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ワンダフルリング! エイルとエミルのふしぎな冒険 黒竜事件  作者: 稲葉トキオ


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第79話 持つべきものは、やっぱり……

「ウォ、ウォルター様! もうしわけありません!」


 正気に戻ったワイパーは、あわてて深々と頭を下げました。


 ウォルターはちらりと彼に目線を向けると、淡々と語りはじめます。


「序盤、相手の力量をあなどったこと、あの程度の魅了で腑抜けになったこと……除名レベルの失態だが、魅了に対する訓練を怠った私にも落ち度がある。今回に限り、不問としよう」


「あ……ありがたきしあわせ……!」


 ワイパーは、さらに深く頭を下げました。


 ウォルターはつかつかと前に出ると、地面に横たわるひからびたシルヴィアに、冷ややかな軽蔑の視線を送りました。


「……あの程度の下劣な魅了では、私の心は動かせない」


 そう言うと、彼の足もとから砂がわきあがり、シルヴィアの体を乱暴にはじき飛ばしました。ミイラのようになった褐色の体が、ごろり、ごろりと、エミルの目の前まで転がってきます。銀の髪はぱさぱさにちぢれ、自慢の鍛えられた手足もやせ細って、あのまぶしいプロポーションは見るかげもありません。


「シルヴィア……!」


 エミルは涙ぐみながら、変わりはてたパートナーのほほに、そっと手をそえました。


 シルヴィアは、ひゅー……ひゅー……と弱々しく息をするばかり。それでも、水分を失ってくぼみ、涙すら流せないうつろなオレンジの瞳が、エミルにうったえかけてきます。


 ――エミル様……もうしわけありません……もうしわけありません……!


 せっかくのアノニマスとの特訓を生かしきれず、ぶざまな姿をさらしてしまった……そんな、深い深い謝罪の気持ちが。


 エミルは、そえた手をぶるぶるとふるわせると……たまらず、歯をかみしめ、こぶしをにぎりしめました。


「……して」


「ん?」


 その小さなつぶやきに、ウォルターは問い返すように声をもらします。


 すると、エミルはきっと顔をあげて、涙目で声をはりあげました。


「……撤回して! シルヴィアは、薄汚くも下劣でもない! 世界でいちばんきれいな、わたしのパートナーなんだから!」


 その胸には、もう怒りの感情しか残っていませんでした。


 エミルはそれを爆発させるように、なおもさけび続けます。


「そもそも、どうしてシオリを犯人だって決めつけるの!? シオリとロウランさんの関係……あなたなら知ってるでしょう! 殺す理由なんて、あるわけないじゃない!」


「動機ならある。"大樹の図書館"の館長の座につき、その叡智(えいち)を独占するという動機がな」


「そんなの……!」


 エミルは言いかけて、はっと気がつきました。


 そんなことをしなくても、ロウランはシオリを次期館長にするつもりで教育していると言っていたのです。その事実をつきつければ、論破できるかもしれません。でも、それはロウランとの密会で知ったこと。他言無用の約束をやぶることになってしまいます。だから、これ以上は声に出せませんでした。


「動かぬ証拠もある。凶器であるナイフに、彼女の指紋だけが残されていた。さらに事件発生時刻の午後0時半、現場不在証明ができないのは彼女だけ。そしてなにより、警察や我らから逃走を図っている。犯人と断定するのに、十分すぎる根拠だと思うが」


「っ……!」


 エミルは、言葉に詰まってしまいました。


 ロウラン殺害のことは、号外の記事でしか知りません。まさか、そんなにたしかな証拠が出そろっていたなんて、思ってもみなかったのです。


「納得していただけただろうか。なら、これ以上の抵抗はやめてもらいたい。なに、悪いようにはしない。牢獄でしばしの反省ののち、そのチカラをこの国のために役立ててもらいさえすればな」


 ――やっぱり、この人は、わたしのチカラを利用することを、まだあきらめてないんだ!


 抵抗したいのはやまやまですが、もはや戦う力は残っていません。


 うしろでふるえているシオリも、すっかり観念してしまっているようです。


 ウォルターの背後から、砂の波がじわじわとせまってきます。


 このままでは、自分たちもシルヴィアのように砂にのみこまれて、今度こそ逃げることはできないでしょう。


 あきらめない。あきらめたくない。


 そう思っても、いまのエミルには、どうすることもできませんでした。


 砂の波が、エミルとシオリにおおいかぶさろうとした……そのとき。


「《オーバーサンライト》!」


 ピカーーーッ!!!


