第二十六話 大刀
その翌日、フライヤを連れた三人はレイス討伐の任務を受けに依頼所を訪れていた。相変わらずの死神達の多さに熱気が立ち込めるも三人は専用窓口まで歩いていく。途中、レイチェルがこちらの存在に気づくや否や、同業の受付嬢と別れ、お互い歩み寄っていく。
「おはようございます。チコ様、ベール様、フライヤ様」
「もう俺の名を?」
フライヤがそういうと、レイチェルは職務としての基本ですと答えた。そして、三人を窓口のテーブルまで誘導し、椅子に座らせた後、手に持っていた革製のファイルを三人に見えるように開き、一通り説明を始める。そこにはレイスや対象の居場所、その近辺の環境などが分かりやすい形で記されていた。いわゆる依頼内容というものだ。レイチェルは初めてである彼のために任務の流れを二人の復習も兼ねて説明した。
「死神は幾多の現世に蔓延る悪霊、レイスと呼ばれる者がいます。生身の人々を直接襲う事はしませんが、怪異現象の形で死を招く危険な存在です」
フライヤは顎に手をやりつつ、レイスの名を小さく口にする。レイチェルは返事をし、説明を再開する。
「まずは小型、中型、大型に分類され、そこからストレイダー、タンカー、クイッカ―の3タイプに分けられます。小型ストレイダーと言った形です」
彼女の言葉にチコとベールが小さく頷く中、彼は一つの疑問が頭によぎり、すぐそれを口にした。
「なるほど…、大きさによって向かう人数って変わるんですか?」
「はい。小型は2人が基本であり、ほとんどの死神が遂行可能な対象となっております。中型は3人~5人を想定した者と考えております。大型はそれ以上の規模を想定しているサイズとなっています」
詳しい内容は追って説明する旨を伝え、本を一旦閉じた上で今度、フライヤ自身についての話を始めた。
「それと、フライヤ様はご存じの通り死神ではございません。当然、一人身でレイスの任を請ける事は出来ません。ですが今回からチコ様、ベール様の補佐として登録がされておりますので、レイス討伐の任に共闘する事は許可されております。同席は勿論、後から救援として行く事も問題ありません」
そういって微笑むレイチェル。フライヤも納得した所で本題に入り、今回の任務について引き続き説明を受ける。
「今回も小型レイスの案件が多数ありまして…ピックアップした案件がこちらになります」
彼女がそのページを開いて3人に見せる。全員がじっくりと仕事の概要欄を注視するとどうやらある洞穴にレイスが住み着いていると情報が記載されていた。また、盗賊が根城にしていたそうで、他方面の危険が起きる可能性もあると注意書きがあった。
「これにしましょうか」
ベールがそういうとチコも頷いて賛成した。レイチェルは早速、脇の棚から資料と専用の用紙を取り出し、担当者用の記入欄を埋めては3人の方へ渡していく。フライヤは一目では何が何だか理解しきれなかったがチコは先の流れを知っているかの様にペンを手に取り、記入欄を埋めて行く。続けてベールが参加メンバーの名簿に自身の名を記し、今度はフライヤに流していく。
「フライヤさん。ここに自分の名前を書いて」
「あっ、あぁ」
ベールの指示に従い、彼は名簿に自分の名前を記載した。フライヤ・レインズ。それが彼のフルネームだ。書いた後、そのままチコに戻して下部の記入欄を埋めていく。討伐に関する事項、携帯品の確認の有無といった同意に関わる部分にレ点チェックを入れ、レイチェルに用紙を返していく。
その間にレイチェルが今回に必要な携帯品を箱に入れた状態で取り出す。ベールが確認に入り、不足が無い事を確かめた。救援用の信号拳銃、腕時計型の懐中電灯など、討伐に必要な機材が入っている。案の定、不足が無い事を把握した二人はそれらを諸々のポーチにしまい込んでいく。懐中電灯に関してはフライヤの分も用意されていたが、二人の様にカバンを持っていないため、最初から身に着けることにした。
「それでは、行先は西ゲートからになりますので。フライヤさんも、ご武運を」
