第二十八話 気配
突然の営みを直視したベールは顔を真っ赤にしたままリビングに戻っていた。一体何があったのかチコとフライヤは分からず、彼女に事情を聞こうとするも、「特に何も無かった」と明らかに言葉を濁した様子で返される。
執拗に聞くのも失礼だと感じ、問い詰める事はしなかった。少しして、アレク達が二階から降りてきて、夕飯の準備をしながらも今後の話をし始める。
食事を済ませたらすぐに洞穴に向かうため、準備をする様に三人を促す。
「本当に活発時を狙うんですか?」
「そうだ。相手が人間だろうが化け物だろうが有利不利のある状態では戦わねぇ性質だからな」
果たしてレイスがそんな知恵を持っているとは思えないが、セラティスとの会話も含め、彼を説得するのは困難であると感じたチコはやむを得ず彼の作戦に乗る事にした。
偵察班にメッセージで事情を伝えるが当然の事、活発化する時間帯に対して不安視する返信が来た。潜伏先が洞窟ということもあり、直接救難信号をあげる事も不可能。その万が一を考えてのベールの留守番も考えていた。救難が必要な時は彼女にメッセージを送り、救難信号をあげて貰う形に策を講じておいた。
事前に救難指示のメッセージを作成し必要とあらば即座に送れるよう、スマホの下書き登録をしておくチコ。ベールも支給品の一部をチコに分けて万全な準備を施す。フライヤも指を鳴らしながら気を引き締め、バンクルの緩みに問題が無いか確かめる。
十分程度でアレクが夕飯を済ませるとすぐそばに立て掛けていた大剣を背負い、出発の準備を整える。チコ達もそれを見て、遅れを取らない様行動に移す。セラティスも食器を勝手口に移動した後、ベールと一緒にアレクの見送りをしに後を追う。
「気を付けてね?」
「分かってる。留守番頼む」
アレクがそう言うとセラティスは微笑みながら返事をする。チコ達も同様にベールに出発する旨を話し、救難の際に連絡する事も改めて伝える。
お互いの会話が終わったのを確認したチコとフライヤ、そしてアレクは家を出て、洞穴へ向け歩みを進める。夜の森は案の定暗く、そよ風すら寒さを感じる。チコは保温効果のあるスカーフをバッグから取り出して首元に巻く、フライヤにも渡そうとしたが、彼は体毛のおかげで暖が取れているようで不要だった。
アレクは恐れる事無く突き進み、時に獣道を歩いていく。チコ達も遅れを取らずついて行き、数分した所で目的である洞穴に辿り着いた。到着する前から霊気をひそかに感じ取っていたチコはある程度確信を抱いていた。そこにレイスがいると。
「ここが…レイスだっけか?…がいる洞窟だ」
「どうなんだ?チコ」
「うん。確かに霊気を感じる…おそらくここに棲み付いているわ」
「なら話は早ぇ。とっとと倒して帰るぞ」
大剣の鞘を締め直し、アレクはそそくさと洞窟の中へと入り込んだ。なんという武骨さ。彼に恐怖という言葉は存在しないのだろうか。フライヤも後に続いて中へと入る。チコも仕方のない表情を浮かべながらもレイス探索に意識を寄せる。
中は真っ暗、アレクが言うにここは元々、山賊達が活動拠点として使っていたと言われた場所らしい。そいつらを複数相手してでも凌げる程、レイスは強大なのだとアレクは敵の強さに関心を抱いているようだ。
「ならば、ソイツの全力を見てみたいもんだろ?」
アレクは好奇心にそう言うのである。レイスの気を強く感じ取れるのはチコだけであるため、分かれ道などでは彼女を頼りに進んで行く。松明を飾る金具が壁にいくつか取り付けられているがいずれも火は灯されていない。暗闇を好み、身を潜める特徴を見る限り、可能性は大きくなる。
洞穴に突入してから五分が経過しようとしていた。意外に広いと感じるチコとフライヤ。そう口にするとアレクは山賊との過去を話し始める。
「ここは山賊の住処だってのはさっき言った通りだが、とやかく騒動が起きると見境無く俺らの仕業だと決めつけては攻撃しやがる馬鹿共だ」
「でもよ。何度も返り討ちにしてるんだろ?」
アレクの家での会話を思い出してそう返すフライヤ。こちらを向かず、そのまま彼は肯定する。
「あぁ。何度もけしかけてくるが俺とセラティスでいつものしているんだ」
「えっ?セラティスさんと?」
チコが彼女は戦えるのかと聞くと彼は少し不機嫌そうな表情を浮かべる。
「セラティスはあぁ見えて強いんだ。まぁ、今頃山賊達が八つ当たりで家に襲撃を仕掛けようとしてんじゃないかな?」
「そうなんで…えぇっ?!」
何食わぬ顔でとんでもない事を口にするアレクにチコとフライヤは驚きを隠せなかった。
【アレク宅 リビング】
三人を出迎えた後、ベールとセラティスはリビングに戻り、一息ついていた。紅茶を頂き、茶葉の香りを満喫している中でセラティスが死神について質問を投げかける。
「ねぇ。死神ってどんな事をするの?」
「そうですね。今回のようにレイスを浄化、撃退するのが主な仕事ですが中には街の人助けをすることもあります」
「街?死神って確か…死んだ人がなれる職業よね?」
「はい。死界と呼ばれる世界がありまして、そこと現世、天界、そして地獄の四つに分けられているそうなんです」
過去の経験を思い出しながら、ベールは死界についていろいろ説明する。死界に来る人は基本、現世の記憶がほとんど無い状態で降り立つ事、時間の経過や記憶に関わる大きな衝撃に出くわすかで現世の記憶が蘇る事、様々な現世の知恵が混ざった特殊な空間。そして死界には夜しか無い事。
