第二十話 呵責
「チコ…チコ…」
どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた。気づけば自分は草原の上で横になっていた。目を擦りながらも辺りを見渡すと、左側に誰かが座り込んで何かをしているようだった。それに先ほど聞こえていた声はどこか聞き覚えのある記憶があった。
ゆっくりと体を起こして、彼女に少しずつ近づいて行く。だが途中から何か不審に感じるようになる。歩みを止めるチコに気づいたのか、彼女がゆっくりとこちらへ顔を向ける。目元が見えたところでチコはその異様さに気が付いた。なんと彼女の皮膚は焼けただれているではないか。
「どこへ行くの?」
あまりの不気味さにチコは彼女から離れようとするも背後からはいつの間にか複数の人間が彼女同様、焼けただれた姿で近づいてきていたのだ。それは前後だけでなく、四方八方から数えきれない程の人間が差し伸べるように手を前に揺らしながら近づいてくる。
鎌を出し、脅し程度に振るおうとするもいつの間にか召喚機は腕から外れており、呼び出す事が出来ない状態になっていた。ならばイーグルアイでと右足につけているはずのガンホルダーを確認するがそもそもホルダー自体身に着けていなかった。丸腰であることに気づいたチコは成す術なく焼けただれた人間達に囲まれ、助けを請う声に紛れてチコはもみくちゃにされそうになった。
「嫌ぁっ!離してぇっ!フラッ!!フラーッ!!」
【水の都アクアリウム 宿屋】
「――っ!?」
チコは跳ね起きるようにしてベッドから体を起こす。直後全身に激痛が走り、声を漏らす彼女。その声が聞こえたのか、寝室のドアが開いて誰かが部屋に入ってきた。声を聞いて誰なのかすぐに分かった。ベールである。
「チコさんっ!」
すぐに膝をついてチコを抱きしめるベール。それにより再び激痛が走って思わず声を出してしまう。すぐに手を離して謝罪する彼女にチコは大丈夫と返してあげた。今にも涙をこぼしそうな彼女の表情を見て、チコは口を開けつつも彼女の言葉に耳を傾けた。
「あれから二日間も眠ってたんです…」
「えぇっ?!二日もっ!?」
なんの実感の無い事実に驚きを隠せずにいたチコ。その上、未だに激痛が走る所を見ると、余程リベラとの戦いで自身の体に負担をかけていたのか。考えるだけで虫唾が走る。彼女を思い出すや否や、フライヤの事も同時に思い出し、それについてベールに問いかける。
「リベラはっ!?」
「リベラなら、大都市リューベルクの刑務所へ移送されましたよ」
「刑務所?」
どうやら、大陸一の大都市とも呼ばれるリューベルクの刑務所に身柄を拘束されたとのこと。当時の様子を聞くとチコとリベラは向かい合った状態で倒れていたらしい。それにふまえ、リベラの方はチコに手を差し伸べているかのように見えたというのだ。それもあって警備隊の推測により、危うくリベラの仲間と判断され、収容される所をシエラが阻止してくれたとベールは述べている。彼女がまだ生きている事を知ったチコはすぐに立ち上がりたかったが痛みが残っている現状、下手に動くわけにはいかない。
「昨日、刑務所に会長が彼女の様子を見に行ったんです」
「会長がっ?」
少し怒りで興奮気味になるチコ。刑務所に収容されたリベラと面会をしたらしく、その時の彼女は終始虚ろな目をしており、視線を下に向け、一言も喋らず結局何も聞きだせずに面会は終わったと会長から告げられた。その時に予想の判決は無期懲役であろうと取り調べの看守から言い伝えられていたようだ。
脱獄率も少ないと有名な刑務所であることも教えられ、手を出すまでもないとベールに念を押された彼女はちょっと腑に落ちない顔をしながらも姿勢を楽にした。
そして彼女の思いはもう一つ。フライヤの死である。
「フラとはもう、会えないのね…」
「…フライヤさんなら居ますけど?」
「…そうなの…えっ?」
すぐにベールの方へ視線を向けると、さらに奥のドアに右ひざをドアの縁に置いて立っているフライヤの姿があった。それを見たチコは満身創痍にも関わらず彼の名前を言いながら立ち上がろうとした。案の定激痛が響き渡り、すぐさま崩れ落ちる。ベールとフライヤが支えに入って、優しくベッドに戻してくれた。
「まだボロボロなんですから安静にしてて下さいっ」
「…ごめんなさい」
しゅんとした顔をして落ち込む彼女にフライヤが傍に寄って頭を撫でてきた。
「生きてて良かった」
「…フラ…」
