第二十七話 来訪
レイスとの戦闘が繰り広げられる途中、フライヤが敵の猛攻にやられてしまう。チコは怒りを露わにしてレイスに真正面から攻撃しようとした。その時だった。
「うらぁっ!!」
男の声がしたがそれは明らかにフライヤの声ではなかった。彼の姿も未だ敵の攻撃によってもたれついてる状態で居た。ならば一体誰が。再びレイスの方を見ると大木を頭上に掲げたレイスが一時的に固まっていた。次第に持っていた木が横に落ち、レイスは頭から体にかけて真っ二つに分断されていき、粉のように消え去って行った。
レイスの断ち切られたラインに沿って視線を下へ向けるとそこには剣の刃先が見えた。その部分だけで明らかに異常なほどの大きさだと理解した。ベールも口を小さく開けてながら刃を見つめる。
「剣…、いえ…あれは…」
ベールが先に口を開いてそう言った。
「大剣…?」
彼女に続いてチコがその刃の正体を口にした。レイスを両断したのは身の丈以上の大きさを誇る、言うまでもなく大剣だった。刃先から刀身に沿い、そして柄を見て最終的に持ち主の姿を視界に捉える。そこには屈強な程の大男が立っていた。黒い髪に鋭い目付き、屈強なまでの体格、見るからに強者であることが一目瞭然で分かる。その腕で大剣をいとも容易く持ち上げて、自身の肩に乗せる。
「ん?何だ、お前ら?」
男は左手を腰にやり、声を掛ける。こちらの存在に気づいている?まだ体に霊気が纏っている。普通ならまだ自分達の姿は見えないはずだ。この世界はアンデッドが存在するのか?そういえば依頼書の現世環境の項目に確か魔法学が存在するとの記載があった。それに係わる概念が存在するのか。
チコ達も敵意が無い事を示すため、武器をしまい。こちらの事情を説明する。
「信じにくい話で恐縮ですが…、私達は死神と呼ばれる者です。こちらの任でレイスの浄化をしに別の世界から来ました」
「死神?あぁ、さっきの黒い奴がそのレイスって奴なのか?」
どうやらこちらの意図は伝わっているようだ。チコと男の二人で会話をしている間、ベールがフライヤの体を起こし、応急処置を施す。
「最近よく見かけるから何なんだろうとは思ってたんだけど…っと、挨拶が遅れたな。俺はアレク。ここら辺でセラティスと一緒に生活してる剣士だ」
「私はチコ、あっちが仲間のベールとフライヤです」
彼女の紹介に合わせてベールはお辞儀をフライヤも彼女の肩に支えられながらも会釈する。それを見たアレクが左手を軽く上げて挨拶を返した。
「そうか。どうやらお前らの取り分を奪っちまったみたいだな。悪かった」
「いえっ!でも、どうして私達の姿が見えるんです?」
「あっ?普通は見えねぇのか?」
それについてチコは消えたレイスの下に落ちていた赤い結晶を拾った後、再び死神のあり方などを説明した。その際にアンデッドが生ける世界なのか。霊感が強い子がいるのか。あらゆる要因を聞いてみた。いずれも存在すると彼から答えがあった。
「まぁ、要するに死神もその名の通り現世には居ない存在で、死人と同じ訳か。で、霊感があればお前らが見える訳と」
「そういう事になります」
「セラティスと似てる部分が多いな…」
先ほどから彼の口から出てくる名前、チコはそれについて尋ねる。
「あの…先ほどから口にする、セラティスという名は?」
「あぁ、俺の大切な奴だ。今は家でゆっくりしてる。どうだ、取り分を奪っちまった詫びっちゃなんだが俺ん所で休んで行きな。案内してやるよ」
そういってアレクは大剣を背中の鞘にしまい、家があるという方向へ歩き出した。チコ達も唐突で若干戸惑いはあったが彼の家に行くことにした。死神特有の殺意感知を見るからに、彼から殺意は見られない。どうやら悪い人ではないようだ。フライヤにも小声で伝え、彼の後をついて行く。
「そういや、さっき落ちてた赤い結晶。それってなんだ?」
