第十九話 決着
ゴーレムの体内に入り込んだチコは数秒の落下後、地面に足をつけ着地した。至る所から発する青い光でより洞穴の雰囲気を漂わせる。水の雫が落ちているのもあり、ここがゴーレムの体内であることを忘れてしまいそうだった。
ちょっとした水たまりを歩きながらチコはその先を歩き続ける。その途中、ある者を見てチコの目は鋭くなった。しかし憎しみに満ちた鋭い目付きというよりも驚きを露わにするような感情が強かった。
何故ならリベラがそこに立っており、様子が多少変だったからだ。
「うぅ…んぐっ!」
「リベラァッ!!」
怒鳴り声で彼女の名を呼ぶとそれに反応してこちらへ視線をゆっくりと向ける。リベラの目を見てチコは改めて驚いた顔をする。
竜のような眼をしており、黒かった瞳は金色へと変わっていたのだ。一体何をしたというのか。
チコの姿を見るや否や、そそくさと奥の道へ逃げていく。強く呼び止めながらもチコは彼女の後を追うが通路前でツルが行く手を阻んだ。拳で殴るもどうやら魔力が纏っており、そう簡単に突き破る事は出来ないようだ。その間に背後から骸骨達がゾロゾロと湧き出てきてはチコに武器を構えて飛び掛かってくる。鋭い眼光を向けて手前の敵を殴り飛ばした後、二体の攻撃を回避して、後続の敵の腰を掴んで左右に振り回して敵達を薙ぎ払っていく。終いには地面にたたきつけ、睨むような視線を向けつつ、骸骨の頭を足で粉々にした。
残っていた骸骨達も威勢よく攻撃を仕掛けてくる。鎌や魔法の存在など眼中になく、己の拳のみで次々と倒していく。戦術のせの字もない無鉄砲なまでの構え、もはや1mもない距離からの近さでも容易に予測が出来る。
刃は敵から見て右側に向いている。
それを見てチコは左に回避して、背後に回って敵の頭蓋骨を拳一発で吹き飛ばしていく。くるりと一回転し、次の攻撃を仕掛けている骸骨の構えを注視する。
何のひねりもない横への構え…武器は若干高めの位置。
つまり、自身の首を斬り飛ばすというところか。そう分析したチコはしゃがんで敵の攻撃を避けた。そして、そのまま両手で骸骨の腹部をわし掴んで力を入れ、体を分断させる。用済みの敵を投げ捨て、その骨は塵となって消えていく。間もなくして先ほど避けられた二人が背後から再び攻撃を仕掛けてきた。チコはそれに気づいて敵達の動きを分析する。
持っている武器は斧と剣、ほぼほぼ同時に武器を振りぬくであろうと感じたチコはしゃがみ態勢のまま全身の向きを変え、二人の間を低くジャンプして通り抜けていく。二つの武器は空を斬って地面に刺さっていく。剣を持っていた骸骨がすぐさま攻撃をしようと武器を抜こうとするがより重い斧がその上に乗っかってしまっており、抜くことが出来なかった。てんやわんやとしている骸骨達の後ろからチコが両手で二人の頭を押さえつけてそのまま圧力で粉砕していった。まさにもぬけの殻のように崩れながら塵へと消えていく。
その後も立て続けに襲い掛かってくるも番人の力を宿す今のチコには傷一つ付けることなど出来ずに終わった。
全ての骸骨達を葬った後、ツルに纏った魔力は次第に解けて、それに合わせてツルそのものも枯れて行く。
ついに魔力が完全に無くなったと感じたチコは枯れたツタを引きちぎって、細い通路へ入り、再びリベラの後を追う。
全力で走り抜け、再び大きめの空間に出た。辺りを見渡してリベラの存在がないことを確認し、さらに奥地へ進もうとしたところ、骸骨達が性懲りもなく黒い渦を巻いた地面から姿を現す。
「時間稼ギモ…イイ加減ニシロォッ!」
怒りを爆発させたチコは骸骨達を粉砕していく。
【要塞跡地前】
大地震の中、最上層からローゼとハイドを無視しリザード達の相手をしながらフライヤを引き連れ、ようやく要塞の外へ脱出することに成功した二人。オークとゴブリン達に出口を案内して貰ったのもあり、被害が少なく済んだ。
「皆さん、ありがとうございます」
