第86話 氷の翼
ガキン! ガキィーン!
エイルは高く跳びあがり、黄金の剣と白銀の剣をふるって、上空の黒竜二体に斬りかかりました。
硬いウロコにはばまれて刃は通らなかったものの、衝撃でダメージを与えることはできたようです。
「うわあっ!」
「うろたえるな! この程度の攻撃で、黒竜さまは沈みはしない!」
黒竜に乗る白いフードと黒いフードの人物は、それぞれちがった反応を見せます。
「くらえっ!」
すると、黒いフードの人物を乗せた黒竜が、負けじと頭突きをしかけてきました。
跳べるものの、飛べないエイルには、空中でよけるすべがありません。二本の剣を交差させ、がっちりと受け止めます。
ガン! ズドォーン!
けれど、衝撃にはじき飛ばされ、エイルは流れ星のように地面へたたきつけられてしまいました。
「見たか! 黒竜さまのおチカラ!」
黒いフードは勝ち誇ります。
しかし、仮にもマスターウィザードであるエイルは、この程度で終わったりしません。地面にできた浅いクレーターから、むくりと立ちあがりました。
「うーん、前のやつより痛くないな」
『そうですね。大きさも以前のものより小さいようですし』
エクシリアの言うとおり、二体の黒竜は、エイルが最初に戦った、進化変身させられていた黒竜よりもずっと小さな体をしています。五、六メートルくらいしかありません。なんなら、竜化したザングのほうが大きかったくらいです。
エミルなら、その理由について考察したことでしょうけれど……残念ながら、エイルには考える頭も、その気もありませんでした。
「バカな、ほぼ無傷だと!?」
「さすがは、マスターウィザードといったところか!」
白黒フードの人物たちはエイルの頑丈さにおどろきながらも、様子をうかがおうと、上空をぐるぐると旋回しています。
そのとき!
ズドンッ!
「ぐああっ!」
黒いフードの人物の左肩に、はじけるような衝撃が走りました。
「だいじょうぶか!?」
白いフードの人物が心配の声をあげます。
「ぐ……問題ない……それより、狙撃手がいるぞ。警戒しろ!」
黒いフードは左肩をおさえてうずくまりますが、戦闘不能にはいたらないようです。
そのころ、遠くの岩場では、ミリアムがくやしそうに舌打ちをしていました。
「チッ……加護で硬くなってる……!」
衝撃の正体は、岩場にひそんだミリアムが放った矢だったのです。黒竜が人間にしたがっているのなら、ウィザードを直接狙えば簡単に倒せる、と考えてのことでした。
命までは奪わないものの、生身の人間なら一発で気絶するほどの威力をこめたつもりでしたが、黒いフードは健在です。直接黒竜をその身に宿していたザングほどではないにしても、指輪を通じた黒竜の加護で、体の頑丈さが増していたのでしょう。
確実に倒すのであれば、もっとチカラをためて、矢の威力を上げる必要があります。ただ、そのぶん、より正確な狙いが求められます。黒竜は動きが速く、しかも狙撃がばれて警戒されてしまった以上、もうこの作戦は使えない、とミリアムは判断しました。
「結局、エイルまかせになっちゃうのはシャクだけど……援護にまわるとしますか」
そうぼやきながら、ミリアムはすばやく狙撃ポイントを移します。
「行けっ!」
黒いフードの号令で、白黒フードを乗せた二体の黒竜は、エイルのジャンプがとどかない、はるか高い空へ舞いあがりました。そこから、何発もの火炎弾を吐いてきます。
地上のエイルは、それをひらりとよけたり、剣でバシッと払ったりしてふせぎました。
「剣星といえど、空は飛べまい!」
黒いフードは左肩をおさえながら、勝ち誇ったように言います。
野生の黒竜なら、絶対にとりそうにないセコい作戦ですが、効果はてきめんです。火炎弾は一発一発が高威力。黒竜の莫大な生命力を考えれば、先にエイルのほうが力つきてしまうでしょう。
「うー、シュガーか、ベルがいればなっ!」
エイルはうなりながら、ないものねだりをしました。ベルというのは、友だちのアルティナ姫のパートナーである妖精の名前です。本名は、スノーベルといいます。
妖精の魔法、《妖精の粉》があれば、人の身でも空を飛ぶことができます。エイルは前の冒険の最終決戦で、それを使って空中戦をくりひろげたことがありました。
いっぽう、べつの狙撃ポイントに移動したミリアムは、
「よし、奥の手を使おう。テル、たのんだよ」
と、アームドを解除し、【ガンバルチャー】のテルを空へと解き放ちます。
そのあいだも、黒竜たちの放つ火炎弾の雨は、平原に降りつづけていました。
「ひ、ひえ~……」
シロによって離れた位置に逃がされたホワイトホープの三人も、ぞっとしながら、遠くからその地獄絵図をながめています。何発もの火の球が降りそそいでは爆発する光景は、まるで戦争のようです。
「くそー! 降りてこい!」
火炎弾をしのぎながら、エイルは大声で叫びました。しかし、聞き入れてくれるはずもありません。
このままではジリ貧か、とだれもが思ったとき――
ビュゴオーーーッ!!!
