第80話 最後の手段
アノニマスの強力な隠ぺい魔法で気配を消し、回復薬で元気をとりもどしたグレイと、アルキマジロに分かれて乗って……逃亡者一行は、ハピネスワークスの本部である大きな屋敷の前までたどりついたのですが……
「……そんな!」
エミルは、ぎくりと息をのみました。
なんとハピネスワークスのまわりには、すでに砂色のコートを着た"大地の探究者"の団員や警察官たちが、ずらりと張りついているではないですか。
一行はいったん物かげに移動して、相談をはじめます。
『おかしいです! エミルさんとハピネスワークスの関係を知ってるのは、ロウランさんだけのはずなのに!』
エミルの肩の上で、同じく回復したシュガーもおどろいて声をあげました。
ちなみに、シロンとシルヴィアは指輪の中で休んでいます。シロンは、キズのほかに体力もマナも使いはたしてしまいましたし、ひからびてしまったシルヴィアは、回復薬でもレッディの炎でも元に戻せなかったのです。
『ウォルターの情報網、おそるべしというべきか、それとも、だれかがもらしたのか……なんにせよ、あそこにかくまってもらうのは、ムリそうね……』
アノニマスは、淡いピンクの長い髪をさらりとなびかせ、豊かな胸の下で腕を組んで言いました。少女のように愛らしい顔には、あせりの色が浮かんでいます。早くシルヴィアをなんとかしてあげたい、という思いからでしょう。
「ねえ……やっぱりベーオウルブスに行かない? ウチの団長、ウォルターさんのこときらってるから、味方してくれるんじゃないかなー……?」
ラナは、ちょっぴり自信なさそうに提案しました。
しかし、エミルは首を横にふります。
「わたしとハピネスワークスの関係がバレてる以上、もうベーオウルブスも同じように見張られてると思う。ミリアムさんやラナがいるって知られてるはずだもん」
「だよね……」
ラナはがっくりと肩を落とし、頭の上のサフラによしよしとなぐさめられました。
エミルは、うーんとうなって考えこみます。
ハピネスワークス、クリスティーヌ、指名手配……
「……あ」
そのとき、それらのキーワードが、一本の線でつながったのです。
エミルはクリスティーヌに向き直り、真剣なまなざしで言いました。
「……クリスティーヌさん。"最後の手段"……使うときがきたかもしれない」
「最後の手段……ああ!」
ずいっとせまられたクリスティーヌは、ピンときたようでした。
「最後の手段って?」
ラナがたずねます。
『それって、もしかして……クリスティーヌさんのお姉さんをたよるってことですか?』
シュガーがこてんと首をかしげて答えると、エミルは……
「正解!」
と言って、シュガーのほっぺをつんつんとつつくのでした。
そうです。クリスティーヌのお姉さんもまた、指名手配されており、いまもなお逃走中なのです。
おとといは、犯罪者の手を借りるのはよくないと思って保留にしていましたが……思いがけず同じ立場になってしまったいまなら、ためらいなく実行できるというわけです。
「そういうわけだから、ヒミツの連絡手段……おねがいできる?」
「はい! おまかせください! では、すこしだけお時間をいただけますか?」
「できるだけ、早めにおねがい!」
「わかりました、それでは、ちょっとお待ちを!」
クリスティーヌはこころよく即答すると、シュパッと忍者のようにどこかへ消えてしまいました。
「エミル、あのメイドさんのお姉さんって……?」
ラナが首をかしげます。シオリとアノニマスも、そろってぽかんとしています。
「まあ、見ててよ」
エミルは、ひとまずそう言ってごまかしました。
クリスティーヌのお姉さんが裏の世界の住人だということは、もう話しても問題ないような気もします。けれど、いまはくたくたで、くわしく説明するのもめんどうだったので、あとまわしにしたのです。
やがて、三分もしないうちに。
「おまたせしました! お姉ちゃん、会ってくれるそうです」
クリスティーヌがひょっこり戻ってきたので、みんなあまりの早さにびっくりしました。
「クリスティーヌさんも、お姉さんのこと、お姉ちゃんって呼ぶんだ」
どこか親近感をおぼえて、エミルとシュガーはくすっとほほえみました。
クリスティーヌも、にっこりとほほえみを返します。
「はい。それでは、わたしについてきてください」
こうして逃亡者一行は、クリスティーヌの先導で、彼女の姉の潜伏先をめざすことになったのでした。
☆ ☆ ☆
「おお……!」
一行がやってきたのは、王都中央区……王宮のそばにある、通称"ハイテク街"。
にぶい銀色の四角い高層ビルがずらりとそびえ、空中には、いくつもの映像がふわふわとうかんでいます。まさに未来を思わせる景色でした。
