第二十三話 説教
あの出来事から数分後にレイスは救助にきた死神達によって討伐された。ベールは自分の非力さ故、チコに多大なる怪我を負わせてしまった事を悔やみ、あの時ずっと彼女のそばで泣き崩れていた。
【アルカディア 宿屋】
「自分のせいでチコさんは苦しんでたと思ったんです…」
チコのいる部屋の入り口近くで、壁に背を寄せ、左手で右腕を掴んだ状態でベールはそう言った。フライヤは返事をしなかったが面とは向かわず、彼女の言葉を真摯に受け止める姿勢は揺るがず示していた。
「だけど…チコさんは違った…。彼女は…私を責めはしなかった」
【死界 病室】
後にチコが死界病院から退院した後に聞かされた話であると告げ、その後の話を切り出した。
812号室、個室の部屋にチコは安静をとっていた。右足も最先端技術による治療で復元されており、組織の再構築を待てば完治が出来ると院長のバーバラから聞かされていた。
バーバラの声により、意識を戻したチコは勢い良く目を開いた。
「気が付いたかい?全く無茶するねぇ?右足を膝から損失だなんて」
頭の痛みが少し残ってはいるがあの時の激痛と比べれば、まだ軽い程度だ。あの時、あまりの痛みで右足を見る余裕はなかった。バーバラの言葉で右足の半分が刃で持っていかれたのかとようやく理解した。右手で右足を触ろうとしたが組織の再構築が終わっていないのか、麻酔を打たれたかのように感覚がそこだけなかった。
「後数日、安静にしていれば完治すると思うから、我慢なさい」
「…はい。ありがとうございます」
微笑みながらバーバラに礼を言うと、義務の如く、昼食、夕食の時間を掲示した後、部屋を出ていった。その後の二日間は備え付けのテレビを見たり、雑誌を見たり、リハビリをしたりをして過ごしてはいたのだが、ベールが見舞いに来る事は一度も無かった。シエラからはベールが帰還し、沈んでいた心をケアしている旨の報告を受けていたため、彼女がレイスに魂を奪われた訳ではない事は知っていた。
そして三日目。チコは再び右足を見つめては見舞いに来ない彼女の事が気がかりになってしょうがなかった。
(…まさか、あの怪我のせいでベールは…)
うつ病かなんかになったのではないのか。チコはバッグを漁ってスマホを取り出してはすぐにシエラへ電話を掛ける。
「…チコか?」
「会長っ!今、お願い出来ますか?!」
すぐに自宅に向かって欲しいというお願いをし、シエラはそれを戸惑いなく了承した。チコは不安になっていた。ベールの身に何かが起きているのなら。30分近くでスマホが鳴り出す。画面にはシエラ会長という文字。すぐさま着信を許可し、耳元にあてる。
「…すまぬっ!わらわのケアが足りておらんかったっ…!」
その謝意の言葉にチコの瞳孔は震えた。ベールが失踪していたのだ。チコは頭の中で最悪のシナリオを想定した。彼女は自分の償いで自殺に追い込むかもしれない。そんな事はあってはならない。チコは布団を払い、両手指を右足に刺すように握る。
「治ってっ…!たかが足1本潰えただけじゃないぃっ…!馬鹿な真似はやめてっベールッ…!ベーーーールウウッッ!!」
大声を聞きつけ、数人のスタッフが彼女の個室に押し入ると松葉杖も使わず部屋を出ようとする彼女を確認する。当然押さえ込まれ、安静を促すがチコにとってはそんな流暢な事を言っている場合ではなかった。大切な仲間が居なくなろうとしている。
