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宅録ぼっちのおれがあの天才美少女のゴーストライターになるなんて。  作者: 石田灯葉
After the LAST Live その◎:惑星系30周年ライブ
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第3小節目:Regulus

「ワウフラッター、出演キャンセルだって」


 ライブの一週間前、吾妻あずまが告げたしらせに、スタジオの空気が固まる。


「…………え」


 数秒後、ベースのぼわーんとした音——だらんと下げた手が当たったらしい——と共に、


「…………どう、して?」


 沙子がかろうじてといった感じで声を出した。浅い呼吸。


「なんか……主催者側と事務所の行き違いとかで。詳しいことは教えてもらえなかったけど……とにかく、ライブハウスの店長はワウフラッターに非はまったくないって言って涙ぐんでた」


「……そっか」


 すう……とスタジオの温度が下がっていく。


 当然、吾妻が悪いわけでもなく、ワウフラッターが悪いわけでもないらしい。涙ぐんでいた店長が悪いのかもしれないし、なんだかもっと手前で起こった行き違いの可能性もある。


 とにかく、なんにせよ、おれたちにはこの現状を避けられる選択肢もなければ、今からくつがえすことも出来ない。


「…………仕方ない、んだろうね」


 おれが沙子の前では言えなかった言葉を、市川が代わりに言ってくれた。


 残酷なことに、『仕方ない』ことはあるのだ。ごまんと、あふれている。


 手のほどこしようのあることなんて、手のひらに乗る程度しかない。


「ごめん。ちょっと……ごめん……!」


 目を伏せた沙子はベースを置いて、静かに、しかし、足早にスタジオの外へと出ていく。何かがこぼれる前に、と急ぐように。


「沙子」


 おれがドラム椅子から立ち上がり、防音室の扉に手をかけると、


「ちょっと待って」


 市川いちかわが不安げに瞳を揺らして、おれを呼び止めた。


「……小沼おぬまくんは、大丈夫なの?」


「おれ……?」


「うん。だって……小沼くんだって、すごく喜んでたよ。ワウフラッターと対バン出来るって。オマージュする曲だって作って……」


「おれは……」


 市川に訊かれて、なぜだろうか、諦め笑い——よりも少しだけ軽やかに口角が上がるのを感じた。


 自分の手のひらを見る。


「……大丈夫らしい」


「そっか。……すごいね」


 市川はうなずいて、そして、


「じゃあ、沙子さんのことお願いね、幼馴染さん」


 おれの背中を物理的に押した。


「ああ、おれになんとか出来るのかは分かんないけど」


「小沼くんは、出来るよ」


 いつものハの字の笑顔で。


「それくらい、私だって知ってる」



 



 ……とはいえ。


「どこに行ったんだ……」


 防音室を出て、左右を見回す。ロビーは決して大きくはないので、そこにいればすぐに目に入るんだけど、視界にあの金髪がいないってことは、ここにはいないってことだ。(同語反復)




 ……いつかもこんなことがあったな。




 あれは、沙子が市川を苦しめていたツイートの主だって分かった時のことだった。


波須はすは、階段で上に行った』


 あの時は、はざまがそう教えてくれたんだっけな。


 ……いやいや、そんなことを思い出している場合じゃない。


 しかし、他に頼るものもなく、過去のはざまと沙子の習性と自分の直感に従って、階段を駆け上がっていく。




 ……と。


 屋上につづく扉の前で、またしても彼女はうずくまっていた。


 ここ高校じゃなくてお店のビルなんだけどね……。そもそも立ち入っていい場所なのか?


 とにかく、早く連れ帰らないと。


「沙子」


 おれは沙子の目の前に立つ。


「拓人……」


 赤い目が上目遣いでおれを捉えて、うるんだ声が空気を揺らした。


「拓人は……大丈夫なの?」


「……ああ」


 おれの答えに、


「なんで!?」


 沙子は大きな声で反駁する。


「なんで大丈夫なの? ワウフラッターとの対バンがなくなったんだよ?」


 それが何よりも許せないのだと言わんばかりにおれのシャツをぎゅっと掴む、手。


「約束したじゃん、夢だったじゃん……! 拓人はまたそうやって全部忘れて、どうでもよくなっちゃったんだ……!」


「忘れてないよ。どうでもよくなってもない」

 

 おれはきっぱりと否定する。


「でも、ワウフラッターとの対バンは、おれたちが音楽をやる理由じゃない」


「なんで? どういうこと……?」


 すがるように目を向けてくる沙子。


「おれは、おれたちは……あのクリスマス、amaneを続けるって決めた時に決めたはずだ。デビューもどうでもいい、再生回数もどうでもいい、誰かに届く限り……届く可能性がある限り、バンドを続けるんだって」


