第96話 魔女のホウキに乗って
「やっほー、ご両人。話は終わったかな?」
「あ……やっぱり待っていてくれたんですね。すみません……」
エミルとクリスティーヌがホームの外に出て、ペコラの前に立つと……おどろきました。
なんと彼女の格好が、ナイトキャップとパジャマから、先っぽの折れたピンクのとんがり帽子に、同じ色のケープという、魔女のようなスタイルに変わっていたのです。
「いやー、ぜんぜん気にしてないからオッケー! こっちもごらんのとーり、お着替えしてたからねッ!」
……いえ、それだけではありませんでした。
鼻ちょうちんをふくらませて眠っていたはずの目はパッチリと開き、星の光が宿ったような緑色の瞳がきらきらと輝いています。そのうえ、ノリもやたらと軽くなっていました。
ラナとシオリは、ひと足先に彼女の豹変を目の当たりにしたのか、ぽかーんと口をあけたままです。
そのとき。
『グオオオオオッ!』
遠くのほうから、なにかの吠え声がひびいてきました。それと同時に、地震のような強い震動が、足もとからびりびりと伝わってきます。
「ありゃー、とうとうおでましのようで!」
ペコラは北の方角の空を見上げて、言いました。
エミルの左腕に抱かれた黒竜の子も、ぴくんと顔を上げ、『ガァーッ! ガァーッ!』と鳴きだします。どうやら、この子の親が現れた――そう考えて、まちがいなさそうです。
「よーし! いっちょ、やるわよ!」
ラナは両手でほっぺをパンパンとたたき、気合を入れます。
シオリもずれた丸メガネをくいっと直して、覚悟を決めた表情になりました。
クリスティーヌは腕まくりをして、むんっ! と、やる気じゅうぶんの顔つきです。エミルの言葉を受けて、胸のつかえがとれたのかもしれません。
「さあー、今宵もたのむよっ、ミューズ!」
ペコラが指輪をかかげて呼ぶと、きらりと光がはじけて、ピンクのスカーフを巻いたトラネコ型ワンダーがあらわれ、その肩にちょこんと乗っかりました。
『ニャー!』
「え? ネコ?」
エミルは意外そうな顔をしました。ホームはヒツジの形をしていますし、ペコラ自身もヒツジ型ワンダーを寝床にして眠っていたので、てっきりいとこのアリエスと同じく、ヒツジ型のワンダーがパートナーだと思いこんでいたのです。
「ふっふーん。エミルちゃん。さてはボクが、アリエっちみたいな、異常ヒツジ愛者とでも思ってたんだな?」
ペコラは前かがみになって、からかうようにたずねました。
「べ、べつにそこまでは……」
ほんとうです。異常ヒツジ愛者だなんて、そこまでは思っていません。
「魔女のパートナーといえば、かわいいネコちゃんと相場が決まってるでしょーよ! 百歩ゆずって、フクロウか、コーギーもいいね!」
「イヌが魔女のパートナーは、さすがにないでしょ……」
ラナは、半目になってツッコみました。
シオリだけはなぜか、その気持ちがわかるらしく、こくこくとうなずいていましたけれど。
「まあまあ! こまかいことは言いっこなし! 満月じゃないのは惜しいけど、今夜も絶好のホウキ日和だよっ!」
そう言うが早いか、ペコラが右手を高くかかげると、いつのまにか一本のホウキがにぎられていました。
ペコラがホウキにまたがり、先っぽにミューズがぴょんと飛び乗ると、柄の部分がうしろににゅっと長くなりました。どうやら、エミルたちに「ここに乗って」と言っているようです。
「残念だったな! このホウキは三人用なんだ! ……なんちて! ちゃーんと五人までならよゆーで乗れますよ、お客さん!」
ちょっぴり腹の立つはしゃぎっぷりですが、いまはツッコんでいる場合ではありませんし、時間もないのです。
エミル、ラナ、シオリ、クリスティーヌの順で、ペコラのホウキにまたがります。安全のため、パートナーたちはみんな指輪にもどしました。黒竜の子だけは、エミルがしっかりと抱きかかえます。
「それでは、終点・黒竜まで、乗り換えなしで一直線だ! レリゴー!」
ペコラの意味不明なかけ声とともに、ホウキは流れ星のように、ばびゅん! と夜空へ飛び出しました!