ベールが後ろでレイス討伐の報告を偵察班に連絡している中で、アレクが疑問を投げかけた。先ほどチコが拾った石の事だ。
「これですか?レイスの核と呼ばれるものです。皮肉なものですが私達の世界で利用する施設の燃料になったりするんです」
「ふーん…死神も結構大変なんだな」
「でもおかげで私は護れる力を手に入れたんです…」
そう言ってフライヤの方へ視線を向ける。それに彼も微笑みを返す。
その間にベールは今回の一件を偵察班に報告するため、電話を繋いでいた。
だが、彼女の返答がどうやら怪しい。二人はその様子を不思議に思いながらも電話の末を待った。
「はい…分かりました」
通話を切ったのを確認したチコがすぐに声を掛ける。
「どうしたの?」
「それが…どうやら今のレイスは討伐目標ではなかったようなんです」
「え?でもかなり凶暴性はあったわよ?」
こちらの存在に気づき次第、すぐこちらに牙を向いてきたのは確かだ。アレクが居たから脅威は即座に排除出来たものの、思い返せば相違する特徴がいくつかあったような気がしなくもない。ならば何故、ターゲットではない凶暴性のあるレイスが放置されていたのか。
凶暴化したレイスは霊度の質が膨大し、それを感知して偵察班達はレイスの凶暴化を特定する。普通であれば、その時点で死界のセントラルに情報を伝達し、各管轄の地区の依頼所へ委託をしていくはずだ。
伝達に不備が無い以上はレイスが突如凶暴化したとしか考えにくいのだ。
それもそれで原因が分からない。
「偵察班も原因究明をするようですから…そちらの返答次第かと」
「そうね…」
「何だ?さっきのはお前達の狙いじゃなかったのか?」
アレクが右手で左手首の骨を鳴らしながら聞いてきた。それをチコが返答した。
「はい。ですが凶暴化はしていたので、どのみち排除すべき敵であった事は間違いないと言った所です」
「結果的にはまだ終わりじゃないって事か」
「情報によると洞穴に住み着いている目撃もあると言う話です」
ベールの言葉にアレクが小さく反応する。
「洞穴?」
「はい…、何かご存じで?」
「あぁ。俺じゃねぇけどセラティスがその洞穴を最近見ていてな。直接見た訳じゃねぇようだけど、すごい霊圧を感じたって言ってたぞ」
もしかしたらそこに目的のレイスが居るかもしれない。チコとベールが目線を合わせ、お互い小さく頷いた。
「もしよろしければ、後でその場所へ案内して戴けませんか?」
「分かった。ひとまず休憩してからにするぜ。もうすぐ着くぞ」
広めの獣道を更に歩いた後、一つの大きな家が見えてきた。木製の板とがっしりとした丸太で強固に造られた建物にチコ達は少し興奮する。
「これ、アレクさんが?」
「まぁな。ところどころセラティスも手伝っているけどな」
そう言って背中に携えていた大剣を片手で下ろしながら入り口の階段を上り、扉を開ける。三人も後に続いてアレクの家に入り、中の様子を見渡した。
「お邪魔します。…わぁ、凄い」
中もしっかりとした雰囲気で、質感のある木製の棚や手入れの行き届いた毛皮のカーペット、外観を損なわないランプが備わっている。正直二人で住むには広いぐらいに感じるが口には出さない事にした。
そんな好奇心に浸るチコ達の前に一人の女性の声が聞こえた。
「おかえり。あれ?お客さん?」
それに全員が反応してそちらに姿勢を向ける。そして声の主の姿を見てチコ達総員驚きを露わにする。なんと肌が青いではないか。その上、白い布を羽織っただけのあまりに薄過ぎる服装に自分の事のように顔を赤らめる。ベールはさらに良く見ると腕を怪我をしたのか、縫った痕が見える。
「あ、あなたがセラティスさんですか?」
「えぇ。そうですよ」
満面の笑みで返事をする彼女に一切戸惑いも羞恥心も無い。
「もしかして、さっきセラティスさんと似てるっていうのは…」
アレクに尋ねると当然かのような振る舞いでこう言った。
「ん?あぁ。セラティスもお前達と同じ死人だ」