彼女の一言にチコとベールが挨拶を返した。フライヤも続けて挨拶をするとレイチェルは小さく手を振って見送った。専用の筒に依頼の用紙をしまい、ポーチに入れてチコを先頭に依頼所を後にした。
数十メートル歩いた所でチコが右腕にある紋章を目にして魔力が減っていることに気が付いた。
「あ、さすがに数日行ってないと魔力も自然消失しちゃってるか…」
「では紋章屋さんへ立ち寄ってから向かいましょう」
ベールが口にした言葉にフライヤは不思議そうな顔で聞き返す。
「はい。チコさんと私は死神の力の他に紋章という別の世界から取り入れた、いわば魔法の様な技術があるんです。自身の性格や体質に相性があり、それに則って私は闇の紋章、チコさんは水の紋章を宿しているんです」
右腕の紫色にかすかに光る紋章の刻印をフライヤに見せながらベールは説明する。
「私の闇の魔法は相手の行動を妨害する事に長けています。重力による圧縮で、皆さんをサポート出来ます。そして、チコさんの水の紋章は軽度の傷を癒したり、防護壁を作り出して攻撃を吸収する能力を持っています」
「凄いな…それ」
「でも使うには魔力が必要でして。充填は紋章屋さんでしか出来ないんです」
つまり使う回数が限られているということか。それで魔力が少なくなっている事に危惧するチコの様子も理解した。
三人は足早にジーンの紋章屋へ立ち寄る事にし、数分で入り口まで辿りついた。ドアを開けるとベルの音が鳴り響き、それに反応してジーンが裏側から姿を現して挨拶を交わした。
「あらチコちゃん、久しぶり。随分とボロボロになったそうじゃない?」
彼女の姿を見てフライヤはすぐに自分より背が高い事を察した。右ひじを受付台の上につき、右手を頬に添えた上で3人を見る。
「えへへ…またバーバラさんに怒られちゃいました」
「貴方は自分を二の次にしがちなのよ。ベールちゃんはきっと冷や冷やものよ」
「いえ、そんなことないですよ」
お互いに笑い合っている中、ジーンの視線はフライヤに向けられた。
「貴方がフライヤ君ね。話は会長から聞いてるわ」
「シエラ会長から?」
「えぇ。会長とは結構な付き合いなの。私も昔は死神をやっていたのよ」
「えっ!そうなんですか?」
チコが初耳の如く驚いた顔をする。ジーンもそれに呆気に取られる表情を浮かべた。
「あら?2か月前に同じ事話してなかったかしら?」
「そうだよチコさん。ジーンさんは会長さんと同期だったんですよ?」
失態を冒したように申し訳ない顔を浮かべるチコ。ジーンは微笑みを返した所で彼のためにもう一度自身の過去を話した。
【死界 西南地区 南エリア】
―五年前ぐらいになるわね。私は貴方たちと同じ、ほとんどの記憶を失ったまま、訪れた死界をさまよっていた。まだ案内人も居ない時代だったから、そういったシステムや流通を聞きだす方法はほとんどなかったわ。
―大変だったん、ですね…。
―えぇ。でも、途中一人の小さい女の子が壁にもたれ込んでいるのを見つけて、近づいてみたの。あの時は自分も必死だったから気づかなかったけど凄い疲れてるように見えたわ。
「あっ?誰?」
白く長い髪をした子が道の壁を背に座っていた。髪も服も汚れており、不衛生としか言えない状態だった。ジーンが近くに歩み寄ってくるのに気づいたシエラは睨むようにして彼女を見つめる。
「大丈夫…ですか?」
「からかいに来たんじゃったら…とっとと失せな…」
強気の態度を取るシエラだったが、その言葉には疲労も滲み出ているようにも見えた。きっと疲れてるに違いない。ジーンは何も言わずシエラを背負い、門番や警備の人に助けを乞おうとした。
「おいっ…どこの誰じゃか知らんが、大きなお世話だっ…降ろせっ…!」
「ごめんなさいね。弱り切ってる人を見捨てられないの、私」
―といいながら、私も時の経過で体力に限界が近づいてたわ。小柄な彼女を背負うのもかなりの重労働だった。三十分、助けを乞うも誰も見向きもしなかった。
―三十分もっ?!
