第88話 双頭の黒竜
「な、なんだあれは!?」
【伐天改獣ブラックラックDD】があらわれた、悪夢のような戦場。四枚の翼がばさりと開くだけで、突風が吹き荒れます。
そこへ、黒竜退治にやってきたらしい二組のパーティーが姿を見せ、目を丸くして立ちすくんでいました。
「バカ! 来るな!」
ミリアムは彼らに向かって、必死の顔で叫びました。
このバケモノは、マスターウィザード級でなければどうにもならない。くやしいですが、自分をふくめて……ちょっと腕におぼえがある程度のウィザードは、お呼びでないと、ミリアムは感じていたからです。
ブラックラックDDの二つの頭のうち、ひとつが、ぐるりと二組のパーティーのほうを向きました。
そして、その紫色の目が、ギラリと光った瞬間――
ビシュン!
ズトォーーーン……
紫色の光線が目から放たれ、視界に入ったすべてを焼け野原に変えてしまいました。二組のパーティーがどうなったのか、生死さえたしかめられないほどに……
「目からビームって……完全にバケモンじゃない……」
ミリアムは背すじをぞくっとふるわせました。
「ハハハ……ハァーッハッハッハ! すごい! すばらしすぎる! これが最強のワンダー同士をかけ合わせた究極生物のチカラか! このチカラがあれば、マスターウィザードなど、物の数ではないわーっ!」
光線の威力に、白いフードの人物は有頂天になって高笑いしました。
そして、ズビシッとエイルたちに黒い杖をつきつけます。
「さあ! 次はあの、新進気鋭などと図に乗ったガキどもを、けちらすがいい!」
白いフードの人物が命じると、光線を放たなかったほうの首が、ニョロリとおりてきて……
ばくり。
白いフードの人物は、ひとくちで食べられてしまいました。
「なっ……!」
これにはミリアムも、エイルも、クラウスも、ドン引きです。
二体の黒竜がかけ合わされた怪物。それは、とても人間にあやつれるものではないと、ものがたっているかのようでした。
エイルは、両目に影を落とすと……無言で双頭の黒竜へと突っこんでいきました。
「エイル!」
無策で突っこむのはヤバイ! ミリアムはそう言いかけましたが、止めてもムダだということも、わかっていました。それに、そうするのが最善なのだということも。あんなバケモノを放っておくほうが、まずいのです。
気がつけば、エイルはふたたび氷の翼をばさりとひろげ、黒竜の左の頭にねらいをさだめていました。
二本の剣を重ねた黄金の大剣が、その脳天に振り下ろされます!
ズガァーン! バリバリバリ!
衝突とともに、金色の光が激しくはじけました。
つぎの瞬間、エイルの体ははじき飛ばされ、空中でくるりと体勢をととのえます。
左の頭は、傷ひとつ負っていないようでした。こちらは、合体前にエイルがたたき落としたほうの黒竜のもの。どうやら、そのときの一撃で剣筋を学び、脳天にマナを集めて守りをかためていたようです。
「コキュート!」
クラウスも、パートナーの氷の大精霊コキュートを呼び出し、双頭の黒竜に立ち向かいます。
コキュートの吐息が吹雪となり、あたり一帯を氷原にしてしまいそうな冷気がほとばしりました。
『グロアアッ!』
対して、黒竜は二つの頭から同時に火炎を放ちます。二本の炎はらせんを描き、冷気を切り裂いて、おそいかかってきました!
