第81話 真犯人はだれだ?
「粗茶だけど、どうぞ」
つるつるした面にかこまれた、クリスティーヌの姉、クリスティーナの隠れ家。これまたつるつるの大きなテーブルを囲んで、エミルたち逃亡者一行は、お茶をごちそうになっていました。
ひとりで隠れて暮らしているはずなのに、ちゃんと人数分のマグカップが用意されています。ふしぎな話ですが、だれもがからだも心もへとへとで、首をかしげる余裕さえありませんでした。
遅れてクリスティーナも席につくと、テーブルにひじをついて話を切り出しました。
「そっちの事情はだいたい、クリスティーヌとニュースで聞いた。マスターウィザードを殺すなんて、おとなしそうな顔して、ずいぶん大それたことをするのねえ」
そしてにやにやしながら、シオリをじっと見つめます。
「わ……わたしは殺してませんっ!」
シオリはいつになく大きな声で否定しました。
そういえば、シオリ本人の口から「殺していない」とはっきり聞いたのは、これがはじめてだと、エミルは気づきました。
「やっぱり、シオリが犯人じゃないんだね?」
「も……もちろんです。わたしが……ロウランさまを殺すはずがないじゃないですか……」
シオリはマグカップを両手でぎゅっとにぎりしめ、ぽろぽろと涙をこぼしはじめました。張りつめていた緊張の糸が、ほどけたのでしょう。ラナがそっと、その背中をさすります。
妹のクリスティーヌにじとっとした半目で見られ、クリスティーナはくせっ毛の頭をかいて、バツが悪そうに肩をすくめました。
「ご、ごめんごめん。冗談よ。私だって、あなたが犯人だなんて思ってない。でなきゃ、この隠れ家に入れるわけないでしょ?」
『飾り気はないけれど、ずいぶん居心地のよさそうなお部屋ね。この空間、維持はどうしているのかしら?』
アノニマスは、淡いピンクの長い髪をさらりとはらい、優雅にマグカップを口へ運びながらたずねました。水色の瞳を細めるしぐさも、ふわりとただよう甘い香りも、うっとりするほど美しくて、疲れきった空気のなかで、そこだけが別世界のようです。
そのかたわらのソファーには、ひからびたままのシルヴィアが横たえられていました。ぱさぱさにかわいた銀髪、骨と皮ばかりに細った手足。かつては目をみはるほどだった抜群のスタイルも、いまは見るかげもありません。うつろな目で、ひゅー、ひゅーと弱々しく息をする姿は、見ているだけで胸がしめつけられます。
――アノニマスが疑問に思ったとおり、空間魔法は、ごく小さいながらも自分だけの世界を作りだす高度な魔法です。それを保ちつづけるには、当然、莫大なマナがいるはずでした。
「ああ、私のパートナーが、近くの建物からちょーっとずつ電気を分けてもらって、それで維持してるの。知ってる? 電気って、マナよりずっとエネルギー効率がいいの。機械の動力源にも使われてるのよ」
電気を分けてもらってるって、それってドロボーでは?
