第93話 眠れる森の動物園
すると、エミルのポケットの中で、ゴブリンの指輪がチカチカと光りながら語りかけてきました。
(おれ、アイツといく。アイツ、ダルベールのボスだから、ダイジョウブ)
エミルはハッと思い出しました。
そういえば、ダルベールは星影舞台の団員……つまり、ロックは彼の上司にあたる人物だったのです。そのことを、ころっと忘れてしまっていました。これもまたダルベールの、"だれにも警戒されない才能"のせいなのでしょうか。
それなら……あずけても問題なさそうだと、エミルはポケットから指輪を取り出して言いました。
「……わかりました。あずけます。……大切にしてあげてください」
「ありがとう。たしかに、あずかったよ」
ロックは糸目をさらに細めてほほえむと、ていねいに指輪を受け取りました。亡き部下の形見同然の品(正確には、ダルベールとのパートナー契約は切れているのですが)だからか、けっして雑にはあつかわず、そっと手のひらでつつみこむのが見て取れました。やっぱり、信用してよかったと、エミルは納得しました。
「そのかわり……といってはなんですけど、クリスティーヌさんをわたしたちに同行させてくれませんか?」
今度は、エミルのほうから切り出しました。クリスティーヌとクリスティーナの姉妹は、そろってぽかんとしています。
「ああ、彼女の雇い主は君だったね。僕はとくに妹さんのほうに用はないから、かまわないよ」
「……私もいいわ」
姉のクリスティーナも、ややしぶしぶながら、こくりとうなずいてくれました。
「ありがとう。じゃあ行こう、クリスティーヌさん。……あとで、話したいことがあるの」
クリスティーヌは、こてんと首をかしげますが……すぐに笑顔をつくって、
「はい!」
とうなずき、エミルたちのもとへと歩み寄りました。
「それじゃ、黒竜のことはまかせたよ!」
ロックが軽く手を振ると、足もとの影がゆらりとゆれ、クリスティーナといっしょにその中へと沈んでいきました。おそらくは、瞬間移動の魔法の一種なのでしょう。
「わたしたちも行こう、ペコラさんのところへ!」
エミルが音頭を取ると、シロンとシュガー、シルヴィア、そしてラナとアノニマスが、はりきった顔でうなずきます。
「では、《ブックマークリープ》を使いましょう。ペコラさんのホームも、場所をはっきりおぼえていますから、すぐに飛べますよ」
シオリは指輪から【ブックマ】を呼び出すと、杖をかまえて提案しました。
瞬間移動の魔法のことは、ヒミツのはずなのにどうして……とエミルは一瞬思いましたが、ヤボなことだとすぐに考えをあらためました。
理由は簡単です。ラナはもう、シオリにとって信じられる友だちですし、クリスティーヌのことも、エミルが信頼している人だから、信じてくれているのでしょう。それに、メイドはヒミツを守れる職業でもあります。
「じゃあ、みんな指輪にもどって。……アノニマスさんもね!」
『了解よ。お名前は、あとの楽しみにとっておくわね』
アノニマスはぱちんとウインクを決めると、エミルがポケットから取り出した空のコネクタリングへ、ふわりと光の粒になって吸いこまれていきました。
ほかのパートナーも指輪にもどすと、エミルはアノニマスの指輪を左手の小指に……
「うっ!」
はめたとたん、エミルの心臓がどくんっと大きくはねました。
「エミル様!」
「エ、エミル、だいじょうぶ?」
クリスティーヌとラナは、思わず心配の声をあげます。
「……ムリもありません。高位のワンダーの指輪を八個もつけているんですから……ふつうの人間なら、とっくにパンクしているところです……」
シオリが神妙な顔で解説しました。
パートナーの指輪の加護は強力ですが、限度もあります。
強いチカラのワンダーの指輪を多くつけていると、ウィザードの体のほうが耐えられなくなるのです。そのため、手持ちのパートナーの数は片手の指まで、という暗黙のルールが、ウィザードのあいだにはあります。エミルのように、両手いっぱいに指輪をつけている人間なんて、ほとんどいません。それだけエミルに、ウィザードとしての才能がある証拠なのですが……
「……だいじょうぶ。ちょっとくらっとしただけ。それより、早く行こう! 黒竜が来ちゃうよ」
「……わかりました!」
シオリはきゅっとくちびるを結ぶと、杖をひと振りしました。ブックマがばさりと本をひらき、緑色の光がうずを巻いて、《ブックマークリープ》が発動します。