―えぇ。ついに私も限界にきてね。次第に体の言う事が効かなくなってきたわ。
「ぐっ!」
ジーンはその場に崩れるように倒れていき、その拍子でシエラも横に一回転して仰向けに倒れた。
「だから言ったんじゃ…大きなお世話じゃと…」
二人が疲れ切っているのを見て見ぬフリをする街人達、死界とはこんなにも不親切な世界なのか?ジーンはそこはかとなくショックを受けた。残った力で再びシエラを担いで近くの壁に並んで座り込んだ。汗もそれなりに出ており、水分不足も不安視した。息遣いも荒く、傍から見ても疲労困憊と分かるぐらいだった。
「すまぬな…あたしがそこに居たせいで…」
疲れ切ったジーンの姿を見たシエラはそう口にした。先ほどまでの強気とは裏腹に今の彼女は絶望に打ちひしがれたかのような口ぶりだった。
「気にしないで。私が勝手にしたことですから…」
ジーンがそう返した後、数十秒もの間、無言が続いた。このまま死界でも終わりを告げるのか。そう思っていた時だった。
―ガイア。今もなお死界セントラル地区の副総長を担っているお方。
―セントラル地区って…あの死界の中枢…死神達の憧れの…。
―そう。死神の誰もが目指す地区。時既にその地位を手にした彼が私とシエラの前に現れたの。
「大丈夫か?」
奇跡に近かった。彼に会わなかったらきっと私とシエラは死界でも死を迎え、魂として彷徨っていただろう。彼のおかげで死神の存在を知り、勧めで私は迷う事無く死神としてしばらくの間、戦い続けた。シエラも同様に死神になる道を選んで、私と共に戦線を歩んでいった。ガイアとは五年の間、数えるぐらいしか会う機会は無かったが今でも命の恩人であることに一片の変わりはない。感謝してもしきれない。シエラも同じ事を想っているだろう。
それから私は現世の記憶を取り戻し、自分が紋章屋として生きていた事を知った自分は本業ともいえる今の仕事に精を尽くすことにした。シエラは未だに現世の記憶がよみがえってはいないけど、彼女は彼女で自分の生き様を見つけられたんだと私は思う。
【死界 ジーンの紋章屋】
「シエラは小柄だけど、最初はかなりの大食いだったわ」
体を起こし、両肘を手のひらに添える形で組んでジーンは笑いながらそう言った。チコも現世の記憶が戻った今、死神になってからと比べると食べる量が多いような気がすると答える。ベールも見る限りは普通の量を食べてるのだが現世では小食だったかもしれないと思うと怖くなった。
長話になってしまった事を詫びた後、ジーンはチコの魔力充填を施すため、専用の一室に連れていく。
数分の間、ベールとフライヤは入り口のソファーでチコを待つことにした。
「フライヤさん…あの…」
彼の方へ視線を向け、声を掛けるベール。
「ん?どうした?」
その問いかけにフライヤも同じように彼女へ視線を変え返事をする。当然見つめ合う形となった瞬間、ベールは彼の視線の圧に負け、反らしてしまう。
「あ、いえ…何でもないです」
申し訳なさそうな口調で言う彼女。良く見ると顔が赤くなっているようにも見えた。
「…?顔、赤くないか?」
決して彼はからかっているわけでは無い。つい、思った事を口にしてしまっただけである。だがベールはそれを過剰に反応してしまい、両手で顔を頬を中心に覆う様に隠した。
「ちっ、違うんですっ!決してフライヤさんの事が好きとかそういうのではなくてですねっ!あのっ!そのっ!」
「お、おぉ、落ち着いて!ベールさん!?」
彼女の驚きにフライヤも少し不味い事をしたかと思った。彼はベールに謝って、再び彼女の問いかけに応える。
「ところで…用は?」
「あっ、あの…」
決して恥ずかしい事ではないのだが、彼女の性格故か、不意に気が引けてしまう。ただ、彼を君呼びしたいだけなのだ。葛藤する彼女にフライヤは小さく首を傾ける。そこまで言いづらい事でもあるのだろうかと思い込み、ベールの左肩に手を添える。触れた瞬間に彼女の身体は一瞬震えた。
「はっ…!」
ただ一言、お願いを言うだけなのに、なぜ踏み切れないのか。相手が男だから?恋人でもないはずなのに、チコのように振舞えない自分に余計焦りが募る。体は無意識に震えてしまう。
震える彼女にフライヤは咄嗟に彼女の肩から手を離してあげた。彼もチコと同じように接しているつもりでいるのだがベールにとっては気を使わせてしまうのだろうか。意思疎通がお互いに取れない状態が続く。
その時にチコが充填を終えて一室から戻ってきていた。
「…フラ」
「おわっ!」
さっきまでベールの肩に触れていた右手をチコがぐっと掴んで軽く持ち上げる。
「まさかベールちゃんをいじめてた訳じゃないわよね?」
ジト目でフライヤを上から見下す。
「違うっ!断じて違うっ!」
慌てて誤解を解こうと必死になるフライヤ。ベールも一緒になって彼女をなだめようとした。
「チコさんっ、違うんですっ。私がただ、フライヤ君と呼びたかっただけで…」
「えっ…」
「あっ…」
チコが居たからだろうか、何の躊躇もなく自分の言いたい事を打ち明けられた。だが、これは果たしてチコは許してくれるのだろうか。いくら彼女でも愛する人を君呼びなどさせるだろうか。ベールはとてつもない複雑な気持ちに駆られている。
