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悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます  作者: 湊一桜


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3. やっぱり彼は、最悪な男だった

 そんなわけで私はトラスター公爵家の使用人の仕事に応募し、見事に採用となった。私が採用された経緯は、お兄様からよく聞いた。私の兄であるお兄様の紹介であるため、即採用とのこと。やはり、私と関係のある人は採用されるのだろうか。ルーカスは何を企んでいるのだろう。




 家を出る前に、鏡の前で自分の姿を見た。お兄様に貸してもらった男性用の服に丸い眼鏡、茶色い短髪のウィッグ。もとから胸は小さく、きつく締め付けているためあまり目立たない。だとしても。私は男性に見えるのだろうかと不安に駆られる。


「大丈夫だよ、セシリア」


 お兄様はそう言って笑うが、私をからかっているのだろうか。お兄様がどこまで本気か分からないが、私はかなり本気だ。とにかく、ルーカスにセシリアとバレてはいけない!


 家を出ようとする私に、マロンが寂しそうに擦り寄ってくる。マロンとしばらく会えないのは寂しいが、我慢しなければならない。いずれにせよ、私はまたこの家に戻ってくるからだ。


「マロン、少しだけ行ってくるわね」


 マロンを抱き寄せ、そのもふもふに頬ずりをする。柔らかなその毛が、頑張れとでも言うようにそっと私を撫でる。


「元気に戻ってくるから!」


 こうして私は、お兄様とトラスター公爵家へ向かったのだった。





 トラスター公爵邸は、馬でニ、三時間ほどの距離だった。平民の私はもちろん馬など持たず、お兄様の馬に乗せてもらう。そして疲れきったころにようやく目的地に到着した。馬を降りてその巨大な館を見た瞬間、酷く場違いなところに来てしまったかもしれないと後悔した。トラスター公爵家は、周りを頑強な壁で囲まれた、立派な館だった。かつて私たちが住んでいた、伯爵邸なんかよりもずっと。


 お兄様が公爵家邸の門をくぐると、すぐに四十代半ばの仕事の出来そうな男性が迎えてくれた。黒色の服を着て、長い髪は後ろで束ねてある。そして、眼鏡の奥の鋭い瞳で、私を品定めするかのように見た。


「騎士のマルコスから聞いている。貴方が新しく雇用されたセリオだな? 」


「は、はい!」


 びくびくしながらも出来るだけ声を低くし、男性に告げる。


「十七歳と聞いていたが、まだ声変わりもしていないのか? 」


 正確には二十二歳である。ただ、女性の私はやたら幼く見えるため、十七歳という設定にお兄様と決めた。どうやらそれが吉と出たようだ。


「せ、成長期が遅いようで……」


 お兄様が苦し紛れに告げる。そして、私は女性だとバレないか気にしすぎて、心臓が止まりそうだ。私が女性だとバレると、お兄様にも迷惑をかけるだろう。


「そうか、マルコス。セリオを連れてきてご苦労だった。礼を言う。

 それではマルコスは、騎士団へ戻るといい」


 お兄様はピシッと背筋を伸ばして敬礼をする。そんなお兄様を見ると、本当に騎士なんだと今さらながらに思ってしまった。家では優しいお兄様だが、公爵家ではかっこいい騎士なのだ。


「セリオ」


 急に偽名を呼ばれ、


「は、はははい!! 」


思わず飛び上がる。こんな私に、男性は告げた。


「私は公爵家執事長のウンベルトだ。

 私は使用人を束ねる立場にある。何か分からないことがあれば、私に聞いてくれ」


「は、はい!!」


 私はまた大声で返事をして飛び上がる。騎士のお兄様はあんなにかっこいい振舞いをしているというのに、私はダメダメだ。こんな私を、半ば不安そうにウンベルトさんは見下ろす。


「君、本当に大丈夫か? 」


 挙げ句の果てに、そんなことまで言われる始末。ウンベルトさんも、おかしな人を雇ってしまったと後悔しているかもしれない。だが、色々考えると今さら不安になってしまった私が、堂々とした態度を取れるはずもなかった。


 ウンベルトさんは私を見下ろしたまま、気の毒そうに告げる。


「ルーカス様直々のご指名により、君はルーカス様専属の使用人となるのだが……」


「えっ!? 」


 思わず大声を出してしまった。


 私はルーカスの様子を伺うため、そして令嬢を仕向けるため、この館にやってきた。私にとってルーカス専属の使用人という立場は、何かとやりやすいに違いない。だが、お兄様から聞いたルーカスの様々な悪評を思い出すと、恐怖すら感じるのだった。しかも、ウンベルトさんも、半ば哀れみの表情で私を見ているのだ。ルーカスの評判は、そこまで悪いのだろう。


「いいか、セリオ。ルーカス様の相手は、一筋縄ではいかないだろう。

 困ったことがあれば、いつでも相談に乗る」


 ウンベルトさんはそう言ってくれるのだが、その言葉がさらに不吉に感じる。ルーカス専属の使用人は、そんなにも精神がすり減るのだろうか。ただ、私は一生ここで働くつもりではない。耐えられなくなったら使用人を辞めるという選択肢もある。そう必死で考えることにした。


「まずはルーカス様にご挨拶を……」


 ウンベルトさんの言葉は、


「挨拶? 」


馬鹿にするような声で掻き消された。思わず声のするほうを見ると、随分と大人になった彼がそこにいた。


「挨拶なんてしなくていいよ。どうせこいつもすぐ辞めるんだろ? 」


 彼は格好の獲物を見つけたような目で私を見て、ニヤニヤ笑いながらそう告げるのだった。

 

