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悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます  作者: 湊一桜


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24. これ以上、不幸になるの?

 私はお兄様と家の外に立ち、呆然とその光景を眺めていた。


 見慣れた家の外には、たくさんの荷物を積んだ荷馬車が一台停まっていた。そして、家の前もたくさんの家具が積まれている。数人の男たちが、家の中から家具を運び出しているのだ。


 不意に家の中からマロンが飛び出してきた。そして家具を運ぶ男性を威嚇する。だが、勇敢なマロンは男性に蹴られて、ボールのように地面を転がった。


「マロン!」


 私は思わず叫び、マロンを抱き上げる。マロンはきゅんきゅんと悲しそうに鳴き、私の胸に顔を埋める。


 酷い、マロンにこんな暴力を振るうなんて……!!


 マロンを抱きしめたまま男を睨んだ私を、少ししわがれた声が呼んだ。


「セシリアさん」


 思わず顔を上げると、目の前には見たことのある男性が立っていた。

 立派な黒いスーツに、白髪混じりの整えられた髪。背は高く、丸い眼鏡をかけている。一見優しそうな紳士だが、眼鏡の奥の瞳は憎しみに満ちていた。そして、嘲笑うかのように私を見下ろしている。


 私はこの人を知っている。お父様の代わりに伯爵になった、マリアナ様の父親た。彼は冷たい笑みを浮かべたまま、私に問いかける。


「貴女の家がどうしてこうなったのか、分かるか? 」


「いえ……」


 そう答えた私に、彼はにこりともせずに告げた。


「貴女が、私の娘マリアナの婚約者であるルーカス様に、手を出したからだ」


 ……え!?


「マリアナはルーカス様と結婚する。

 マリアナとルーカス様が幸せに暮らすためには、貴女が近くにいては困るのだよ」


 私のせいなんだ。私がルーカスと恋愛関係になったから……だから、自分の家族まで不幸にすることになってしまった。

 浮かれていた私が愚かだった。やはり、ルーカスと私は結ばれてはいけないのだ。


 分かっていることなのに、胸が抉られたように痛い。体が震え、立っていることがやっとだ。


 これ以上、家族を不幸にしてはいけない。それに、ルーカスだって不幸にしてはいけない。だから私は、ルーカスから身を引かなければいけない。


 傲慢で自己中だが、根は優しいルーカス。私だけを愛してくれて、恥ずかしげもなく愛を告げてくれるルーカス。私なんかをお姫様扱いし、大切にしてくれるルーカス。ルーカスを想うと胸が痛い。本当に、ルーカスが大好きだった。

 こんな私を好きになってくれて、ありがとう……





「私がルーカス様を諦めれば、この家に住み続けてもいいでしょうか」


 私は震える声で伯爵に告げる。そして伯爵は、勝ち誇った顔で私を見下ろし、口を開きかけた時だった。


「貴方は、私を陥れただけでなく、セシリアの幸せまでも奪うのですか? 」


 不意に後ろから、聞き慣れた声がした。いつもは力無く弱々しい声なのに、今日は凛として力強い。おまけに、怒りすら感じる。

 振り返ると、私の後ろにお父様が立っていた。温厚なお父様が拳を握り、顔を真っ赤にして伯爵を睨みつけている。こんなにも怒ったお父様を見るのは初めてで、正直戸惑いを隠せない。


 だが、伯爵は余裕だ。馬鹿にするようにお父様を見て口を開く。


「陥れた? 勝手に自滅しただけだろう」


 私はぽかーんと伯爵を見る。何を言っているのか、私には分からない。だが、お父様は果敢にも伯爵に言い返すのだ。


「私はあの日、宮廷に呼び出されました。宮廷に着くと、庭に油が撒かれ燃えていたのだ。

 そこであなたに見つかり、放火犯にされました。

 あなたが放火したんでしょう? 」


 お父様は心底怒っているようだ。顔を真っ赤にして伯爵を睨みながら、震える声で告げる。もし、お父様の言う通り、伯爵が犯人であるなら……私たちはこの伯爵を許さない。何としても償ってもらいたい。

