第2小節目:LV45
翌日。再び、吉祥寺の貸しスタジオ・スタジオオクタにて。
「ということで、惑星系30周年ライブに向けて、セットリストを組みましょう!」
amaneの書紀ちゃん・吾妻がホワイトボードの前に立つ。
「持ち時間は何分あるんだ?」
「あたしたちの持ち時間は25分。ま、10バンド出るから、いつもよりは短いね」
「じゃあ4、5曲ってところだね! トリじゃないからさすがにアンコールはないだろうし。うーん、やる曲悩むなあ」
「ワウフラッターのカバーとか、どう」
沙子が語尾をあげずに質問すると、
「うーん、ワウフラッター主催のライブとかじゃないからね。それは少し変な感じになるかも」
吾妻がやんわりと断る。
「そっか、そうだよね……」
「それに、せっかくならamaneの曲を一曲でも多く聴いてもらいたくない?」
「それは……たしかに」
うーん、さすが吾妻ねえさん、話の持って行き方が上手ですね……!
「だね! amaneの曲だけでもやりたい曲がたくさんあるもんね! 小沼くんは何やりたい?」
「あー、厳選しないといけない中、悪いんだけど……」
おれは片手を胸元に挙げながら応じる。
「実は、ライブのために、新曲を作ってみたんだ」
「え、昨日の今日で? 早いね!?」
市川が驚いてくれる。
「いつもそんなもんだろ」
「たしかにそうかもだけど、でもそれって覚醒回の話じゃん」
吾妻が相変わらずの喩えをすると、沙子がぐっと前のめりになる。
「うちは幼馴染だから知ってるけど、拓人はワウフラッターが大好きだからね。覚醒くらいするよ。うちは幼馴染だから知ってるけど。ね、拓人」
「まあ、そうだな……」
まさにそれが理由だったもので、少し頬をかく。
「だとして、なんで昨日データで送ってこなかったの? 覚醒回の時は、いつも朝早くに送ってくるじゃん」
「あー、小沼くんのあれ、私好きだなあ。なんていうか、小沼くんだなあー……!って思う」
「分かるよ、市川さん」
「天音とさこはすが意気投合してる……? いつの間に小沼の信者になったの二人は……いや、前からか」
小さく「あたしも人のことは……」と言いかけて、
「こほん。まあいいや、デモ、あるんでしょ? 一回、聴いてみてもいい?」
とおれに向き直った。
「うん」
おれはおそるおそる、再生ボタンを押す。
再生が終わる頃、
「あー、だから昨日送って来なかったのか」
吾妻は呆れ笑いを浮かべる。
その横で沙子はうずうずしたように目を輝かせている。
「これ、面白いね、拓人。ねえ、ゆりすけと市川さんもそう思うでしょ」
「うん! まあ、私は沙子さんが解説してくれてやっとだったけど」
『解説』は元々はおれがこの場でデモを聴かせながらやろうかと思っていたんだけど、沙子が代わりに全部やってくれた。
「ワウフラッターへの愛で溢れてるね、拓人」
「そうなあ……」
つまり、この新曲は、ワウフラッターの複数の曲の伴奏のフレーズを借りてきて繋げて、その上におれが新しく作った全く違うメロディを載せている、という曲だったのだ。
沙子は、「あ、ここはあの曲のイントロだ」とか「ここはあの曲のギターソロだね」と、抜け漏れなく言い当ててみせた。
「こういうのってなんていうのかな? インスパイア? オマージュ?」
もしくは……聴く人が聴けばパクリとも言える手法ではある。
しかし、このインスパイヤだかオマージュだかは、ワウフラッター自身が多用している手法でもあるのだ。そのスタイルを含めてオマージュをさせてもらった。
……と、自分では都合よく解釈しているのだが……。
「まあ、メロディが全然違うものになってるから、パクリではないでしょ」
おれの心配を感じ取ったらしい吾妻がフォローしてくれる。
「すごいね、元の曲を知ってても、こんなに別のメロディ載せられるんだね。すっごく良いメロディだし!」
「うん、だからさすが拓人だと思った」
「よかった……」
おれはほっとして、ようやく安堵のため息をつく。
「やってみようか! とりあえずラララで! 小沼くん、コード教えて!」
市川の号令があり、おれたちは演奏を始める。
「はい、これコード」
「うちは全部弾けるよ。ワウフラッターの曲が元になってるんだもん」
沙子が自分のことでドヤ顔するのはあまり見られないものなので、おれは大人しくコード譜を引っ込める。
練習が終わった後。
「天音かさこはす、このあと小沼となんか予定ある?」
「ないけど……」「ない」
