第二十二話 欠損
【【本回ではショッキングな表現が含まれております。ご一読の際はご注意下さるようお願いいたします。】】
ベールが過去の話を切り出して、開幕突然にチコの魂が消えていたかもしれないというとんでもない事を言い出す。
「どういうことだ…?」
フライヤは恐る恐るその発端を問いかけるとベールはゆっくりと俯き、語り出した。
【別の現世 遺跡前】
それはおよそ半年前の事、レイス討伐での時である。情報と足取りを手掛かりに辿り着いたのはかなり古い印象を与える遺跡だった。夜であったためにチコは先にライトをつけて入り口の中の様子をうかがった。不気味なまでに静かで本当にレイスが居るのかと思わず呟いてしまった。だが、確実にここにレイスはいる。
まだ経験が浅い頃の二人、レイスに対する恐怖心は当然、今と比べれば大きい。
だが、自分達は死神であり、対象を撃退・浄化させるのが仕事である以上は進まなければならない。
不思議とチコは順応し、この仕事をする上での覚悟はそれなりに出来ていた。だがベールは未だにこの職務に疑心を抱いており、時折愚痴をこぼす事もあった。
「チコさん…本当にレイスはいるんですか…?殺気を感じないのですが…」
「偵察班が言うにはこの遺跡から移動をした形跡は今の所無いって話よ。であるならば地中を潜って移動するしか方法はないし、この情報からするに地中を移動するタイプではないみたいだから。そうなると潜る時間はないはずよ」
あらゆる可能性を考えても、この遺跡から高速かつ偵察の目を欺くには余裕がないのは間違いない。出来る限りライトで奥を照らし、危険がないかを確認する。遺跡というのもあり、見えない場所にトラップがあるかもしれない。チコは注意を払いつつ前へと進む中、すぐ後ろで不安を募らせる彼女は背後を気にしながらついていく。その意識が散漫を招き、足元の蔓に引っかかってしまう。
「あっっ!」
躓きながらもベールは右側へと進み、なんとか転倒は免れた。その際に右手で壁に持たれかけた事で触れた壁は音を立てながら奥へ押し込まれていく。その違和感にすぐ気付いた彼女は青ざめた。チコもその音を耳にして身体を止めた。しかし、矢が飛んできたり、床が崩れたりするわけではなかった。経年劣化で作動しなかったのだろうと一呼吸を置く二人だったがチコは再び何かに気づいた。
ほんの少し押し込まれるように感じる風の抵抗とかすかに聞こえる音。その音は何かを擦っているようだった。考えうる危険を咄嗟に思い浮かべてチコははっとした顔をしてベールの体を抱きしめる。
「ジャンプしてっ!!」
言われたベールは慌ててジャンプをして、それに合わせてチコも宙を飛び、同時に魔法で二人の背後に水の壁を張った。次第に轟く程へと増大する音の正体はなんと石の壁、隙間などなく、確実に押し込まれる形となっていた。高速で二人の体を激突させて奥へと高速で押し込まれていく。水の壁を介しているため、無害で済みはしたがトラップ自体を回避したわけでは無い。声を荒げながらも壁の誘いに成す術なく連れていかれる二人。数秒が経過した後に壁は突如停止して、それに伴って二人は弾む形で奥へと投げ出される。横に転がされてようやく停止した彼女達が来た場所はかなり広いドーム型の部屋だった。ゆっくりと扉が閉まるのを見たチコはすぐに立ち上がって止めようとするもあまりに力が強く、歯が立たなかった。固い扉を叩く中、ベールも立ち上がって辺りを見渡すと彼女の目にとんでもない物体を捉える。
「っ!」
その声にチコは振り返り、彼女もそれを凝視した。そこにいたのは腐った人型の牛、ミノタウロスだった。鼻に来るような悪臭を放ち、その横には相応しいサイズの斧が落ちていた。柄の部分も大分朽ちており、かなりの時が過ぎている事が容易に伺える。あのトラップもここに引きずり込むためのものだったのだろうとチコは察した。ベールを起こしてあげると彼女は俯いた状態でチコに対して謝った。
「ごめんなさい…私のせいで」
「気にしないで。…どうやらさっきのトラップはここに連れ込むためのものだったみたいね」
辺りを見渡しながら入ってきた方とは反対側へ足を運ぶ。ベールは少し落ち込みながらも彼女についていく。途中、二人は殺気を感じてすぐに右手を小さく揺らして鎌を呼び出した。両手で構え、殺気を感じた方向をひたすら凝視した。徐々に強まる気配、同時に募る緊張感。彼女達は固唾を飲んで見えぬ敵の行動に注視する。
(シュッ!シュッ!)