「でも、じゃあこんなに嬉しかったのも……こんなに悲しいのも、間違ってるっていうの?」


「間違ってなんてないだろ」


 おれは吾妻に問われたことを思い出していた。


『ワウフラッターとの対バンは、小沼の夢だった?』


 その答えは、こうだった。


「ワウフラッターとの対バンは、夢じゃなくて、目標でもなくて……あったかもしれないご褒美だったんだ」


「ご褒美……?」


「ただ、ひたすらに一生懸命に音を鳴らしていたら、たまたま出会えたご褒美。そりゃ、もらえると思ったのにもらえなかったら残念な気持ちにはなるよ。……でも、それは、おれたちが音楽を止める理由にはならない」


 今さら、さっきのスタジオでの笑みの理由が分かった。


 今言ったように、そう自然に思えたことが、嬉しかったんだ。


「おれたちは、もう、誰かに夢を託さなくていいんだ」


「拓人……!」


 一瞬だけ驚いたように目を見開いた沙子は、


「またそうやって、うちのことを叱るんだ。夢とか人生を誰かに依存してるって……」


 拗ねたように体育座りの膝の上に頬を乗せて、そっぽを向いてしまった。


「……分かってるのに、そんなこと。ばか拓人」


「依存も何も、ワウフラッターが、おれたちをここまで連れてきてくれたことは事実だ」


 ワウフラッターが、amaneが、他のありとあらゆる音楽が。


「ワウフラッターの音楽が、それまで洋楽しか聴いてなかったおれたちに、日本語のバンドをやらせた。だから、おれたちはここにいる。間違いなく影響を受けたし、あの日、ワウフラッターに受けた衝撃の上に毎日音を積み重ねて、ここに立っている。立てている。その事実は変わらないだろ」


「分かってるよ。でも……夢だったんだもん」


 顔を上げた膨れっ面のベーシストは、その強い指でぎゅうっとおれの頬をつねってくる。


「痛い……」


 ……痛い。おれだって痛いし、惜しい。


 それはたしかだ。


 だけど。




「……大丈夫、夢じゃないよ」




 おれにとっても、きっと、沙子にとっても。



「それじゃあ、今の拓人の夢は何?」


「決まってる」


 そしておれは今度こそ、やっと、まっすぐ答えることが出来る。


「一生音楽を続けることと、死ぬまでに1曲でも多くの名曲を生み出すことだ」


「…………そっか」


 ようやく沙子は少し微笑んでくれた。


「うん、分かった」


 そして、立ち上がり、スカートのお尻をぱんぱんとはたく。


「でも……じゃあ、あの日の約束は、またいつか対バンできる日までおあずけだね」


「いや、あの約束はナシだ」


「はあ?」


 急転直下、沙子がしかめ面になる。0.数ミリなんかじゃないしかめ面。あーあ。


 まあ、そりゃそうだ。約束とはなんだって話だ。


 だけど、守れない約束をする方が不誠実だと、今のおれは思う。


「そもそも、ワウフラッターとの対バンなんて、おれが約束出来ることじゃない」


「今さら何言ってんの……!? え、まじでやばいんだけど……!」


「だって、ワウフラッターが解散するかもしれないし。それはおれにどうにか出来ることじゃない」


「そうかもしれないけど……! でも——」


「だから、別の約束をしよう」


 沙子の言葉を遮って、おれは小指を差し出す。


 ワウフラッターとの対バンからすると、ずいぶんと小規模な約束かもしれないけど、それでも。






「おれは、沙子と音楽を続ける。沙子が音楽を続ける限り、沙子がおれと音楽をしてくれる限り……それが死ぬまでだって」






 おれに約束出来るのはそこまでだ。


 だから、その代わり。


「それだけは——おれが叶えられる約束だけは、絶対に守る」


「拓人……!!」


「その先に、もしかしたら……また、ワウフラッターと対バンする未来があるかもしれない。でもそれは約束じゃない、夢でもない。ただの結果で、ただのご褒美で、ただの通過点だ」


「……分かったよ」


 沙子はお手上げ、といった感じでため息を吐く。


「ほんと、拓人はばかだなあ……」


 と笑いながら。


「でも、あの日の約束を反故ほごにすることは変わらないよね。処刑が必要」


「処刑って……」


 怖い言い方するなあ、さこはす……。


「えっと、あの時は針千本だっけ……? 花火の方? どっち飲めばいいでしょうか……?」


「ばか拓人。そんなことしたら死んじゃうじゃん。だから、もう一つ、約束結んでくれたら許してあげる」


「え?」




「うちは、拓人と音楽を続ける。拓人が音楽を続ける限り、拓人がうちと音楽をしてくれる限り。……それが死んだあとだって。……それが、約束」




 沙子はおれの小指に小指を絡めながら、片眉をあげる。


「知ってる? うち、重い女だからね? 死んでもベース辞めないから、覚悟して」


「……知ってるよ」


 だって、おれは沙子の幼馴染で、バンドメンバーだから。


「よし」


 そしておれたちは同時に、小指に力を入れる。


「「……指切った」」






 防音室に戻ると。


「おかえり……まあ、ずいぶんと幸せそうな顔しちゃって」


「だね? 行かせなきゃよかったかなあ……」


 吾妻が呆れたように笑い、市川が冗談をいう。……冗談だよね?


