第90話 そのころのマスターウィザードたち
シオリが、エミルとラナとともに行方をくらまして、すぐあとのこと。大樹の図書館にて。
本棚がずらりとならぶ館内に、するどい声がひびきわたりました。
「……シオリは、まだ捕まらないんスか!?」
副館長のデックスは、いらだったようすで団員たちにたずねました。館長が殺され、しかもその館長がとくにかわいがっていた団員が犯人だというのです。冷静でいられるわけがありません。
「ええ……なにしろ、シオリの魔法は我らにはまったく未知数で……」
「それに、あの"雨あがりの聖女"も協力しているとなると、我らの手に負えるかどうか……」
団員たちはみな、そろって弱気に肩を落としています。
「なに、日和ったこと言ってんスか! アイツは館長にひろってもらった恩を忘れ、あろうことかその命まで奪ったんスよ! オレたちの手で落とし前をつけるのが、スジってモンでしょうが!」
「落とし前って……知識人のギルドである我らにはふさわしくないような……」
「つべこべ言うな! 知識人である前に、人としての仁義を通さなくちゃだろうが! 頭よりも先に、手と足を動かすッスよ!」
「は、は~い……」
団員たちは、しぶしぶ散っていきました。
「せいが出るねえ、デックス君」
すると、どこからともなく、薄紫の髪の糸目の男性が、ふらりと現れました。
マスターウィザード序列二位――"神出鬼没の影星"、ロック。二つ名になっているだけあって、その神出鬼没ぶりは、ランス以上です。
「ロ、ロックさん!? いつも思うんスけど、来るときはちゃんと呼び鈴鳴らしてくださいよ!?」
これには、デックスもたじたじです。
「フフッ……元コソドロの君には言われたくないねえ」
さすがは諜報ギルドの長。デックスの経歴など、とっくにお見通しでした。
「ぐっ……"コソ"は余計ッスよ!」
頭が混乱するあまりか、デックスは的外れなツッコミを入れてしまいます。
「それにしても、ずいぶんやっきになってるようだねえ」
「当然ッスよ。ウチの館長が殺されて、しかも団員が犯人なんス。その始末は、自分のギルドでつけるべきってモンでしょう」
「そういうのは、警察やウォルターのトコにまかせておけばいいじゃないか。適材適所って言葉、もちろん知ってるだろう?」
「その警察もウォルターのダンナも、シオリを取り逃がしたみたいッスけどね」
デックスは皮肉たっぷりに言い捨てました。
「まあ、気持ちはわからなくもないが……僕の目には、君の必死さがどうも不自然に映るんだよねえ」
「……なにが言いたいんスか?」
ロックは、細い糸目をほんのすこしだけ開き、あざやかな紅色の瞳をのぞかせました。
「……まるで君自身が、この状況を望んでいたように見える」
デックスは、一瞬ぞくっとして、背中に寒気が走りました。
「……なに言ってんのか、マジ理解できないんスけど」
「新聞じゃ、さもメガネのお嬢さんが真犯人としてあつかわれてるけど、民衆のあいだじゃこんなウワサも流れてるんだよ。デックス君が館長の座を狙って、彼女に罪を着せたんじゃないかってねえ」
デックスはその言葉にカッとなり、ロックにつかみかからんばかりのいきおいで叫びます。
「なんだよそれ……そんなの言いがかりじゃないッスか!?」
「そう、言いがかりだねえ。でも、そう疑われるだけの前歴が、君にはある。いくら隠してても、人柄はふだんの態度や言動に出るものなんだよ。いまみたいに、ねえ」
「……!」
ロックのトゲのある言葉が胸に突きささり、デックスは声をつまらせました。
「おぼえておくんだねえ。過去はけっして消えない。世の中、最初からマジメまっとうに生きた人間が、いちばん偉いんだよ」
ロックは最後にそう言い残すと、つかみどころのない笑みを浮かべたまま、どこかへ静かに去っていきました。
デックスはその背中を見送ると、ギリリと歯をかみしめ、手近にあった本を、感情のままに床へたたきつけます。
バサッ!