案内してくれた全員に感謝を示すベールとシエラ。オークの一人が要塞付近は危険だと告げ、里に避難するよう彼女へ提案する。そして今回の一件における恩を返したいとも述べていく。他のオーク達もその言葉に賛同の様子を見せる。申し訳ないと一度は拒んだベールだったがオーク達の気持ちに押し負ける形で彼らの提案を飲むことにした。シエラも乗りかかった船と言って言葉に甘えておこうと彼女を慰め、フライヤを連れてオークの里に向かうことにした。
その間、シエラはスマホで使用人に電話をかけていた。
「シエラじゃ。どうじゃ、そっちの様子は」
「はい。指定の里にて食事の準備を整えております」
指示された事を全うしていることを知り、シエラは満足げに返事をする。それを含め、大人のオーク達も今から里に向かう旨を伝えた後、電話を切った。ベールにもその内容を伝えると安堵した表情でオーク達の揚々とした姿を見ていた。
「よかったです。報われて」
「そうじゃな。だが、まだ我らが安心しきるには早い。今この一刻もゴーレムはアクアリウムに向かって前進しておる」
水の都に歩みを進める事を初めて聞いたベールは驚いてすぐさま彼女の方へ視線を向けた。同様の言葉を疑問形で返されたシエラは小さく頷き、右手の指二本を顎にあて、チコを救出する策を考え始める。
「チコとリベラはそのゴーレムのどこかで死闘をしていると思う。遠目でも左腕から何か衝撃の跡が見えたからのう」
「でもあの状況からではチコさんの所へ行くどころか、ゴーレムの足元へ行くにも時間が掛かる上に危険過ぎますっ!」
ベールのごもっともな意見に彼女の真意はいとも容易く貫いて行く。汗を垂らしながらも必死に策を考えるがこうもしっくりと来る作戦が思い浮かばない。自分一人の知識ではどうしようもないと判断したシエラは近くのオークに声をかける。
「おぬし。先ほどの要塞で何か使える設備とかは無かったか?」
その問いかけにオークは腕を組み、記憶を探り当てていく。数秒して何か思い出したかのような表情を浮かべる。その反応にシエラも多少期待を抱く。要塞の外壁に聳える柱にそれぞれ投石機が備えられていると述べる。それを聞いて彼女も要塞に侵入する時、投石機を見ている場面を思い出した。彼女は決め込んだ顔を見せ、オークに礼を言った後、ベールに再び要塞へ向かう旨を告げ、走り出して行った。咄嗟の行動にベールは慌てて彼女を呼び止めようと動いたが時すでにシエラは里の入り口を出ていってしまっていた。
全力疾走で走り抜け、来た道をひたすら戻るシエラ。途中、太めの木の枝を見つけるとそこに鎖双剣を引っ掛け、グラップルを使って、そのままパチンコの要領で上空に飛んで行き、高速で要塞へ接近していく。落下に合わせて近くの枝に再び双剣を絡ませて、今度はターザンの如く、Uの字を描いて再度上空へと舞い上がる。それを繰り返して、素早く要塞へ辿りついたシエラは早速ゴーレムから一番近い投石機の場所までグラップルを使って移動し、使えるかどうかを確かめる。
損傷もなく、目立った不備も見当たらない事を確認したところで傍にあった転換装置を使って向きを微調整し始める。
その間にリベラは胸元を抑えつつもとある場所へと辿り着く。荒い呼吸をしながらも彼女が触れるもの、それは赤い結晶。そこからは溢れんばかりの魔力が漂っていた。これを吸収して、限界突破で負荷が掛かった体を軽減させようとしていた。その後をついに追いついた彼女はリベラの姿を見るや否や怒りの声を上げ、右手の拳を強く握りながら立ち向かっていく。
「リベラァアアアッ!!!」
「っ!!」
吸収が寸での所で間に合い、瞬時にバリアを張ってチコの拳を受け止めた。その厚さと魔力の膨大さを触れただけで危険を察したチコはすぐにリベラから距離を取った。ふと彼女の顔を見ると不気味に笑っており、目は見開いてこちらを凝視しているではないか。
「正直ここまで来るのは想定内の話じゃ…。じゃが…」
言葉を言い終えた途端に風の音と同時にチコへ急接近したリベラ。右手を前に出しながら魔力の渦を発生させ、彼女の顔面目掛けて押し付ける形で密着させる。
「ッ!?」
「ここで終いじゃあっ!!」
その瞬間、爆発音に似た轟音を響かせ周囲はその音で地鳴りが沸き起こる。チコは高速で吹き飛ばされ、壁に激突した後、前のめりに地面に打ち付けられてしまった。
