第十二話 侵入
チコとウルフェンが戦う少し前にシエラとベールは要塞の入口付近に身を潜めていた。
「こちらシエラじゃ、入口近くまで接近した。門番は二人、どうやら要塞の周囲は堀と城壁で囲われていてかなり防衛に徹しておるようじゃ」
スマホで偵察班と連携を取ろうとするシエラ。たがその通話は誰にも繋がってはいない。
「会長、ふざけてる場合ではありません!オークの子達の存亡もかかってるんですよっ?!」
ベールが慌てながらも小声でツッコミを入れる。興が削がれたシエラはため息をついて、入口にいるリザードマン二人の方を見た。
「分かっておるわ。わらわだってゆとりぐらい欲しいんじゃ」
「だとしてもですっ...!」
二人のやり取りが止んだところで、シエラは城壁の上を部分を見て何か策を練った。
「ふむ...上には殺気は感じぬようじゃがたださっきが無いだけでいる可能性はあるからのう...この能力もなにかとかゆい所に手が届かぬな...」
入口の橋は上がったまま。目の前の門番を倒したところで存在がバレる上に進むことも不可能だ。やむを得ない。さらに茂みの中を移動し、死角となる位置からシエラは鎖双刀である武器の片方を城壁の手すり部分に引っ掛ける。鉤爪のような形状をしている武器だったため容易く壁のどこかに引っ掛かったようだ。小さく引っ張り、それを確実なものと見たシエラはその剣をベールに手渡した。
「これ...」
「持っておれ」
そう言ってもう片方の双剣も同様に引っ掛ける。
「ベール、両手でその武器しっかり掴んでおけ?」
「へっ?」
「グラップルッ!」
その言葉の直後、二人は武器の鎖に引っ張られ、みるみると城壁の上まで到達した。ベールは大声とは行かないが驚く様子を見せながら飛んでいく。シエラは普通に着地するも、ベールは突然の連続で案の定着地も失敗し、前のめりに倒れてしまう。
「大丈夫か?」
武器をホルダーに入れ、石の柵に身を潜め、城の内部を確認しながらベールの心配をするシエラ。
「事前に説明をしてくださいっ!!」
シエラに武器を返しつつ、ベールは怒り気味で文句を垂れる。彼女は武器を受け取り、反対側の空いた武器ホルダーにしまう。
「ベールの事じゃから問題なかろうと思ってのぅ」
「どういう理屈ですかっ!」
理由にならない事を述べられて色々と突っ込まざるを得ない状況だったが、ベールは言うだけ無駄だと冷静になり、シエラと一緒に城の内部に視線を向けた。
遠くで見ても分かる程、上層にいる兵達の顔は慌てているようには見えない。
「見た限りじゃと、騒動は起きてはおらぬようじゃな」
「でも私達が向かう時、偵察班から霊気の反応が時折あったと言ってましたが」
「そうであればチコが脱出を試みておる可能性があるな」
じっくりと中の様子を観察していた。その瞬間、一人の兵が察したのかこちらに視線を向ける。二人はすぐ様身を屈めて姿を隠した。その姿勢のまま、先程の件をベールが口に出した。
「オーク達の件ですが...」
「あぁ。確実に...ここの格上の者じゃろうな。若い男と女と聞いておるが、そんなに兵を築いて何を企んでおるのじゃ...」
「もう、無関係なんて言えないんです...」
そう、先程の一件から様々な情報を聞きだしていた二人。
【オークの村】
あの騒動の中、背が低いという特徴を活かし、異動を免れた大人のオークがいたのだ。
彼から自分の事を含め、村で起きた騒動の一部始終を詳しく聞いた。
自分自身を裏切り者と責め立て、あの後深く後悔していた。だがあのまま自分も要塞に行けば、本当に村に残るのは子供達だけだった。そもそも戦いに不慣れな集団で、ましてや子供だけでは限界がある。
それから自分を二の次に、子供達の食糧だけでも必死に確保していた。
「オデは...せめてもの償いで、こいつらだけでも養っていかなきゃならねぇと誓ったダ...」
若干やつれた顔に見えなくもない彼。二人が子供達のいる方へ顔を向けると、そこには軽く二十人はいるであろう数の子供オークがいた。そこにいるだけでだ。もしかしたら別の場所にまだ居るかもしれない。
