21. そんなもの、効かない!!
ルーカスは、惚れ薬によって、マリアナ様にベタ惚れしているのだろう。今まで私に注いでくれた愛を、全てマリアナ様に注ぐのだろう。マリアナ様と結婚して、幸せに暮らすのだろう。そのほうがルーカスにとってもいいと思うのに……心が悲鳴を上げ続けている。ルーカスの幸せを素直に喜べない私は、最低な女だ。
「おかえりなさい、ルーカス様。
一緒に会場に戻りましょう? 」
マリアナ様はルーカスの体をぎゅっと抱きしめる。それだけで、私の胸がズキズキと痛み続けるのだった。
ルーカスとマリアナ様を見ている間にも、私は護衛にずるずると引き摺られていった。抵抗する気力もない私は、このままさらなる悪人となるのだろう。ルーカスに惚れ薬を飲ませたなどという、身に覚えのない罪を着せられて。
「ルーカス様。これからはわたくしが、貴方のお側にいますわ」
マリアナ様の甘い声に、
「どけよ」
ルーカスの氷のように冷たい声が被った。それがいつも通りのルーカスすぎて、はっと我に返る。
「どけっつってんだよ、クソ女が!! 」
ルーカスはいつも以上に荒ぶって、マリアナ様を突き飛ばした。慌てふためくマリアナ様はよろめいて、弱々しく地面に尻もちをついている。そんなマリアナ様を気にかける様子もなく、ルーカスは私のほうを……私の体を無理矢理引き摺る二人の護衛を睨んだ。その瞳には、怒りが見え隠れしている。
「てめぇら、何してるんだ!? 」
「は、はっ!! 」
護衛たちは慌てふためくが、私を離してくれるそぶりはない。その代わりに、言いにくそうにルーカスに告げる。
「で、ですが、ルーカス様……この女性は、ルーカス様に惚れ薬を盛ったと聞きましたが……」
「はァ!? 」
ルーカスは怒りに顔を歪ませ、溢れる殺気とともに、ずかずかとこっちへ歩いてくる。そして、ぐっと護衛の胸ぐらを掴み上げた。
「惚れ薬? そんなもの、セシリアが俺に飲ませる必要などないだろう」
そして、彼は付け足す。
「惚れ薬を俺に飲ませたのは、セシリアではなくその女だ」
ルーカスは弱々しく地面に座り込むマリアナ様を、相変わらず怒りでいっぱいの瞳で睨む。
マリアナ様がルーカスに惚れ薬を飲ませたのは分かっている。それで、ルーカスはマリアナ様にベタ惚れになると思っていた。だが、目の前のルーカスは至って普通で、マリアナ様に惚れている様子は微塵もない。一体、どうしてしまったのだろうか。
私が聞く間もなく、ルーカスは怒りのこもった声で続ける。
「俺はこの女が惚れ薬を持っていることを知っていた。だからあらかじめ、解毒薬を用意していた」
……え!? 解毒薬!?
ルーカスが青色の小瓶を取り出すと、項垂れていたマリアナ様がさらに項垂れた。そんなマリアナ様が哀れにも思ったが、ホッとした気持ちでいっぱいだ。ルーカスがマリアナ様に惚れなくて、本当に良かった。本当に嬉しいのだが……状況は、何も解決していない。ルーカスが私と結婚すると、私たちに待っているものは茨の道なのだ。
「仕事は済ませた。それに、今後この女の顔を見るのも苦痛だ」
ルーカスは私を掴んでいる護衛の手を払いのける。護衛たちは、罰が悪そうに身を引いた。
「俺のセシリアに指一本触れるな。セシリアに触れてもいいのは俺だけだ!」
何その独占欲。だけど、その言葉すら嬉しいと思ってしまう私は、どうかしている。
「俺はセシリアと二人で、どこか静かなところに行くとしよう」
ルーカスは怒りでいっぱいなのに……怒りで歪んだ顔をしていたのに……私を見て、急に優しい笑顔になる。それはまるで雪が溶け、花が咲き誇るような明るい笑顔だった。例外なく胸がきゅんと鳴る。いや、きゅんきゅんとうるさいほどに、音を立てている。
「行くぞ、セシリア」
甘く優しい声とともに、そっと手を握られる。ルーカスが触れた瞬間、体に甘い電流が流れる。顔だって、熱を持ってぼっと熱くなる。これ以上ルーカスに嵌ってはいけないと分かっているのに、夢中にならざるを得ない。逃げることすら出来なく、私は操り人形のようにルーカスに従ってしまう。
こうして私たちは花祭りの会場を抜け出し、二人だけへの場所へと歩いていった。見慣れた公爵邸へ入り、階段をゆっくりと上る。ルーカスは何も言わないが、なんとなく分かっていた。ルーカスはこのまま、私を抱くつもりなのだろう。この日のために、指南書を読み漁っていたのだから……
