25. ずっとずっと愛してる
こうして、ルーカスがお父様の無罪を証明してくれ、私は晴れてルーカスの家に帰ることになった。
見慣れたトラスター家の扉を開けると、マッシュがきゃんきゃん鳴きながら駆け寄ってきた。私は思わずマッシュに駆け寄り、その小さな体を抱き上げる。
「マッシュ!元気にしてた?
昨日からマッシュの姿が見えなくて、心配してたのよ」
思わず言ってしまった私に、ルーカスがイラついたように教えてくれる。
「あの女が犬嫌いだからって、父がマッシュを閉じ込めていたんだ」
あの女というのは、マリアナ様だろう。ルーカスに惚れ薬を盛ったマリアナ様は、あの後どうなってしまったのだろう。
考え込む私に、ルーカスは告げる。
「誰よりもお前が可愛がってくれているのに、閉じ込めるとかあり得ないだろ」
その言葉に違和感を感じる。私は確かにマッシュを可愛がっていた。……セシリアではなく、セリオが。まさかルーカス、気付いているわけ……ないよね? 気付いていたら、あんなに酷い態度、取らないよね?
色々考えているうちに、ルーカスの部屋の前に辿り着く。彼の仕事部屋ではなく、彼の寝室だ。その扉が開かれた瞬間、いい香りがして頭がくらっとする。そして見覚えのある大きなベッドを見ると、そのことを思い出して体が疼いた。
だが、ルーカスはベッドではなく、ソファーに腰を下ろす。そんなルーカスを見ながら、いつもの癖で考えてしまった。『彼が休憩する時は、お茶の準備をしなきゃ』
マッシュを床に下ろし、
「お茶を淹れるね」
なんて言ってしまった私を見て、ルーカスは儚げな笑顔を浮かべる。
「あぁ、ブレンドティーにしてくれ。あれを飲むと、気分が落ち着く」
……え?
固まる私を見て、ルーカスは儚げな顔のまま頬を緩めた。
「……なんて。セシリアは気を遣わなくていいんだ」
そのままぎゅっと手を引かれ、ルーカスの大きな腕の中にすっぽりとおさまってしまった。ルーカスの体に包まれて、その体温や香りを感じて、胸が甘い音を立てて止まない。
「俺の妻になるんだ。……使用人ではない」
「あ、あのね……ルーカス!? 」
どぎまぎする私の頬に唇を付け、ルーカスは静かに告げた。
「お前は俺が酷い奴だと分かっていたのに、俺に愛想尽かさなかった。
俺のこと、好きになってくれた」
「ル、ルーカス!? 」
もはや、私の声は震えている。
知っていたんだ。ルーカス、気付いていたんだ。
それなのに、あの茶番を続けていたの!?
「これからはずっと大切にするから。
俺がお前の使用人みたいに、何でもしてやるから」
「ちょ、ちょっとそれは……」
「俺がしたいんだ」
ルーカスは真剣な瞳で私を見つめている。いつもの馬鹿にしたような顔でも、うつつを抜かしている顔でもない。新しいルーカスの顔に、くらくらしっぱなしだ。
「セシリア……」
甘く低い声で名前を呼ばれ、同時に指を絡められる。ルーカスに触れられるだけで、体を甘い戦慄が走る。
「改めて言う。
……結婚してくれ。
俺はお前のこと、一生大切にするから」
「……はい!! 」
私は満面の笑みで返事をしていた。すると、ルーカスはホッとしたような嬉しいような笑みを浮かべる。輝くようなルーカスの笑顔を見ると、頬が紅くなった。こんな私に手を回し、唇を重ねるルーカス。
「愛してる」
彼は、切なげに吐き出す。
「セシリア、愛してる。
ずっとずっと、愛してる」
私は何をそんなに怖がっていたのだろう。ルーカスは一癖も二癖もある男だが、その愛はいつも真っ直ぐだった。私はルーカスにこうも愛されて、本当に幸せだ。
ルーカスに抱きしめられ、何度もキスされているとふと思った。ルーカスはこんなにも私に気持ちを伝えてくれているのに、私は何もしていない。今は、こんなにも好きが溢れているというのに。
唇を離してルーカスを見上げると、ルーカスは少し潤んだ瞳で私を見下ろした。形のいい碧眼に、すっと整った鼻筋。恋愛感情無しとしても、その美貌だけで赤面してしまいそうだ。そんなルーカスに、遠慮がちに告げた。
「私も……好きよ? 」
「……え!? 」
その顔が嬉しそうに歪む。
「ルーカスのこと……好きよ? 」
その瞬間、またぎゅっと抱きしめられ、甘いキスが降り注ぐ。
「悪い、セシリア……」
苦しそうに喘ぎながら、頬を紅潮させてルーカスは告げた。
「俺、止まりそうにない……」
その美貌にくらっとしつつ、胸をドキドキ言わせつつ、真っ直ぐなルーカスの言葉を嬉しくも思ってしまった。そして、私だってまたルーカスに触れたいと思ってしまう。
こうして私は、再びルーカスと甘い時間を過ごした。ルーカスの甘さに溺れつつ、僅かに残っていた理性の中で考えた。
ーー私たちの間には、隠し事はもうないんだ。
こうしてお父様は無実を証明され、伯爵の地位を取り戻した。そして私は晴れて伯爵令嬢となり、ルーカスと結婚することとなった。
お父様は伯爵の地位を取り戻したが、すっかり小心者になっていた。伯爵の地位を奪還したというのに、人前に出るのが怖いと嘆いていた。長い年月をかけ迫害されたお父様の心は、少しずつ蝕まれていったのだろう。
結局、お父様は伯爵の地位をお兄様に譲り、お兄様がロレンソ伯爵となることになった。苦労の多かったお父様は、今後ゆっくり隠居生活を楽しむことが出来るだろう。
