第94話 黒竜の子
「……ん?」
ペコラの格好も、気にならないわけではありませんでした。桃色のナイトキャップにパジャマ姿という、およそギルドの団長らしくない格好です。……といっても、いまは21時近くなので、ある意味ふさわしい服装ではあるのですが。なんとも気の抜けたすがたです。
それでもエミルは、服よりも彼女の名前のほうに、ピンときたようでした。
「そのリテラチアって名前……ピンクに、ヒツジ……」
エミルがこれまで出会ってきた知り合いの中に、それらのキーワードがぴたりと重なる人物が、ひとりだけいたのです。
ペコラもそれに気づいたのか、目は閉じたまま、にんまりと笑って言いました。
「キミが例の"エミルちゃん"だねえ。ご想像のとおり、ファーブリアの町のアリエス・リテラチアは、ボクの親戚だよお」
「や、やっぱり……」
エミルは目を見はりました。
「え? アリエスってあの、動画配信で有名なファーブリアのアイドル"ヒツジの大天使"?」
ラナが話に入ってきました。
そういう話にうとそうなシオリとクリスティーヌは、ちんぷんかんぷんといった顔です。
――ファーブリアとは、王都からずっと南にある大きめの町で、農業がさかんなのどかな土地として知られています。エミルがお姉さんのエイルと四年ぶりに再会し、恋人のユーリとは、いつかまた会おうと誓って別れた、運命の場所でもありました。
アリエスとは、エミルがそこで友だちになった、実力のあるウィザードの女性です。愛嬌たっぷりのかわいらしい顔と、むっちりとやわらかそうなスタイルがチャームポイントで、町の内外を問わず人気者でした。
ファーブリアの町で起こった事件が解決したあと、新しいギルドを立ち上げ、新たに就任した領主さんとともに、町を盛り上げていると聞いてはいたのですが……
「アリエっちはね、ボクのママの妹の娘、つまりいとこなんだよお。しょっちゅう手紙をやりとりしてるから、キミのこともそこで聞いたんだあ」
「そうだったんですね……」
エミルは、なんだかなつかしくって、ほっとしたような気持ちになりました。ファーブリアではいろんなことがありすぎて、滞在した時間は長くなかったけれど、第二の故郷のように思っているのです。
「だからねえ、いつかそのうち、キミに会ってみたいと思ってたんだあ。……めんどくさくって、のびのびになってたけどねえ」
「は、はあ……」
言葉どおり、ヒツジ型ワンダーのふわふわの毛の上でのびのびしているペコラに、エミルたちはあきれるしかありませんでした。
……話しているあいだにも、広間のワンダーたちが、ぞろぞろとエミルたちにすりよってきます。毛玉のようにまんまるなコ、ぱたぱたと羽ばたくコ、足もとをくるくる回るコ。その光景を見て、ペコラはまたにんまりと笑いました。
「やっぱり、期待どおりのコだったねえ。このコたちが初対面のヒトになつくなんて、めったにないんだよお」
「そうなんですね」
小さいころから言われ慣れている言葉なので、エミルの返事はあっさりしたものでした。ワンダーに好かれるのも、ほめられるのも、うれしく思ってはいるのですけれど。
「……だからロウランも、キミたちにたくそうと思ったんだねえ」
ペコラは意味深につぶやくと、ゆっくりと起きあがり、ベッド代わりのヒツジからぴょんと飛びおりました。
「状況はおおむね把握してるよお。黒竜の子に会わせてあげる。ついておいでえ」
とつぜん本題に入ったので、エミルたちはドキッとしましたが、ペコラに言われるがまま、彼女のあとについていきました。
☆ ☆ ☆
広間の奥のとびらを開けて、エミルたちはうす暗い廊下を歩いていました。壁紙には星空が描かれていて、どこかおとぎ話の世界のようです。
ペコラは目的の部屋のとびらに手をかけると、エミルたちのほうへ振り返って言いました。
「あ、ちょっとやんちゃなコだから、気をつけてねえ」
そのひとことに、エミルたちは首をかしげます。
そして、部屋のとびらが開かれると……
『ガァーッ!』
パステルカラーの四角い部屋の中を、小さな黒い影がビュンビュン飛び回っていました。
「な、なに!?」
ラナとシオリはびっくりして、思わずのけぞります。
すると黒い影は、矢のように一直線に、エミルめがけて突っこんできました!
『ダメーッ!』
衝突する直前、エミルを守ろうと指輪からシロンが飛び出し――
ゴッチーン!
