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宅録ぼっちのおれがあの天才美少女のゴーストライターになるなんて。  作者: 石田灯葉
After the LAST Live その◎:惑星系30周年ライブ
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第1小節目:ばらの花

* * *


「ねえ拓人(たくと)……なにこれ、」


 波須(はす)の大きなスピーカーの前。


「めちゃくちゃ良いじゃん……!」


 黒髪の幼馴染は、おれのシャツの腕のあたりをつまんで、引っ張りながら、いつになく目を大きく見開いた。


「だよな!?」


「日本にもこんなロックバンドがいるんだ……!って思うけど、この()()びっていうか風情(ふぜい)っていうか、そういうのは日本人じゃないと出せないだろうなとも思う。なにこれありえないやばい……」


 語彙(ごい)があるんだかないんだか分からない感想を饒舌(じょうぜつ)に話しながら、キラキラに輝く目をおれに向ける。


「さすが拓人(たくと)、これを仕入れてきたのはナイスすぎるよ」


「おれっていうか池袋のタワレコがナイスだったな」


 ドアーズ、シャッグス、オアシス、マイルス・デイビス、ビートルズ……洋楽やジャズのレコードやCDばかり回し聴いていたおれと沙子。


 今日、たまたま池袋に行く用事があった。


 そのついで、新譜を買うお小遣いもないくせに、せっかく池袋まで来たしと思ってタワレコに行ったおれが、試聴機に入っていた日本のバンドのアルバムをなんとなく聴いて、そして、あまりの素晴らしさにいてもたってもいられず、結局なけなしの小遣いをはたいて買って帰ってきたのが、このCDだった。


 古今東西ここんとうざい様々な音楽のフレーズをもじりながらも、キャッチーかつポップすぎないメロディ。

 何について歌っているのか分からないのに、どこか胸にささる叙情的な歌詞。


 彼らが10代の頃にデビューして以来、常に異端かつ常に王道という、どう真似しても真似出来ない独特の位置で日本の音楽シーンを牽引(けんいん)し続けるそのバンドは、音楽を聴き始めたばかりのおれと沙子さこの心を鷲掴みにして離さなかった。


「なんてバンドだっけ」


 おれはもう一度CDを取りだして、




「……ワウフラッター」




 そのバンド名を読む。


「へえ……ワウフラッターって、どういう意味」


「たしか、レコードの音の(ゆが)みみたいな意味じゃなかったっけ」


「ふーん……。ねえ、ライブとかないの? 生きてる日本人なんでしょ、行きたい」


 生きてる日本人という表現につい苦笑する。たしかに、逆の音楽ばかり聴いてるからな……。みなまでは言わないけど。


「お、ちょうどこのアルバムのツアーがあるらしい」


 CDに封入された小さなチラシを読み上げる。


「行こう。すぐにチケット申し込もう」


 CD購入者先行受付で無事チケットは取れて、おれと沙子は初めてスタンディングのライブに2人で行くことになる。


 ライブハウス(Zepp)までの行き道もワウフラッターの話でもちきりだったのに、帰り道なんてとんでもなかった。


「音源よりライブの方がすごかったんだけど!」


「な! 音源、音を重ねまくってるからライブでしょぼくなるのが心配だったけど全然そんなことなかった。すごい……」


「ね! 今日なんて3ピースだったんだよ? ありえない!」


 彼女の声は跳ねて(はじ)けて、空いた電車の車窓に跳ね返る。


「いつかうちらがバンドを組むことがあったら、その時は——」


 そして、無邪気に大きく口角をあげた。


「絶対ワウフラッターと対バンしようね!」


「そうだな……!」


「うん! 約束!」


「こほん……ちょっと、君、声が大きいよ」


 おそらく、後にも先にも、沙子がそんな注意を受けたのはこの時だけだろう。


* * *


 ……と、そう思っていたのだが。




「ワウフラッター!?」





「ちょっと、さこはす、声大きいよ……! え、今の本当にさこはすの声?」


 吉祥寺きちじょうじの貸しスタジオ・スタジオオクタのロビーで電話をして戻ってきたamaneの作詞家兼マネージャー・吾妻(あずま)由莉(ゆり)が顔をしかめて沙子を注意する。