その言葉にチコ達が唖然とすると同時にセラティスも驚きの声を漏らして階段の影に隠れるではないか。
「ア、アレク。まさか幽霊を連れてきたわけじゃ、ないよね?」
彼女の反応はあまりに予想外だった。人それぞれとはいうものの、霊を怖がる死人もそれはそれで珍しい気もする。アレクが先ほどの出来事をセラティスに説明し、チコ達が安全な人であることも彼の言葉を聞いて理解してくれたようだ。
「ごめんなさい。死人と聞いててっきり貴方達が悪霊か何かかと思っちゃって」
とセラティスは少し笑いながらも謝った。
「いえ、突然来た上に"異世界から来た"なんて信じがたい話までされて驚かないはずがありませんから、気にしないで下さい」
チコがそう言うと彼女は肯定の意を返した後、家に招き入れる様三人をもてなした。
アレクは暖炉の前で大剣を横に置き、手入れをすると言ってその作業に入り始めた。
セラティスが近くのソファーに座る様チコ達に促し、自身も対面になる位置に座る。
「面白いと思った?死んでるのに霊が嫌いだなんて」
「あっ、いえ。決してそんなことは。人それぞれですから、私も実は雷が嫌いですし…」
チコが気遣いながらも自身の嫌いな物を口にするとベールがそれに反応を示した。
「えっ!チコさん雷嫌いなんですか?!」
「あれ?言わなかったっけ?私が雷嫌いなの」
「本当に嫌いだもんな。チコは…音が鳴った瞬間俺の懐に――」
その瞬間チコが慌てながらフライヤの口を押えて自身の恥ずかしい事実をもみ消そうとする。その際、鼻まで抑えてしまっていたため、彼も彼で呼吸がしづらくて焦り始める。
「それ以上はダメッ!絶対ダメッ!」
「待でっ…ぐるしっ…!分かった、からっ…!」
世間話が弾む中、チコが思い出したかのような形でセラティスに洞穴の事を尋ねる。
「そうです、セラティスさん。以前、気になる洞穴を見つけたとアレクさんから聞いているのですが…」
「洞穴…?あ~、あそこの事ね。ここからそう遠くない所にあって…」
そういいながら席を立ち、洞穴があるという方向の窓に手を掛ける。彼女は不安そうな顔を見せながらも当時の状況を説明する。
「あそこは山賊が住み着いてて、時々うちらにちょっかいを出してくるのよ。その度にアレクに返り討ちされているのに。でも、こないだの時は雰囲気が違ったのよ…。私達もそこへ行く予定ではあったからちょうど良かったわ。…ところで、あの禍々しい感じは…一体何なの?」
彼女の声色から恐怖を感じない。むしろ何か楽しさを抱いている。見た目は綺麗で戦の場に出るような人とは思えない。チコはそう感じた。
「そこには…」
チコが事情を説明しようとした時。後ろ側から声がした。
「セラティスは留守番だ」
「えぇ~!どうしてよ!」
アレクに詰め寄るセラティス。大剣の手入れをしながらもその理由を淡々と述べる。
「そいつらの話によれば、そこに居んのは山賊の馬鹿共じゃなくて悪霊らしいんだ」
「えっ!悪霊っ!?」
驚く顔をしつつチコ達に視線を向けるセラティス。それに三人もコクリとうなずく。
おそらくとは言えど、悪霊であることは間違いではないので彼女にそう告げるとさっきまでのワクワクしていた時とは裏腹に恐怖が入り乱れた表情を浮かべる。
「そういうことだ。山賊じゃねぇとなると恐らくここへ八つ当たりに来るかもな」
「えっ、ということはセラティスさんが危ないじゃないですか!?」
「大丈夫よっ!こう見えて、私強いんだから」
自信満々に言う彼女だったが彼女の素性を知らない三人から見たら到底強いとは考えにくかった。なんとかして彼女の下に一人は居残るべきか。だが理由も無く付き添いを加えるのは返って失礼になる。ベールはその時、先ほどの件を思い返した。
考えてみれば、あのレイスの生態は異常な反応だ。未発達にも見える右腕、アンバランスな体系。凶暴化には早すぎる姿だった。理由は一体?