……とツッコみたくなりますが、こうしてかくまわせてもらっている時点で共犯みたいなものなので、だれも口には出しませんでした。
「……まあ、あなたたち、そういうのにうとそうだから、この話はここまでにしておくとして……これから、どうするつもりなの?」
クリスティーナは、真剣なまなざしでたずねました。妹に似て愛らしい顔立ちと甘ったるい声ですが、視線のひんやりした冷たさは格別です。裏の世界で、よっぽどの修羅場をくぐってきたのだと、ひと目でわかります。
「シオリの無実を証明したいです。まず、それがいちばん」
エミルはものおじせずにこたえました。
「いちばんってことは、ほかにもなにかあるの?」
甘い声に、うっすらとめんどうくさそうな響きがまじります。
エミルは指折り数えながら、さらにこたえました。
「その前に起きた、ダルベールさんの殺人事件についても調べたいし、そうだ、ノワール・モンブランのたくらみだって……」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと。ずいぶんよくばりでけっこうだけど、私はそこまで首をつっこむつもりはないわよ。そこのメガネの子の件がかたづくまでって条件で、この子と約束したんだから」
クリスティーナは、親指でとなりに座る妹をひょいと指しました。
すると、ラナがガタッと身を乗り出して、声をあげました。
「そ……それは薄情じゃないですか!? この王都の危機かもしれないんですよ!?」
「そんなの、私にはカンケーないもん。とくにノワール・モンブランなんて、かかわりたくもない!」
クリスティーナはぷいっとそっぽをむいて、子どもみたいにすねてしまいました。
見かねたエミルは、けわしい表情で口を開きます。
「……それは、あなたが元ノワール・モンブランの団員だからですか?」
その瞬間、クリスティーナ本人だけでなく、この場の全員が息をのみました。
その事実は、エミルとパートナーたちのほかには、だれも知らないことだったからです。実の妹のクリスティーヌは、あるいは知っていたかもしれませんけれど。
「……そこまで、知ってるんだ。手配書にも書いてないことなのに」
クリスティーナは、ぎろりとエミルをにらみました。
「ロウランさんから聞きました。ところで、どうして手配書には、団員だったことが書いてないんですか?」
妹のクリスティーヌからも、そんな話は聞いていませんでした。
「司法取引ってやつよ。ノワール・モンブランの内部情報をぜんぶ提供するかわりに、私をその件で罪に問わないってね。だから、団員だった事実は公表されてないの」
『あれ? じゃあ、どうしていまも指名手配されてるんですか……?』
今度は、シュガーがおずおずとたずねました。
「それは……ちょっとヒミツ」
クリスティーナはわざとらしく目をそらして、くちびるをとがらせました。
どうやら、エミルたちと同じように、人には知られたくない事情があるようです。エミルはなんとなく察しました。
「……まあ、私のことはいいじゃない。それよりいまは、そのメガネの子のことでしょ?」
クリスティーナはこほんとせき払いをして、話を切りかえました。
たしかに話が横道にそれかけていたので、エミルたちもそれ以上はたずねず、耳をかたむけます。
「警察の資料によると、事件現場は"大樹の図書館"の館長室。凶器は鋭利なナイフで、死因は心臓をひと突きってことらしいけど、なにかおぼえはある?」
クリスティーナはしれっと警察資料なんて言葉を口にしましたが、ツッコめばまためんどうな言い合いになりそうなので、みんなだまっておきました。
「だ、だからありません!」
シオリはムキになって言い返しました。
『でも、あのウォルターって人が言うには、凶器にはシオリさんの指紋しかついていなかった、ということでした……』
シュガーはおそるおそる言いました。もちろん、シオリのことを疑っているわけではありません。たしかめたかっただけです。
「わ、わたし、ナイフなんて一度もにぎったことはありません! 道具としても護身用としても、パートナーたちがいれば、ことたりますし!」
「シオリ、狩猟ギルドの団員として言わせてもらうけどね、ウィザードたるもの、ナイフくらいあつかえたほうがいいと思うわよ」
ラナがぼそりとつぶやきました。いまはそういう問題ではない気がしますが。
「だとすると、何者かに罪を着せられたってことだけど……おもしろくなってきたわねえ」
「お姉ちゃん、不謹慎ですよ」
ひとごとのようにニヤける姉を、クリスティーヌがたしなめました。
ゆるい雰囲気の姉にしっかり者の妹、どこかで見たような組み合わせです。
最近、推理小説にも手を出しはじめたシュガーも内心わくわくしていたのですが……クリスティーヌの言うとおりだと思って、反省しました。
『だれか、ほかに心当たりはないのかしら? 貴女に罪を着せて、なおかつロウランを殺す動機を持つ人間は?』
「うーん……」
アノニマスの問いに、シオリは考えこんでうなりました。
そこで、エミルがぴょこっと手をあげます。
「いるよ。それに当てはまりそうなのが、ひとり」
『はい……わたしも、たぶん同じ名前を想像してますっ』
シュガーもつられて、小さな右手をあげます。
「それは、だれなの?」
ラナが前のめりになってたずねました。シオリも、息をのんで耳をかたむけています。
みんなの注目が集まるなか、エミルはすっと息を吸いこんで、その名前を口にしました。
「大樹の図書館の副館長、デックスさんだよ」
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、 ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