黒と白の頭がぶつかって、星と火花がぱちぱちと散りました。
「あらまあ。あのときの黒竜の子……ですね」
クリスティーヌの言うとおり、黒い影の正体は、隷属の首輪をかけられていた黒竜の子どもでした。つやつやとした黒いウロコに、まんまるな金色の瞳。シロンよりもひとまわり小さなすがたです。
ごっつんこしたシロンと黒竜の子は、そろってへなへなと床に落っこちました。
「シ、シロン! あなたも、だいじょうぶ!?」
エミルはとっさにしゃがみこんで、シロンと黒竜の子の顔をのぞきこみました。
『だ……だいじょうぶ……』『ガァッ……』
どうやら、ふたりとも無事のようです。どちらもたいした石頭でした。エミルはほっと胸をなでおろします。
「元気がよくって、なによりだよお」
こんな事故を前にしても、ペコラは寝顔のまま、のんきに笑っていました。そして、そっと黒竜の子を抱きあげて、言いました。
「ゆるしてあげてねえ。このコも悪気があったわけじゃないんだよお。首輪から解放してくれたエミルちゃんに、感謝してるみたいだからねえ」
「え、でもいま、襲いかかろうとしてたじゃないですか」
ラナがいぶかしげに反論しました。
「ワンダーの愛情表現もそれぞれだからねえ。いまのは襲いかかろうとしたんじゃなくってえ、飛びつこうとしてただけなんだよお。……まあ、まだ加減がきかないみたいだから、当たるとめちゃくちゃ痛いだろうけどねえ」
「結局、襲ってるのと変わらないじゃないですか!」
ラナはくわっとツッコみました。友だちがあぶない目にあいかけたので、なおさらムキになっているのです。自分もチカラ加減が苦手なことは、タナにあげて。
「この部屋で、黒竜の子を保護していたんですね」
クリスティーヌは部屋を見わたしながら、感心したように言いました。
「パッと見じゃわからないだろうけどねえ、この部屋は子どものワンダーがすごしやすい環境が保たれてるんだよお。おかげでこのコもリラックスできて、すっかり元気~」
ペコラが腕の中の黒竜の子をなでると、『ガ~』と気持ちよさそうな声をあげました。
「たしかにこのお部屋の色合いは、なんだか落ちつく感じですね……」
シオリはあわいパステルカラーの壁を見まわして、おだやかなほほえみを浮かべます。
「高位のドラゴンの親子は、ウィザードとパートナーと同じように、見えない絆の糸みたいなもので結ばれてるんだよお。子どもの命が危険にさらされたら、直感できるようになってるのお」
「そうか……逆に言えば、子どもが安心できる環境に身を置いていれば、親竜が報復に来ることもない、っていうわけですね?」
エミルはひらめいて、推理を口にしました。
「そういうことお」
ペコラは、にぱーっとしたやわらかな笑みを浮かべました。
ロウランが彼女に黒竜の子をあずけた理由が、ここにきて、すとんと胸に落ちました。
「でも現に、親竜は襲ってこようとしてるじゃない。その対策も、意味なかったってことじゃないの?」
ラナは口をとがらせて、また反論します。
ペコラはふわあっと大きなあくびをしながら、こたえました。
「意味はあったと思うなあ。そうじゃなきゃ、保護した次の日には親竜が襲ってきただろうし。むしろ来るのが遅いぐらいだよお。たぶん、だれかにおしりをたたかれたんだろうねえ」
「おしりをたたかれた……とは?」
クリスティーヌがたずねました。
「犯人のねらいは、王都のウィザードにこの子を倒させて、親の黒竜が王都へ報復に向かうようしむけること。でもそのもくろみは、わたしたちが隷属の首輪を壊して、この子をペコラさんに保護してもらったことでくずれてしまった。だから、なんらかのべつの方法で、ムリヤリけしかけたってことじゃないかな」
エミルが、ペコラの話をひきとるように推測を口にしました。
「そうだねえ。ボクもそう思うよお。黒幕はたぶん、そうとうあせってるよお。そこにつけ入れば、なにごともなくコトをおさめられるはずだよお」
そう言うとペコラは、抱いていた黒竜の子を、エミルにそっと手わたしました。シロンを右腕に抱いていたエミルは、左腕に黒竜の子をのせる形になり、ふたりはキバをむいてにらみあっています。
「あの……これは、どういうことですか?」
エミルはさすがにわけがわからないとばかりに、ぽかんとしました。
「そんなの、決まってるよお。キミたちが、親の黒竜を止めるんだよお」
「え……えええええ~~~っ!!!」
エミルたちとシロンの絶叫が、ヒツジ型の建物全体に響きわたるのでした。
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