第87話 まじわる黒と黒
「くらえ」
クラウスの氷の翼から、またも吹雪が放たれました。
黒竜は頑丈ですが、冷気が苦手なドラゴンです。効果はバツグンで、二体の翼の動きがにぶり、バランスをくずします。
そのそばでは、エイルが銀色の氷の翼をぱたぱたさせて、ふらふらと宙をただよっていました。
「くそ……! そっちが氷なら、炎をくらえ!」
白いフードの人物が自分の黒竜に命じ、火炎を吐かせます。
すさまじい熱気は冷気を突き抜け、クラウスを飲みこまんばかりのいきおいで襲いかかりました。
「チッ……」
クラウスは舌打ちして、さらに上空へ飛んでかわします。
「まだだ!」
今度は、黒いフードの人物の黒竜が火炎を放ちました。
クラウスはひらりと旋回しますが、右の翼が炎にかすられ、一部が溶けて蒸発してしまいます。
バランスをくずしたクラウスは、あわてて体勢を立てなおそうとしますが……
「しめた!」
白黒フードはそのスキを見のがさず、二体同時の火炎で追い討ちをかけました。
いくら氷の翼で空を飛べても、もともと飛べる種族の黒竜が相手では、空中戦は部が悪いのでしょう。
クラウスはぐっと身を固め、全身を氷のバリアでおおって、火炎を防ごうとします。
「そんなもので、黒竜さまの火炎は防げん!」
黒いフードの人物が、またも勝ち誇った……その瞬間でした。
シュバァーッ!
金と銀のひらめきが走り、火炎が二発とも切り払われます。
「なっ……!」
白黒フードは、おどろきのあまり、あごがはずれそうなほど口をぽかんとあけました。
やったのは、もちろんエイルです。クラウスの目の前で、不敵でステキな笑みを浮かべていました。
「コツはつかんだ! これで自由に飛べるぞっ!」
どうやら、持ち前の野生のカンで、氷の翼の飛びかたをあっというまに自分のものにしてしまったようです。
「よけいなことを……」
氷のバリアを解いたクラウスは、いまいましそうにぼやきました。
内心では、エイルのおかげで助かったとわかっています。だからこそ、いっそういらだちがつのるのでした。
「くっ……だが空中戦で、黒竜さまにかなうと思うなっ!」
二体の黒竜は左右に散って、エイルを二方向からはさみ撃ちにしようとします。
さすがのエイルも、標的が散ったことで、ほんの一瞬とまどいました。
そのスキをつくように、二体の黒竜が火炎を……
『クエーッ!』
「な、なんだこいつ……うわー!」
……吐こうとした瞬間、黒いフードの人物の目の前に、突然ハゲワシがにゅっと現れました。強烈なキックをくらって、黒竜の背から突き落とされてしまったのです!
「よーし、よくやった、テル!」
地上のミリアムが、指レンズをのぞきこみながら歓声をあげます。
そう、【ガンバルチャー】のテルの特技は偵察。隠ぺい魔法でこっそり黒いフードの人物のもとまで忍び寄り、突き落としてやったというわけです。
ヒューッ……ドーン!
黒いフードの人物は、地面に墜落しました。ふつうの人間ならただではすみませんが、黒竜の加護があるなら重傷ぐらいですむだろうと、ミリアムは考えました。
乗り手を失った黒竜は、主を助けようとしたのか、地上の黒いフードのもとへ急降下していきます。
「よーし! あと一体!」
エイルはにかっと笑うと、氷の翼をひろげ、残り一体となった黒竜めがけてぐんと飛び出しました。
「く……くそっ!」
相棒がやられてヤケクソになったのか、白いフードの人物は黒竜に火炎弾を連射させ、エイルを近づけまいとします。
しかしエイルは、ひょいひょいっと火炎弾をかわして、ぐんぐん距離をつめてきます。飛べるようになったのはついさっきのはずなのに、まるで生まれたときから翼があったみたいな身のこなしです。
「ひ……ひいいっ!」
白いフードの人物がおびえてすくみあがった瞬間、エイルはくるくるっと縦回転しながら、二本の剣を合体させた黄金の大剣を、黒竜の脳天めがけて唐竹割りのように振りおろしました!
ズガァーーーン!!!