彼女にとって、ベールはかけがえのない友達だったから。今となってはそう思える。
「…うっ…!」
強力で睡眠効果もある精神安定剤を首に刺され、チコは間もなく意識が朦朧となり、スタッフに支えられる形で眠ってしまった。
【???】
チコはあの後、夢を見てたみたいなの。赤と黒の不気味な空間で音も無く、殺風景過ぎるその部屋はどことなく自宅に似ていたらしい。聞こえるのは自身が歩いて発する音だけ、しかし途中から、かすかに何か軋むような音が聞こえる。それは自宅で例えるなら寝室から発しているように感じた。扉は閉められており、すぐに中の様子を見る事は出来ない状態だった。
「…ベール…なの?」
恐る恐る引手に手をやり、スライドさせるとチコの視界には想像を絶する光景があった。思わず口を抑え、その光景をまじまじと見つめていた。なんとそこには黒いシルエットにも拘わらず、ベールであると確信出来る程の後ろ姿が首を吊って浮いていたのだ。
チコは声を漏らしながら、信じがたい光景に足を動かす事も出来なかった。その直後、風も何も起きてないはずなのに首を吊ったベールはこちらにゆっくりと向きを変えてくるではないか。
「…い…いゃ…」
そして、チコのいる方向になった途端、彼女の体は止まった。チコは不意に背筋が凍る反応を示す。振り向いても前髪のせいでベールの顔は見えないままだった。
「ベール…死なないで…」
「死んでないよ…」
その声にチコは出そうな涙をグッと抑えた。確かにベールの声だった。四つん這いになりながらも宙に浮くベールの下へ接近し、ついに彼女はベールの右腕を掴もうとした。その途端、逆に今まで止まっていた彼女がチコの手を掴んできたではないか。
「はっ―!?」
「チコサァンッ!!」
彼女の口からとは思えぬ奇声でチコの名を呼ぶ。同時にチコの腕一本で上空に引き上げて、その手を今度、首元に移動させ、強く締め付ける。首を掴まれた衝撃で不意に声を漏らす。じたばたと足を振るって抵抗してもびくともしない。苦し紛れになりながらもチコは薄目でベールの顔を見た。直後にチコの顔は青ざめた。何故なら、彼女の顔は黒く塗り潰されており、赤い眼光でチコの顔を凝視していたのだ。
「ワタシハモウツカレタノ…!!ダカラモウ…!ホオッテオイテッ!!」
そしてもう片方の手でチコの首を更に強く握って行く。チコも不意に右手を振るうがそもそも召喚機がないため、鎌を召喚することが出来ない。ならばと今度は左手を広げて水の魔法を操ろうとした。だが、空間の質量が不安定なためか、水の一滴も姿を現す事は無かった。成す術がなくなったチコはただ苦痛の中でひたすらもがき続けるしかなかった。
「はっ…!」
先ほどまでの苦しみが嘘かの如く、チコは再び病室のベッドの上で目を覚ました。少し素早い動きで体を起こすチコは自然と誰かを視界に捉えた。そこには青い髪の女の子が椅子に座っていた。
「…どなた?」
それもそのはず、チコには一切面識が無い人物だったからだ。彼女と話す時間など今はない。謝りながらもベッドから降りようとするチコに彼女はある一言を口にした。
「ベールさんなら…私の家に居ます」
「…!!」
それにはチコも行動を止めた。ゆっくりと彼女の方を向くと再び会話を進め始める。
「私はイヴ。イヴ=トリカと言います」