「る、ルーカス様。セリオと申します」


 私は反射的に告げ、深々と頭を下げた。ルーカスは腕を組んで、こんな私を品定めするようにじろじろ見る。そして、馬鹿にするように笑いながら告げた。


「女? 女とか、いらねーんだけど」


 その言葉にビクッと飛び上がる。まさか、ルーカスは一目見て私を女だと見抜いたのだろうか。背筋がゾッとする。


 だが、


「ルーカス様。セリオはれっきとした男性であります。

 セリオはただいま到着したばかりで、とても緊張しております。どうかお手柔らかに……」


ウンベルトさんはそう告げて頭を下げる。さすが執事長なだけあって、完璧で見惚れてしまうような所作だ。しかも、ルーカスの扱い方をよく知っている。私は舌を巻いたが、ルーカスはやはりただものではなかったのだ。


「じいや」


 なんと、ウンベルトさんをじいや呼ばわりする。ウンベルトもじいやと呼ばれるほど、歳ではないのだが。


「お前、うるせぇんだよ」


ルーカスはにやつきながらも、自分の父親ほどの年齢の相手に失礼なことを言う。そして、不満げに付け加えた。


「こいつは俺の専属なんだろ? ……てことは、俺が自由にする権利もある」


「で、ですが、ルーカス様!また辞められなどしたら……」


 ウンベルトさんはとても優しくていい人なのだろう。私のことを出来る限り庇おうとしてくれる。その気持ちは嫌と言うほど伝わったのだが……相手は公爵家の暴れん坊だ。執事長が適うはずもなかったのだ。


「辞めるなら勝手にすればいい。俺が気に入らないのなら、勝手に辞めればいい」


 情け容赦もない、自己中心的な発言だ。やっぱりルーカスは……ないな。心の中で深く頷いた。


 私はこの暴君を、ずっと見ていた。記憶の中のルーカスより、さらに背が伸びて大人びている。ブロンドの髪は太陽の光を浴びて輝き、目鼻立ちはしっかりしていて彫りが深い。いわゆるイケメンの類だろう。イケメンの中でも、かなり上位のイケメンだ。少年時代のルーカスも美少年だなあとは思っていたが、大人になったルーカスは、私の想像を遥かに超えていた。


 でも……破壊的にダメなこの性格が受け付けられない。類い稀な美貌を持っているのに、この性格が全てを駄目にしてしまっているのだ。


「……もったいない」


 思わず呟いてしまった私を、


「……は? 」


ルーカスは嘲笑うような、馬鹿にするような顔で見る。その綺麗な顔が意地悪く歪んでいる。


「何がもったいないんだ? 」


 ルーカスは片眉を上げて、馬鹿にするように聞く。だから私は、


「な、何でもないです」


慌てて告げた。


 危ない危ない。昔は公爵令息とはいえ、同じ学院に通う者同士対等な関係だった。だが、今は遥かに私が下なのだ。ルーカスを怒らせることなんてしないほうがいい。


 ルーカスはなおも私を品定めするかのように見ている。そして、不意に告げた。


「お前、セリオっていうんだな」


「は、はい!」


「その名前、癪に触る」


「えっ!? 」


「これからはクソチビと呼ぶことにする」


 く……クソチビだなんて、なんて失礼でふざけた名前なのだろう。わなわな震える私は、ルーカスに反論したい。だが、ここで喧嘩なんてしたら、ルーカスの思う壺だ。


「素晴らしい名前をありがとうございます、ルーカス様」


 私は笑顔でルーカスに告げる。


「これからは私のことを、クソチビとお呼びください」


 ルーカスはぽかーんと私を見ている。その間抜けな顔を見ると、してやったりだ。心の中で嘲笑ってやる。私はルーカスに嫌われようと、クソチビと言われようと、痛くも痒くもない。ただルーカスの素性を暴き、令嬢を仕向けることだけに燃えているのだ。


 ルーカスはふんっと横を向き、


「いくぞ、クソチビ」


吐き出す。そして、大股ですたすたと歩いていってしまった。私は小走りで、その後を必死に追った。




 館の中は、天井が高くてシャンデリアが煌々と煌めいていた。そして足早に歩くルーカスを見ると、館の人々は立ち止まって頭を下げる。ルーカスはこうやって人々から敬われるため、天狗になっているのだろう。


 ルーカスはそのまま吹き抜けを通り抜け、螺旋階段を上がる。長い足ですたすた歩くものだから、私はついていくのがやっとだ。そして、この速足でさえ私を陥れるためにやっていたのだろうか。焦る私はとうとう足を踏み外し、無様に階段で転んでしまった。びったーんという、豪快な音を立てながら。


 ルーカスは、そんな私を嘲笑うかのように見て、告げる。


「何をしている。コントなら、一人でやれ」


 こ……コント!? そんなつもりは全く無い。そして、転んだ人を気遣うことすらしないルーカスが、ますます嫌いになる。絶対に令嬢を当てがって、早々に逃げてやると何度も心の中で呟いた。


 私は痛む足を庇い、何とかルーカスの後を追う。そんな私を振り返りもせず、ルーカスは長い廊下に並ぶ一つの扉を開けた。そして、私を招き入れる様子もなく、部屋に入っていく。私も入っていいのだろうか。それとも、早速令嬢探しに出かけてもいいのだろうか。戸惑っている私を睨んで、ルーカスは声を荒げた。


「何をしている。はやく入れ」


 もう嫌だ、この男!!


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