第十一話 再開
「はぁ...」
記憶を辿り、気づけば再び項垂れる彼女の部屋へ戻ってきていた。
フライヤとの衝突は初めてもあり、心にぽっかり穴が空いた感じだった。
「明日、しっかり謝ろう...。フラも今、部活中だろうし...」
その言葉は今の自分にとって、あまりに心が苦しい思いになった。今すぐ行けばあの悲劇は免れたのかもしれなかったのだから。
瞬時に生前のチコがテーブルに上半身をのせて横になっていた。泣き疲れ、眠ってしまったのが原因だろう。数時間が経って、外はすっかり夜になっていた。突然、彼女の横でスマホが鳴り響く。音と振動で彼女はすぐ目を覚ました。
「...?電話...?」
死神となったチコは唇を少し噛み締める様子を見せる。その相手はフライヤの母親からだった。彼の自宅には何度か来ており、その際に面識があったため、連絡先を彼だけでなく家族にも教えていたのだ。
すぐに電話に出て、眠気混じりの声で応答した。
「はぃ...チコです」
「チコちゃんかい?フライヤと一緒かい?」
「いえ...今日は一緒ではないですが...」
「あら...どこに行ったのかしら。もう10時だって言うのにまだ帰ってこないのよ」
それを聞いてチコは目を見開き、スマホの画面を一瞬確認した。22時05分と表示された時計を目の当たりにし、チコは不安な顔を浮かべる。
フライヤはそこまで遅くなる時間外にはあまり出歩かない人だった。たとえ遅くなっても連絡はするはずだ。
「嘘っ...!」
チコはすぐさまフライヤを探しに家を出て、傘も持たずに学校へ向かった。全力で人の視線など関係無しに走り抜くチコ。今までにない速さで学校に到着するも、当然校門は開いておらず、体育館も明かりが付いてる様子はなかった。
ここではないのか。帰宅ルートのあらゆる所を探していく。
そしてついにあの出来事に戻る。大橋近くの河川敷に何か人が倒れているのが見えた。
フライヤと身長や服装など特徴が似ていたため、チコの顔は余計に青ざめる。
傍にいた自分も苦しい表情を浮かべる。
すぐにジョギングコースから坂を下って河川敷に入る。うつ伏せの状態で倒れており、チコは不安な顔をしつつも近き、膝をついてその人の身体を恐る恐る返した。
「っ...!!」
認めたくなかった。思わず口に右手をやり、嘔吐感を抑えた。倒れた人が愛するフライヤだったことに。右腕には傷があり、そこから血が大量にながれていた。
「ねぇっ!どうしたのっ?!何があったのっ?!ねえっ!!」
パニックになりながらも胸に手をやっても心臓の鼓動がない。死んでしまったのか。信じられない。信じたくない。チコは更に焦りを募らせ、間もなく涙を流してしまう。ただただ彼の身体を揺すったり、声をかけたりした。顔を横に振ってこの現実から逃げたかった。夢だと思いたかった。死神のチコもこの光景には直視出来なかった。悲痛な声を上げると共に、彼女は徐々に自分を責め始め。
「私があの時...一人で帰らなければ...こんな事なんかならなかった...!」
当時の悪い癖が出てしまい、根拠の無い卑屈を並べていってしまう。次々と押し殺していく彼女を自分自身が見て居られなかった。
異変に気づいた住民が電話を掛けたのか、遠くから救急車やパトカーの音が聞こえてきた。
そんなことなど構わず、チコは彼の身体を抱きしめながら泣き叫んだ。
「お願いっ...目を覚まして...!目を覚ましてよぉっ!!」
今となって過去の思い出が次々と蘇る。
文化祭との対面の時、私はあなたの目付きを見て少し怖かった。リサ達との一件の時に貴方の優しさに気づけていれば、もっと早く、貴方を愛せていたのかな。バスケ部のメンバー達と戯れる時だって、自分よりも私を茶化す時は真剣になることがあったよね。あの時、私を想ってくれてたんだよね。初めて彼の家を訪れた時、緊張する私を優しく招いてくれたよね。バスケの大会で優勝した時は思わず抱きしめ合ったよね。
思い返す度に涙が溢れ出てくる。フライヤに会うのも、笑顔も、部活や勉強に励む姿も、優しい言葉も、何もかもがが私の生きる糧だった。私にとって彼は命の恩人に等しかった。
救急隊員が到着しても彼女は離れようとはしなかった。隊員が手を差し伸べるも彼女は断固拒否して振り払う。
(離れたくないっ。この手を絶対に離したくない...!)