「あっ…、私はチコ=ブリリアントです…。あの、家に居るというのは…?」
それについて早速問いかけるとイヴは少し辛そうな顔をした。チコはそれを見て、少し首を傾げる。
「彼女は思い詰めていました…自分には何も無いと」
イヴが言うに、自分があの戦いで気絶した後、救助にきた死神の一人に説教と称して心無い言葉をベールに吐いていたそうだ。その男は赤い髪で見た目もガラの悪そうな印象の強面な顔。イヴはレイスと戦いながらもその二人の様子を見ていた。それに気づく頃にはレイスも力尽きる寸前、二人の会話もほとんど終わっており、詳しい内容を聞き取る事は出来ずにいた。だが、二人が救護班により搬送された後、その男は帰り際でこう言っていた。「あの女は仲間を見捨てたんだろう」と。イヴはその無責任な言葉に憤りを感じていた。だが、私はあの時、周りの死神達に迷惑を掛けるわけにはいかないと、拳を握りながらも怒りの放出を抑えた。
「……」
チコは真剣な眼差しで彼女の話を聞き入れた。イヴは話を続け、数日後にベールが喫茶店で落ち込んでいる姿を偶然目撃した。彼女はベールの隣に座って声を掛け、当時の出来事を再確認し、心無い言葉を言われた事を知った。男の言葉を真に受けて、彼女の戦意はほとんど消失しているのが見るだけでひしひしと伝わってくる。自分もあの男と面識はなく、たまたま救助隊として共にしただけ。かといってあの人がレイスと戦ったのかと言われたら、戦闘には加わったとは言えない。ただ説教しただけだ。
このまま家には帰らない、私はもう死神をやめる。
と言っている彼女。頑なにその考えを曲げようとはしなかった。しかし、そのまま家を出れば即座にホームレスだ。気を落ち着かせるには一旦自宅へ招き入れるのが無難だとイヴは考えた。ベールは少し考え、イヴと同じ状況になると思ったのか、イヴの意見を飲み、彼女の家に住むこととなった。
話を終え、事の状況を知ったチコはイヴと同様、男の発言に憤りを抱き、眉間にシワを寄せて行く。
「ベールが私を見捨てる」だと?
すぐにベッドから降り、棚から靴を手にしてそれを履き始める。イヴはそれを見て様態を気にする。
「あの…チコさんっ、足の具合がまだ」
「そんな事言ってる場合じゃないっ!!」
「ひっ…!」
チコの険しい表情にイヴは思わず声を震わす。それも気にせず彼女は今度、バッグの中身を確認してイヴに自宅へ連れて行かせるよう頼んだ。それを断るはずもなく、恐怖心を抱いたまま肯定の返答をした。すぐさまイヴを引っ張るように病室を出て、ちょうど近くのスタッフに病室の鍵と事前に書いていた退院届を押し付ける。日数もまだ一日残っている事を把握していたスタッフは彼女を止めようとする。だが、彼女がそちらに仰々しい視線を送りつけると言い返す事が出来なくなり、それを肯定の意と捉えたチコは再びイヴの手を引っ張ってその場を立ち去って行った。
大病院を出たチコは再びイヴの自宅の方角を問いかける。
「どっち!?」
「こ、こっちです…うわぁっ!」
彼女が指差した方向へチコは早歩きで進んでいく、通りすがる街人達も彼女の憤りの面を見て、無意識に道を譲る。
チコは激怒している。ベールが死のうとしているかもしれない状況下で、ましてや他人の言葉に揺さぶられたのだ。それを見過ごすわけにはいかない。その無責任な言動を…!
(ガチャッ!!)
