第十話 追憶
頭痛に苛まれながらもウルフェンの猛攻を耐え凌ぐチコ。イーグルアイで牽制をして、再び二人に距離が生じた。
ようやく痛みが落ち着いてきて、攻撃の態勢も取れるようになってきたのだが、先程の猛攻と頭痛で疲労が出始めていた。
それでもオーク達の苦しそうな顔を思い返すとそう簡単に諦めたくは無かった。
それに先程から妙な感覚がある。ウルフェンの姿を見ていると何かを思い出すかのように脳内を過ぎる事がある。
同時に若干、刺すような頭痛も起きる。
一体どういうことなのか。自然と鎌を握る手に力が入る。目付きもより真剣な感じに鋭く、ウルフェンの姿を凝視した。
その時、チコは気付いた。彼も様子が可笑しい事に。
「ウゥッ!グッ!」
片手で頭を抑えるウルフェン、ぎこちない左手の動きで右腕のジャケットを引きちぎった。
チコは不思議な顔を浮かべ、彼の引きちぎって露出した腕を見た。そこには何か包帯を巻いているように見えた。
「包帯...?」
また不意に脳内でフラッシュバックが起こる。ウルフェンの奇襲に備えて、防御の構えを取る。だが、相手もそれどころではなかった。チコにとってはチャンスなはずなのに、脳が妨げるかのように拒否をする。
どうして?私は何がしたいの...?!
葛藤する中、ウルフェンが苦しみながら近づいてくる。鎌を深く構え、攻撃に備えるチコ。よろめく様子を見せる彼を視界に捉え、ある程度の距離に入ったら攻撃をしよう。
あの動きはフェイクかもしれない。油断させて反撃を与えてくるリスクはあった。頭痛のせいで殺気を察知することも出来ない。
チコの想定していた距離内に入った瞬間、チコは鎌を背中に構えて横振りの攻撃をしようとした。その時だった。
「チコ...」
「っ!!??」
ウルフェンの口から言ったのか?
鎌を構えたままチコはその場に固まった。視線を彼に向けると荒い呼吸をしながら、疲労した姿を見せる彼がそこに視線を地に向けて立っていた。
「ハァ...チコ...」
再び彼女の名を口にする。確かにウルフェンから発している。
(どうして私の名前を知っているの?)
アルカディアに来たのは今日が初めてで、その上半日程しか滞在していないというのに。思考を巡らしている中でウルフェンはゆっくり顔を上げる。目を見ると相変わらず目付きは鋭かったが瞳の部分は先程と違い、どことなく優しさを感じさせる印象があった。
そしてチコはその瞳で何か、糸が切れたような感覚を抱いた。同時にまたも激しい頭痛が起き、さらに脳内はありとあらゆる記憶が戻ってくる。雪崩のように押し込まれて来て、脳内が目まぐるしく回転するかのような感覚がチコを襲う。とてもじゃないが周囲を意識している余裕など無い。チコは鎌を落としてしまい、地につく直後に鎌は消滅していった。
なんとか痛みに耐え、よろめく程度に踏ん張る彼女、次第にチコはこの頭痛の本当の意味に気づき始める。
(まさか...これって...)
想像でしか語れないが、わかりやすく言うのなら、欠けていたピースをはめ込まれると言った感じか。次々と記憶が戻ってくる。でも、それはどれも死界では見た事ない風景。フラッシュバックする中で思い出した言葉があった。
【現世の記憶が殆ど抜け落ちてしまうのです】
そう、レベッカの言葉だ。死界を訪れる際、生前の記憶が無くなってしまう形になるのがほとんど。つまり、これは自分の生前の記憶だと言う事か。色んな記憶が飛び交う中、あの記憶が蘇ると突如としてフラッシュバックが止んだ。
大雨降り頻る中、一人の女性が悲痛な叫びをしながら泣いていた。その背後に自分はいた。緑髪の長髪を目にした時、すぐにそれは自分自身だと分かった。
その彼女が座り込んだまま何かを支え持っているように見えた。
「お願い...目を覚まして...!」
その言葉を耳にして、背後にいたチコは嫌な予感がした。ゆっくりと生前の私が支えている者を見た。彼女の予想は的中した。自分の口を両手で抑え、信じ難い光景に目を疑った。
「嘘...フラ...!?」
そこに居たのは唯一、自分を愛してくれて、誰よりも愛した人、フライヤ・レインズの姿だった。
どうしてこんなことに。私が彼を殺してしまったのか。チコは必死に記憶を辿り、彼を殺めた原因を突き止める。
【山吹高校 三階 教室】
それらしい記憶を見つけたチコ。場所は生前私とフライヤが通っていた高校だ。その教室の前で記憶の中に映るチコは現れる。おそらく見えないはずだが念の為身を潜めながら教室の中を見る。そこには二人が喧騒な面持ちで背中合わせをしていた。
「私はフラのために思って言ってるのに!」
「余計なお世話だって言ってるだろ!俺だって一人になりたい時だってあるんだ!」
そのやり取りを見ながら、記憶のピースは徐々にはまっていく。確かフラはバスケ部のキャプテンを務めていた、その事を思い出すと同時にこの揉め事の原因も次第に理解して行った。
大会でキャプテンらしい功績を残せず、試合に負けてしまった事に深く後悔の念を抱いてしまった彼をなんとか慰めようとしたのだった。
ましてやこの会話の前に、同じバスケ部の先輩達(フライヤと同学年)からも、
「アイツなりに頑張ったはずだ。誰もアイツを責めたりする奴なんか居ねぇ」
と私以外にも慰めている人が大勢いたから余計だった。私は彼のために何処かリフレッシュ出来る所に行こうと誘ったのが、良くなかった。
確かに今まで頼られてきた仲間を裏切ってしまう結果になってしまった。それは彼にとって一番嫌いな展開だった。仲間想いが強くて、その日会った人でさえ、命張ってでも助ける程だ。
時々ひやっとさせる時もあった。
それ故に大会の不甲斐なさを彼は一番辛くのしかかっていた。それを理解もせず、お節介を焼いてしまった自分が悪かったと、今の自分は強く反省していた。
「もういいよっ!」
きっとこれが原因だ。この後彼が死ぬであろう事も知らずに自分も自分で優しさを振り払われたことに怒りを露わにしてしまった自分を見て深く溜め息をつく。
でも、ふと疑問に思った。
いくら口喧嘩とはいえ、こんな事で私は人を殺めるだろうか?
