第十八話 巨人
緑色に変化した目に頬から浮き出る血管。目付きはより鋭く、表情は怒りに満ちていた。そんな彼女に双方、驚きの表情を隠せなかった。リベラも小さく呟く程に。
「これが...緑目の番人...」
彼女の身に起こっている現象を知っているような口振りだったが、チコはそんな事などどうでも良かった。殺意を剥き出しにし、素手のままリベラへ飛び掛かって行く。
「ウアアアァァアッ!!」
荒れた声で襲いかってくる彼女をリベラは杖を手放し、左手でバリアを生成して防いでいく。接触した瞬間から彼女の圧力にリベラは声を漏らす。しがみつくようにバリアへ張り付く彼女は身体を起こし、両手の拳で次々と殴り始める。当たる度に鈍い音が鳴る。そんな中で彼女の豹変っぷりを目の当たりにしていたベールは彼女から発する圧力で腰を抜かし、その場に膝を着いてしまった。
右手にはフライヤを掴みながらバリアで彼女の猛攻を耐え抜こうとした。しかし、そのバリアに亀裂が入り始める。予想外の展開にリベラは焦りを見せ始める。
「なんじゃと?!」
「ヌアアァァァアッ!!」
それに反応したのか、チコは雄叫びの如く叫びながら、強烈な一打を叩き込む。さっきまで強固だったバリアもいとも容易く破壊され、拳はそのままリベラの頬に当たる。腕を振り抜いて、勢いよくリベラを地面へ叩きつける。
それにより、フライヤもリベラの手から解放され、ゆっくりと落下していく。砂埃が舞う中、彼女の後ろへと着地して、見開く瞳でリベラを横から見つめる。地に落下した彼はチコの凄まじい圧に余力が劣り、そのまま気を失ってしまった。砂埃の中からゆっくりと起き上がる彼女。口から血を流している所を見ると相当ダメージを与えているように思えた。彼女を捉えるとチコは高速で本人の至近距離まで一気に詰め寄る。
(速すぎるっ...!)
咄嗟に杖でガードしようと手を動かし始める。しかし時すでに遅く、目と鼻の先にはチコが狂気じみた眼差しでリベラと見つめあっていた。
「アナタハ...絶対ニ...殺スッ!!」
彼女の目はもはや、輝きなど皆無に等しかった。襲いかかる重圧が彼女の精神を大きく揺るがふ。チコは右手を握ってリベラの体を全力でぶん殴る。その瞬間、リベラは異様な感覚を受ける。時が歪み、彼女の拳がめり込むように自身の体に入り込んでくる。おそらく計り知れない衝撃を受けているのだろうとリベラは悟った。彼女が目を閉じた途端、時は元に戻り、チコは押し込むようにして、リベラを吹き飛ばしていく。
2回程転がった後、受け身を取って足を地につけ、ズルズルと下がりながらも衝撃を抑えて行く。端まで飛ばされたリベラはようやく止まり、息を荒くして彼女の方をグッと勢いよく見た。彼女の堂々とした立ち姿を見て、その凄まじいオーラを感じ取る。
これが緑目の番人の力じゃというのか?
そう呟くリベラは形相な目付きで睨む彼女を見ながら、ある思考を巡らせる。そして、その考えを即座に決めたのか。ゆっくりと姿勢を構えた。額の汗が頬へと滴る中で杖を小さく持ち直し、今度はリベラから攻撃を仕掛けていった。
強い魔力でバリアを形成し、より強固なガードを持って接近していく。チコも底知れぬ力で対抗していく。数回の競り合いの末、リベラがバリアと魔法を駆使しチコの懐まで接近して行った。そして、腹部に手を添えてバリアで弾き飛ばしていく。低空飛行で十数メートルほど飛んでいき、落下し始めた所で姿勢を正し、受け身を取って再び身構える。
「グッ...!」
顔を上げ、歯をむき出しにするチコ。間髪入れず急接近してくるリベラを視認し、彼女の攻撃に備えてガードを構える。バリアを盾にしつつ押し込むように突進を繰り出すリベラ。それを受け止めて、押し返そうとするチコ。限界に近いまでの力故、浮き出た血管から血が吐出する。痛みなど関係無しにバリアを全身で受けながら、徐々に押し返していく。目を見開き、耐える声を漏らしながらもチコはリベラの力を抑え込んでいく。
(これ程の力がっ...!?)