 一方、伯爵は余裕だ。腕を組み、相変わらず馬鹿にするようにお父様を見る。


「私が放火するはずがないだろう。

 証拠だってないのに」


 そこなのだ。お父様は推測でものを言っているだけで、伯爵が犯人だと断定出来るものはないのだろう。実際、犯人は伯爵ではないかもしれない。伯爵もそこを分かっているから、お父様に強く出られるのだろう。

 父娘揃って、なんてしたたかで嫌な人たちなのだろう。




 お父様は拳を握りながらも俯いた。その様子を見ると、お父様に勝ち目はないのだと悟る。これ以上お父様を辛い目に遭わせないためにも、ルーカスのことは諦めるべきだろう。私一人の幸せのために、たくさんの人の幸せを奪ってはいけない。


「私は……」


 私が口を開いた時だった。


「証拠ならある」


 聞き慣れた声がした。その声は私の胸を温かくし、頬を緩ませる。こんな時なのに、体が甘い音を立て、顔が熱くなる。思わず口角を上げてしまった私の隣に、彼はゆっくりと歩いてきた。何やら、数枚の紙切れを抱えながら。


「間に合って良かった。今朝、筆跡鑑定の結果が出たから」


 そう言ってルーカスは、私を見て微笑む。その優しい笑顔を見ると、私も知らないうちに微笑んでいた。そして、心が軽くなるのを感じる。


「ブロワさん。これ以上セシリア一家を苦しめるのなら、俺が今ここで暴露してやる」


 ルーカスはまるでいたずらっ子のような笑みを浮かべる。そして、おもむろに二枚の紙を差し出した。その紙を見て、伯爵はあからさまに狼狽えたのだ。


「どうやらこれは、ロレンソ元伯爵を陥れた犯人が、犯行の時間と方法を指示した走り書きです。破られて処分されていましたが、術師に頼んで復元魔法をかけてもらいました」


 ルーカスは低い声で告げた後、一枚目の紙に目を落とし、そこに書いてある文字を声に出して読んだ。


「ロレンソ伯爵が西門を通過後、庭に例の油を撒き火をつけろ。つけたあとはすぐに撤退を」


 私は驚いてブロワ伯爵を見た。私だけでなく、お兄様もお父様も。そしてブロワ伯爵は恨むような瞳でルーカスを睨みつけている。

 だが、ルーカスがその瞳に怯むはずもない。もう一枚の紙をお父様に差し出しながら、落ち着いた声で告げた。


「さらにこれは、犯人が伯爵領の油を購入した時の領収書です。ここにブロワ伯爵の字でサインがされています」


「だが、これは私の名前ではないでしょう!! 」


 ブロワ伯爵は顔を歪め、震える声で叫んでいた。


「犯行に使われる油の領収書に、本名をサインするはずがないだろう」


 ルーカスは相変わらず冷静に告げる。そしてそのまま、淡々と話を続けるのだった。その様子はいつもの乱暴者でうるさいルーカスとは全然違う。落ち着いていて理性的で、だが怒りを必死に抑えているようにも思える。そんなルーカスから、目が離せない。そして私の胸はドキドキと早鐘を打つのだった。


「俺はマルコスから事実を聞いた後、必死に証拠を探し回りました。あなたが関わったであろう人物を片っ端から尋ね、時には大金を渡したり自白薬を飲ませたりもしました。

 それで長い年月をかけて、あなたの行動の足取りをようやく掴んだ。


 ブロワ伯爵。あなたが伯爵の地位欲しさに、無実のロレンソ元伯爵を陥れ、その伯爵の地位を手に入れた」


 ルーカスは、私たち一家が皆諦めていたことを、必死にしてくれたのだ。ただ一人で何年もかけ、誰が何のためにお父様を陥れたのかを探してくれたのだ。ルーカスだって、仕事で忙しかったに違いない。その多忙の中、私たち一家のことを一番に考え、何もないところからここまでの証拠を集めてくれた。


 ルーカスを思うと胸が痛くなった。ルーカスはこんなにも私のことを考えてくれていて、必死に動いてくれていた。それなのに、私は身分が合わないだとか、他の令嬢が合うだとか、逃げることばかり考えていた。


「だが!それが私の字だという証拠もないでしょう!