「ど、どわああっ!?」
どこからか強烈な吹雪がふきつけ、二体の黒竜を吹き飛ばしたのです。
「あ……!」
ミリアムは気づいて、そちらを見やりました。
吹雪が来た方向に、背中から氷の翼を生やした人影が浮かんでいます。
ライトブラウンの髪にクリアブルーの瞳、おなじ青色のコートを着た少年……マスターウィザード、"絶対零度の氷星"、クラウスでした。
「くそ、もう一人来たか……!」
空中で体勢を立て直した黒いフードの人物が、わずらわしそうに言います。
「あー! ずるい! あいつ、空飛んでる!」
エイルは上空のクラウスに剣をつきつけ、抗議……というより、文句をわめきました。
彼の背中の氷の翼は、もちろん魔法によるもの。パートナーの【氷晶妃精コキュート】のチカラで作られたものでしょう。
「エクス! お前も精霊だろ! 飛んでみろよ!」
エイルは、右手の黄金の剣に宿るエクシリアに、ムチャなことを言いつけます。
『ム、ムリですよ! 剣は、空を飛んだりしませんもの!』
エクシリアは刀身から冷や汗をばらまきながら、ぶんぶんと否定するのでした。
ところが、そのとき。左手の白銀の剣が、声をあげました。
『氷の翼……それなら、私のチカラでできるかもしれません』
「ホント、レイ!?」
エイルは、ぱあっと顔を輝かせました。
白銀の剣に宿るのは、エクシリアと対をなす……双子の妹ともいえる剣の精霊、【聖王剣精グレイセス】。略して、レイと呼ばれています。エイルは、彼女もまた氷の属性を持っていたことを思い出したのです。
「じゃあ、さっそくおねがい!」
『了解しました』
グレイセスが答えたとたん、エイルのまわりに冷気がうずを巻き……
シャキーン!
その背中に、銀色の氷の翼が生えました。
「おお! ……思ってたのとはちがうけど、かっこいい!」
エイルはやまぶき色の瞳をきらめかせます。
天使を思わせるクラウスの美しい翼とはちがって、まるで剣のようにとがった形の翼です。けれど、なるほど、いかにも強そうに見えました。
「よーし、それじゃ、飛ぶぞー!」
エイルは張りきって、両脚をぐっと深く踏みこみます。
『ちょ、ちょっと。ぶっつけ本番で、だいじょうぶなんですか!?』
エクシリアが、不安そうな声を響かせました。
「空飛ぶのははじめてじゃないから、平気だよ! 行くぞ!」
そしてエイルは、黒竜たちとの空中戦にいどむべく、いきおいよく空へ飛び立ちました!
……が。
「うわー! なんだこりゃー! ぜんぜん思ったように飛べない~!」
空に舞いあがれたのはいいものの、あっちへふらふら、こっちへふらふら。まったく思うように動けません。狙撃ポイントでは、ミリアムが「なにやってんだ」とばかりに頭をかかえています。
「……はあ」
クラウスはあきれたように肩をすくめ、エイルにはかまわず、二体の黒竜をきっとにらみつけました。
いろんな意味で先の読めない戦いが、幕を開けようとしていました。
お読みいただき、ありがとうございました。
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