 聞きおぼえのあるかけ声とともに、頭上から、まばゆい光が砂の包囲の中を照らしました。それはまるで――太陽のように。


「ま、まぶしいっ!?」


 ワイパーは思わず目をおおって、身をちぢこませました。


「なんだ、これは……」


 ウォルターも腕で顔をかばい、状況をのみこめずにいる様子。砂の波も、ぴたりと動きを止めました。


 やがて数秒ののち、光が弱まると……


「……チッ!」


 ウォルターは、いまいましそうに舌打ちしました。


 なんと……捕縛寸前だったはずのエミルとシオリとパートナーたちの姿が、ふっとかき消えていたのです。


 ウォルターはすぐに悟りました。さっきの目くらましのあいだに、何者かがエミルたちを連れ去ったのだということを。


 杖を振り、まわりをおおっていた砂のカベを消します。


 カベの外には、"大地の探究者(グランドシーカー)"の団員と、野次馬たちが集まっていました。


「団長、副団長! 犯人は……?」


 外で待機していた団員のひとりが、おそるおそるたずねました。


「……取り逃がした。誰か、姿を見ていないか?」


「い、いえ。カベの上から光があふれて、まぶしくて……」


「……各自散開し、すぐに奴らの足取りを追え! まだ、遠くには行っていないはずだ!」


 ウォルターはバサッと右手を払って、団員たちに命じました。


 団員たちは状況をうまくのみこめていないものの、さすがによく訓練されており、ただちに四方へ散らばっていきました。


 野次馬たちも、犯人が逃げたと知って、クモの子を散らすように立ち去っていきます。


「……」


 ウォルターは、エミルたちが倒れていた地面を、けわしい顔でにらんでいました……



 ☆ ☆ ☆



『……ひとまず、ここまで来れば安心ね』


 ひと気のない路地裏で、アノニマスはほっと息をつきました。淡いピンクの長い髪がふわりとゆれて、あたりに甘い香りがただよい、わずかに空気が華やぎます。


 そばには、エミルとシオリ、気を失ったシュガーとシロン、ひからびたシルヴィア、そして、彼女たちを介抱しているラナとクリスティーヌがいます。


 エミルは座りこんだまま、アノニマスのあどけなさの残る美人顔を見上げて言いました。


「ありがとう、助かりました。ええと……アノニマスさん」


『ふふん。パートナーとして、当然のことをしたまでだから、お礼なんていらないわ』


 アノニマスは、長いまつ毛にふちどられた水色の瞳で、パチンとウインクしました。エミルはまだ了承していないのですが、彼女の中では、すでにパートナーのつもりのようです。


 さっきの救出劇のタネあかしは、こうでした。ラナとサフラの光の魔法で目くらましをしているあいだに、身体能力に自信のあるクリスティーヌとアノニマスのふたりが、エミルたちをかかえて跳び去ったのです。


「ラナと、クリスティーヌさんも……」


 エミルは言いかけると、うつむいてしまいました。


 なにしろ、自分とシオリは、いまや犯罪者あつかいなのです。助けてくれたみんなまで、同じ罪に問われてしまうかもしれません。そう思うと、もうしわけなくて、ありがとう、とお礼を言うことさえ、ためらってしまいます。


 ラナは、ばーん! とエミルの背中をたたいて言いました。


「なに言ってるのよ! よく言うでしょ? 助け合うのが友だちだって! あたしだって、シオリが人殺しなんてするわけないって、信じてるもの!」


 クリスティーヌも、やわらかくほほえみます。


「わたしは、エミル様におつかえすると決めましたから。エイル様のおっしゃっていたように、わたしもなにがあっても、エミル様の味方でいたいんです」


「ラナ……クリスティーヌさん……」


 エミルは胸がいっぱいになって、じわっと涙ぐみました。


 王都じゅうを敵に回してしまっても、信じてくれる人たちがいる。こんなにうれしいことはありません。


 シオリも、同じように感激していましたが、きゅっと口を結んで、うつむいてしまいます。


『さて……積もる話もあるでしょうけど、まずは確実に安全なところに落ちつきましょう。私は隠ぺい魔法に自信はあるけれど、相手は"大地の探究者"……探しもののプロよ。外にいちゃ、いつかは見つかっちゃうわ。それに、シルヴィアのためにも、ちゃんと診てあげられる場所に行かないと……』


 アノニマスの提案に、エミルは疲れた頭をぐるぐると回転させました。


 おそらく、姉妹の自宅はもう見張られているでしょう。隠し部屋があるとはいえ、大樹の図書館に行くのも危険です。ラナが所属するベーオウルブスや、アノニマスのいた戦士の殿堂も、味方になってくれるとはかぎりませんし。


 確実に安全なところ……ダメです、まったく思いつきませんでした。


 そのとき、クリスティーヌが両手をぱんと合わせて、ぱあっと笑顔を咲かせました。


「エミル様、ハピネスワークスはどうでしょう? あそこなら、きっとエミル様の味方になってくれるはずです!」


 使用人派遣ギルド、ハピネスワークス……最年長のベルダンディーをはじめ、エミルのことを気に入ってくれた団員が多くいます。なにより、あそこは、どんな過去をもつ人でも受け入れてきた"来るものこばまず"のギルド。たしかに、いま考えられる最善の隠れ場所かもしれません。


「……そうだね! 行ってみよう!」


 エミルも、みんなもうなずき、逃亡者一行はハピネスワークスの拠点をめざすことになるのでした。



お読みいただき、ありがとうございました。

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