「嘘でしょ...」
この人数をたった一人で?ベールは目を見開いてしまった。シエラも腑に落ちない表情を浮かべつつ、オークの話に耳を傾ける
「子供たちが自分で時給する時もあっダ...それでもオデが全力で食いモン得ないと、アイツらには疲労が勝っちまってろくに満足なんかさせていけねぇ」
襲撃した二人は即戦力だけで大人のみを拉致して、子供達を捨て駒のように野放しにさせたというのか。そんな身勝手なやり方にシエラは静かに怒りを滾らせた。
「ちょっと待っておれ...」
そう言って、シエラはスマホを手に取り、少し操作した後、耳にあてた。ベールと彼は不思議な表情で彼女を見ていた。
「シャンバか」
「シャンバ?」
その名を耳にして、ベールは素早く反応した。死界の有名料理店「Bonne nourriture」で料理長を務める者の名だったからだ。
陽気な中年の声で彼女の電話に応じる彼。
「おう、会長さん、どうかされましたかい?」
「急な頼みで済まん。今からそっちに何人か使用人を送る。ありったけの料理を頼めるか?」
コンロの音か、油の跳ねる音が混じりつつ、好奇心を持つ声色でシエラを茶化しはじまる。
「ほー、それはアレかい?...ほっと...、会長さんにとって何か怒りのゴングを鳴らす貧しい人が現れたのかい?」
そんなウキウキな感じで話すシェフにシエラはスマホを強く握って脅し気味で言い返した。
「んんシバくぞ貴様っ」
「分ぁった分った。だが、俺の料理は天下一品だ。冷ましたら承知せんぞ?」
「分かっておるわ。特製の保温機で保持して持って行かせるよ」
そう言って挨拶無しにそのまま電話を切った。すぐに使用人のリーダーに電話を掛け、先程の内容を話し、店に向かうよう指示をした。
「シエラじゃ。あぁ、大至急じゃ。今からBonne nourritureに向かってくれ。...あぁ、代金は後でわらわが払う。建て替えを頼む」
シエラが通話をしている間、ベールは彼とある話をしていた。
「そう言えば、村長はいるの...?」
突然、彼の顔が曇る。ベールはえっとした顔を見せつつ返事に耳を傾ける。
「村長は...殺されたダ...」
「...!!」
襲撃の後、難を逃れた彼は咄嗟に村長のテントの裏に身を潜めていた。震える身体を抑え、二人にバレてしまわないよう、最善の注意を払っていた。
そんな中、ふと声が聞こえた。耳をすましてみるとどうやらテントの中から話し声が聞こえる。
「貴様らの行いは必ず粛清される...」
紛れもなく村長の声だった。そして、
「それはあり得はしないよ」
もうひとつの声は二人組の男、ハイドの声だった。彼はより身を屈めて、やりとりをしかと耳にやき入れるかのごとく澄ました。
何やら鞘を抜く音が聞こえる。そして、同時に村長の声色も震え始めた。
「きっ、貴様っ!ガハァッ!!」
村長から、悲痛の声が吐き出た。彼は不意に怖くなって身体を動かしてしまったが大きな物音が立つことは無かった。灯りによる影で村長の腹辺りに剣が突き抜けているのが見えた。それを見て彼は恐怖に身体を振るわずには居られなかった。
他のモンスターを連れた奴らが仲間を連れ去っていった後、彼はゆっくりと村長の家の中へ入り込む。
「はっ!!」
そこにはぐったりと横たわる村長の姿があった。腹部から血が出ており、刺されてからすでに5分が経とうとしていた。どうしようも出来ない彼はただただ涙を流すばかり。自分の非力さを恨みながら、村長の死を受け入れ、箱に入れ、埋葬した。
頭を抱えながら、非力な自分を責め立てた。
「オデがバカなばっかりに!味方も村長も、見捨ててしまったんダ...!」
「...まだ貴方は一人じゃない。子供達がいる」
苦しい過去を聞いたベールはもう、他人事なんかに出来ない。彼女も二人組の手口に怒りを見せる。到底許される話じゃない。彼らにだって、命はある。ましてや、この世に害のない者なのであるなら、守るべきである。