目の前の扉にX字で切れ込みが入った後、大きな音と共に二人の方へ分断された扉の破片が吹き飛んできた。チコは小さく身体をひねらせ、破片と破片の間を綺麗にかわし、ベールは無難に上へ飛んで回避した。元の態勢に戻した二人は再び土埃の舞う扉の方を注視する。未だそこに殺気があったからだ。チコは眉間にシワを寄せて腰を低く構える。ベールも両手で鎌をしっかり持ち、汗を見せながらも敵の行動を予測する。その時だった、触手のようなものが二本、彼女達の所へ素早く接近してきた。左右に回避した二人はそのまま鎌を持ち直し、再び同じところを見ると今度は影も見え始めていた。明らかに人ではない。レイスの可能性が高いと感じたチコはイーグルアイに視線を一瞬向けていつでも取り出せるように意識した。ベールも同様に影を注視しながらも左足を後ろ側へずらして、回避も出来る状態に身構える。
「…来るっ!」
その途端、再び触手がチコに向かって飛び込んでくる。右に回避してチコはイーグルアイを取り出し、影のある方へ3発撃ち込んだ。どうやら当たったようで、レイスはうなり声をあげる。側転し、銃をしまって鎌へ持ち替えた彼女は隙を見せないように敵の行動を常時監視する。入れ替わりでベールがナイフで追い打ちをかける、これも命中してレイスはさらに声を荒げる。
しかし、妙だ。シルエットのがたいの狭さ、カマキリのような腕の形状からしてストレイダータイプではないはず。そして、レイスの悶えるような身構え方にも違和感を抱く。途端にチコはある予測を抱いた。確信とも言える程に不思議と体は思考と同時にベールへ向かうよう行動を移していた。
「ベールちゃんっ!!」
「ウガアアアアアッッ!!」
突如体を反るような態勢と共に轟くような咆哮を響かせる。ベールを抱くように体を密着させながら、チコは魔法を唱え、レイスのいる方へ水の壁を張った。その咆哮の際に銃弾とナイフが跳ね返ってきたのだ。壁のおかげで二人に反撃を喰らう事は無かった。しかし、チコは少しよろめくような動きを見せる。それを見たベールはすぐに彼女を支えて顔を見ると口から血を吐いているのが目に入った。
「チコさんっ!口から血が!」
「えっ…!?」
口を指で拭うと確かに血が出ていた。痛みを感じる瞬間は無かったはずだが言われてみたらちょっと体に違和感を抱くようになった。あの突発的な行動が要因だろうか。それを考える余裕はないようだ。ついに姿を現したレイスは迷う事なく二人に攻撃を仕掛けてきた。ベールはチコを抱えながらも左へ回避し、部屋の中心に陣取る形でレイスの方を見直す。チコも礼を言いながら彼女の手から離れ、口を拭った後、鎌を再度召喚させる。レイスの姿はカマキリのようにも見え、赤い眼を鋭く光らせていた。
「カマキリ…スピッタータイプかしら…?」
そうチコが呟くやいなや、レイスは彼女を視界に捉えると前脚である鎌で襲い掛かってくる。ほぼ垂直に振りかざす鎌を回避して反撃をするももう片方の鎌で彼女の武器を弾いていく。衝撃でそのまま反対側へ飛び、着地をした後、今度はイーグルアイを右手に持ってレイスに数発撃ち込んだ。轟く銃声と同時に金属音が交わる。
「…なっ!?」
二人が驚く表情を浮かべる。それもそのはず、高速で飛ぶ銃弾をレイスの両手の鎌で全て受け止めていたのだから。そして、それを小さく上に飛ばすと前脚を構えてその銃弾を跳ね返してきたではないか。1発は鎌で受け止め、2発目は外れ、3発目は彼女の右腕をかすめていった。そこからは少量の血が流れるが彼女は平然と立ち尽くす。無傷に等しいと言わんばかりに鎌を持ち直し、再びレイスの懐に入り込んで鎌を振るう。
敵の鎌とチコの鎌が激しく弾き合い、時には避け、時には銃を撃つ。一向にダメージを与えられない状況にチコも焦りを感じていた。ベールもサポートに入り、共に鎌で攻撃する。再びチコが銃でレイスを撃ち抜こうとしたがこれも弾かれ、挙句には跳弾がベールの左腕をかすめていく。それを見たチコは彼女の名を呼び、様子を伺った。
「大丈夫…ですっ!」
そう言ってレイスの方を見ながら鎌を持ち直すベール。しかし彼女の手は震えていた。目に見えるほどに。チコは守りたい一心で単身でレイスに鎌を横にして走り出す。
(ベールをっ…!守らなきゃっ!)