撃ち込んだ本人もダメージがあったのか、大分疲労を見せるリベラ。絶えず呼吸を荒くしてチコの様態を遠目で確認する。静止していたチコはゆっくりと起き上がり、憎しみを露わにした目付きでリベラを再び睨み付ける。
「死に足りぬようじゃな…!」
そう口にするリベラは杖を前に突き出して先端から紫色のビームをチコに向けて数発発射する。すぐに横に回避しながら徐々に距離を縮めていく。
「ソコダッ!」
ある程度の距離からビームを宙返りで回避した直後、そのまま懐へ入り込み、拳をリベラの腹部へ一直線の如く貫き通そうとした。だが勢いも虚しく、彼女の攻撃はバリアで防がれてしまった。瞬時に彼女の目の前に杖を突きつけた後、狂気じみた笑みでリベラはこう言った。
「終いじゃ」
そう言った後、溜め込んだ魔力をチコの全身に放出し、その衝撃で壁を突き破って凄まじいスピードで体外へ放り出されてしまった。チコはそのまま放物線を緩やかに描きながら落下していく。その間、ゴーレムと水の都の距離を視認することが出来た。もはやその距離は数分程で到達する程近くにいた。しかし、成す術がない彼女はただただ自然の摂理に則って落下していくだけ。憎きリベラがいるであろう崩れた穴を睨んで悔いの言葉は吐き散らかす。
落下する方角はちょうど要塞の真横に位置する所だった。2回ほど地面に打ち付けられた後、受け身を取って姿勢を正し、一度膝をついては呼吸を整える。すぐさまギッと都に向かって突き進むゴーレムを睨んでは歯を噛み締める。
先ほども言った通り、この現状で走り出した所で間に合うはずがない。このまま都の崩壊を茫然と立ち尽くすしかないのか。だが都の事など今の彼女にはどうでもいい話だった。ただ、あの女の思惑通りに進む事が何より不愉快だった。
何が何でもリベラの命を絶ちたかった。諦めきれないチコはまさに走り出そうとした時。右側から女の声が聞こえた。
「チコッ!!」
その声に反応するや否や、睨むようにしてその方向へ視線を向けると、そこには死神会長のシエラが居た。
「やはりか…今のお主がわらわの事を知っているかはさておき…。あいつ(リベラ)の所に向かいたいのじゃろう?」
「…!…何カ方法ガアルノカ?」
彼女の言葉を聞いて期待の眼差しをほんの少し見せる。シエラも今のチコの仰々しい目つきに多少なりとも圧倒されつつも、正直な見解を述べる。
「…無いわけでは無い。じゃが、可能性は100%でもない」
「……」
自力での到達が出来ない以上、この銀髪の小娘(年上)に託すしかない。すぐさまシエラの後についていき、要塞の一つである柱に備えた投石機の元へ移動した。
それを見て番人チコも何がしたいのか大体見当がついた。おそらくこれを使ってゴーレムの元まで吹き飛ばすといったところだろう。だが、見るからに投石機の性能上、十数キロメートル先の巨体まで届くとは到底思えない。その思いを怒り交じりで問い詰めるチコ。
「そうじゃ。わらわ一人ではたとえ投石機が使えても、肝心のゴーレムまで行きつくスピードを生ませる事は無理じゃ。じゃが、お主がこの場にいるとならば話は別じゃ」
「…?」
「ひとまず石台に乗るんじゃ」
腑に落ちない顔を浮かべるチコだったが、先ほど同様、自力で到達が困難であるため、素直に従うしか奴に接近する可能性は無い。石台に乗る所を確認したシエラは転換装置を操作して再度向きを微調整する。数秒して調整を終えると今度は発射台へ移動し、片足を発射用の棒に乗せた。すぐに発射できる態勢を取ったまま、鎖双剣をチコの乗っている石台の裏手側に二本突き刺した。鎖は大分緩くした状態でシエラはこの作戦の説明を述べ始める。
「今のお主じゃから説明するがわらわの双剣には炎の力による爆発機能を兼ね備えておる。その爆発を利用して、投石の力を高めると言った所じゃ。じゃが、わらわが石台に乗り、同時にその力を強めるとなると。タイミングも困難で安定した飛距離は生み出しにくい。じゃが、乗る者がわらわで無ければ、爆発のタイミングを合わせる事は容易じゃ」
「……」