公爵邸でも入ったことのない一番奥の部屋へ、ルーカスは私を案内した。立派な赤い絨毯が引かれた先にあるその扉は、ひときわ大きくて立派だった。その扉をそっと開けると、部屋からはほんのりルーカスの香りが溢れてきた。その香りを嗅ぐと、胸がきゅんと甘く鳴る。そして、部屋は予想通りルーカスの寝室のようで、天蓋付きの大きなベッドの前に、これまた大きなソファーが置かれている。
「ここでゆっくり話をしよう」
ルーカスは下心はあるのだろう。だが、性急に私を抱こうともせず、傷ついた私の心を気にしてくれる。いつもは乱暴者なのに、こうも優しいと対応に困ってしまう。
ルーカスは私を立派なソファーに座らせ、その隣にそっと腰を下ろした。そして遠慮がちに言葉を発した。
「まずは今回の花祭りで、セシリアに嫌な思いをさせてしまった。……悪かった」
予想外の言葉に、私はルーカスを見つめていた。ルーカスは苛立ったような情けないような表情を浮かべ、そのブロンドの髪を掻き上げる。その仕草がなんだか色っぽくて、背中がゾクっとした。そしてそのまま額に手を当てて、思い悩むように首を横に振る。
「いや……ごめんな。俺はセシリアを悲しませるために、ここに呼んだ訳ではない」
その言葉で十分だ。ルーカスが私を陥れようとしているはずはないし、プライドが山のように高いルーカスが謝っているのだ。ルーカスは心から私を心配してくれている。それははっきりと分かった。
むしろ、私こそ謝りたい。私がもっと誇れる令嬢だったら、今日みたいなことにはならなかっただろう。そして、何も考えずに結婚し、幸せになれたに違いない。だが、そんなことをルーカスに言えるはずもない。
「ありがとう。ルーカスが謝らなくてもいいわ」
なんて、ひねくれた返事しか返すことが出来なかった。ここでルーカスに縋ってしまうと離れられなくなる。この花祭りでもよく分かった。私はいかに歓迎されておらず、いかにルーカスに相応しくない女性だということが。ルーカスのためにも、私はこれ以上ルーカスに好意を持たれてはいけない……と思うのに……
「俺にはセシリアしかいないから。……分かれよ」
泣きそうな声でルーカスが言う。普段のルーカスからは考えられないほど、悲しげな消えてしまいそうな声だ。
「セシリア……」
ルーカスは震える声で私の名を呼び、そっと親指で唇を撫でる。私の体を電流が走り、一気に鼓動が速くなる。
「好きだ、セシリア……」
いつものルーカスとは違う、切なげな瞳で見つめられる。
「でも、ルーカス……私たちはこれ以上……」
近付いてはいけない。そう吐こうとした唇を、柔らかいルーカスの唇で塞がれる。抵抗しようとするが、ルーカスに抱きしめられると力が抜けてしまう。もうこれ以上は駄目なのに、ルーカスの目的だって分かっているのに、彼を求めてしまう私がいた。頭では釣り合わないことは分かっているのに、もっと触れて欲しいと思ってしまう。
長い長いキスのあと、吐息混じりにルーカスは聞く。
「俺のこと、嫌いなのか? 」
「そんなことはないわ。……でも……」
「それならいいだろう」
ルーカスは熱い瞳で私を見た。そしてそのまま、また唇を重ねる。これ以上はまってはいけないと分かっているが、どんどん深みに堕ちていく。長い長いキスの後、微かに残っている理性を保ち、ルーカスに告げた。
「私と結婚しても、あなたは幸せになれないわ。だって私は……」
「セシリア」
甘く優しい声で名前を呼ばれる。そして、相変わらず熱っぽい瞳と視線が絡まる。
「大丈夫だ」
ルーカスは静かに告げた。何が大丈夫なのかは甚だ謎だ。だが、不覚にもルーカスの言葉を信じてしまいそうになる。
「俺を信じろ」
ルーカスなんて信じられるはずがないのに……普段の傲慢でふざけた姿を見ていると、出まかせを言っているに違いないと思ってしまうのに……
ルーカスはまた唇を塞いだ。そして甘いキスが降り注ぐ。こうやってルーカスにキスをされると、頭が真っ白になってしまう。深入りしてはいけないと分かっているのに、制御が効かなくなってしまう。
「大丈夫だ。お前は絶対に俺のものになる」