記憶を辿ってもフライヤとの口喧嘩はあの時ぐらいしかない。それぐらい彼は優しかったし、私も私で彼の為を尽くしていたつもりだ。
勿論たった一度の口喧嘩、ましてや愛し合っていた仲でそうそうない今回のような出来事であれば、衝動的になってしまう可能性はゼロではない。だとしても、自分で言うのもなんだが、お互いが衝動的で殺し合うなど有り得るだろうか。バッグを手に怒りながら階段を降りていく自分を見ながらそう感じていた。
【チコの自宅】
記憶を飛ばし、次に訪れたのは自分の家だった。高校生には珍しく自分は親元を離れ、早めの一人暮らしをしていた。時は夕暮れ、外は雨が降り始めていた。先程の喧嘩でカッとなってしまったことに今更後悔し、深く反省していた。
「どうして私、怒っちゃったんだろ...」
そんな自分をキッチンのオープンウィンドウから眺めていた本人。
気持ちは分かる。例外はなく、今まで通りフライヤのためを思っていたのだから。ふと、チコは過去の思い出を振り返る
【山吹高校 校庭】
それは私とフライヤが初めて会った頃、今の記憶からさらに一年前の事。私が一年生、フライヤが二年生の時の文化祭。
私は友達とグループでカフェをやる事になり、ホットプレートでホットケーキやクレープを作る役割を担っていた。店は上手いこと波に乗り、満足な結果になる事は確実だった。
その中で後に知るバスケ部のメンバー達が噂を聞きつけてやってきた。もちろんその中にフライヤの姿もあった。
「いらっしゃーい、何が良いですか?」
友達が注文を取る様子を見て、メンバー達が頼んだオーダーを聞いて、すぐに調理にかかるチコ。最終的なオーダーを復唱して貰い、それに合わせて礼の挨拶を飛ばす。
周囲の女子達はフライヤを見つめる。この学校では半年に一度、恋人にしたいランキングのような企画を実施しており、それに対象となる一年生後期から今回の二回目、いずれもトップを飾っているのだ。チコも無理もないなと思いながらくぎ付けになら女子や友達を見ていた。
チコはそこまで友達を作るタイプの子ではなかったし、恋愛なんて一度もしたことは無い。
当時はかなりの引っ込み思案で、友達もグループのメンバーだけと少なく、恋人を作る自信もなかった。
オーダーの商品が出来上がるもメンバーはオーダー取りや接客で忙しい様子だったので、チコが応援でバスケ部のメンバー達に商品を運ぶ事にした。
「お待たせしましたー、ホットケーキとプレーン、そしてイチゴクレープでーす」
商品をテーブルに置いて行く時、ふとフライヤが私の顔を見ているのが視界に入った。つい自分も彼の方へ視線を向け、一瞬目が合ってしまった。彼から強い圧を感じて思わず口を絞ってしまう。それでもチコは戸惑いなく、「ごゆっくりどうぞ」と挨拶を交わした後、すぐに持ち場に戻って行った。
さり気なく廊下側で眺める今の自分。彼は結構な頻度でチコの方を見ているのがバレバレだった。
「あの時から...もしかしたら気にしてくれてたのかな」
そう思うチコ。決めたことはあまり揺るがず、進むべき道は素早く突き進むような性格でもある彼はきっとあの時から私に好意を抱いていたのだろう。
嬉しさを感じる中で、この後の記憶を思い出すとあまりいい感情も浮かべられなかった。
【山吹高校 女子トイレ】
「っ!痛ぁ...」
学園祭が終わり、グループのメンバーと教室で別れたあと、チコは一人階段を降りようとした時だった。一年先輩の女子達二人がチコを掴んで女子トイレに連れ込んで行く。
中に入るや否や、投げ飛ばされて、つまずく形で前へ倒れ込んだ。
すぐ女子達の方を見るとそこにはもう一人女子が扉に寄りかかって腕を組んでいた。
三人グループのリーダーとも言えるリサだ。
どうやら文化祭でフライヤがチコに興味を示しているところを誰かが告げ口でリサに伝えていたようだ。チコに近づいて髪を掴んだリサが脅しをかける。
「お前、フライヤに興味があるみてぇだな?」
「えっ...?!ち、ちち、違いますっ!」