ぐいぐいと押し返されていき、チコは最後に右足を上げてバリアを蹴り飛ばしていく。解かれながらも吹き飛んでいくリベラは同様に受身を取って態勢を整える。息を荒らげながらも杖を握り、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「まだじゃ...ゼェ...まだ終わりではないぞっ!!」
そう言って杖を天高く掲げるリベラを見て、何かをしようとするのは明らかだった。その直後に地震が起き、それが原因でバランスを崩して膝をついてしまった。おかげで攻撃を中断させることが出来ず、彼女の思惑は現実通りになってしまった。
リベラとチコ達を挟む、部屋の中心あたりから突如手のようなものが現れた。よく見ると石と大木で出来ているように見えた。
それを見たシエラはすぐにフライヤを連れて要塞から脱出するようベールに訴えかけた。
だが、今まで自分を励ましてくれてきた恩もあり、たやすく彼女を置いて脱出する事など出来ないと言い返した。
「奴なら心配いらぬ!フライヤを担いで逃げるぞっ!」
シエラも引かずに同じ指示を投げるように言い放った。彼女の視線から熱い意思が感じられた。チコとシエラを交互に見ながら悩む。そのあと、再びチコの方を見て心の中で謝り、フライヤの肩を背負ってその場から去ることにした。
土埃が舞う中、巨大な手がチコ目掛けて降り掛かってきた。指と指の間に入り、難を逃れた形でチコは攻撃を回避して、拳を握って次の攻撃に備える。何かを感じてグッと視線を上に向けるとそこにはリベラが魔法で宙に浮かんでいた。だが、彼女も余裕が無いのか。表情が強ばっているようだ。
「これで終いじゃっ!彼奴と共に消えゆくがいい」
「っ!キサマァアッ!」
彼が殺されたと確信し、彼女の怒りはさらに増す。女の口から出ているとは思えぬ声で言葉を張り上げつつ、拳を構えてリベラへ一直線に立ち向かっていく。彼女のスピードにも慣れたのか、バリアを張るのも先程よりひと足早くなっていた。再び競り合う二人、真下から石の手が轟音を立てながら接近してくる。お互い後ろに引いて回避し、リベラはその手に取り付いた石を掴んでそのまま上空へと登っていく。地面に着地したチコはすぐさま競り上がる腕にしがみつこうと試みるが右側からもうひとつの手が勢いよく要塞の窓を突破ってチコに振り掛かってきた。
咄嗟に身構えて攻撃をガードをしつつ、その岩にしがみついた彼女。要塞の外に出たのか、風を感じるようになった。辺りを見渡すとこの手の正体がついに明らかとなった。
「ッ!?」
それはとてつもなく巨大なゴーレムだった。下を見るとかすかに地が割れた形跡が見える。この要塞の下にこんな大きな物体を潜ませていたというのか。世界征服の言葉を思い出し、恐らくこれを使ってその計画を遂行するつもりだったのだろう。オーク達の未来も無いままに。
チコは横に生えた大木に飛び移り、緑色の目を光らせてゴーレムの顔を視野に入れる。
何も言わず、チコはひとまず立てる位置まで登っていく。
常に動いてるせいで容易く登ることは出来なかった。しかし、今の彼女にとってオーク達の事やベール達の事などどうでもいい。
愛する者を再び奪ったあの女を
【抹殺しなければ気が収まらないっ!】
必ず、息の根を止めてみせる。
リベラの顔を思い出す度に怒りが吐出の如く溢れ出る。そんな葛藤する彼女の近くで、何か黒い渦が石の地面からいくつも現れた。
それに気づいたチコは腰を低くして拳を構えた。
荒い呼吸をしながらその渦から点々と現れる影を逐一凝視する。
そしてその影の正体があらわになる。それは剣を持った骸骨だった。
ネクロマンサーか何かか?他の骸骨も剣を持っており、笑っているかのように下顎を動かして音を鳴らす。
