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ワンダフルリング! エイルとエミルのふしぎな冒険 黒竜事件  作者: 稲葉トキオ


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第82話 メモリーハック

「デックスさんって、あの赤い髪のイケメンお兄さん?」


 ラナもデックスの顔を覚えているようでした。きのう館長室で、ロウランのうしろに立っていた姿を思い出したのでしょう。


「うん。あの人、副館長だし、いちばん動機がありそうだし、同じギルドのシオリに罪を着せることだってできると思うんだ。それに……」


「それに?」


「あー、これ言っちゃっていいのかな、シオリ?」


 エミルはバツが悪そうに、ちらりと横目でシオリを見ます。


「……は、はい。わたしに、そんな権利はないですけど……いいと、思い……ます……」


 シオリはうつむいて、言いよどみました。


 この反応、どうやら彼女も、デックスの過去について知らされているようです。


「どういうことですか、エミル様?」


 クリスティーヌも、興味ありげにたずねてきました。館長室でデックスの視線を感じていたことが、気にかかっているのかもしれません。


「たぶんだけど、デックスさんって、元ドロボーなんだと思う」


「ドロボー??」


 ラナはぎょっと目を丸くしました。


「ウソでしょ? あの人が? それこそ信じらんない!」


 上ずった声をあげるラナ。どうやら彼女の中には、"イケメンは正義"というルールがあるようです。


『あの人のカギの魔法で、わたしたちの家のカギを開けて、ロウランさんが勝手に入ってきたことがあるんです』


 うかない顔のシュガーが、ぼそりと言いました。


「へ?」


 ラナは今度は、ちょっぴりまぬけな声を出します。


「それにね、ロウランさんは、あの人のことを100%は信用してないって言ってた。それってつまり、表では副官としてたよりにしておいて、内心では元ドロボーだから警戒してたってことだよね?」


 エミルは、まっすぐにシオリへたずねました。


 シオリはゆっくり顔をあげ、おなじようにまっすぐ、エミルの瞳を見つめて答えます。


「……そのとおり、です」


 みんなはおどろきますが、クリスティーナは無反応。アノニマスも、むっちりとした長い脚を組みかえ、淡いピンクの髪をさらりとかきあげるだけで、ゆったりとほほえんでいます。かたや同類で、かたや長命種だからでしょう。


 そのクリスティーナが、口を開きました。


「まあ、過去の経歴はともかく、副館長だから動機はあるって、警察も同じように考えたみたいね。でも残念ながら、彼は事件の起きたお昼の12時半、現場にいなかったことが確認されてる。なんでも、行きつけのパスタ屋さんでごはんを食べてたんだって。彼に口説かれた女性店員をはじめ、ほかにも何人ものお客さんが目撃してるわ」


「そっか……」


 そりゃそうだよね、とエミルは思いました。一瞬、名推理だと思ったのですが、しょせんは子どもの浅知恵だったと気づかされて、ちょっぴりがっかりです。それに、数時間前に"自分が見聞きしたことしか信じない"と心に決めたばかりなのに、またもや推測や人づての話にふりまわされてしまったと、反省もしました。


「どうすんのよ。容疑者、いなくなっちゃったわよ?」


 ラナも露骨にがっかりして、イスの上で両脚をぶらぶらさせはじめます。


 見かねたクリスティーナが、話題を切りかえました。


「……そういえば、えーと、エミルちゃんだっけ? クリスティーヌ(このこ)から聞いたんだけど、私に見てもらいたい記憶があったんだって?」


「は、はい。……でも、それってダルベールさんの件ですよ。それには協力しないって、言ってたじゃないですか」


「しないわよ。ただ思い出しただけ。いっそのこと、そのメガネの子……シオリちゃんの頭の中でも、のぞかせてもらおうと思ってね」


「え……え? わ、わたしの、ですか??」


 シオリは自分を指さして、おろおろととまどいました。


「待ってください。そんなことしなくても、本人がやってないって言ってるじゃないですか」


 エミルはあわてて止めようとします。


 ゆうべ、自分もシオリの記憶のぞきの魔法を体験しました。あの負担や不快感を思うと、ほかの人にまでやらせるのが、しのびなくなってしまったのでしょう。


「私だって、100%その子を信じてるわけじゃない。それに、事件当時の記憶をのぞけば、なにか新しい事実がわかるかもしれないわ」


 クリスティーナにそう言われると、エミルもすこし納得してしまいました。


 たしかに、事件当時のシオリにはアリバイがないと、ウォルターが言っていました。きっと、例の隠し部屋にいたのでしょう。あの部屋は、大樹の図書館のトップシークレットです。証言なんて、できるわけがありません。