「チッ!」
クラウスはコキュートの大きな腕に抱かれ、さっと身をかわしました。
らせんの炎は大地をえぐり、草木を炭に変え、まわりの水を蒸発させていきます。
やがて、炎がおさまると……
「なによ……これ……」
ミリアムは、またも目を見はりました。
らせんの炎が通ったあとは、地面が赤く焼けただれ、まるで火山が噴火したかのような、ひどいありさまです。
空中でその光景を見ていたエイルは、顔つきをけわしくしました。二本に戻した両手の剣を、ぎゅっとにぎりしめます。
「ミリアム! クラウス!」
大声で名前を呼ばれ、二人はぴくりと肩をふるわせました。
「こいつは私ひとりでやる! ジャマすんな!」
そう言うと、エイルはふたたび黒竜へ飛びかかっていきます。
「待て!」
クラウスは止めようとしますが……
「レイ!」
エイルはグレイセスの空間魔法を発動させました。自分と黒竜のまわりに、大きくて透明なドームがぱあっと張られます。エイルは空間魔法が好きではないので、こんな簡素な見た目になってしまうのです。
こうなってしまっては、外からはもう、手出しができません。そのかわり、戦いの余波が外にもれることもなくなったのですが……
「バカか、アイツは! いやバカだった! あんな怪物、一人で勝てるわけないだろう!」
クラウスはかんかんになって、どなりました。マスターウィザードだからこそ、あの双頭の黒竜の強さがはっきりとわかるのです。あれは、自分と同格の者が二、三人そろったところで、とてもかなう相手ではない、と。
そこへ、岩かげにひそんでいたミリアムが、かけよってきます。
「待って! だいじょうぶ、エイルだって、できるかできないかの判断くらい、できるから。あいつがやるって言った以上、やれる算段があるってことよ……あいつ、算段なんてしないんだけど!」
クラウスはあからさまに納得できないという顔をしますが、ちょうどそのとき、【ガンバルチャー】のテルが、バサバサと舞いおりてきました。また、まわりを偵察していたようです。
「それよりいまは、手を貸して、"絶対零度の氷星"さん。さっきビームを食らった人たち、まだ生きてるのよ。それに、これ以上炎がひろがらないうちに、消火もしなくちゃ」
黒竜の光線とらせんの炎のせいで、戦場の外側は火の海となってしまっていました。このままでは森などに燃え移って、このあたりの自然や、生きものたちのくらしが、めちゃくちゃになってしまうでしょう。ミリアムが前に語っていた、土地の神さまからの天罰も、受けてしまうかもしれません。
クラウスも歯ぎしりしつつ、頭を冷やして、いま自分がすべきことを考えなおしました。
「……消火は俺がやる。お前は救助と、のこのこやってくるほかの連中の避難をさせろ」
そう言い捨てると、【シルバーウルフ】のシルバーを呼び出して背にまたがり、コキュートとともに火の海へ飛びこんでいきました。
「さーて、あたしもあたしの仕事をしますかねー」
ミリアムはぐいっと背のびをすると、ちらりとドームの中を見ます。
「……妹ちゃんだけは、泣かせるなよ」
悪友に向けてぽつりとつぶやくと、彼女もまた火の海へと走っていきました。
『グロロロォ!』
双頭の黒竜――ブラックラックDDは、ふたたびらせんの炎を吐きました。
シュバァーッ!
エイルはひるまず、二本の剣で切り開いていきます。
(そう、魔法は斬れる。あとは……)
らせんの炎を打ち破ると、氷の翼でぐんと上昇。今度は右の頭めがけて、二本の剣を重ねた黄金の大剣をたたきこみました!
ガキィーン! バリバリバリ!
しかし……二体の黒竜がひとつになったからでしょうか。学んだことが共有されているらしく、右の頭にも防がれてしまいます。
(ダメだ! これじゃない!)
ぎりっと、歯をくいしばります。
エイルは、この規格外の強敵とのぎりぎりの戦いの中で、つかもうとしていました。これまでの戦いで何度も感じてきた、"無敵な感じ"を。
いままで、なんとなく使ってきたあのチカラ。今度こそ完全に自分のものにしなければダメだと、のんきなエイルですら思っていたのです。
その理由は、目の前の竜と同じ種族――いずれ王都をおそってくるはずの、親竜との戦いにそなえてのことでした。
エイルの野生のカンは、ずば抜けています。その本能が、ここ数日ビンビンと感じとっていました。これまでに出会ったことのない、とてつもない脅威を。
それでもふだんなら、なんてことはないとテキトーに流すところですが、今回ばかりは、さすがのエイルも本気にならずにはいられませんでした。
四年ぶりに再会した、最愛の妹エミル……すべては、あの子のために。
だからエイルは、生まれてはじめて、本気の本気で強くなりたいとねがっているのです。
そのねがいこそが、未知なるトビラを開くためのカギのひとつだということを、自覚しないまま……
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