ひらいた本のページが、ひらひらとむなしくゆれていました。
☆ ☆ ☆
同じ時刻、狩猟ギルド"ベーオウルブス"の本部にて。
「アオオオオオン!!!」
団長であり、マスターウィザード序列五位の"獣王武神の闘星"、ガロウの、猛獣顔負けの遠吠えが鳴りひびいていました。
「ラナのヤツ! 見どころがあるとは思ってたが、ここまでとはな! まったく、やってくれるぜ!」
ガロウはタブレットでラナの指名手配のニュースを知り、自分の団員が犯罪者あつかいされたにもかかわらず、誇らしげに顔をニヤつかせています。これはラナがきっと、友だちを助けるために動いた結果……そう信じているようです。【トルトロス】の件の報告で、エミルやシオリとの関係も聞いていたのですから。
「よろこんでる場合じゃないですよ、ボスー。ウチから犯罪者が出たってことは、ギルドの今後の信用問題にもかかわりますぜ」
手足が長く、まるでサルのような顔の、ひょろりとした体型の男性――副団長のモンタ・キックが、困り顔で苦言を口にしました。
「んなもん、あとから全部ぬれぎぬだってわかりゃ、問題なしじゃねえか! ガチで犯罪に手ェ染めるようなクズを迎え入れたおぼえはねえよ。オメーこそ、ラナがそんなことするヤツじゃねえって、知ってるだろーが!」
「え……いや、あのコ、加減を知らないから……うっかりなんかやらかす可能性は、じゅうぶんあるというか……」
「なんか言ったか!?」
「い、いーえ! なーんにも!」
モンタは、背すじをピーンと伸ばしました。
「それに、ロウランのヤツはムカつくが、飼い犬に手をかまれるようなヘマするヤツでもねえ。この件、どうもウラがありそうだぜ」
ガロウは、頭をポリポリかきながら、にやりと笑います。
「ふだんは粗暴で脳筋なのに、こういうハナは利くんだよなあ……エイル・スターリングみたいだ……」
「なんか言ったか!?」
「い、いーえ! なーんにも!」
モンタは、またしても背すじをピーンと伸ばしました。
「さて、ウチの新入りががんばってるんだ。俺らもやるコトやらねえとなあ!」
「へい、黒竜と、各地のキメラの退治ですね」
二人はぐっと気合を入れると、ドスドスと足音もにぎやかに、団長室から出ていきました。
☆ ☆ ☆
時間は、ほんのすこしさかのぼって……ウォルターがエミルたちを取り逃がした直後のこと。戦場となった、王都の南地区にて。
「よっ、ウォルター。どうやら、エモノには逃げられちまったようだな」
部下たちに指示を出していたウォルターのもとへ、"地上最速の光星"ランスが、前髪をさらりとかきあげ、さわやかな笑みを浮かべて現れました。
「……貴方か。何の用です? 私は今、とても忙しいんですが」
ウォルターは銀縁メガネをくいと持ち上げ、うんざりしたようにこたえました。ランスのことを、あまり好ましく思っていないみたいです。
「いや、ちょっと心配になってね。様子を見に来てみたのさ」
「心配……? よもや貴方も、彼女たちをかばいだてする気ですか?」
メガネの下の鋭い眼光から放たれる殺気に、ランスはやれやれと肩をすくめます。
「どうした? いつもの冷静なお前らしくない。……もちろん、本音を言えば彼女たちに味方したい気持ちはあるが……心配って言ったのは、お前のほうだよ」
「私が?」
「"雨あがりの聖女"や"シュクレーヌ"の件もそうだが、最近のお前にはどうもあせりが見える。やり方にスマートさのカケラもないぜ。まったくもってビューティフルじゃない」
「……」
「前までのお前はそんなんじゃなかった。だからこそ俺も……」
「それ以上、人の領域に土足で踏みこむのはやめていただきたい。いくら貴方が、序列のうえで我らの頂点に立つとしても、そこまで知る権利はありはしない」
言葉をさえぎるウォルターには、かつてないほどの威圧感がありました。序列一位のランスですら、思わずだまりこむほどです。
ランスは降参とばかりに、両手を上げて言いました。
「……悪かった。俺様としたことが、こっちのほうこそスマートでもビューティフルでもなかったな。気にしないでくれ」
「……いえ。私も分別に欠けていた。謝罪しよう」
「だが、王国一イケてるウィザードとして、ひとこと言わせてもらうぜ。……女の子を泣かせるマネだけはするな。じゃあ、がんばれよ」
そう言い残すと、ランスは光の速さで、あっというまに見えなくなってしまいました。
行き先は、双頭の黒竜と戦っているエイルのもと。けれど、ウォルターにそれを知るよしはありません。
「……女性を泣かすな、か……」
ウォルターはベストの胸ポケットから、一枚の写真を取り出すと、それをじっと見つめました。
彼の胸のうちもまた、だれにもわからないのでした。
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