 ん? それなら、記憶をのぞかれるのもまずいのでは? ……頭がこんがらがってきました。


 しかし、そのモヤモヤを断ち切るように……


「……わかりました。わたしの記憶、どうぞのぞいてください」


 シオリは立ちあがり、胸に手を当てて、申し出を受け入れました。


「いいの? シオリ……」


 エミルは不安そうに、彼女の顔を見あげます。


「いいんです。たまには、のぞかれる側になるのも、いい勉強になりますから。それに、のぞくのは"お昼のあいだ"だけです。見せたくない場所までは、映らないと思います」


 シオリは、強がるような笑顔で、エミルを安心させようとささやきました。


「OK、言質取ったわよ。おいで、プリンプ!」


 クリスティーナが呼ぶと、階段の上から、黄色い半透明の、ぷにっとしたクラゲのような生きものが、ふよふよと飛んできました。


 クリスティーナは、その生きものをいとおしそうに抱きしめて、紹介してくれます。


「この子は【エレキクラゲ】のプリンプ。私のパートナーよ。おもな仕事は、この空間の維持と、メモリーハック」


「『メモリーハック??』」


 聞きなじみのない言葉に、ラナとシュガーは声をそろえて、こてんと首をかしげました。


「記憶のぞきの魔法のこと。こっちのほうが、おしゃれでしょ?」


 プリンプはうなずくように、クリスティーナの腕の中で、体をたてにぷるんと揺らしました。


「じゃ、さっそくはじめるわね。あ、指輪ははずしておいて。おねがい、プリンプ」


 クリスティーナにうながされ、シオリが指輪をすべてはずすと、プリンプは無数に生えた触手のうち二本の先を、端子のような形に変えて、にゅっと伸ばし……シオリと、クリスティーナ自身の頭に、ぷすりと突き刺しました!


「うげっ! だ、だいじょうぶ?」


 ラナは引きつった声をあげて、おそるおそるシオリにたずねます。


「へ、平気です。ちょっと、びっくりしたけど……」


 ぞわっとする光景でしたが、どうやら問題はなさそうです。


 シュガーはごくりと息をのみ、アノニマスは、ひからびたまま横たわるシルヴィアの、ぱさぱさになった銀髪をやさしくなでながら、なりゆきを見守っていました。


「……で、この魔法、あと一人ぶん接続できるんだけど……エミルちゃん、やってみる?」


 クリスティーナは、たれ目ぎみの大きな瞳でエミルを見やりました。残ったメンバーの中で、いちばん立候補しそうなのがエミルだと、見ぬいたのでしょう。


「……はい、おねがいします」


 エミルも、それをわかったうえでうなずき、左手薬指の誓いの指輪だけを残して、ほかの指輪をはずします。


 そして、エミルの頭にも、ベレー帽をすり抜けて、三本目の触手がずぶりとつながりました!


 つながった一瞬、全身がびりっとしびれたような感覚をおぼえましたが……すぐに引いていきました。


「それじゃ、メモリーハック、開始!」


 合図と同時に、クリスティーナ、シオリ、エミルの意識は、記憶の世界へと飛びこんでいきました。


 ゆうべシオリにやってもらったときより、不快感がなく、すんなりと進めています。これはやっぱり、経験の差というものでしょう。


 暗いトンネルのような空間を抜けると、やがて、目の前に光景がひろがっていきます。エミルには、見おぼえがありました。


「ここは、シオリの部屋……」


 そう、ロウランとの密会の夜にはじめておとずれた、シオリの隠し部屋です。地下のコアルームへと通じる道の途中にある、あの部屋でした。


「昼間だったっていうのに、ずいぶんうす暗いわねえ」


 クリスティーナのぼやきが聞こえます。姿は見えませんが、どうやら三人とも、同じ場面をいっしょに見ているようです。


 映像の中では、本のページをめくる手と、サンドイッチをつかむ手が、かわるがわる動いていました。


「あ、これ、お昼ごはんを食べてるときです」


 シオリがおずおずと言いました。まちがいなく、シオリ自身の目で見た記憶が、そのままうつしだされているのでしょう。


「こんなうす暗い部屋で、ひとりごはん? なんてさみしい……いや、私も人のこと言えないか……」


 クリスティーナが、自分にあきれたような声をもらしました。


「じゃあ、この場面は、事件が起きたころ……お昼ごろでまちがいないみたいですね」


 エミルは、見ているだけで、おなかがすいてきました。サンドイッチのせいだけでなく、そろそろ晩ごはんの時間が近いからでしょう。


 その後もしばらく見ていましたが、同じ読書の場面がつづくばかりでした。


「……つまんない」


 クリスティーナがぽつりと言い捨てると、シオリはガーン! とショックを受けます。もうすこし言葉を選んでほしいものだと、エミルは思いました。


 そんなとき、記憶の中のシオリが、ふと懐中時計をとりだして、時刻をたしかめました。針は12時45分ごろをさしています。そのあと時計をしまうと、ふいに立ちあがり、細長い通路を通って、大樹の裏側へと、外に出ていきます。


「え? 急に外に出た? どういうこと?」


 クリスティーナは、すっかり困惑していました。大樹の裏に隠し通路の入口があるなんて、知らない人なら、そういう反応になるのも当然です。


 それから記憶のシオリは、だれにも見つからないよう、キョロキョロとあたりをうかがいながら、こっそり大樹の表にまわりこみました。すると……そこには、たくさんの人だかりができていたのです。


「あ……わたし、このとき、事件が起きたことを知ったんです……!」


 現在のシオリが、小さく声をあげました。


 そのあとは、人だかりをかきわけて入口へ駆けよったシオリが、警察官に質問され、つかまりそうになって、そのまま逃げだすまでの場面が、早回しのように流れていきます。


 ここで、三人の意識は、すうっと現実へ戻っていき……メモリーハックは、終わりました。


 結果、シオリが犯行にかかわっていないことは、たしかになりましたが……真犯人の手がかりは、つかめずじまいでした。



お読みいただき、ありがとうございました。

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