「そういうことだったの?」
彼女から明るめの返事が戻ってきた。ベールは再び呆気に取られるような顔をする。
「フラが嫌じゃなければ私も嫌じゃないよ」
「…でも、不安にならないんですか?…愛する人が…別の異性と仲良くなるって」
「えっ…、どうして?」
その言葉にベールはきょとんとした表情を浮かべる。自分が可笑しいのか。不意にそう思ってしまった。いや、可笑しくはない。愛人が異性と仲良くしているのはきっと嫉妬心が芽生えるはずだ。
「だってベールは仲間じゃん」
「…!」
笑顔でそう言い放つチコ。フライヤも微笑みながら小さく頷く。一瞬彼女の心は安堵したかのようにふわっとした感覚になった。今の今までチコから励まされてきてはいたが、やはり言われると人一倍実感が湧いてくるのだ。ベールは嬉しくて涙を堪えながらも微笑みを返した。
「さぁ、これからレイス退治でしょ?」
「はい。みんな、行こうっ」
各自、荷物を背負ってジーンに別れを告げる。三人を見送り、店から出た後に彼女がボソッと呟いた。
「シエラ…本当に"彼女"の言葉は正しいの?」
「さぁな…あたしだってほとんど信用ならんのじゃ」
店の裏側から声がしたのは紛れもなくシエラだった。腕を組んだ状態で座敷に座り、想いふけた顔で口を動かす。
「チコ…」
自然と眉間にしわが寄る。出されたお茶のグラスを凝視するように見つめながら。
【死界 西ゲート前】
颯爽とポータルの前についた三人。いつも通りに門番に通行許可証を掲示し、ポータルを開放させて貰った。縦の楕円形に展開された青白いポータルを見てフライヤは口を開けてみていた。
「これでいろんな世界に行くのか…?」
「うん。私たちの知らない世界がたくさんあるってシエラ会長が言ってたのを思い出したよ」
「俺達の住んでた世界も…きっとあるんだろうな」
「…そうだね」
チコの声色も表情も少し悲しげに感じた。それに対してフライヤは彼女の左に立ち、チコの肩に手をやってこう言った。
「大丈夫。アイツらみんな、チコの事を忘れてなんていないさ」
「…フラ…」
現世のみんなと会いたいと切に思う瞬間だった。きっといつか、仕事でその場所に訪れる事があれば。必ずみんなに会って、謝らなきゃいけない。脳裏にバスケ部のメンバーや数少ない友達の面影がよぎる。
「私もチコさんの現世に行ってみたいですね。本当にチコさんがフライヤさんと付きっ切りでないとまともに出歩けなかったのか。信じきれないんです」
現世のチコを知らないベールは死神になり、勇ましい姿を一年近く見続けてきた。疑うのも無理はない。
「本当だよ。一人で人混みの中に突っ切れないぐらい。でもベールがいつも居てくれたから、私はここまで強くなれた」
「私は何もしてないですよ…、チコさん自身が変えたんです。私はそれを見て、強くなりたいと思ったんです。チコさんの傍で戦い続けたいと思ったんです」
笑顔でベールはそう言い放った。チコもそれに吊られて微笑み、ありがとうと礼を言った。そして、真剣な眼差しに変わったチコの目はがっしりとポータルの光を捉える。
「行こう。いつも通り。悔いのない道を選んで」
「おう/はいっ」
小さく気合を入れる三人はそのままポータルの中へ入って行った。しばらく亜空間の道を突き進む。星空のような景色にフライヤはまた口を開いて一望する。現世に繋がる光を見つけるとチコはそれを知らせ、降り立つ準備を整える。
【現世 樹海の森】
チコがゲートから覗き込むように辺りを見渡す。地面の高さも確認した上で、勾配もない平地、無理の無い高さであることを確認し、チコは現世に降り立ち、それに続いてベール、フライヤの順に降り立った。
霧が若干立ち込める静かな森、木漏れ日も少ないためか、結構薄暗かった。現世の時刻も自動で切り替えられるスマホを手に時間を見てみると時刻は11時。朝どころか昼になる時間だ。それなのにこの薄暗さなのか。
「フラ」
「ん?」
彼の返事と同時に突然チコがフライヤの右手を握ってきた。それに再び返事をする彼。その直後に何かチコから気が送られてくる感覚がフライヤを襲う。
「何だ?」
「霊気。一応シドおじさんの作ったその武器には銀製の素材が組み込まれてるからそのままでも霊気を発して、レイスにダメージは与えられるけど、一応全身にも霊気を備えておけば、相手の位置も察する事が出来るかもしれない」
「…なるほど」
完全に理解しきってはいなかったが、大まかな意味は伝わった。チコが横目で周囲を観察し、何か違和感を抱く。
「それにさっきから…」
「えぇ…いますね」
二人の会話にフライヤは小さく驚いて拳を構える。チコとベールも鎌を呼び出し、戦闘態勢に備えた。聞こえてくるのは風でなびく葉っぱの音だけ、しかし、チコは聞き逃さなかった。レイスの奇襲を狙うために殺す息の音を。
すぐさまイーグルアイを取り出し、居場所の方向を声に出しながら銃を撃ち込んだ。
「右っ!」
彼女の言葉に二人も同じ方向に体を向け、茂みや木々を注視した。フライヤはレイスの実態を知らないが故、固唾を飲んで敵の行動を待つ。
(ガササッ!)