「お、思ってたのとちがうーっ!」
想像していたのんびりとした空の旅とは、ほど遠い――特急列車のようなすさまじい速さに、ラナは思わず泣きさけびました。
エミルは黒竜の子をぎゅっと抱きしめ、シオリは目を白黒させながら、それぞれ前の人にしがみついています。
「アテンションプリーズ、左手に見えますのが……」
「「「見てる余裕、ないっつーの!」」」
三人娘の渾身のツッコミが、夜空にとけて、すうっと消えていきました……
☆ ☆ ☆
いっぽう、時間はすこしさかのぼり――黒竜を退治したあと、エミルの指名手配の知らせを受けて、王都にとんぼ返りしたエイルは……
『ワオーン!』
「エミルー! どこだー!」
シロの背に乗って、大通りも路地も、屋根の上までも駆けぬけながら、最愛の妹を探していました。
けれど、いつまでたっても見つからず、エイルとシロの自慢のハナでさえ、においをとらえられずにいました。
それもそのはず。エイルには知るよしもないことですが、エミルたちはいま、クリスティーナの隠れ家にいます。クリスティーナの空間魔法に守られたその部屋は、よっぽど念入りに探さないかぎり、居場所を見つけることなどできないのです。
早くエミルを見つけて、助けになってあげたい。いまのエイルには、それしか考えられませんでした。
「おっと! ちょっと待ってくれ!」
そこへ、"地上最速の光星"ランスが追いついてきました。
「なんだよ。待ってる場合じゃないんだけど」
エイルはむっと顔をしかめました。
「あの子はいま、指名手配されてるんだ。呼びかけたって、応えてくれるはずがないだろう? むしろ、ムダに目立って、余計に不利になるだけだ。なにより……協力することで君までもが犯罪者あつかいされることを、あの子がのぞむと思うかい?」
「……!」
そう言われると、エイルは押しだまりました。黒竜教団残党のアジトのときもそうでしたが、エイルは、エミルが悲しい思いをするのだけは、どうしても受け入れられないのです。
エミルのために悪者あつかいされるのは、エイルにとってなんてことはありません。けれど、そのせいでエミルに負い目を感じてほしくはないのです。
「……わかったよ。じゃあそのかわり、これからどうすればいいのか、教えて」
エイルはシロの上でどっかりとあぐらをかき、開き直ったように言いました。
その姿を見て、ランスはふっとほほえみます。
「そうだな。まずは……」
ビクッ!
そのとき、エイルとシロは、かつてないほどの悪寒を感じ、目を見開きました。
「どうしたんだい?」
「……来る」
エイルはそうつぶやくと、シロとともに北の方角を見すえます。
「そっちのほうに、なにが……!」
同じ方角を見たランスもまた、感じとりました。いままでの人生で感じたことのない、とてつもない威圧感を。
「まさか……来たのか!? 黒竜が……!」
これまで余裕のポーズをくずさなかったランスが、はじめてうろたえていると、エイルとシロはけわしい顔つきで、いまにも走り出そうとしていました。
「エイル、まさか……!」
「キラキラのにーちゃん、教えてくれてありがとね。私はエミルを信じて、いまするべきことをしに行くよ」
にっこり笑って宣言すると、エイルを乗せたシロは、王都の北をめざして一気に駆け出しました。
そのうしろ姿を見送りながら、ランスはぐっと考えこみます。
成体の黒竜は、マスターウィザードが束になってかかっても勝てるかどうか、というほどの相手です。ましてや、いまはロウランを失い、ウォルターも精彩を欠いている様子。ほかのマスターウィザードたちも、任務に駆り出されたりと、二人によってぽっかりあいた穴をふさぐために奔走していたりで、まともに黒竜とぶつかれる状況ではありません。
……それでも。
「……王国最高にして最強のウィザードとして、みんなのお手本たる者として、なによりビューティフルかつエクセレントな俺様として、逃げるなんて選択は、天地がひっくりかえったって、ありえないぜ!」
ランスは冷や汗をたらしながらも不敵に笑ってみせると、光の速さでエイルを追いかけていきました。
黒竜の親との戦いに向けて、少しずつ役者が集まりはじめていました……
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