「そうです!さっきみたいにレイスが来る危険性があります」
「えっ!?そ、それは怖いなぁ…」
「なので、こちらも一人、ここへ留守番するのはどうですか?敵の特徴を知っていれば特に問題はないかと思います」
「ベールの言う通りかもな。だが、誰が残る?」
ベールの提案にフライヤも賛同する。彼の口から言う通り、セラティスと一緒に留守番をする人を決めなければならない。
「そうですね…、レイスの知識を持っている私かチコさんのどちらかが残るのが賢明かと思うので…私が残ります」
そう言って、セラティスのいる方へ移動するベール。チコは申し訳ないような顔をしながらもこう言った。
「いいの?」
「大丈夫です。何かあれば携帯で連絡します」
自分のスマホを出して返事をする彼女。ベールがそういうなら問題ないだろう。チコは信じて洞穴に棲むレイスはフライヤとアレクで行くことになった。ちょうど手入れを終えたアレクが立ち上がり様に三人に問いかける。
「ちなみに、レイスっていう悪霊が活発化するのはいつなんだ?」
彼の問いに少し疑問を抱く様子を見せるチコだがそのまま夜中が活発すると答えるとアレクは身に着けているグローブを今一度引っ張ってある一言を口にした。
「じゃぁ、夜中に行こう」
「えっ!?活発する所を狙うんですか?!」
三人が驚きの表情を露わにしつつ、チコがそう言い返した。アレクは当然のような顔でこちらを見て新たに口を動かす。
「当然だ。こちらも本気で行くんだからな」
「たとえ人間相手で無くてもお互い最高のコンディションで戦うって事か…チコ。悪いがこの話、俺も乗った」
「ええっ!…フ、フラが言うなら」
チコの様子にベールは再び驚きの心境を見せる。今まで勇ましくも見える心構えで進んで前に出ていた彼女が生前の記憶が戻ったからといっても、こうも彼の強い意志だけで翻弄されている。それほど生前の二人は私の想像と違うのだろう。短時間でそこまで思考が巡る。
大剣を鞘に納め、アレクは一度寝室で仮眠を取ると告げる。セラティスは夕飯を作って、出来次第呼びに行く旨を伝えるとそれに対してアレクは右手で理解した事をジェスチャーしてリビングを去っていった。
「さぁ、チコさん達はゆっくりくつろいで。アレクは私と同じで無類の戦好きだから、新しい敵にきっとワクワクしているの」
「だからと言って、別に活発化している夜中じゃなくても…」
チコは不安そうに言うとセラティスはキッチンに向かって料理をしながらこう答えた。
「たとえ命の危機に瀕しても、不利な相手を倒すのは彼のプライドっていうのかしら。それが許せない人なの」
彼女の微笑ましい表情はどこか彼を想う感じが見え隠れしている。
「分かる気がするな。その考え方」
腕を組んでアレクのポリシーに納得するフライヤ。
「フラまで無茶な事を…」
呆れた声でそう言う彼女はやはり生前の記憶があるが故、失う事に恐怖を感じているのだ。ベールも彼女の過去を聞いているため、薄々感じている。
「そうですよ。それでまた居なくなってしまったりなんてしたら、チコさんが悲しみます」
「大丈夫だって、仲間を置いてくことはしねぇさ」
現世の頃は複数の不良に単身で殴り合う無茶をしたことがあった。フライヤは強くてなんとか勝ったが決して軽傷では事済まなかった。ましてや相手がレイスとなれば、そんな傷程度で済む話ではない。また愛人を失うなんてチコにとっては死よりも辛い事なのだ。チコはムッと頬を若干膨らませながらも彼を心配する。
「絶対に無茶な事はしないでよ?」
「それにしても、貴方方は…恋人関係なんですか?…人種が違うようだけど…?」
セラティスが熱した鍋に具材を入れながらもチコとフライヤに問いかける。
「ややこしくはなるんですがフライヤは元々人間だったんです」
「という事は訳アリで狼さんに…?」
「はい。私達はすでに死んでいる身である事はさっき話した通りで、その前の生きていた頃は学年は違えど同じ学校の生徒だったんです――」
チコとフライヤの現世の話をセラティスに話している内に料理は着々と完成に近づいていた。三人は途中から香りで何を作っているのか理解した。カレーライスだ。テーブルに並べられたのはチコ達の分のカレー。セラティスとアレクはみんなの後にすると彼女がそう口にした。ひとまず、セラティスはアレクのいる寝室に行く旨を伝えた後、食事を済ませたら呼びに来るようお願いをされた。
それに対してベールが行くように彼女自身が伝えると礼を言ってセラティスはアレクの元へと向かいにリビングを去った。
おいしそうなカレーを目に三人はお言葉に甘えて食事を頂く事にする。
ルーの香りが食欲をそそる。味もとても良く、三人はあっという間に完食してしまった。ベールはひと段落した後、セラティスのお願い通りに二人を呼びに階段を上る。
左に曲がり、すぐのドアをノックする。居るのは確かなのだが返事が無い。不思議に思ったベールは一言添えつつ、ドアを開ける。
「あっ、アレクッ…!」
そこに居たのはアレクとセラティスがベッドの上でまさしく夜の営みと呼ばれるものを始めようとしていた直前だった。
「あっ…/あ…」
ベールは一言謝罪しながらドアをゆっくりよ閉める。一呼吸をした後に冷静にあの場の状況を整理した。そして、
「何をしてるんですかーぁっ!」
彼女にとって、それはあまりに刺激が強かったようである。