やむを得ず、隊員は救急のため、彼女を強引に引き離す。それに対しチコは嫌がりながら彼の名を叫んだ。
「フラァッ!お願いっ!あの時の事謝るからぁっ!!目を覚ましてぇっ!!フラァァアアッッ!!!」
結局、彼が死んだ根本的な原因が分からず、この時の私も、今の私も、もぬけの殻の如く脱力感で一杯になっていた。当時、彼の遺体の傍にいた事が原因で警察からは執拗に取り調べを受けるはめになったものの、当然私が殺した訳では無いため、直ぐに無実は証明された。
だがチコはその日から学校に行く事はなかった。学生達の視線が気になるのもあったが、それよりも。
フライヤの居ない人生なんて楽しくなんかない。
彼女の考えはそれしか無かった。彼の優しい笑顔、温もりを二度と抱けないのなら、私も生きる意味なんてない。
フライヤ以外にも、バスケ部のみんなや数少ないクラスメイトの仲間が居たはずなのに、私はただただ逃げてしまった。その挙句、私は...
「......」
彼女は椅子の上に乗り、ある物を握る。それは天井に吊るされた縄だった。死神としてのチコは目を背けた。
そして、
(ズッ、ガタンッ!)
椅子が倒れ、自力では地に足を着くことが出来ない状態にした。縄は彼女の重みで無慈悲に締め付けてくる。息は完璧に遮断され、無意識にもがきながらも、口からはかすれた声が漏れる。
次第に目は赤くなり、涙も出始める。1分程経過した辺りでチコの身体は動かなくなる。
ここで、彼女の死が確立した。
周りの風景は真っ黒に染まり、思い出の空間は無くなった。チコは涙を流して、自分の行いに深く後悔した。
「私は...うっ...みんなに、守られて..弱くて、頼ってばかりで...何一つ取り柄なんてなかった」
この一年間、死神として活躍していた自分をかえって腹を立ててしまう。こんな大切な事を忘れて何が"ベールを守っていく"だ。
「私は...最低な...っ!」
何か背後に気配を感じた。身体を向けるとそこにはフライヤの姿があった。
「っ!フラ...」
驚く表情からすぐに悲しい顔になる彼女はゆっくりと彼の所に歩み寄る。
「助けてくれ」
「えっ...!?」
突如、彼の口から放たれた言葉にチコは足を止めた。そして、今の現状を思い出し、ある事に気がついた。
(そうだわ...。あの狼男の目、フライヤと似てる...!だからあの時、頭痛が起きてたのね...)
目の前にいたフライヤの姿も徐々に狼男へと変わっていく。チコは過去の記憶を取り戻したタイミングと狼男との遭遇は彼女にとって大いに意味があったのだと確信した。
「これは私の...最後のチャンスなのね...」
周りの空間がゆっくりと要塞の図書館に戻っていくのと併せて、ウルフェンの姿もはっきりとしていく。轟く咆哮を響かせ、彼は爪を構えてチコへ突進してきた。
鎌を右手に持って、ゆっくりと一回転させた後、両手で構えをとった。
(私はもう逃げない...。負けない。諦めないっ!)
彼の爪は躊躇などなく、一直線に彼女の腹部めがけて突いてきた。
(もう守られるばかりの存在は嫌。だから今度は、私がフライヤを...命を張って...)