静かに話しかける彼を見てチコは安堵とした表情を浮かべる。てっきり彼はリベラの手によって亡くなってしまったと思っていたからである。その事を彼に話している中でベールは空気を読んで二人きりにさせるため、下で街の平和が保たれた宴をしている事だけを告げて部屋を後にした。ドアが閉まったのを確認したフライヤは続けて口を開く。
「あの時は…チコを守るどころか、アイツに殺されかけてた…」
「ううん…魔法を扱ってたし、現世とは格が違うもの…仕方ないわ」
フライヤが弱かった訳では無い。彼女がずば抜けた力を持っていただけの事。それを言うなら、自分も彼に謝らなければならない。番人の力を借りた事で下手をすれば身を滅ぼしていた可能性もあったのだ。お互い様だと慰めたところでフライヤがチコの手を優しくとって、ギュッと握った後、真剣な眼差しで彼女に向けて誓った。
「これからは絶対に守って見せる…何が何でも」
揺るがない彼の言葉にチコは嬉しくなり、自然と笑顔になった。フライヤと見つめあう中、私も今なら彼を守る力がある。だから必死に前を向くことが出来ると思った。もちろん守り通せるのか不安もあるけれど今は彼との再開を祝福したい気持ちが強かった。多少の痛みを耐えながら、チコは彼を抱きしめようとした。彼も咄嗟に負担を掛けさせないよう、前のめりで抱き返す。
「今はとりあえずゆっくり休め…、俺が生きてると知って安心しただろ?」
「うん…んぐっ、本当に…良かったっ…」
涙ぐむ彼女の頭を再び撫でた後、宴会を楽しむ旨を伝え、フライヤも部屋を出て行った。最後まで彼の姿を見送った彼女はゆっくりと横になり、少しして彼との思い出をふと思い返していた。
確かにリベラの言った通り、現世のみんなの優しさ、私に対する思いを棒に振って私は死んでしまった。今回の一件で丸く収まった訳では無い。自分の中でわだかまりが多く残っている。死界のバーバラ病院で治療をしている間にシエラ会長にお願いをしようと考えた。
死神は月に2回、好きな現世に立ち寄る事が出来る死神として働く全員が使える制度がある。もちろんその時は生きているのと同等の肉体で降り立つことも可能なため、現世の人間と触れ合う事も出来る。
自分の現世が分かった現在なら、行き来する事が出来る。そこで両親、バスケ部のメンバー達に会って、謝らなければ。1年が経った以上、フライヤと同級生のメンバー達は卒業しておそらく学校内には居ないだろう。その時は顧問の先生に入学先を教えて貰い、今月中に可能であれば会いに行こうと考えた。ふと、今の彼らはどうしているのだろうか。私の事を忘れて、未来のために頑張っているのだろうか。
何よりも自分のせいで仲間達に精神的に支障を来たしているかもしれないと思うと気がかりで寝る事も申し訳ない気持ちになる。枕を顔に押し当てて不安に駆られる中、部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。聞き覚えのある声でチコの名を呼び、枕を奪い取る。
「何をしておるっ?!」
「はっ!…会長っ!?」
どうやらチコが錯乱して自殺しようと勘違いしたようだ。呆れた声色で注意するシエラにチコは申し訳ない気持ちになりつつ横になっていた。シエラが部屋を訪ねて来た理由を聞くと彼女は「あっ」とした顔をして、即座に本来の話に切り替えた。
昨日、リューベルクの刑務所でリベラの様子を見に行った事を告げられる。それを聞いてチコはベールから話を聞いていると返した。
「そうか。ならばそこに関しては話す必要はないか」
「…そこに関して?」
「うむ。あの一件の最後、ゴーレムの体からおぬしとリベラが飛んで行くのを見えた。落ちた先を見て、辿り着いた時には自警団達が事態の収集に入っており、危うくお主を連れ去ろうとしておったのじゃ」
これも事前にベールから一言一句相違なく聞いていた。その窮地を救ってくれた事にチコは感謝の言葉を口にした。それにシエラは「気にするな」と返して、向かい側のフライヤが寝るであろうベッドに腰掛け、話を続ける。
「あの時、何があった?」
「何があったと言われても…」
正直フライヤがリベラに首を絞められ、気を失った所からうっすらとしか記憶が無く、気付けば激しい頭痛に苛まれていたと言ったところなのだ。曖昧な記憶を包み隠さずシエラに告げると彼女も「そうか」と言いつつもどことなく安心したような表情を浮かべる。ちょっと違和感を抱きはしたが今後、悪行をすることはないと思えばもう考える必要性はないと思った。
「まぁ、事件に関する事はそれぐらいじゃ。…後は個人的な話じゃ」
彼女の口から出た個人的という言葉に思わず聞き返してしまったチコ。シエラは二人の関係を聞きたかったようだ。