「邪魔スルナラァ...ブッ殺スッ!!」
それほど驚異でない相手である事はすぐに理解できた。チコは正面突破で左腕から肩まで上り詰めることにした。行く手を阻む骸骨が彼女に向かって刃を振り上げる。遅すぎる構えにチコは声を荒らげながら容赦なく粉砕する。散っていく骨を見て怯む骸骨達だったが威勢はいいのか一斉に飛びかかってきて数で押そうと試みた。
緑目の万人でなくても彼女が負けるはずがない。手前の敵の首を掴んで横に振り回して、後続の敵達を次々と薙ぎ払っていく。用済みとなった骸骨はゴミのように岩壁に投げつけて粉砕して行く。塵になって跡形もなくなったのを見て再びゴーレムの顔に視線を向ける。
感じるのだ。リベラの殺気を。
思わず歯を食いしばってしまう。絶対に葬って見せると心の中で誓いながら足早に駆け上がっていく。
再び召喚された骸骨達は隊列を組んで前を阻む。時間稼ぎのつもりか。些細なことすらストレスを感じる今となっては無意味に等しい。突撃してくる敵達を片っ端から潰していき、敵達に強さを見せ付ける。怯えおののく敵達を背にチコはあることに気づき、進行方向へ体を向ける。
その先遠くの風景に何か見覚えがあった。そう、水の都アクアリウムの周辺の草原と森があり、おそらく山の奥には街があるはずだ。
このままではゴーレムに街を破壊されかねない。一瞬、アクセサリーショップのおじいさんの姿が脳裏を過る。
同時に目の色も一瞬だけ元に戻った。
それだけは何としてでも阻止しなければ。
そう思った直後に再び目の色を変え、雄叫びの如く声を上げる。そして振り返るや否や、目の前の骸骨達をなぎ払いつつゴーレムの顔へと近づいていく。
弓を持った骸骨達も現れ、遠距離から攻撃を仕掛けてくるようになった。しかし、留まることを知らず、チコは矢を拳で弾いたりしつつ、前へ前へと突き進む。全てを相手してしまえばきっとリベラの思う壷になる。世界征服の計画、それだけは絶対に避けなければならない。その決意を再び抱いて目の前の弓兵の顔を掴んだチコはその先のデカ目の骸骨目掛けて投げ飛ばす。
「邪魔ヲスルナァアアッ!!」
ボウリングのピンの如く二体の骨は無残に散らばって行く。後続の大骸骨が大きく斧を振り抜いて来る。軽くジャンプでかわした後に右拳を構えて額にクリーンヒットを決めていく。力で後ろへ勢いよく倒れていき、あまりの衝撃に水風船の如く、軽く宙に浮いた。そのまま塵になる瞬間など見ず、ゴーレムの顔へと突っ走るチコ。何よりもリベラがどこにいるのか。それだけに必死だった。
次第に顔へと距離を詰めていく。そこにリベラの声が響いてきた。
「まだ懲りてないようじゃなぁ?」
「ッー!!」
足を止めて辺りを見回すチコ。しかし、リベラの姿はどこにもない。そこに骸骨達が奇襲をかけてチコにまとわりつく。数秒後に声を荒らげながら敵を振り払い、残った一匹を地面に叩きつけ、顔面を足で踏み潰した。ギロッと横目で骸骨達に視線を向けると敵達は怯える様子を見せる。ちょうど奥にはゴーレムの首があった。
ゆっくりと近づいてくる彼女に足を震わせる敵達。そいつらを無視してチコは拳をギュッと握りしめながら首元へと歩みを寄せていく。
ひしひしと感じるリベラの気。それが何故か下へ続いているように感じたのだ。
もしやと思い、チコは腰を低くして気を高め、右拳を脇に構える。そして。
「ハァアアッ!!」
意気込んだ声と同時に構えていた右拳を首元の岩にぶち当てていく。少しで破壊できそうなまでに亀裂が入り、チコはそのまま足で強く蹴って岩を砕いていく。その中は空洞になっており、その下からひしひしと伝わってくる彼女の気。この先に奴がいる。込み上げる怒りが彼女の顔をより強ばらせていく。チコは少し深呼吸をし、そのまま躊躇なく中へと入り、落下していった。




