第95話 信じるということ
「あたしたちが、黒竜を止めるって……ムムムム、ムチャな!」
ラナは両手と首をブンブン振って、全力で否定しました。
なにしろ数日前、実際に黒竜――いまはエミルの腕の中にいる黒竜の子――と向かい合って、足がすくんで動けなかったのですから。その親を自分たちが止めるだなんて、どう考えてもムリだと思っているのです。
シオリも同じように、ブンブンブンと首を横に振り続けています。
「だってほら、このコを見てごらんよお」
ペコラは目をつむったまま、エミルの腕の中の黒竜の子を指さしました。
左腕の黒竜の子は、右腕のシロンとにらみ合っているものの、抱いているエミルのことをこばんではいません。むしろ、自分から身をゆだねているように見えます。
「このコは、エミルちゃんのことを認めてる。だからきっと、親竜との仲をとりもってくれるよお」
「仲をとりもつって……」
エミルはぽかんと口を開けました。
「そうだよお。なにも親竜をやっつけろって言ってるわけじゃない。むしろ逆だよお。親竜に、"ボクたちは悪い人間じゃないよ"って、わかってもらおうっていう話だよお」
「そ、そんなの……うまくいくんですか?」
シオリは青ざめた顔で、おそるおそるたずねました。
「まあ……フツーは問答無用で、灰にされちゃうだろうねえ」
「ダメじゃないですかあ!」
ラナは涙目になって、じたばたとわめきました。
「でも……エミルちゃんはフツーじゃないから、だいじょうぶだよお。ロウランもこのコを連れてきたとき、そう言ってたしい」
「ロウランさんが……」
その名を聞いて、エミルとシオリははっと息をのみました。
ペコラも、しゅんとうつむきます。
「……ロウランのことは、ホントに残念だと思ってるよお。だから、彼女が望みをたくしたキミたちのことを、ボクも信じたいんだあ」
「ペコラさん……」
エミルたちは、胸の奥からこみあげるものを感じました。
ペコラはゆっくり顔をあげ、シオリのほうへ向けると、ふにゃりと笑います。
「わかってるよお。キミが犯人じゃないってことは。ムチャなたのみだってことは百も承知だけどお、どうかロウランの思いを引きつぐと思って、引き受けてくれないかなあ」
閉じられたまぶたの奥から、熱い視線を感じ――
エミル、ラナ、シオリの三人は顔を見合わせると、ごくりとつばをのみこんで、そろってこくりとうなずき合いました。
「……わかりました。わたしたちが……黒竜を止めてみせます!」
エミルはキリッとした顔つきで、宣言しました。
うしろでは、クリスティーヌもほこらしげなほほえみを浮かべています。
「よし、じゃあ、さっそく行こうかあ」
すると、ペコラはとてとてと部屋の出口へ向かいました。
「え!? いまから行くんですか!?」
「というか、ペコラさんもついてくるんですか!?」
ラナとシオリは、つぎつぎにツッコみます。
「そりゃそうでしょお。もう時間はないんだしい、子どもにぜんぶ丸投げするほどボクもダメ人間じゃないからねえ。さあ、ついておいでえ」
ふり返ってそう言うと、ペコラはふたたび、玄関に向かって早足で歩いていきました。……まさか、あの格好のまま外を出歩くつもりなのでしょうか?