撃ち込んだ茂みの中から黒い影が三人に襲い掛かってきた。何かを振りかぶって地面をたたき込む。なんとか交わし、その何かを見ると、なんと予想を超える太い腕ではないか。体も巨体で茂みの裏にある岩として擬態していたのだ。
だが妙だ。依頼書に記載されていた生息地とまだ数キロも離れた場所のはずだ。レイスの特徴として住み着いた場所から1キロ圏内に移動する事はほとんどない。特殊なケースなのか。
「ストレイダー系?」
「馬鹿力って奴か?」
「はい。一撃でも致命傷になりかねないパワーを持っている事が特徴のタイプです」
会話の最中にもレイスは待ってくれなどしない。ベールを見るや否や剛腕な右腕を当たり前かのように振りながら突進してきた。ガードをしたところで吹き飛ばされてダメージを負うのが目に見えている。回避に専念し、隙をチコとフライヤに任せる事にした。
巨大な拳が無慈悲に次々と地面や大木に跡をつけていく。大振りな分、回避のする道筋を考える猶予はある。落ち着いて避ける道を確保していれば危険はないはずだ。
チコがまず後ろに回り込んでイーグルアイを数発撃ち込む。それが命中し、レイスは一瞬怯む様子を見せるがダメージは大して表れている感じには見えない。ならばとフライヤが今度、懐に入り込む形で右手を構える。
「おぉらぁっ!」
突き上げる拳はレイスの腹部に命中する。バンクルの効果なのか、当たった時の衝撃は無い。それにも係わらず、ダメージを与える印象をレイスが見せる。貢献できている事を知り、一瞬自分の拳を見る。敵も負けじとカウンターの鉄拳を上から叩き付けてきた。転がるようにして回避し、態勢を戻り、再びレイスと三人に間合いが生じた。
数秒した後にレイスが突如、大木を小さい腕と剛腕を巧みに使って根を引きちぎった後、それを棒のように振り回し、三人に攻撃を仕掛ける。チコとベールは大木の下を間一髪ですり抜けたがフライヤは他の二人よりも背が一回り大きい故に片腕が大木の幹に接触し、衝撃で地面を数回転がって行った。
「フラァッ!!」
彼の危険にチコは怒りを露わにする。同時に彼女の目膜が一瞬、緑色に変色する。鎌を手に持ってレイスに真正面に向かって行く。敵は再び大木を頭上に掲げる。叩き落すつもりか、そうであれば横に回避してから切り込めば。と考えていた。その瞬間だった。
「うらぁっ!!」
再び男の声がした。だが明らかにその声はフライヤの声ではなかった。それと同時にレイスの動きも止まっているように見える。チコもその場に止まってその光景をベール、そして横に倒れているフライヤと共に見た。
レイスが轟音と重ねるかの如く担いでいた大木は自然と両手から離れ、脇に音を立てながら落ちた。その後、レイスが縦に両断される形で消滅していく。
敵の居た地面には剣の刃があった。それに気づいたのはレイスが消滅しきる辺りからだった。
「…っ!」
三人の目に映るその剣はまた、信じがたい、人間が持つものではない程に…巨大だった。