途中、チコはある所へ立ち寄った。各所に点在する依頼所の一つへ。バッグを漁りながら取り出したのは一つの封筒と死神ライセンスのカード、封筒の中身にはあの戦いに関わる依頼書が入っていた。依頼所は電子という形で各リストのデータを管理している。そのため、管轄とは違う場所の依頼所であっても閲覧や交付と言った手続きなどをすることは可能だった。周辺の依頼所の位置などを把握していたチコはイヴの自宅の方角と被るのであるならば、そこに立ち寄って時間の短縮を図ったのだ。
依頼書とカードを窓口のテーブルに叩き付けるように置いた彼女はこれに関する情報の開示を求める。
「救助にきた死神のデータを…教えてっ!」
【イヴの自宅】
40分近く経過した時、彼女の自宅には当然ながらベールがベッドを背に体育座りで座り込んでいた。誰も見てなどいないのに顔を両膝につけて、表に見せないようにしていた。
「……私は…」
ベールはあの時、男に言われた心無い言葉を思い出す。その度に心に棘が刺さったかのようにつらくなる。同時に顔をさらに内側へ行くように体を丸くする。
「チコさんの…お荷物なのよ」
その時だった。少し大きめの音が鳴る。それが玄関のドアを開ける音であることを理解したベールは扉の方へ視線を向ける。少々乱雑にも感じる足音がこちらに近づいてきているのも分かる。間もなくしてベールのいる部屋の扉が開いた。そこにはチコを戦闘にイヴの姿もあった。息を切らしながらもチコはベールの存在をまじまじと見つめる。彼女が来る事を予想していなかったベールは涙ぐんだまま呆気にとられたかのような顔を見せた。
「チコ…さん…」
「ベールッ!!」
思いつめて自害していないと分かった瞬間、チコはほっとした感情を露わにし、すぐさまベールを抱きしめた。あまりの強さにベールは苦しかったがそれよりもあの時の事を思い出し、深く沈んだ顔を見せる。
「私…死神、やめようと思う…」
「お荷物だから?」
「っ…!」
「あの男に言われたからでしょ?」
「ぅっ…」
「……言いなさい。あの時の事、全部」
チコは必死だった。彼女の口から言わせないと心の傷に納めたままになってしまうだろうと。ベールは視線を反らして、チコに迷惑を掛けたくないようにした。それが彼女にとって一番良いと思った。
(ビンッ!!)
直後にけたたましい程に発した音はベールの頬からだった。チコは彼女を叩いたのだ。ベールは放心したような表情を浮かべ、今の現状に困惑した。
「っ!!チコさんっ!!」
イヴが咄嗟に止めに入ろうと動きだそうとした時、チコはベールの両肩を掴んで彼女の身体を揺さぶる。
「私の言葉を無視してまで死神をやめて、それで私が喜ぶと思うっ?!」
「ぅ……だって…私はチコさんが居ないとダメだけど…チコさんは一人で何でも出来る…」
「私もベールが居なきゃ死神になんてやっていけないと思ってる」
「…嘘よ…」
「嘘じゃない。気づいてた?」
「…?」
チコは突如、あの時の遺跡の話を切り出し始めた。それはベールがトラップを踏んでしまった時の事である。
「あなたは自分のせいでトラップを踏んだと思っていたんでしょ?」
「…え?」
「あれね、本当は同時に押さないと起動しないトラップでもう片方は私がたまたま踏んでたの」
「…!」
ベールは全く気付いていなかった。だが、それは決して私のお荷物を解消する理由にはならない。チコは続けざまに話を進める。
「あの罠が無ければ私たちは幽閉されてた」
「えっ…!?」
「知らない間にレイスがいる部屋の扉は閉まり始めていたの。きっと、遺跡に入る時からね」
そう、トラップによって大広間に飛ばされた後、チコは一度扉の前まで移動して封鎖されるのを阻止していた。その時にチコは気づいたのだ。並大抵の人間があの岩壁に激突して生きれるはずがないと。この扉もおそらく劣化による低速化で封鎖されるまでの時間が多かったのだと。
「……じゃぁ…私は…」
「そう、本当は仲間の命を救ってたって訳」
それを知ってベールは勘違いしていたことに気づき、思わず声を漏らしながらも涙を流した。チコはもう一度ベールを抱きしめて頭を撫でてあげた。ベールもチコの喝には驚いたがそれも優しさなのだろうと思い、彼女の背中に手を添えて顔を埋める。
「…あの」
二人の友情秘話に水を差すような形になることに恐縮な気持ちを抱きながらもイヴはチコに声をかける。
「ベールさんとまた、一緒に死神活動が出来るようで安心しました。…ですが」
「わかっているわ」
「…?」
チコとイヴの話にベールは困惑な表情を見せ、二人の顔を交互に見つめる。チコはベールを離して、そのまま立ち上がる。そして、今度はイヴの方へ視線を向ける。彼女の眼差しは数少ない程真剣だった。
「あいつのしたことを…返すわ」