 おまけに、受領人のサインは、私の名前ではない!! 」


 ブロワ伯爵は真っ赤な顔で、震えながら叫んだ。冷静なルーカスと、我を忘れそうなほど興奮しているブロワ伯爵。ブロワ伯爵がここまで慌てるということは、直接でないにしろ、何か関わっているのは確かだろう。


 ルーカスは相変わらず静かに告げた。いつもの暴君のルーカスとは違い、落ち着いていて紳士的で、それでいて恐ろしかった。


「そう言われると思っていました。だから俺は、三人の筆跡鑑定士に、この手紙の筆跡鑑定を依頼しました」


 ブロワ伯爵はじりじりと後退りする。真っ赤に染まっていた顔は、今は血の気がなくなり青ざめている。


「あなたの作成した公的文書の字をお借りしました。その字と、この走り書きと領収書のサインを、筆跡鑑定に出しました。

 結果、これらの字は百パーセントあなたのものだということです、ブログ伯爵。

 なお、この筆跡鑑定には特殊な魔法が使われており、どう足掻いても結果は覆せません」


 ルーカスが低い声で告げると、ブロワ伯爵はがくっと地に膝をついて倒れた。そして項垂れながら、弱々しく吐き出す。


「も……申し訳ございません……」


 私はぽかーんと膝をつくブロワ伯爵を見下ろしていた。私だけでなく、お兄様もお父様も。ただ、ルーカスのみが勝ち誇ったように口角を上げ、ブロワ伯爵を見下ろしている。


「謝ってもどうにもならない。ロレンソ一家は、あなたの悪事により甚大な被害を被った。

 地位を剥奪され、街を追われ、嫌われながら生きてきた。


 あなたにはそれ相応の罰を受けていただきます。国王に今回の一件を報告し、国のやり方に従って裁いてもらいます」



 私は、ルーカスのことを乱暴者で自己中だと思っていた。だが、本当は誰よりも優しく、誰よりも他人思いなのかもしれない。今回の件だって、ルーカスの感情のままブロワ伯爵を処刑することだって出来ただろう。


 ルーカスは顔を上げ、太陽みたいな笑顔で私を見る。優しげに頬を上げたその顔に、きゅんとしてしまったのは言うまでもない。


「セシリア、良かったな。

 これで晴れて俺と結婚も出来るな」


 そうだった。私はずっとルーカスからの求婚について悩んでいたのだ。ルーカスが胡散臭いだとか性格が悪いだとか、身分不相応だとか、逃げる言い訳ばかり考えていた。私はこんなにも弱くてずるい女なのに、ルーカスはお父様を信じて、一人で戦ってくれていた。


 ありがとう、ルーカス。ありがとうと一言では表せないほど、ルーカスに感謝している。

 本当に……本当にありがとう!!



 そして、今はもう何のためらいもない。私はルーカスが好きだ。ルーカスが全てを解決してくれた今、私の気持ちは一つだ。


 ルーカスと結婚したい!



 私は溢れる涙を必死で我慢し笑顔で頷くと、私の笑顔に負けないような笑みを浮かべるルーカス。その形のいい瞳が細くなり、頬を緩る。かっこいいルーカスの笑顔は眩しくて胸がドキドキするが、私はこれからもこのルーカスの笑顔を見続けなければならない。だが、きっと一生慣れないだろう。今だって、ルーカスの笑顔を見るだけで、胸がドキドキして熱くなって、頬がにやけてしまうから。


「セシリア、おいで」


 差し出されたその腕に、子犬のように飛び込んでいた。ルーカスにぎゅーっと優しく抱きしめられ、幸せだと思った。ルーカスとこれからもずっと一緒にいられるなんて……


「俺はお前と、これからのことについてゆっくり話をしたい。

 ……もう一度俺の家に来てくれるか? 」


 ルーカスの家と聞いた瞬間に、昨夜の記憶が蘇る。ルーカスの部屋で、私はルーカスに愛された。今こうやって普通に話しているのが信じられないほど、甘くて熱くて切ない時間だった。

 思い出して真っ赤になる私に、ルーカスは少し頬を染めて告げた。


「……嫌なら何もしない。ただ、話がしたいんだ」


 嫌じゃない。なんて言葉をぐっと飲み込んだのは言うまでもない。

 



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