第98話 地上最速の光星
「おー、やってるやってる」
マスターウィザード、"地上最速の光星"ランスは、戦場から離れた木の上で、金ピカの双眼鏡をのぞきこみ、エイルと黒竜の戦いをながめていました。
「ハァ……ハァ……ラ、ランスさん。戦いに参加しなくて、いいんですか……?」
その木の下では、ランスのスーツと同じ色……黄色いローブを着た汗だくの少年が、ひざに手をついて息をととのえています。
彼の名前はツーカイ・パッシリー。ランスの付き人で、おもな役目は使いっ走りです。
「よう、ツーカイ。そんなに息を切らして、どうしたんだい?」
ランスは双眼鏡から目をはなし、木の上からツーカイを見下ろして、さわやかにたずねました。
「ど……どうした、じゃありませんよ! あなたがあっちに行ったりこっちに行ったりするもんだから……追いかけるほうの身にも、なってくださいよ!」
ツーカイは必死の顔で抗議しました。きっとふだんから、こんなふうにあつかわれているのでしょう。
「い……いいかげん、通信機を持つこと、考えてくれません?」
「おいおい、何度も言わせるなよ。言葉ってのは、面と向かって伝えるものだ。顔が見えない相手と話すなんてナンセンス。ノットエクセレントだってな」
ランスがキラリと前髪をかきあげて反論すると、ツーカイはうんざりしたような顔になります。
「……それよりツーカイ。配信の準備をしろ。この名勝負、俺様たちだけで楽しむのはもったいない」
ランスはふたたび双眼鏡をのぞきこみ、戦いを見つめながら言いました。
「は、配信って……そんなことしてる場合じゃないでしょう!? こんなときまで目立ちたがりなんですか!?」
ツーカイはごもっともなツッコミを返しますが、ランスはキリッと真剣な顔でこたえます。
「たしかにそいつは否定しないが、大事なことさ。王都で黒竜の恐怖におびえる住民たちに、希望を見せてやらなきゃならない」
そのひとことに、ツーカイはハッと目からウロコが落ちた思いでした。
たしかに、黒竜の襲来はすでに王都にも伝わっていて、街は恐怖と混乱で大さわぎになっています。そんな人々を安心させるには、エイルたちマスターウィザードが王都を守るために戦っている映像を見せるのが、いちばんでしょう。とくにエイルは、何度も王国を救った実績がありますから。
ツーカイは自分の考えの浅さを反省し、ランスのマスターウィザードとしての心の広さに、胸を打たれました。ふりまわされることもあるけれど、やっぱりこの人についてきて正解だった、と。
「……わかりました! ただちに!」
ツーカイはビシッと背筋を正すと、準備のためにどこかへ走っていきました。
「……さて。そろそろ行くとしようか。オーディエンスが、スーパースターの登場をお待ちかねだからな」
ランスは双眼鏡をおろすと、みずからも戦場へと向かっていきました。
☆ ☆ ☆
ギャリン! ガキィーン!
月あかりに照らされる森の上空に、エイルの剣と黒竜のウロコがぶつかり合う音が、するどく響きます。
エイルは、一度は黒竜の首すじを斬り裂いたものの、それ以降はなかなかダメージを与えられずにいました。
それもそのはず。黒竜はエイルを脅威と認めて本気になり、全身にマナを行きわたらせて、体の硬さをさっきよりも大きく増していたのです。
防御だけでなく、攻撃も激しさを増しており、エイルはそれをしのぐのがやっと。体じゅうキズだらけで、ペールオレンジのマントもあちこち破れていました。シロもダメージが重なってうまく走れなくなり、いまは指輪の中で休んでいます。戦いの流れは、すっかり黒竜のものになっていました。
「くっそー、さっきはうまくいったのに!」
エイルはめずらしく、いらだちを口にしました。
【ブラックラックDD】との戦いや、さっきの黒竜への一撃で、"無敵な感じ"を完全にものにしたつもりでいたのです。ところが、本気になった黒竜にはまったく通用せず、その理由もわかりません。
自分のチカラの正体が"魔法を斬るチカラ"だということは、なんとなくわかってきました。だから、魔法のチカラで強化されているワンダーの体も、苦もなく斬れるのだということも。
その考えがまちがっているのか、それとも黒竜のチカラが強すぎるのか。エイルの頭では、さっぱりわかりませんでした。