あらゆる事を教えるベールにセラティスはうなずいたり、返事をしたりと真剣に聞き入れる様子を見せる。
今度はベールが彼女とアレクについて尋ねようとした時、玄関の方からものすごいノックの音が聞こえてきた。セラティスは誰か知っている面持ちで玄関に向かう。ベールも様子を伺いにリビングの扉から覗き見る。
セラティスが靴を履いて玄関のドアを開けようとした時、妙な殺気を感じた。ベールもそれを感じ取って彼女に危険を告げる。
その瞬間、ドアを蹴り破って何者かが襲撃を仕掛けてきた。セラティスは軽く後退する形で回避した。ベールもすぐさま彼女の近くへ援護に入る。
「誰っ!?」
ベールが強気でそう言い放った。するとドアの先には柄の悪い男達が数人居るではないか。緑色のバンダナを目深に羽織り、中にはスカーフで口元を覆っている。短剣や斧といった武装もしており、まさしく盗賊と言わんばかりの恰好だ。
「おい小娘!またうちの洞穴に小細工をしかけやがったなぁ?!」
「相変わらずの早とちりね。私とアレクがそんなことして何の得があるのよ!」
出会って間もない関係とはいえ、ごもっともな返しである。とはいえ、凶悪な悪人であることは間違いではないため、ベールは鎌を呼び出してセラティスの前に立った。
「セラティスさん!ここは私が引き受けます!」
「ベールさんっ?!」
「なんだぁ?見かけねぇ女も居るな?どの道テメェも終いだぁっ!!」
がたいの大きい男が剣を大きく振り上げながらベールに突進する。今までレイスを相手にしてきた身としてはあまりに隙がありすぎる。軽く攻撃をかわした彼女は鎌の柄で腹部を強打した。
男はその場に倒れ込み、その強さを盗賊達に見せつける。多少怯みを見せるものの、一人の男が息巻いて短剣を突きつけて襲い掛かってくる。他の敵達もなだれ込むように突撃してくる。
複数を同時に相手するのに鎌では限界がある。すぐに重力魔法を展開しようと詠唱を構えた。その時だった。
セラティスが突如前に出てきて、息巻いた男の服を鷲掴み、横に一回転した後に大衆目掛けて投げ飛ばす。ボウリングのピンの如く見事大勢の敵をなぎ倒し、ダメージを与える事に成功した。
「あ…」
ベールが目前の出来事に唖然とした表情を浮かべる。セラティスがこちらを向いて笑顔で自身の腕を自慢する。
「えへへ。こう見えて私も拳術を嗜んでいるから~」
彼女がそう言った直後、背後から大男が長剣を振りかぶってジャンプしてきた。
「危ないっ!!」
「えっ?」
振り向いて敵の攻撃に気付いたセラティスは即座に右へと回避する。難無くかわしたかと思ったが、ベールは衝撃的な事実を目の当たりにする。
「っ!!セラティスさんっ!!」
「くっ…!」
なんと彼女の右腕が敵の攻撃によって切断されてしまっているではないか。ダメージを与えた事に高飛車になったのか、大男が挑発的な言葉を吐きかける。
「へへへっ、利き手を落としちゃぁ戦力にならねぇんじゃねぇか?」
ベールはすぐに彼女の元に駆け寄って、包帯を渡す。様態を確認しようとした時、セラティスは左手で包帯を持つ彼女の手を押し返す形で治療は不要な旨のジェスチャーをする。
「何を言ってるんですか!そのままじゃ…、っ!?」
ゆっくりと立ち上がる彼女にベールは目線を合わせながら口を止める。切り落とされた右腕を左手で抑え、我慢するように力を右腕に集中させる。
「んっ…ぐぅ…!」
数秒した後、その場にいた全員が驚愕する事態を目にする。まさか、切断した部分から手が生えてくるではないか。ベールは思わず両手で口を押えてその瞬間を凝視する。敵達も声を荒げて彼女の行動に怯える。
腕が完全に戻ったセラティスは何食わぬ顔で拳を構え始める。
「私がそんな簡単にやられると思ったら大間違いよっ!」
「クソッ!化け物めっ!!」
再び大男は剣を構えて、正面から斜めに振りかぶる。左に交わした後、右のフックが男の腹部にクリーンヒットする。唾を吐きだす男は抵抗しようと剣を横に振り抜くがこれもしゃがんで回避される。次に右足で相手を足払いして横転させる。
「はぁっ!!」
横に再び一回転した後、そのままの勢いで右肘を倒れた男の胸部に叩き込んだ。流石の大男も悶絶した後、気を失った。
どうやらこの男が大きな戦力だったのか、やられる彼を見て他の山賊達は恐れを成したようだ。ベールも鎌を手にとって、セラティスの横に立つ。セラティスは気絶している男を掴んでは敵達の方に放り投げ、撤退しなければ容赦はしないと陽気な感じで脅す。
「くっ!くそぉっ!!覚えてろぉっ!!」
2人がかりで男を担ぎ、山賊達はその場を去って行った。
ドアは破壊されたままで彼女では直せないため、アレクが戻るまで一応立て掛けるだけに留める事にした。その最中でベールが先ほどの戦いを見てこう言った。
「セラティスさん。お、お強いんですね…」
腕が生えるのもかなりのものだが、見た目に反してとてつもない力を持っている事にも驚きを隠せないベール。
「そういえば、言ってなかったですね。私はこう見えて、アレクぐらいに強いのよ!」
笑顔で返す彼女はドアの取り付けを終えて手を払った後、リビングに戻るよう促し、再び二人で紅茶を堪能することにした。




