22. 逃げ出した私
夜が明け、私は鏡に映る自分を見ていた。ショートカットのカツラに、眼鏡。いつもの使用人用のスーツを着ている。鏡に映る私は間違いなくセリオだが、今まで通りにルーカスと接することが出来るのだろうか。
私とルーカスの関係は変わってしまった。いけないと分かっているのに、後戻り出来ないところまで来てしまった。昨夜のルーカスを思い出すと、また体がぼっと熱を持つのだった。
ドキドキしながら廊下を歩き、いつものルーカスの仕事部屋へと向かう。歩きながらも昨夜のことを思い出し、胸が熱く痛くなる。
ルーカスの深い愛情に触れてしまった。そして、ルーカスは私を諦めるつもりはなさそうだ。私はルーカスが茨の道を歩むことを認め、ルーカスを受け入れるしかないのだろうか。こんなにも好きなのに……思い合っているのに……心から一緒になりたいと思えないのがとても辛い。この身分制度を憎んだ。
私はいつの間にかルーカスの仕事部屋まで辿り着いており、いつものように軽くノックをする。ルーカスは不機嫌そうに返事をするのだが……今日は音沙汰がない。一体、どうしてしまったのだろう。私は遠慮がちに部屋の扉を開け、そして固まっていた。
ルーカスは、いつも通りデスクに座っていた。デスクの上には、積み上げられた資料の山が出来ている。その中央で、ルーカスは手を組み項垂れていた。
「お、おはようございます」
あいさつをしながらも、胸はドキドキ早鐘を打つ。だが、ルーカスのただならぬ様子を見て、甘い気持ちになれないのも事実だった。
「ど、どうされました? 」
遠慮がちに聞くと、ルーカスは泣きそうな顔で私を見た。そして、口元を歪めてすがるように言う。
「クソチビ……」
ルーカスのくせに、そんな顔をして欲しくない。色々と思い出してしまうから。だが、ルーカスはそのまま弱々しく告げたのだ。
「セシリアに嫌われた」
「えっ!? 」
「俺が無理矢理抱いてしまったからだ。
一緒に眠っていたはずなのに、セシリアは俺の元から逃げ出したんだ……」
ここではっと我に返った。私はセリオにならなければいけないため、朝早くルーカスのもとを去った。決して嫌いになった訳ではない。だが、何も知らないルーカスは、私が彼を嫌って逃げたと勘違いしてしまったのだ。我ながら迂闊だった。だが、ここでルーカスに謝るわけにはいかない。
考え込む私と、普段の彼からは考えられないほど負のオーラを撒き散らしているルーカス。ルーカスはぼーっと私を見ながら上の空で告げた。
「お前がセシリアに見える……」
「!? 」
私が反射的に顔を背けた時だった。
「お取り込み中失礼します」
急に聞き慣れた声がして、扉が開かれた。そして、扉の先に立っていたのは、酷く動揺した顔をした騎士服姿のお兄様だったのだ。
「ま、マルコス様、どうなさいました? 」
平静を装って聞くが、心臓がバクバクする。一体、お兄様はどうしたのだろうか。
「セシリ……セリオさん、緊急の用事がありまして!」
お兄様は焦ったように私に告げる。その顔は青ざめ、体が少し震えている。お兄様のただならぬ様子に、私まで動揺してしまう。何か嫌な予感がするのだ。
私は、おもむろにルーカスに聞いた。
「ルーカス様、少しだけ時間をいただいてもよろしいでしょうか」
ルーカスはうつろな表情のまま首を縦に振った。だから私は慌てて廊下に飛び出したのだ。