ラナとシオリは、とまどいながらもそのあとを追いかけます。
「さあエミル様、わたしたちもまいりましょう」
クリスティーヌも、あとにつづこうとしたところ……
「……ちょっと待って、クリスティーヌさん」
エミルは神妙な面持ちで、彼女を呼び止めました。
「エミル様……?」
ぴんとはりつめた空気に、クリスティーヌは思わず背すじをのばします。
「……これから黒竜の親に会いにいくなら……もしかしたら、話せるのはこれが最後になっちゃうかもしれない。だからいま、ここで聞いておきたいの」
エミルの表情と言葉には、強い覚悟がひめられていました。腕の中のシロンと黒竜の子はいがみ合うのをやめ、不安げな顔でエミルを見上げています。
クリスティーヌはその覚悟を受け止めようと、無言でうなずきました。
「……心から、正直に答えて。ダルベールさんを殺したのは、あなたなの?」
それは、ずっと保留にしていた……聞きたくても、その勇気が持てなかった問い。
クリスティーヌは目を見開き、シロンも息をのんでいます。
問いを投げかけたあとも、エミルは無言のまま、青い瞳をうるませてクリスティーヌを見つめていました。
クリスティーヌはこわばった顔をゆるめ、ふうとひとつ息をつくと、ゆっくりと口を開きます。
「……いいえ。ちがいます。わたしは誓ってダルベールさんの……人の命をうばったりはしていません」
きっぱりとした、否定の言葉。その表情からも声のひびきからも、とてもウソを言っているようには思えない――エミルは、そう感じました。
「……ここ数日、エミル様の様子がおかしいとは思っていましたが……わたしのことを、ずっとお疑いになっていたのですね」
「やっぱり、気づいてたんだね。それで、気づかないフリしてくれてたんだ」
「わたしは……エミル様のメイドですから」
「そっか……そうだよね」
「けさ、別行動を取られたのも、わたしのことをお調べになろうとしたんでしょう?」
「うん、そうだよ。ごめんね」
「あやまらないでください。……といっても、かげでコソコソ自分のことを探られるのは、気持ちのいいものではありませんけれど……」
「うう……ほんとうにごめん」
「……もうお聞きになったかもしれませんが、わたしは物心つく前より、暗殺術の訓練を受けさせられていたようです。ですが、それを実際に人に向けて使ったことは、一度もありません。その前に、お姉ちゃんがわたしをハピネスワークスにあずけてくれましたから」
「……」
「エミル様は、どのような根拠でわたしをお疑いに?」
「……ゴブリンの記憶をのぞいたら、練習試合のときに見たあなたのパートナーと、おんなじワンダーが見えたから」
「……なるほど。感性のするどいエミル様にとっては、疑うのにじゅうぶんすぎる材料ですね」
「でも……本気で疑ってるわけじゃなかったよ」
「ええ……わかっています」
『シロンも、しんじてたよ!』
シロンの言葉に反応して、指輪からシュガーとシルヴィアも飛び出してきました。
『わ、わたしもっ……信じてましたっ!』
「ええ……みなさんも、ありがとうございます」
すらりとした長身のシルヴィアは、銀髪をさらりとゆらして腕を組み、じとっと半目でクリスティーヌをにらみつけています。
『……いちおう、私も貴女のことは、そういうことをする人ではないとは思っていました』
褐色のほっぺをぷうっとふくらませ、桜色のくちびるをつんととがらせて、不器用なフォローをしました。
クリスティーヌがくすりとほほえみ返すと、それがまた心をすっかり見すかされているようで、シルヴィアはますますふきげんになります。
エミルはまっすぐにクリスティーヌの目を見つめて、言いました。
「……わたし、きょう一日いろんな人の話を聞いて、ようやくわかったの。ロウランさんが言ってた、"自分が見聞きしたことしか信じない"って言葉の、ほんとうの意味が。人づての話じゃ、疑いはふくらむばっかりだし、ゴブリンの記憶だって、わたしが実際に見たものとはちがう。わたし、いままで自分の感性だけにたよりすぎてたのかもしれない。……真実をたしかめる方法は、最初からこうすればよかったんだ。面と向かって、その人と話すこと。信じるってことは、そこからはじまるんだって、わかったんだよ」
「エミル様……」
クリスティーヌは、くりっとした栗色の大きな瞳をふるわせました。
エミルはシロンを右肩にのせると、すっと右手を差し出します。
「……長くなっちゃったけど、わたしはあなたを信じます。疑っちゃって、ほんとうにごめんなさい。だから……これからも、わたしたちの家族でいてくれますか?」
「……!」
エミルのひとことに、クリスティーヌは感極まって、はらはらと涙を流しました。
クリスティーヌには、血を分けた姉がいます。ギルドには、親切でたよれる先輩たちもいます。けっして、ひとりぼっちではありません。でも、その姉とはなかなか会えず、生まれも育ちも人には明かせなかったので、ずっと心のどこかで、肩身のせまい思いをしていたのです。
けれど、目の前の少女はどうでしょう。自分の過去を知った上で、なおも自分を家族として受け入れようとしてくれているのです。それになにより、この少女たちといっしょにすごした数日間は、これまでにないほど充実していました。自由奔放なエイルとしっかり者のエミル、にぎやかなパートナーたちと囲んだ食卓は、どれもかけがえのないしあわせな時間でした。それはもう、肩身のせまさを感じるヒマもないほどに。
このしあわせを、もっとずっと味わっていてもいい……エミルは、そう言ってくれているのだと思いました。だから……
「……はい!」
よろこんで、その小さな手をぎゅっとにぎります。
シロンとシュガーもにっこり笑顔。シルヴィアは、銀髪をふわりとひるがえして、ぷいっとそっぽを向きました。
「さあ行こう! みんな、待ちくたびれてるよ!」
「はい!」
エミルはクリスティーヌの手を引いて、先に行ったみんなを追いかけるのでした。
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