「相当、仲が良かったようじゃな…現世でも」
「…はい。フライヤは本当に私の事を想ってくれる人なんです」
シエラはそれを聞いて真剣な表情を浮かべる。チコは頭の中に彼を思い描きながら現世での話を続ける。
「私と初めてあったのは学園での催しの時、お互い顔を合わせる事しか出来なかったけど、時が経つにつれて少しずつ、少しずつ距離を縮めていった」
フライヤと一戦交え、再会を果たす時に思い出した過去の話とリベラとの会話を十数分掛けてシエラに話した後、シエラは微笑みながらもフライヤの優しさとチコの必死な想いを称えた。
「大きなお世話かもしれぬが。…忘れてはならぬ…、決して…」
その声色にチコは先ほどの違和感もあって、少し不思議そうに見つめていた。きっと会長も辛い記憶があるのかもしれない。しかし、そこに触れてしまうのはきっとタブーなはずだと追及しようとはしなかった。
「わらわが言うのはこれぐらいじゃ。それじゃわらわは先に――」
ベッドから降りてそう言いながらもドアへと近づいていくシエラ。その時に片手を小さく差し伸べながらチコは彼女を呼び止める。
「あっあのっ!会長っ」
「ん…?どうした?」
ドアノブに手を触れたまま、チコの方に振り返るシエラ。
「もし、治療が終わったら、現世に降り立つ事の出来る…あの制度を利用させて貰ってもいいですか?」
「あぁ、降世制度か。構わぬぞ。おぬしの事じゃ、自分の現世を知った以上は頼まれるであろうと思っておったからのう。手続きは必要じゃから退院した後ででも良いから一度役所に出向いてくれ」
そういって就寝の挨拶を投げ返した後、ドアを開けて部屋を後にした。時すでに自分の考えていることを察しているのだという彼女の返しに改めて会長に対して尊敬の目を向けるチコ。
そんな彼女を知らずして部屋を出たシエラはすぐフライヤと鉢合わせした。彼を見てシエラは気兼ねなく声を掛け、体調面について聞き出した。
「おぉフライヤよ。体調はどうじゃ?」
「えっ?あぁ、おかげさまで。…チコが本当に世話になったみたいで」
「まぁ、わらわはそこまでしてはおらぬよ。…彼女自身が変えて行ったんじゃ…たとえ、今まで自分がどう生きてきたか記憶に無かったとしてもな」
腕を組んで一度は彼から視線をそらしつつも、チコの全うな生き方を称賛するような返しをすると同時に再びフライヤの方へ視線を向けた。それに対してフライヤも脇に手を添え、真剣な顔をしながらチコの変化について述べ始めた。
「生前の時も友達がいない訳じゃなかったが…人一倍憶病な性格でそれが理由で変な奴らからいじめに会っていた」
それに関しては先ほどのチコの話から聞いていたので、その旨を簡単に返事をし、彼の続きに耳を傾ける。
「俺が居なきゃダメだと感じた俺はなるべく傍に居れるようにしていたんだ」
「そのようじゃな。そんな中である日、リベラに魂を取られたわけか…」
シエラはそう言って、少し辛そうな顔をして横に視線を向けながら独り言を呟いた。
「…辛いじゃろうな…」
「…?何か言ったか?」
口を動かしたように見えたフライヤは彼女に問いかける。それに対してシエラは少し焦りを見せながらもチコの悲しみを共感するような返しを見せる。二人の悲劇を思い出し、少し場も冷めてしまいそうにはなったがフライヤは今ある状況を祝福するかのように微笑んでこう言った。
「でも今はチコにも会えたし、お互いに記憶も取り戻せた。奇跡だと思うんだ」
「……、そうか」
シエラは少し間をおいてから返事をした。そのあとに、フライヤにある提案を投げかける。
「そうじゃ。おぬし、行く当ては無いんじゃろう?…、ならこの世界では死亡扱いになるがチコ達と同じ死界に来ることが出来るのじゃが~どうじゃ?」
と死界住民登録票をちらつかせながら、チコと共に暮らせる部分を強調し、フライヤを誘導する。当然彼もそこに強く反応して溢れんばかりの喜びを露わにしながら肯定の意思を見せる。
「ならば決まりじゃな。今日中に手配はしておく。明日、チコを死界の病院に連れていった後、お主の住民登録をしに行くぞ。色々説明せねばならぬからな」
「ありがとう。色々と」
「気にするでない。その方がチコも喜ぶじゃろうからな」
そういいながらも自分の寝る部屋へと歩みを進め、実行の時間を告げながらフライヤと別れることにしたシエラ。フライヤはそれを見届け、彼女の姿が見えなくなった後、深く呼吸をしてチコとまた共に暮らせる事に喜びを噛み締めた。そして、チコのいる寝室のドアを開けて、ゆっくりと中に入っていった。