大きく鎌を振り抜いて、出来るだけ隙を出さないように立ち回っていく。ベールはそれを見て彼女の援護をしたかったがレイスに殺される恐怖心がどんどん膨れ上がって行き、徐々に足まで震えが起き始めていた。そして彼女はある事に気づいてしまった。
(私は…チコさんが居たから…ここまでこれたんだ…)
今までの功績はチコと共に培って来て得たものだと思っていた。でもきっとそれは違ったんだ。それは彼女の力があったからなのだと思い始めてしまったのだ。ベールの瞳は小刻みに動く。レイスと戦うチコを見ながら。
レイスは前脚の鎌でチコ目掛けて振り抜く、それを鎌で弾きつつ、距離を取っていく。このままでは埒が明かないと感じたチコは悔しい顔をしながらもバッグに手を突っ込ませ、音を立てながら取り出したのはオレンジ色の銃だった。それを躊躇なく天井の隙間に向けて弾を撃ちだした。
「っ!救援弾っ…!」
煙と共に飛んで行く弾を見てベールが呟いたこの言葉。それは他の死神に救援を求める際に撃ちだす最終手段。偵察班はそれを確認次第、死界にある担当地域の依頼所に伝達され、他の死神達に救援要請することが出来るのだ。ただし、最初に案件を受諾した死神は当任務に失敗した事とみなされ、報酬を救援に来た死神達に譲渡する形になっている。
上手く隙間を縫って外へ飛んで行った閃光弾。チコは専用の銃を捨て、後は救援が来るまで耐え抜けば問題はないと心に留めた。レイスが再び二人に向かってくるのを見たチコは鎌を握って応戦する。先ほど同様に弾き合う音が部屋全体に響いている中、ベールは撃ちだされた閃光弾の意味と自分の非力さを悔やむタイミングが重なった事で、自分の存在意義が失くなったと錯覚していた。虚ろな目で空を見上げる。鎌を落とした音がチコの耳に入り、彼女の方へ視線を向ける。茫然と立ち尽くす彼女の姿を見てベールの名を叫ぶチコ。
「ベールッ!?…なっ!」
レイスはそんな事情など待ってはくれない。ましてや無防備となった彼女を狩るなら今である。チコの攻撃を弾くと合わせてターゲットを彼女に切り替える。それを察したチコは一目散に彼女の元へと移動する。
「ベーールッッ!!」
「――っ?!」
彼女が我に返った時にはレイスとチコがほんの数メートルの距離まで接近していた。手には何も持っておらず、彼女が攻撃するには遅すぎる。チコも武器を盾にするには間に合わない。しかし、チコが先にベールの身体に触れる事は出来た。勢いよくレイスの鎌が地面に突き刺さる。あまりの衝撃に砂埃が舞い、外側からは一時的に見えない状況に陥った。彼女の吹き飛んだスマホのランプが光る中、なんとか彼女を守る事が出来た。だがチコは大声で訴えるように叫び出す。
「あああぁぁああああっ!!!」
「…っ!!?」
ベールの安堵は一瞬にして崩れていった。同時に目の前の光景を見て、言葉を失った。何故なら、チコの右足がレイスの鎌によって膝から下が分断されていたのだ。切断されたところからは血が流出し、悲痛な叫びをしながらもベールの体を覆うようにして這い上がる。
「チコさん……」
「逃げて…!早く…!」
彼女を守りたいがこの体では守るなど不可能。それは誰でも分かる事だった。ベールは涙しながらチコの言葉を強く拒否して、チコの体を抱きしめようとする。
「嫌ぁっ!!あなたを死なせる訳にはいかないっ!」
「早くっ…あああああっ!!」
流血による激痛が彼女を襲う、レイスは待ってなどくれない。このまま彼女の言う通り逃げてしまったら彼女はレイスの餌食になってしまう。今まで優しく守ってくれた人を…自分の不手際で死なせてしまったらきっと立ち直れない。そう、この数秒で感じたベールはレイスを睨み付ける。
「…よくも…、私の大切な人をっ!!」
チコをゆっくりと横にさせ、立ち上がった後に鎌を再召喚して身構える。さっきまでの恐怖心を拭うかのように涙を払い、レイスに大きく振り抜いていく。しかし、彼女のそれは、決して適切な戦術ではなかった。無鉄砲で後先考えない攻撃だった。案の定レイスはガードと回避を巧みに行い、ダメージを与える事は出来なかった。チコも彼女を守るには逃げるしかないと分かっていた。救難信号を送ってまだ間もない。他の死神が来るにはまだ時間が要るはずだ。その時間、ベール一人で耐え抜くなど困難だ。このままではベールもレイスに喰われてしまう。それだけは避けたかった。
「ベー…ル……」
チコは激痛と流血による貧血で意識を失ってしまう。
この後、私は真っ暗闇に等しい空間に居た。辺りを見渡しても何一つ見えない。見えるのは自分の体だけ。失ったはずの右足もある。それを見て自分はレイスに喰われてしまったのだろうと考えた。
あの後ベールは喰われてしまったのか。それとも逃げてくれたのだろうか。いや、きっと彼女も私を救おうとして必死にレイスと戦ったんだろうと思い立った。結局、自分は最後の最後にパートナーを死の底へ引きずり込んでしまったのだとチコは膝を崩して涙を流した。
「ごめんね…ベール…」
その時、遠くの方から光が見え始め、それと合わせて誰かの声が聞こえてきた。女性でちょっと太めの声だった。
「チコちゃ……きなさいっ!もう麻酔……でるはずだよっ!」
徐々にその声は明瞭になっていく。光が彼女を包むように覆った瞬間、チコは目を見開くようにして覚醒した。再びあたりを見渡して見るとそこは病院だった。