じつはエミルは、前に一度ここを通りかかったことがあります。
王都にはじめてやってきた日、偶然出会った王女アルティナに、王宮へと案内されていたときのことです。そういえばそのとき、いつかこの街の最新の技術を紹介してもらう約束をしていたことも、思い出しました。
『なんだか……ちがう世界にやってきたみたいです!』
妖精の世界の出身で、王都のこともまだよく知らないシュガーは、あっちこっちを見まわして、瞳をきらきらさせています。読書が大好きな彼女は、最近、未来のお話にもはまっているのです。
「あたしも、王宮の近くにははじめて来たけど……ホント、同じ世界とは思えないわ……」
王都のギルドで暮らしているラナも、すっかりおのぼりさんになってしまっています。
『王都の北東にある"ベガポリス"は、もっとすごいけどね……っと、観光してる場合じゃないわ。ほら、ごらんなさい』
アノニマスが、細くて長い指でさした先には、シオリとエミル、そしてラナの手配写真が、でかでかと投影されていました。
「うわあ……本格的にワルモノあつかいかあ……」
エミルはげんなりしました。となりのシオリも青ざめています。自分の写真があんなに大きくひろまってしまっているのが、はずかしい気持ちもあるかもしれません。
「うげっ!? もうあたしまで手配されてる!?」
ラナはびくっと飛びあがり、すっとんきょうな声をあげました。
「た、たぶん、声と《オーバーサンライト》の魔法で、あたりをつけられたんだと思います……ほんとうにごめんなさい、おふたりとも……」
シオリは、もうしわけなさそうに、しゅんと肩をすぼめました。
「だ、だからいいっていいって。もう、そういうことは言いっこなし!」
ラナは、強がりとまるわかりの笑顔で笑い飛ばし、シオリの背中をばんばんとたたきました。
そのかいあってか、シオリの表情も、ほんの少しだけやわらぎました。
『"大地の探究者"も、お姫さまとエミルちゃんの関係は知ってるはず。ギルドを見張ってたときみたいに、王宮のまわりにも手がまわってると考えるべきね』
アノニマスは、白いほっぺをぷくっとふくらませ、むうっとむくれました。
たしかに、エミルが友だちのアルティナ姫をたよるというのは、相手側からすれば、いかにもありそうなことです。
「ですね。行動はすばやくいたしましょう。こちらです」
グレイを指輪に戻し、レンタル騎獣を解放した一行は、クリスティーヌの案内で、顔を隠しながらハイテク街を歩くのでした。
そして、たどりついたのが……
「ここです」
「うわっ、なんというか……」
「ボロっちい、わね……」
エミルとラナは、引きつった笑みを浮かべました。
クリスティーヌに案内されたのは、窓ガラスが割れ、あちこちが老朽化している廃ビルでした。
『なにをしたら、こんなに壊れちゃうんでしょう……』
不気味な雰囲気を感じたのか、シュガーはエミルのローブのフードの中にさっとかくれてしまいました。
クリスティーヌは、くすっとほほえんでこたえます。
「だいじょうぶですよ、シュガー様。これは、人の目をごまかすための見せかけなんです」
そして、ヒビの入ったガラスのドアに右手をかざしてから、取っ手をにぎり、すっと中へ入っていきました。
のこされたエミルたちは、顔を見合わせてから、思いきって、ひとりずつあとにつづきます。
すると――
「……えっ!?」
なんということでしょう。外はおんぼろだったビルの中は、つるつるとした材質の、きれいな部屋になっているではないですか。
くるりと振り返った先頭のクリスティーヌが、両手をひろげて誇らしげに紹介します。
「ここは、空間魔法によって作られたお部屋なんです。お姉ちゃんが許可した人でないと、入れないようになってるんですよ」
『なるほど……こんなおんぼろビル、中に人が住んでるなんて思わないでしょうしね。二重のセキュリティってことかしら』
アノニマスは、くびれた腰に手を当て、感心したようにうなずいていました。
エミルたちがおどろいていると、奥の階段から、カツン、カツンと、だれかが降りてくる足音が聞こえます。
現れたのは……
「……いらっしゃい。指名手配者さんたち。とりあえずは、歓迎してあげるわ」
声の主は、妹よりすこしうすい栗色のくせっ毛に、たれぎみの目……そして、ほんのり大人びていること以外は、クリスティーヌとうりふたつ。ミスリオの資料で見せてもらったままの女性、クリスティーナでした。
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