刃は通らなくても、衝撃はまるで、イナズマが落ちたようです。黒竜は気を失い、白いフードの人物とともに、地上へ墜落していきました。
「よーし、いっちょあがり……」
エイルが大剣を肩にかついで、ふんと胸を張った、次の瞬間――
フッ……
背中の氷の翼が、消えてしまいました。どうやら、まだ長い時間は保てないようです。
「え? ちょっ……うわーっ!」
エイルは空中で手足をじたばたさせますが、当然そんなことでは止まらず、ヒューッと音を立てて落ちていきます。
加護や祝福もあり、エイル自身も頑丈なので、命まではあやうくならないでしょう。でも、この高さから落ちれば大ケガはまちがいなしです。まだやるべきことはたくさん残っているのに、こんなところで動けなくなっている場合ではありません。
「エイルーっ!」
ミリアムも悲鳴をあげ、あわや大惨事かと思いきや……
ばっふーん!
落ちたエイルの体は、なにかやわらかいものにふわりと受け止められました。
「つめたっ! ……これ、雪??」
エイルは、自分の体がさっきまでなかったはずの雪のかたまりに、すっぽり埋まっていることに気がつきました。
「ぷっ! な、なによあれ!」
遠目にそれを見ていたミリアムは、思わず吹き出します。
外から見ると、エイルは大きな雪玉から顔だけ出していて、まるで首から下が雪だるまのようでしたから。
「……まったく、世話の焼ける……」
そこへ、氷の翼を生やしたクラウスが、すました顔で舞い降りました。
どうやら、彼が雪玉を作って、エイルを落下から助けてくれたようです。さっき黒竜の火炎から守ってもらった、その借りを返したつもりなのでしょう。
なんともしまらない終わりかたですが、これにて一件落着……
「く……!」
……には、まだ早いようでした。
墜落した白いフードの人物が、よろりと立ちあがったのです。
「……!」
相手がなにかするより早く、ミリアムは手もとに戻ったテルをアームドし、ボウガンをかまえて、すばやく矢を放ちました。……しかし!
ガイン!
見えない透明なカベのようなものにはじかれて、矢は届きません。
「結界ですって!?」
ミリアムはおどろきました。あんなふうに矢を防げたのは、そういったバリアのたぐいしか考えられません。けれど、それならどうして、墜落するときに使わなかったのでしょう。使っていれば、あんなにボロボロにならずにすんだはずです。
白いフードの人物は、ごそごそとローブの中をさぐって、一本の黒い杖を取り出しました。
エイルとミリアムは、思わず目を見はります。
「あれは……ラナと妹ちゃんが言ってた、黒い杖!」
黒い杖からは、邪悪なオーラがもれ出していました。どうやら、矢を防いだのは透明なカベではなく、このオーラのようです。
白いフードの人物は、気を失っている黒いフードの人物をちらりと見やると、くくくと笑って言いました。
「ありがたいよ。あいつが起きてたら、"黒竜さまへの無礼だー!"とか言って、うるさかっただろうからな。おかげで、ジャマされずに切り札が使える!」
そして、高らかに黒い杖をかかげます。
氷の翼を解いて着地したクラウスと、ミリアムは身がまえ、エイルも雪玉からぬけ出して、地面に立ちました。
「二体の黒竜よ! その偉大なるチカラを掛け合わせよ!」
白いフードの人物の口上とともに、墜落した白フードの黒竜と、主のそばにいた黒フードの黒竜が、邪悪なオーラをあびて宙にうかびあがり、その体を重ね合わせました。
カッ――!
黒い閃光がはじけ……二体の黒竜は、ひとつに合体したのです!
『グロロロ……!』
二つの首と四枚の翼をそなえた、二十メートル近い巨体の邪悪な竜が、ここに誕生してしまいました。
「ウソ……でしょ……」
さすがのミリアムも、恐怖で顔を引きつらせます。
マスターウィザードのエイルとクラウスも、口には出さないものの、体がかすかに震えていました。それだけの威圧感を、あの双頭の黒竜は放っているのです。
「さあ! 【伐天改獣ブラックラックDD】よ! その双頭で、二つの極星をその身に食らえ!」
白いフードの人物の高らかな叫びとともに――史上最強のワンダーとの戦いの火ぶたが、切って落とされたのでした。
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