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社交界1


何度来ても慣れない場所に、無駄に笑顔を振り撒きながら立っているのは、かなりの労力をようする。



私は淡いピンク色のドレスに、頭には銀色の髪飾りを付けて、今現在この国の第一王子とダンスを楽しんでいた。



「ほらご覧。君を見る嫉妬の視線は数えきれないな」

「分かっているならどうして私をダンスに誘うのですか。それに見たくありません。恐ろしい」


想像するだけでゾッとする!

目の前の青年を見上げながら軽く睨むと、青い瞳が嬉しそうにほそまった。


「いいね?その目。反抗的だし何かそそられるものがあるよ」「なに言ってるんですか」



わざとヒールで彼の足を踏みつければ、「ごめんごめん」と軽い謝罪が返ってくる。

さらりとした黒い前髪を揺らし、ダンスを踊るその人は、第一王子レイス様。


この数年で以前よりも高くなった身長は、いつも私の首を疲れさせる。だが、この高身長は令嬢達からの熱い視線を集める要因のひとつで、こんなこと言ったら不敬だが、憎らしい。



余裕の笑みで、私の足をさりげなく踏み返してくるのもまた、……憎らしい。



だけど、いつもの意地悪に黙って耐えている私ではない。

今日という今日はそのすました顔を羞恥で赤くしてやるんだから!



私は偶然を装って、背後に倒れた。ダンスにおいてパートナーを転ばせたりした場合、男性にとってはこの上ない恥となる。


それを狙って背後に勢いよく倒れた体。レイス様が目を見開く。

――そして不敵に笑った。



***



「きゃあ!ご覧になって」

「まあ、羨ましいわ」



令嬢達の騒ぐ声。それは遠い場所にいるはずの私にまで聞こえてくる程興奮したもの。



中には私を中傷してくるものもあったけれど、私は今それどころではない。



腰に回る力強い手。ぴったりと密着した体。すぐ側に感じる息。


「……残念。失敗したね」

「お…王子…」

「やるならもっと大胆にやらないと。チェスでも何でも、スーザンはいつも詰めが甘いから。今度相手を追い詰めるやり方、"教えてあげるよ"」



耳に直接吹き込まれるその言葉の数々に顔が高揚する。

なんとなく最後の言葉が、聞いてはいけないような類いだという気がして、私は力一杯レイス様の胸を押した。


だがびくともしない。



「レイス様!みんな見てます!」

「構わない。スーザンとこうしてられるなら、僕はどんな状況でも嬉しいんだ」

「なな、何言って」



あまりに近い距離。きれいな顔がすぐ側にあって、憎らしいほど整っているそれに、心臓がもたなくなる。



「自分で蒔いた種、でしょう?」

目を細め、口角を小さく上げたレイス様にぞくりとする。

心臓が壊れそうになり、近付いてくる顔にぎゅっと目を閉じると、微かに笑う気配がして目を開ける。



するとぱっと拘束が緩み、私はすぐに元の体制に戻された。

令嬢達が騒ぐ声が、怒濤のように押し寄せる。


隣を見れば長身の青年が、にこやかな笑みを浮かべながら立っていた。



じとり、とした視線を向けると、腰を曲げ、私の耳に囁く。



「怒った顔も、スーザンなら大歓迎だ」

「……」



年上の男は厄介だ。

私は赤くなった耳を隠して、ぷいとそっぽを向いた。




****



レイス様は今年で21歳になる。その父上様はまだ健在だから、王位が巡ってくるのは、まだ当分先だろうと、レイス王子が言っていた。



レイス様の6つ年下の弟王子は、イリア様と言って私とひとつ違い。第二側室であるお母様を持つ、王位継承第2位だ。



実はそのイリア様と、腹違いの兄王子レイス様は数年前から敵対関係にあった。

理由は簡単。



王位継承で揉めているのだ。



レイス様のお母様は正室でありながら、実家権力は子爵号と身分が低い。その上お母様はもうお亡くなりになっていて、レイス王子には後ろ楯がないのだ。


幸い、お父上はレイス様を溺愛しておられるらしく、現在の後ろ楯で言えば、国内最強の盾が王子の後ろにはある。

だが、それもお父上が亡くなった後では、何の力も持たない、土の盾だ。



レイス様が揉めているのは、侯爵号を持つ実家を後ろに持っている弟王子。

父王亡き後、どちらが優勢に立つかなんて解りきっている。



だからレイス様は、自身により良い後ろ楯を持つため、"結婚"を迫られていた。

侯爵号に対抗しうる権力と財を持つ家柄の娘と結婚すれば、レイス様は後ろ楯としては申し分ないちからを持つことができるのだ。



それは弟王子のお母様と同じ侯爵である家かもしくはさらに上の公爵号を持つ家でなければならない。



地盤を固めるなら、より早い段階で積み立てていかねば。




……それなのに。

レイス王子は、伯爵号を持つセントバールズ家の令嬢である私しか相手にしない。

それは噂になっていて、レイス王子は王位を継がないつもりではと囁かれてさえいる。



実際、レイス様は私で遊んでいるだけなのだが周囲の目はそうとは受け取らない。

いや、レイス様が私をいじめる時は周りに分からないように細工をするからだ。

だから周りは、レイス王子が私を気に入っているように受け取ってしまう。



……私はレイス王子に王位を継いで貰いたい。

だって私には夢があるのだ。



その夢を叶えるために、この7年間必死に学んできた。

政治学、国学、歴史、宗教。


レイス様も私と同じ夢を抱いているのだと思っていた。

私たちなら、変えられる。



――そう思っていたのに!!




「やあスーザン。今日もご機嫌ななめだね」


私をちらりと見たレイス王子は、小さく笑ったまま、再び書類にペンを走らせた。


「……昨日誰かに足を踏まれてしまって、ずっと足が痛むんです」

「おや、それは大変だ。見せてご覧」


レイス王子が手招きをする。

私はふんと鼻を鳴らすと、腕組みをしてソファーに座った。

ここは、レイス王子の執務室。シックな感じに纏めあげられた部屋には、お父様が昔レイス様に献上した私の絵姿がある。



それを見るたびにいつも恥ずかしくなり抗議をするのだが、いつも王子はのらりくらりと交わすのだ。

そうして結局、ここはレイス王子の部屋だと言うのに、どうしてか私の絵がでかでかと飾られている奇妙な部屋に居心地が悪いまま、過ごさねばならなくなる。



私がふくれて真正面にある10歳くらいの自分の絵姿を見ていると、レイス王子が言った。



「スーザン。最近チャールズはどうしてる?元気にしている?」

「あ、はい。なんでも東の国から面白い本が手に入ったとかで没頭していますわ」

「そう。チャールズらしいね」


レイス王子は柔らかな笑みを浮かべると、部下に幾つかの書類を纏めて渡し、ペンを置いた。ぐいと背伸びをする。



「――それで?今日はどんなご用があっていらしたのですか?お姫さま」


頬杖をつき、レイス様が尋ねる。首を少し傾げた拍子に、前髪がさらりと揺れた。


「王子様のご結婚について、ですわ」

「――…その呼び方、懐かしいね。いいよ、君の恨み言を聞こう。散歩でもしながらね」


立ち上がり、レイス様が私の手を取る。まだ不機嫌だった私は、軽く拒む。

けれどレイス王子は、ちらりと私を見て、少し笑んだだけだった。



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