「んじゃ、ちょっと小沼借りてもいい? 歌詞のこと相談したくて。ちゃんと返すから」
「うん、分かった……」「うん、うち、もう帰ってもいい」
謎に不承不承な感じの市川と、いつになく早く帰ろうとするさこはす。イヤホンを取り出している。どうやら今日の録音を早く聴きたいらしい。
それにしても、相変わらず、おれに予定があるかは聞いてくれない吾妻ねえさんでした。まあないんだけど。
ということで、吉祥寺南口のマックへ。
「で、どうした?」
おれはコーヒー、吾妻はカルピス……はないので、マックシェイクバニラ味(乳飲料的なこと?)を頼んで席に座りながら、尋ねると。
「んー、小沼が迷ってるんだろうなって思って」
「そうなあ……」
さすが吾妻だ。
「良い曲じゃん、新曲。小沼はワウフラッターへのファンレターを曲にしたわけだ。せっかく聴いてもらえるかもしれないしってことで、本人たちがニヤリと出来るような仕掛けを打った」
「まあ、そんな感じだ」
「オマージュだから、いつか『わたしのうた』そっくりな曲を作った時とは全然違うよ。ちゃんと届ける意志も意味もあると思う」
吾妻が言っているのは、高2の夏休みのある日、曲が作れなくなったおれが『わたしのうた』のコードを丸パクリして吾妻に『昨日送ってくれた曲は……『わたしのうた』の模造品だよ』と言わせてしまった時のこと。
「だから、小沼が迷ってる理由はそこじゃないよね?」
「ああ」
吾妻に促されて、おれはゆっくりと話し始める。
「おれはあのクリスマスのライブの日、ハッキリ思ったんだ。『おれが音楽をする理由は、憧れのバンドと対バンするためじゃなかった』って」
「うん」
「でも……ワウフラッターと……憧れのバンドと対バンすることになって、こんなにも喜んでる。正直浮き足立ってる。舞い上がってるんだとも思う。あんな曲を作っちゃうくらいに」
「だねえ」
おれは、顔を上げて、彼女の目を見る。
「……なあ、吾妻。おれはこれでいいのか?」
「あはは、いつになく素直な質問じゃん」
少し笑った吾妻は、
「わざわざ呼び止めたくせにそんなこと言うなよって感じだと思うんだけどさ」
と、その眉をハの字に傾ける。
「あたしにもよく分かんないんだよね」
「そっかあ……」
「あたしはさ。さこはすとか天音とか、あとついでのついでのついでに小沼が嬉しそうにしてるのが、単純に嬉しいよ。別にそれでいいような気もする。喜ぶ気持ちをわざわざ押さえつける意味だってないし。喜んじゃいけないってのも、変じゃない? だから、大切こと一つだけ聞かせて」
吾妻はおれの目をじっと見る。
「ワウフラッターとの対バンは、小沼の夢だった?」
「それは……」
かっこ悪いな、と思いながら、
「おれにも、分からない」
にごした答えを返す。
だって、すぐに夢じゃない、と否定するには、眠る前、その瞬間を妄想した夜が多すぎた。
「まあ、そうだよね。こんな状況、なかなかならないもんね」
「……約束だったんだ」
「約束?」
せめて、ワウフラッターとの対バンの意味するところを説明しようと、言葉をつづける。
「ああ、沙子との約束」
「ああー……」
「中学の時、ワウフラッターのライブに2人で行ったことがあって……その帰りに。いつか一緒にバンドやることがあったら、絶対にワウフラッターと対バンしようって」
「それでさこはすがあんなに喜んでるんだ。かわいいなあ、さこはす」
ふふ、と吾妻はまた微笑む。
そして少し唇を噛んだ。
「別にそれが夢だったとして、あたしに否定するほどの論拠はない。ただ……あたしが言いたいのは、これで燃え尽きちゃわないでね、ってそれだけ。あたしの夢は、まだ叶ってないんだから」
「……そうだよな」
amaneの作詞家はさすがの速筆で、その日の夜には、新曲の歌詞が届く。
そのタイトルは『ターン』。
レコードの再生機器——ターンテーブルと、自分の順番をかけて、『ターン』なのだと、吾妻はLINE上で、照れくさそうに書き加えていた。
読みながら、おれはもう一度、彼女の問いかけを思い出す。
『ワウフラッターとの対バンは、小沼の夢だった?』
そして、その答えは、意外な形で明るみに出ることになる。
ライブの1週間前のこと。
「ごめん……いや、別に誰が悪いわけでもないんだけど……」
スタジオオクタでの練習中、また惑星系からの電話を受けにロビーに行った吾妻が戻ってきて伝えたのは、こんな報せだった。
「ワウフラッター、出演キャンセルだって」