ありもしない事を口にする彼女に怒りを見せる現在のチコ。やり返してしまえとジェスチャーするも伝わるわけが無い。拒否を示すチコにリサは口答えと無理やり捉えて拳を突き出す。
殴られると感じ、咄嗟に目を閉じる彼女。
「おい」
男の声...?生前のチコがゆっくりと目を開けて、リサの後ろ側を見ると。そこにはフライヤの姿があった。信じられなかった。私の友達以外が助けに来るなんて思ってもいなかったのだから。
「っ!お、おい!ここ女子トイレだぞ?」
「だからなんだっつんだ?」
そう言って躊躇い無く三人に近づく彼。凄い威圧をかけるかのようにして。今のチコもその圧に押される。
「流石フラ...圧がすごい...」
思わず口にするが当然聞こえてるはずがない。リサもこれには手を出せず、焦りながらもその場を後にする。危機を脱する形となったチコをフライヤは手を差し伸べる。
「大丈夫か?連れ込まれるとこ、反対側から見えたからよ」
「は、はい...、あの...ありがとうございます」
まさか彼に助けてもらえるなんて思っても見なかったので驚きを隠せなかった。
「気にすんなって。知ってるとは思うけど、俺はフライヤ。フライヤ・レインズだ」
「あっ、チコ・ブリリアントです」
「チコか。きっとあれだろ?俺がカフェに来た時に絡んだからだろ?」
リサの言動と当てはめると大体は合っていた。ただ、それは自分が彼に興味があるからと補足を言うとフライヤは頭をかいて愚痴を零した。
「ったくあの野郎、気に食わねぇことしやがって...」
今だから分かるが彼は嘘で誤魔化すのが嫌いで、自身も嘘をつくのがかなり下手なのだ。
リサの性格を知っているフライヤは今後のことを話し始める。
「あいつは正直諦めねぇ女だ。いつ何時また脅しに来るか分からねぇ」
「そ、そんな...」
チコは怖くて身体を小さく震わせる。そんな彼女を見てフライヤはある事を尋ねる。
「チコはさ、部活入ってんのか?」
「えっ、いえ、帰宅部です」
淡々と答えていくチコ。
「家はどっち側?」
「南側。大橋がある方向で。一人暮らしをしてます」
「マジか。同じ方向だな。じゃぁさ、今日から毎日、俺に部活がある日は体育館に来て、ない日はない日で時間合わせて一緒に帰ろうぜ」
「分かり、ええっ!!?」
肯定の意を示しかけた彼女。その横で「そんなことも言ってたなぁ」という顔をして微笑む今の自分。彼の優しさ故であるにもかかわらず、自分が彼を迷惑にさせてしまう事を優先してしまい、手を振って拒否をする。
「だだ、ダメです!そんな!私なんかのためにっ!」
「またアイツが何かしでかすかもしんねぇんだぞ?」
「うぅ...」
それはそれで嫌だった。でも自分なんかが一緒に居ていいのだろうか。もっと他に方法は無いのか考えたが、皆目見当がつかなかった。
今だから分かるが、この時からフライヤは私を恋の相手として見てくれていたのだ。
それなのに自分は卑屈になって彼の優しさを素直に受け取れずにいた。
それでもフライヤは諦めず、サポートしてくれた。ある意味強引とも言える提案だが、それが無ければ私はきっと、リサに仕打ちを受けていたかもしれない。
あの日から彼の言うとおり、休み時間や昼休みは極力、教室の中に居るようにして、放課後は彼の到着を待って、部活を見学したり、彼と一緒に帰宅するようにした。
おかげでリサに仕打ちを受ける事は無く、いつの間にかフライヤとの距離も縮まっていた。
それに
「おっ、お姫様がきたぞ」
「茶化すなバカ」
「ふふ、お疲れ様です」
そう言って手作りのクッキーを取り出すチコ。いつの間にか、バスケ部員達の誰より身近なサポーター的存在となっていた。コーチや女子マネージャーとも仲良くなって、彼女も気兼ねなく絡む事も多くなった。みんな事情を知っており、フライヤだけでなく、他の皆も手厚くサポートしてくれた。
毎日が楽しかった。時にはメンバー同士で意見が衝突したり、マネージャーの不慮の事故に見舞われたりと、大変な時期もあった。
それでも皆を大切にしたい、その一心でチコはメンバー達と接してきた。
そして、その誰よりもフライヤを愛し続けてきた。