「……まあ、いいや!」
そしてエイルは、考えるのをやめました。考えてもムダなことはさっさと放り投げる。それがエイルのいいところでもあり、悪いところでもあります。
エイルは氷の翼をキラキラとひろげ、ふたたび黒竜と空中戦をくりひろげます。
黒竜の全長は、20メートル近く。そんな巨体を相手に、わずか165センチほどのエイルがたったひとりでわたり合っているなんて、おどろくどころではありません。
けれどやっぱり、体の大きさの差と、パワーの差、なにより生きものとしての性能の差は、埋めようがありませんでした。
黒竜の巨大な翼が起こす漆黒の風――さっきのダウンバースト以上の威力と大きさをもつそれは、魔法を斬るエイルの剣をもってしても、すべては斬り払えません。ごうっと吹きつける風に、エイルはふっとばされてしまいました。
そして、数百メートルも飛んだところで、ドガァッと地面に激突――そのダメージは、とても大きなものでした。
「うっぐ……」
エイルの口から、うめき声がもれます。
魔法の威力も、墜落のダメージも大きいのですが、それだけではありません。黒竜の起こす風は、呪いの風。その強い呪いが、エイルの体をじわじわとむしばんでいたのです。
この呪いは、たいていの生きものなら、あっというまに命を落としてしまうほど。それでもエイルは、持ち前の体力と、剣の精霊たちの加護、数々の冒険で神さまたちからもらった祝福のおかげで、なんとか耐えていました。
エイルは剣を杖がわりにして、痛みにむしばまれた体をおして、ふらりと立ちあがります。
剣の精霊たちも、ほんとうは止めたいと思っているでしょう。けれど、いま戦わなければ黒竜に王都が滅ぼされてしまいますし、なによりエイルは、言って聞くような人間ではありません。
エイルは、できないことはできないと見きわめられますが、やらなければならないことからは、けっして逃げない。そういう人間なのです。
だから剣の精霊たちは、心を決めました。ならば自分たちにできるのは、チカラのかぎりエイルを助け、支えつづけることだけだ、と。
その思いにこたえるように、黄金の剣と白銀の剣が強い光を放ち、エイルは体がふわりと軽くなった気がしました。剣の精霊たちが限界以上にチカラをふりしぼって、エイルにかけられた呪いをやわらげてくれているのです。
これならいける。そうエイルが思った矢先――
黒竜がとどめに放った真空の刃が、すぐ目の前までせまっていました。
パキン、パキーン!
エイルが息をのんだ瞬間、目の前に光のカベが現れ、真空の刃は粉々にはじけて消えてしまいました。
「真のスーパースターは、遅れて現れる、ってね!」
エイルが声のしたほうの上空を見あげると――黄色く光る大きな鳥【ライトニングフェニックス】の背で、キザったらしくポーズを取る"地上最速の光星"ランスの姿がありました。彼が《ライトウォール》を使って、間一髪のところでエイルを守ってくれたのです。
「さあ……国民みんなに、お前のきらめきをとどけてやるんだ、エレクトラ!」
ランスがやさしく呼びかけると、エレクトラという名前のライトニングフェニックスは、光りかがやく全身から、極大の光線を黒竜に向けて発射しました!
『グルアアアアッ!』
黒竜は闇の属性のドラゴン。苦手な光の光線は、どんなに硬いウロコでも防ぎきれず、効果バツグン! たしかなダメージを与えることができました。
「さあ……"地上最速の光星"、ランス・グランシャリオによる、エクセレントな魔法戦闘をごらんあれ!」
ランスが大げさに両手をひろげると、エレクトラは左右の翼から、無数の光線を機関銃のように連射しました。
横なぐりの雨のように降りそそぐ光線は、黒竜にまたしてもたしかなダメージをきざみ、反撃のスキをあたえません。
「このショーの終演は、君が倒れたときだ。それまでまばたき禁止だぜ、ドラゴンくん!」
そんなキザな言葉をそえて、光のシャワーはなおも黒竜の体を打ちつづけます。
王国トップのウィザードにふさわしい、圧倒的な力ワザで、はたして黒竜をこのまま倒してしまうのでしょうか?
お読みいただき、ありがとうございました。
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