シオリの新しい気持ちで解放された【ビブリアード】の分身のチカラのおかげで、一度に四人もの人間を連れていけるようになっていたのです。
緑色の光とともに、エミルたちの姿は、ハイテク街から一瞬にして消え去りました。
☆ ☆ ☆
「……!」
瞬間移動したエミルとラナは、言葉を失ってしまいました。クリスティーヌも、「あらまあ」とおくちあんぐりです。
目の前にあったのは……うっそうとした木々にかこまれた、もこもこの毛皮につつまれた巨大なピンク色のヒツジの形の、実に奇妙キテレツな建物だったからです。
「……お、おどろかれたとは思いますが……ここがマスターウィザード・ペコラさんが運営なさっている、ギルド"眠れる森の動物園"のホームです……」
シオリは照れくさそうに解説しました。きっと彼女も最初に見たとき、エミルたちと同じ反応だったのでしょう。
「ズーズーズーって……もしかして、王国最大のワンダー愛護団体の?」
エミルはハッと気がついて言いました。ワンダーを心から愛する者として、田舎村出身ながらも、その名前は知っていたのです。
ズーズーズーは、愛護団体と呼ばれるだけあって、ワンダーへのひどい扱いや置き去りを防ぐこと、正しいつきあい方をひろめること、助けを必要とするワンダーを保護することなどを目的に活動するギルドです。
「ね、ねえ。あたし、狩猟ギルドのメンバーなんだけど、入ってもだいじょうぶなのかしら?」
ラナは不安そうに自分を指さしました。
ワンダーを守るギルドと、ワンダーを狩るギルド。たしかに水と油のように見えます。
「だいじょうぶだと思いますよ。"ベーオウルブス"は、必要な狩りしかおこなっていないのでしょう?」
シオリはくすっと笑ってこたえました。
「そ……そうよね。なら、堂々としていればいいのよね!」
ラナは開き直ったように、ぐいっと胸を張ります。
エミルとクリスティーヌも、なんとなく覚悟を決めました。これまでの経験上、マスターウィザードという人たちは、あらゆる意味で油断ならないからです。
「それでは、呼び鈴を鳴らしますね」
シオリも緊張した顔で、ヒツジの口の中にある入口の呼び鈴を鳴らしました。
「夜分遅く、すみません。"大樹の図書館"のシオリです。ペコラさんは、いらっしゃいますでしょうか?」
「……」
……なんの返事もありませんでした。
「では、おじゃまします」
シオリがなんでもないことのように、ドアノブに手をかけると……
「ちょ、ちょっと待ってよ! それって、不法侵入なんじゃないの?」
ラナがあわててシオリの肩をつかみました。
「問題ありませんよ。お留守なら、そういう返事が来るはずですから」
「それって、逆なんじゃないの??」
ラナはツッコミを入れました。正直、エミルとクリスティーヌも同じ気持ちです。留守なら、そもそも返事が来るはずがありませんから。
「……お会いになれば、わかりますよ。さあ、入りましょう」
ラナは釈然としない様子で、シオリのあとについてホームの中へ入りました。
エミルとクリスティーヌも顔を見合わせ、おそるおそる足を踏み入れます。
すると……
『ワンワン!』『ニャーニャー!』『キーキー!』『プルプル!』『いらっしゃーい!』
……なんということでしょう。床もカベも天井も、一面パステルカラーの庭園のような広間に、多種多様な種族のワンダーたちが思い思いに暮らしているではないですか。
「すごい……ワンダーがいっぱい!」
エミルはぱあっと、満開の花のような笑顔になりました。
シオリとクリスティーヌもうれしそうです。ラナは面食らいつつも、目をきらきらさせています。
そして、広間の中心で、わたあめのようにふわふわな毛並みのヒツジ型ワンダーをベッドがわりにして眠っている、一人の女性がいました。このワンダーだらけの空間にいる、ただ一人の人間のようです。
「……むにゃ……」
女性はむくりと体を起こすと、目をつむったままの顔をこちらに向けました。
ほんのり桃色のナイトキャップとパジャマに身を包み、ぼさぼさでくるくるの髪もピンク色。背たけはロウランより少し高いくらいの、小柄な女性です。
「……いらっしゃい……ようこそ、ギルド"眠れる森の動物園"へ……ボクが団長をつとめる……ペコラ・リテラチアだよお……よろしく……ぐう」
……やっぱりマスターウィザードは、ひとすじなわではいかない人たちだと、エミルたちはあらためて感じました。
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