「いや、ここ防音だし。そんなのどうでもいいよ。ねえ、拓人、聞いた?」


「ああ、うん、耳を疑う話だったけど……」


 沙子が大きな声を出したことなんてどうでもよくなるくらい、吾妻が今さっき伝えてくれたニュースは、おれの脳を白い炎で熱くしていた。


「吾妻、確認なんだけど、それはつまり……"ワウフラッター"と対バン出来るってことか?」


 ぬか喜びになる前に、おれはゆっくりと彼女に確認する。


「うん、そういうことになるね。まあ、参加バンド数が普通より多くはあるけど、対バンは対バンだよ」


 吾妻にかかってきた電話の主は、ライブハウス・惑星系(わくせいけい)だった。


 惑星系の30周年イベントとして、周年の当日に10バンドを呼んで昼から晩までライブをするらしく、そのライブへの出演依頼だ。


 そして、実は当日解禁のシークレットゲストとして"ワウフラッター"の出演が内定している……らしい。


「ねえゆりすけ、ワウフラッターって、あのワウフラッター? 今年でデビュー30周年の?」


「そう、今年でデビュー30周年のワウフラッター。30周年同士でってことらしいよ。デビュー当時に出てたとかで」


「まじ? すごくない!?」


 上がりまくって飛び跳ねまくっているその語尾に、沙子(さこ)の興奮がありありと伝わってくる。いつもからは考えられない。


 ただ、今回ばかりはそれも当然だ。そうならない方がおかしい。


 ワウフラッターはおれたちが生まれるよりも前から活動していて、そして今もなお、いわゆる"邦楽ロック"の先頭を走り続けているバンドだ。ワウフラッターに影響を受けたバンドマンは数知れない。おれや沙子だって、その一人だ。


「すごいことだね……! 私も小沼(おぬま)くんに教えてもらって何回も聴いてたから、なんか変な感じがする」


 あの市川(いちかわ)天音(あまね)ですら、感慨にふけっている。


「それに、惑星系の10バンドに選んでもらえたのも、すっごくありがたいことだね!」


 おれはそっと自分の手のひらを見る。


「……そっか、ここまで来たんだな」


 自信を手にしては打ち砕かれ、叶ったと思った夢は破裂し、3歩進んで3歩下がるような日々の中。


 それでも、真っ暗なトンネルの中、動かし続けた足跡はいつのまにか、おれをここまで連れて来てくれたらしい。


「ワウフラッター……」


 おれは、その実感の湧かない名前をもう一度口にしてみる。





 帰り道。


 武蔵野むさしの線が夕闇の町に光の点線を引いていく。


 その車内で、沙子とおれは並んで座って呆然としていた。


「ワウフラッターか……」


 何度呼んでも足りないバンド名を、おれはまた呟く。これで15回目くらいだ。


「……あの日」


 沙子がそっと呟いた。


「——あの日にさ、やめなくてよかったね」


 あの日とは、amaneを解散しようとしたあのクリスマスのことだろう。


「あの日やめなかったから、続けることにしたから、今日があるんだよね」


「そうなあ……」


 ガタゴト、と走る電車。車窓から見える景色。


 一人の登下校、この景色を見ながら、何度も何度も、ワウフラッターを聴いた。


 雲ひとつない青空の日にも、雨降りの朝にも、春一番の吹く3月にも。


 amaneと同様、間違いなく今のおれを形作っているバンドの一つだ。


 またしてもじーんとしていると、沙子がおれの方を向く。


「拓人」


「ん?」


「うちのほっぺつねって」


 意外な要求につい苦笑いをこぼしてしまう。見た目の割に子供っぽいというかなんというか。


「それ意味あんのか?」


「いいから」


 おれはしぶしぶ、沙子の頬をつねってみる。


「……全然痛くない」


「残念、じゃあ夢だったな……」


 おれも残念だよ……。


「違う、拓人が優しくつねるからだよ。もっと痛くして」


「妙な言い方をすんな」


「もう。拓人は優しすぎるから、うちがつねってあげる」


 そう言って沙子はおれの頬をつねってみせる。


「うん、ちゃんと痛い」


 おれがいうと、沙子はまだ少し心配そうにしてる。


 おれは安心させるために、念を押す。




「……大丈夫、夢じゃないよ」






 翌日。


 再び、吉祥寺(きちじょうじ)の貸しスタジオ・スタジオオクタにて。


 amaneの書紀ちゃん・吾妻(あずま)がホワイトボードの前に立って言った。


「ということで、惑星系(わくせいけい)30周年ライブに向けて、セットリストを組みましょう!」


<作者コメント>

お久しぶりです。

本日から3日間、短い話を3つに分けたものをアップします!

久しぶりの宅録ぼっち、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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2021年10月1日、角川スニーカー文庫より
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作中曲『わたしのうた』MV
― 新着の感想 ―
連載開始当時高2だった自分が、今は大学院生で4月から就職です。物語を続けてくれて本当にありがとうございます。
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