2. お兄様は、ルーカス推しのようだ
薄暗い部屋の中で、時折窓が鋭く光った。そして数秒後には雷の音。雨が激しく打ちつけ、風で窓ががたがた揺れた。聞こえるものといったら、雷と雨風の音のみ。そんななか、お兄様が再び静かに口を開いた。
「ルーカス様自ら、俺に教えてくださった」
「……え? 」
予想外のその言葉に、私はぽかーんと口を開けている。
この時代の結婚といったら、家と家との結婚が主流だ。いわゆる政略結婚というもので、公爵家ならばなおさらだ。だが、ルーカスは自ら望んで私を婚約者に指名したのか。誰かに嵌められているという心配は無くなったが、さらに謎が深まるばかりだ。ルーカスはなぜ、八年も会ったことのない私に求婚したのだろうか。
「俺が公爵家の騎士になれたのも、もとはセシリアの兄だったからのようだ」
何それ……
「セシリアの兄と分かったら、ルーカス様に引き抜かれて騎士団に入れた」
全くもって、意味が分からない。ルーカスは私に八年も会っていないのに、私をずっと想っていたのだろうか。だが、私が学院でルーカスと生活を共にしていた頃でさえ、ルーカスが私に気があるような素ぶりは何もなかった。ただ、普通の級友として、しかも、結構苦手な分類に入る級友として接していただけだ。
お兄様は、ルーカスに毒されているのだろうか。しまいには真顔で、こんなことを言い始めてしまった。
「トラスター公爵家の子息と結婚出来るなんて、大チャンスじゃないか。
セシリアがルーカス様と結婚すれば、昔のように何も不自由のない生活が送れるんだよ?」
お兄様は、昔の豪華な暮らしに未練でもあるのだろうか。私は、今の暮らしも苦ではない。
「ルーカス様だって気が荒いのは確かだけど、根はいい人なんだよ? 」
何、その取ってつけたような言い方。そもそも、求婚相手の兄と殴り合いの喧嘩をする人なんて、私はごめんだ。
「それに、ルーカス様はかっこいいし、令嬢たちからも人気がある」
「それならなおさら、その令嬢と結婚すればいいじゃないの」
私はお兄様に言い返していた。ルーカスの話を聞いていると、本当に無謀な結婚だと思い知る。万が一結婚なんてすると、ルーカスを好きな令嬢から集中砲火を浴びるかもしれない。それよりも、私には結婚に対する憧れがある。せっかく結婚をするのなら、好きな人と結婚をしたい。愛されていることを感じながら、幸せな結婚生活を送りたい。
「彼……きっと、今も変わっていないんだろうなあ。
令嬢や使用人たちを泣かせているんだろうなあ。
私の中のルーカスの記憶といったら、女子生徒に虫を投げつけたり、男子生徒と殴り合いの喧嘩をしたり、一人で教室を抜け出して木の上でお菓子を食べていたり……」
そんなことを思い出すと、ますますルーカスは結婚相手としてあり得ないと思ってしまう。公爵令息とは思えないほどの野生児だ。
「きっと、ルーカスと結婚した人は苦労するわ。
ご飯がまずいなんて怒鳴られるだろうし、虫とか飼育しそうだし、浮気するだろうし……」
「セシリア。相手が公爵家ともなると、妻は料理を作らないと思うよ」
お兄様は苦笑いをして私に告げる。だが、残り二つを否定しないところを見ると、私の予想は間違っていないのかもしれない。
お兄様はしばらく考えるそぶりをした。その間にも雷は鳴り続け、大粒の雨が窓を叩く。そして三回目の雷が鳴った時……とうとうお兄様は口を開いたのだ。
「トラスター公爵家では、今、使用人を募集している。何しろ、ルーカス様が無茶を言ってみんな辞めていくようだ。
セシリアは、ルーカス様の現在の様子が知りたいんだろ? 」
知りたい。だが、今のお兄様の話を聞いただけでもよく分かった。やはりルーカスは、暴れん坊のままで、私の手なんかに負えないだろう。なぜか私に求婚しているのは、嫌な令嬢から逃げるための囮か何かに違いない。
それなのに、お兄様は私に思わぬことを告げた。
「トラスター公爵家の使用人に応募してはどうだ? 」
「えっ!? でも、私が使用人になってしまったら、ますますルーカスに利用されるよね? 」
だけど、ルーカスのはちゃめちゃぶりを知りたい部分もある。どうして私なんかに求婚したのだろう。何が目的なのだろう。私が使用人になれば、ルーカスに令嬢を仕向けて、ルーカスの目を私以外に逸らすことだって出来るかもしれない。
そんなことを考える私に、お兄様はドヤ顔で告げた。
「セシリアと分からないようにして、館に潜入したみては?
……そうだな。例えば、男性のふりをしたりして」
その言葉に、
「そうね!! 」
すっかり私は乗り気になっていた。私が男装して、ルーカスに他の令嬢を仕向ければ、私への求婚は回避されるかもしれない。そして私は、本当に好きな人を見つけて結婚するのだと心に誓った。