チコは面倒臭がって途中から話を聞くのをやめた。ひとまずあの女の所にたどり着ければそれでいいのだ。
「時間ハナイ」
「…だがこれだけは注意してくれ。飛距離は出るが狙ったとこには飛ばぬ可能性がある」
それを踏まえ。あえてゴーレムから若干右にずらした位置にセットしてある。シエラは目を細め、タイミングを見計らう。
「参るぞっ!」
「…行ケ」
刻一刻と近づく発射の時。発射の合図をするや否や、足を乗せていた棒を一気に押しつけ、それにより斧が動き出して留め具の縄が切断された。同時に縄は勢いよく解いていき、その流れに沿って石台はスピードを増しながら放物線を描いていく。それに合わせて、双剣に力を込めていたシエラはある程度の角度で説明にもあったフレイムバーストで爆発を発生させた。衝撃で石台のスピードは急上昇し、チコは猛スピードでゴーレム目掛けて飛んで行った。石台の大木は無残にもへし折れ、前方にゆっくりと飛んで行った。シエラは柱から落ちかけていたがなんとか這い上がって、チコの行く末を見守っていた。
10キロ、5キロ、3キロと急速に近づいて行く。それでもスピードが落ちる気配がない。このままではゴーレムの岩に激突して最悪肉片と化してしまう可能性があった。しかし、その距離が縮まるにつれ、その可能性は徐々に低くなっていった。なんと先ほど吹き飛んで穴となっていた空洞に吸い込まれるかの如く、ピンポイントに近づいて行くではないか。
リベラも彼女の気を察知して思わず空洞から体を出して確認をし出した。それを見たチコは賭けに出るしかないと咄嗟に感じ、右手を前に突き出してリベラを掴む態勢を取った。
「そんなっ…!不可能じゃっ!」
「デェエアアアアアァァァアアッッッ!!!!」
勢い冷めやらぬ中でチコは彼女の首を掴んでそのまま連れ込む形で進行方向を突き進む、その中で赤い結晶が飾られている台座を丸ごと破壊し、今度は向かい側の壁を貫いて外側へと再び飛んで行く。ようやく落下の傾向に入った二人はそのまま都の傍に聳え立つ山へ向かっていた。その一角に降り立った二人は横へ一回転した後、チコが態勢を整えながらもリベラを岩壁に投げ飛ばし、片膝をつく形で停止した。
音を立てる程の強さで壁に激突したリベラはうつ伏せで地面に落ちていく。
彼女の姿を横からみながらゆっくり立ち上がる。その時に何やら物音がする事に気づいたチコは逆の方向へ視線を向けると。ゴーレムが後ろに倒れていき、同時に岩が崩れ落ちていく光景を目の当たりにした。おそらくあの赤い結晶は魔力の集合体であり、かつゴーレムの核ともいえる代物だったのだろうとこの時チコは思い立った。
しかし、そんな事など今の彼女にはどうでも良い話だった。
今はただ、あの女の命を絶つ事。それが彼女の一番の望みである。
これでもかといわんばかりに寄せる彼女の眉間のしわ。それだけでも彼女の抱く憎しみの膨大さは計り知れないと感じる程だ。ゆっくりと横に佇むリベラへと視線を向ける。のそのそと歩き、リベラの元へと近づいた所でチコは足を止める。ギロッとリベラはチコの無慈悲に等しい眼差しを睨み付ける。チコも怒りを通り越したのか無表情な顔でリベラを見つめる。
それを見た彼女はフッと鼻で笑った後、ある事を吐き捨てるように言い放った。
「殺せっ…!それで全てが決まるのじゃ…」
「……」
突然、自身を殺せと請うてきたではないか。チコは何一つ表情を変えず、彼女の言葉を耳に入れる。そして、脇腹に足を添えて、うつ伏せから仰向けにさせる。必死に呼吸するリベラを見ながら、虚ろな目で彼女を見下す。そしてチコは足を上げ、腹部を踏み潰そうとした。その時だった。
「ウッ!!?グッッ!!」
突如頭痛が襲い掛かり、チコは足を下ろしてリベラから距離を取る。それを見たリベラは慌てるような表情を見せる。
「何をしてるっ…!!早く殺せぇっ!!」
「グゥッ…!!」
そんな事など分かっている。だが激痛は予想以上に強く、思った行動を取る余裕すらなかった。意識も次第に遠のいていき、リベラの声もかすれていき、まともに聞きとることさえ出来ぬまま、チコは意識を失い倒れてしまった。