それから数ヶ月後……
「ブロワ一家は、爵位を奪われ島流しにされた。
本当は俺がぶっ殺してやりたかったが、セシリアが悲しむかと思ってやめておいた」
腕を組んでいつものように話すルーカス。それを見て、お兄様が楽しそうに笑う。
「ルーカス様がぶっ殺されると思っていました」
そんなお兄様、今日はいつもの騎士服ではない。騎士団はもちろん退団し、伯爵っぽい上等なスーツに身を包んでいる。騎士服のお兄様もかっこよかったが、スーツのお兄様もかっこいい。お兄様は伯爵の地位を利用し、さらに女遊びを極めるのだろうか。
「まあまあマルコス、そんなこと言うな。
俺だってセシリアに嫌われないように、丸くなったんだから」
ルーカスは冗談っぽく告げる。だが、その冗談っぽい顔のまま、お兄様に告げたのだ。
「マルコス。お前は騎士として優秀だったけど、伯爵の仕事は騎士とはまた違う。
俺はお前の義弟として、何でも力になるからな」
「もったいないお言葉です。感謝いたします」
お兄様は頭を下げる。そんなお兄様に、ルーカスはまたまた面白そうに告げた。
「それと。お前とセシリアが手を組んで、俺を陥れようとしていたことも許してやろう。
こうやって、俺は無事にセシリアと結婚出来るからな」
お兄様と私は、顔を見合わせて苦笑いをしていた。ルーカスは確かにセリオに酷い扱いをしたが、今ではそれを悔やんでいるらしい。新しく採用になった使用人のロイさんには、信じられないほど優しくしているのだから。
「ロイ」
ルーカスは、新しい使用人のロイさんを呼ぶ。まだまだ若そうなロイさんは、不安げにルーカスに近付いた。
「マルコスを、部屋に案内してやってくれ。
長旅で疲れているだろうから、明日の結婚式に向けて休んでもらう。
そして、ロイ。お前も今夜はゆっくり休め。
まだ館に慣れていなくて、疲れているだろう」
ロイさんはホッとした顔になり、深々と頭を下げた。セリオに対する態度と大違いだ。だが、そんなルーカスを見て嬉しくも思った。こうして、ルーカスは次期公爵として相応しい人間になっていくのだろう。仕事が出来るだけでなく、好かれる人になって欲しい。本当のルーカスは正義感が強くて優しいのだから、その魅力を他の人にも知ってもらいたい。
「セシリア。結婚式の明日は、お前も朝早く起きなければならないだろう。
本当は抱きたいけど、今日は早く寝ろ」
ルーカスは、また恥ずかしげもなくそんなことを言う。ルーカスは平然としているのに、私の顔は真っ赤になってしまう。私は頬を染めたまま、
「そうね」
慌てて部屋を出ようとした。
重くて重厚な扉を開けた私を、
「セシリア」
ルーカスが呼び止める。振り向いた先には、切なげで、そして嬉しそうな笑みを浮かべたルーカスが立っている。
「愛してるよ」
惜しげもなく発せられるその言葉に、私はドキドキしっぱなしだ。胸がきゅんと甘い音を立て、頬がにやついてしまう。
「明日からは夫婦になるんだから、一緒の寝室だ」
「そうね……」
そうか。明日から、ルーカスと夫婦になるのか。まだ信じられない気持ちでいっぱいだが、これは夢ではない。
私は好きになるはずがないと思っていたルーカスと恋に堕ち、今も日に日にルーカスに惹かれている。ルーカスの笑顔を見ると、心が温かくなる。胸がきゅんきゅん甘い音を立てる。今や四六時中彼のことを考えているほど、ルーカスが好きだ。
「ルーカス、大好き」
ルーカスのようにまっすぐ気持ちをぶつけると、割れ物に触れるように優しく、だけどぎゅっときつく抱きしめられる。
ルーカスが大好きだ。すごくすごく、愛している。
紅い顔で扉を閉め、私の寝室へと戻る。長い廊下を歩いていると、
「セシリア様」
不意に呼ばれて飛び上がりそうになった。そして、ドキドキしながら振り向くと、そこにはいつも通りのにこやかなジョエル様が立っていた。
ルーカスと結婚が決まり、この館に越してきたというものの、ジョエル様とはあまり話していない。気まずくて、私が避けていたのだ。
気まずい私とは反対に、いつも通りの笑顔で、ジョエル様は明るく告げる。
「ご結婚、おめでとうございます」
「あ……ありがとうございます」
かろうじてそう答えたが、声が少し震えていた。平静に平静にと言い聞かせるが、やはり思い出してしまう。ジョエル様は私のことを好いてくれていたことを。結局、私はジョエル様の気持ちを邪険に扱ったのだ。
私は暗い顔をしていたのだろう。
「ほら、そんな顔をしないでください」
ジョエル様の声ではっと我に返る。すると、ジョエル様は相変わらず優しい笑みを浮かべたまま、私に告げた。
「あなたがそんな顔をしていると、僕まで悲しくなります。
僕はあなたが幸せになるのが嬉しいですし、ちゃんと新たな恋をして幸せになりますから」
ジョエル様は素敵な男性だと思う。優しくて、紳士的で、まっすぐで。その正義感が強いところはルーカスと同じだ。
あの花祭りの日、ジョエル様はマリアナ様に惚れ薬を渡してしまった。だが、それをルーカスに教え、解毒薬を渡したのもジョエル様だ。ルーカスがマリアナ様に惚れてしまえば、ライバルがいなくなったのに。そして、そんなジョエル様を、私は尊敬している。
「幸せになってください」
私は、そんな言葉しかかけられない。だが、ジョエル様の幸せを、心から祈っている。