彼女は立ち上がってシエラの下に歩みを寄せる。ちょうどシエラもレイチェルにも電話をかけ、事情を話し、使用人分の道具を仕立てるように指示を終えたところだった。
二人並んで真剣な眼差しをしていた。
「これはもはやただの救助ではない」
「はい」
「オークよ。お前らにご馳走を振る舞う。一、二時間後、ここに黒いスーツを着たわらわの仲間が来る」
その言葉に子供達は嬉しい声を上げる。その様子にベールも思わず微笑みを隠せなかった。
「それまではもう辛抱、我慢してくれ」
そう口にして、二人は村を後に要塞へ足を運ぶこととなった。彼も涙ぐみながらも感謝の意を示すように深く頭を下げた。
彼女達が見えなくなるまでずっと。
【要塞 城壁通路】
「ひとまずじゃ、要塞に入る方法を見つけよう」
そう言ってシエラを先頭に、手すりの壁で隠れながら侵入口を探す二人。その時にふと何かの気を二人は感じ取った。辺りを見渡すも変わった様子がない、しかし直後にシエラのスマホに振動が走り、その理由が判明する。
「ナターシャからじゃな。...何があった?」
小声で電話に出るとナターシャからある事を告られる。
「会長っ!要塞の一階で霊気の反応がありました!」
「やはりか、きっとチコの霊気じゃ、一階となると脱出はしておるか」
シエラは同じ高さの隅に休憩中のオークを見つける。槍を右脇で支え、壁に寄りかかっていた。今にも眠りこけそうな顔をしている。
「分かった。こちらも間もなく要塞の侵入を試みる。引き続き頼む」
そう言って通話を切ったシエラは再びオークのいる位置を確認した。何かを確信したシエラは堀を挟んで向かい側になるよう位置について、武器をオークに向けて投げ飛ばす。ベールは咄嗟に会長の名を呼ぶ。
「っ?」
(ガギィンッ!!)
オークの頭スレスレに突き刺さった鉤爪。それを見るやいなや、今度はシエラが高速で飛んできた。彼の両耳の脇に音を立てて足をつける。壁に着く彼女の体勢が体勢で、オークの目先にはシエラの下着が完璧に見えていた。
「し...縞...」
「っ!己っ!」
にやけ面でそう言うオークにシエラはお仕置きの拳骨を喰らわせた。正気に戻ったオークはすぐ槍を構えて戦闘態勢に入る。
「し、侵入者かっ!?」
「まぁ待て。わらわ達も人間、といえば人間じゃが...それはさておき、先程お主らの里で子供達のオークに出会った」
「っ!子供達を襲っただかあっ!?」
早とちりしてオークが声を上げて怒鳴る。シエラはあまり手荒な事はしたく無かったが、武器を構えてオークを脅した。
「急かすな。お主らに戦闘能力が無いことは聞いてる。安心せい、子供達は全員無事だそうだ」
正直この方法が手っ取り早い。オークは半信半疑になりつつも事情を尋ねる。ベールをシエラの鉤爪を使って同じ場所に引き連れた後、彼に村の事を話した。
「...そういう事なんです」
「そんな...あいつらが言っていたことは嘘だったのか!」
「...どういうことじゃ?」
シエラは真剣な面持ちで問いかける。村長の死を今まで知らなかった理由を聞くと、どうやら村長は森に一番精通しているであろう理由でその知識を利用しようと企み、他のオークとは別の部屋で獄中を強いられていると聞かされていた。
「後にアルカディアを征服するという野望もあるみてぇでよ...」
「征服...?」
その言葉にベールは異様に何かひっかかりを感じた。シエラは何一つ変えず自身の思った事を口にした。
「ただ、戦力を欲しただけじゃというのか?」
深く考え込む会長。それでも時間は過ぎていく。こうしている中で肝心のチコは疲労しているかもしれないのだ。
「会長。直接向かい打つしかありません」
「そうじゃな...どの道、この話は付けねばならぬ。お主、気絶してしばらく楽になるか?」
そう言って一本のペンを取り出し、オークの首に刺した。すぐさま砕けるように倒れてしまった彼。シエラが使ったのは簡易昏睡薬。服用した物を瞬時に眠らせる薬品だった。
「試薬品じゃがの」
「ええっ!?」
見た感じぐっすり寝ているようだったため、気にせず脇の中へ続く扉に入っていった。




