルーカスはイラついたように告げた。


「この紅茶は捨てて、新しいものを持ってこい。……早く!! 」


 もう、本当にルーカスの言っている意味が分からない。こんなに最低な男なのだから、使用人もあきれてすぐに辞めてしまうのだろう。だが、使用人として主の指示に従わないわけにはいかない。私はカモミールのブレンドティーを淹れ、ルーカスと来客に差し出した。


 ルーカスは、来客がクソ不味いと言うことを望んでいるのだろうか。こうして、私の醜態を晒させることによって、ストレス解消でもしているのだろうか。だが、ブレンドティーを飲んだ来客は、目を見開いて告げたのだ。


「なんて美味しい紅茶なんでしょう。

 ほのかにカモミールの香りがして、とても気持ちが穏やかになります」


「そうか? 俺はクソ不味いと思うが」


 ルーカスは鼻で笑うだけだった。


 ……もう、本当に何なの、ルーカスって!!




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