(スッ...)
「...護るっ」
ウルフェンの攻撃に対し、身体を捻らせ、極めてギリギリのラインで躱していく。鎌を持ち直してチコは威嚇攻撃を仕掛ける。難なく回避したウルフェンは間合いを取る、それを見たチコとある言葉を叫び出した。
「フライヤーーァッ!!」
「っ!」
その名にウルフェンは動き止め、右手で頭を抑え始める。やはり操られてるのか?そう思うや否や彼は再びチコに攻撃を仕掛けてきた。
これも上手く回避して彼に問いかける。
もし、自分の考えてる事が正しいのなら、負けては行けない。必ず彼を取り戻してみせる!
「フラなんでしょ!?目を覚ましてっ!!」
やはりウルフェンの頭に痛みが走っている。悲痛にも聞こえる雄叫びを上げながらもまだ彼女に攻撃を仕掛ける。あまり攻撃はしたくない。確信はないのだが、もし操られてるというのなら、なるべく無傷のまま彼の身体を取り返したかった。チコは壁を使ってトリッキーにウルフェンとの距離を取る。
「フライヤァァーーァッ!!」
再び愛する者の名を叫ぶ彼女。同じ流れで彼は頭痛を与え、怒りが混じった咆哮をあげる。その時だった。何か胸元に結晶のようなものが見えた。
(あれかしらっ?)
あれが彼を操る核なのか。しかし、毛で被われてて、まともに目視出来なかった。しかも、あれを壊すとなると鎌では可否関わらず彼の身体に刃が刺さる危険がある。かといって銃も失敗すれば風穴を開けることになる。
ウルフェンの猛攻を掻い潜りながらも必死に方法を考える。しかしどう練っても、とある方法しか結晶を破壊する見込める策は無かった。
かと言ってこの方法も果たして通用するのか、はっきりと分からなかった。
(一か八か...これに賭けるしかないっ!)
手に持つイーグルアイに目線を向けて、頼みの念を送るチコ。その為にはウルフェンの攻撃を待たなければならない。きっと、あの攻撃が来るはずだ。
再びウルフェンの攻撃を耐え凌ぎ、ついにお目当ての攻撃が来たのを見逃さずチコ。
「フラァッ!」
鎌を消して彼の攻撃をまともに食らった。
「んぐっ...!」
ウルフェンの爪が彼女の胸元に刺さる。血が勢いで若干地面に飛び散り、攻撃の凄まじさを物語っていた。だが、チコはこの瞬間を待っていた。イーグルアイを右手に持って、ウルフェンの胸元にあった結晶に銃口を直で密着させた。
「グっ...返してもらうわ...!」
口の端から血を出しつつそう言って、エアー弾を発砲した。衝撃で結晶が破裂すると同時にウルフェンも若干吹き飛ぶ形で倒れ込む。その際にチコの身体から爪が引き抜かれ、チコもそのまま後ろへと倒れ込む。金具で固定していたバッグがチコと共に地面にぶつかる拍子に外れてしまい、十数メートル奥へ飛んでいってしまう。
バッグの位置を把握した彼女はそちらへ這いつくばって移動し始める。あの中には医療機関バーバラ医院特製の医療用キットが入っている。彼女の医療技術は素晴らしく、お手軽治療な上にかなりの治癒力を有する。それさえあれば、三本の爪で空いた穴から溢れ出る血だって止められる。
途中、吐血をしつつもチコは諦めずに腕を使ってバッグに近づいていく。しかし、予想以上に飛んだ距離が遠く、辿り着く前に自身の意識が失ってしまう。
「お願い...届いてっ...!」
後三メートル切ったと言える距離。もはや視界はぼやけ、力を出すこともほとんど出来ないぐらい疲労していた。伸ばす手も叶わず、チコはとうとう意識を失った。愛する者を救えたのかも分からないまま、チコは虚ろな瞳を隠すように閉じた。