「別にそんなんじゃないし……ってか、何これ」


 沙子がホワイトボードに書いてあるセットリストを見て、顔を0.数ミリしかめた。


「あー、戻ってくる(・・・・・)と思ったから」


 吾妻が肩をすくめて答える。


「なんだそりゃ……」


 なんだか見透かされてるなあ、と呆れ笑いが漏れ出てしまう。


『ターン』の前に1文字足されていた。


「……『お返し』、か」


 沙子はぽそりとつぶやき、


「ねえ、拓人」


 その言葉に着想を得たのか、振り返る。なぜか不敵に笑いながら。


「拓人の新曲、めちゃくちゃにしてもいい?」


「どういうこと……?」






 ライブ当日。


「amaneさん、お願いします」


「「「はい!」」」


 そして、おれたちは今日もまた舞台に上がる。


 誰が聴いていようと、誰が聴いていなかろうと、関係ない。


 おれたちは、今やるべき曲を、今やりたい曲をやるだけだ。


「こんばんは、amaneです!」


 エレキギターを持った市川がエフェクターを踏むと、着火するように立ちのぼったフィードバックが響き渡り、空間を支配する。


「一曲目から新曲やります、」


 その曲名は。


「『リターン』!」


 おれが作った『ターン』の、伴奏からワウフラッターのオマージュを全部なくして、沙子がアレンジし直した。


 そして、その上に新しいメロディを市川が付け足し、新しい歌詞を吾妻が書いた。


 その新曲は、誰が聴いても——


(ワン)(ツー)(スリー)(フォー)!」


 ——おれたち4人(amane)の新曲だった。




* * *

『リターン』


繰り返す日々の中で

繰り返し回した円盤

年輪に挟んで練り込まれたロックンロール


掻き鳴らす日々の中で

書き直し やってきた順番

年輪に挟んで練り込まれたロックンロール


同じところをくるくる回って

やっと肩を並べたつもりが

周回遅れ 違うレーンだった


ずっと 叶わない夢を見ている

報われたと思ったら目が醒めた

……夢だ


諦めた日々の中で

わきまえて正した順番

年輪に邪魔され押し込まれたロックンロール


同じところをくるくる回って

ずいぶん遠くまで来たつもりが

あの時と1ミリしか違わない

* * *


 間奏。


 ベースがソロを奏でる。


 つむがれていくのは、ワウフラッターの名曲のフレーズ。


「……おれだったらそこまでで終わってたな」


 沙子のベースソロは、そこから『リターン』(この曲)のサビのメロディにつながっていく。


* * *

このフレーズもメロディも

全部、お返し

返して ひっくり返して

ここからは こっちのメロディ


同じところをくるくる回って

いつかその年輪が公倍数

噛み合った瞬間にはじけるのはきっと

あの日に聴いたロックンロール


ずっと 叶わない夢を見ていた

報われたその時に目が覚めた

夢じゃない


ずっと叶わない夢を見ている

それはこれからずっと叶えていく夢だ

ずっと叶わない夢を見ていく

それはこれからずっと叶えていく夢だ

* * *


「それでは次の曲です!」


 鳴り止まないフィードバックと拍手を掻き分けて、市川は次の曲名を叫ぶ。


「『Last!』」


 ライブは止まらず、音楽は止まらない。


 無限大にも似た(エイト)ビートを叩きながら、ふと思う。


 ここから30年……いや、死ぬまで続けていれば、いつか、おれたちだって、誰かにとってのワウフラッターになれるのかもしれない。


「そうなったら——」





 感傷的で前向きな轟音ごうおんに忍ばせて、誰にも聞こえないように笑う。





「——夢みたいだな」












<あとがき>

 久しぶりの宅録ぼっち、読んでいただき、ありがとうございました。

 いつも『◯.5曲目』で書くような日常の1ページ的な短編というよりは、割としっかりとしたアフターストーリーになりましたね。

 沙子の、そして多分小沼のこのジレンマというかコンプレックスというかは、どこかで答えを見つけてあげないといけないなと思いながら、なかなかその置き場が見つからないままだったのですが、最近、自分自身が体験したことの中に、やっとその答えが見つかって、追加で特別編を書かせていただきました。

 書けてよかったな、と思います。


 それはそうと。

 実は、スタジオジブリトリビュートアルバム『ジブリをうたう2』ショートムービーに企画・構成で、藤井哲夫先生と共に参加させていただいています。URLとかを貼るとおそらく規約に抵触するので、簡単にお知らせだけ。

 とってつけたような風を装っていますが、ここに書くことに告知以外の意味を忍ばせています。言いすぎてるかも? まあいっか。


 では、また何かあったら戻ってきます。

 他の作品も準備中です。そちらでも出会えましたら幸いです!


 2026.02.04 石田灯葉


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