第78話 華麗なシルヴィア
――"大地の探究者"副団長・ワイパーとのその後の戦いは、さんざんなものでした。
進化変身をとげたワイパーのパートナー、【カラッテング】は、種族としての性能もシロンをはるかに上回っており、展開は一方的そのもの。手も足も出ず、エミルともども、ふたたび地面にはいつくばっていました。
「エ、エミルさん……」
シオリはしゃがみこんで、大きな丸メガネの奥の瞳をうるませました。その前では、ふらつく脚でどうにか体を起こしたグレイが、うなり声をあげながら、彼女を守ろうと立ちはだかっています。
エミルは体じゅうキズだらけで、丈夫なはずのローブもボロボロ。杖をにぎるのがやっとのありさまです。シロンももとのチビドラゴンにもどり、目をまわしたまま、シュガーといっしょにひっくりかえっていました。
「思い知ったか、反逆者! これが、秩序をおびやかした者の末路だ!」
ワイパーは倒れたエミルに杖をびしっとつきつけ、高らかに宣言しました。
その態度には、勝ち誇るようすも、見下すようすもありません。ただ当たり前のことをしたとでもいうように、自分の正義をつらぬいたふるまいです。
「ぐ……!」
エミルは、ふるえる腕で重い体を動かし、起きあがろうとしました。その青いまなざしは、まだ燃えつきてはいません。
「まだ立つ気か。チカラの差は、もうじゅうぶんにわかったはずだ!」
たしかにそのとおりです。シロンは、エミルのパートナーの中でいちばんつきあいが長く、いちばん強いワンダーなのです。そのシロンがこうもあっさり倒されたのですから、いまのエミルでは、とてもワイパーにはかないません。
――そう、いままでのエミルでは……
すると、エミルの右手薬指の指輪が、まるで夕陽のようにまばゆいオレンジ色の光を、ぱあっとはなちはじめました。
そして――光の中から、【ダークエルフプリンセス】のシルヴィアが姿を現しました。銀のティアラに、紺色の踊り子風レオタードドレス。コロシアムのときと同じ装いです。ほどよく鍛えられた長い手足に、引きしまったウエスト、抜群のプロポーション。そんな自分のスタイルをエミルに見せつけるように、優雅に、華麗にポーズを取りながら、ふわりと舞いおりたのです。
「シ……シルヴィア……?」
エミルはおどろきました。パートナーがみずからの意思で指輪から飛び出してくることには、慣れているはずなのですが……
『エミル様。この場は私におまかせください。指揮も不要です。ゆっくりと、お体をお休めください』
「でも……」
止めようとしたエミルに、シルヴィアは、そっとほほえみかけました。りりしくて、うっとりするほど美しい、女神のような笑顔でした。
『だいじょうぶです。いまの私なら……負ける気はしません』
エミルは、彼女がエイルについていって、どんな訓練をしたのかは知りません。けれど、よくよく見てみれば……彼女から感じられるチカラが、別行動をする前よりはるかに大きく、みがきあげられたものになっているのが、わかりました。引きしまった体は、ハリもツヤも、いっそう増したように思えます。
「わかった……わたしたちの命運、あなたにたくす。せめて、わたしのマナを……」
そう言って、エミルは指輪を通じて、残ったありったけのマナをシルヴィアに送りました。命運をたくすなんて、背負わせるには重い言葉だと思います。けれど、そのほうがシルヴィアは燃えてくれると、わかっているのです。
『シルヴィアさん……わたしのチカラも……』
シュガーも、ぐったりした体を必死に起こして、《シュガーミスト》をシルヴィアにふりかけました。甘い霧が、やさしくシルヴィアをつつみます。
『エミル様……シュガーちゃん……ありがとうございます……』
愛するエミルのマナと、妹のようにかわいがっているシュガーのチカラ。ふたりの想いを受けとめて、シルヴィアは胸がいっぱいになり、つり目がちの瞳から、ぽろりと涙をこぼしました。
その背後から――
「まだ戦えるパートナーがいたか! だが、ムダなことだ!」
ワイパーの声とともに、カラッテングの錫杖が、容赦なく振り下ろされようとしていました!
『ふっ!』
ガキィーン!
しかし、その一撃を、シルヴィアはふり向きもせず、紺色のブーツをはいたすらりとした脚の後ろ蹴りで受け止めます。
「なに……?」
ワイパーがたじろいだ、その一瞬のスキをついて、
『シルヴィア! キーック!』
勇ましいかけ声とともに、褐色の肌をきらめかせ、優雅なフォームなのに、たいへん豪快な回し蹴りを、カラッテングにくらわせたのです!
『カアーッ!?』
カラッテングはふっとばされましたが、すぐさま翼をばさりとひろげ、空中でブレーキをかけました。
「す、すごい……」
エミルとシュガー、それからシオリは、声をそろえました。
カラッテングの体は、【ギアマンガラス】のときよりもさらに硬く、ダイヤモンドをもしのぐほどのはずです。ふつうなら、そんな体を蹴ったシルヴィアの脚のほうが、砕けてしまっていたでしょう。
ところが現実には、シルヴィアのたくましくも美しい脚は、傷ひとつありません。それどころか、カラッテングの透きとおった体のほうに、ほんのわずかなキズが刻まれていました。
まさか、シルヴィアがここまで強くなっているなんて……おどろきと同時に、それよりもっと大きなうれしさが、エミルの胸にこみあげてきます。だって――シルヴィアがこんなに強くなってくれたのは、ほかでもない、エミルのためなのですから。
蹴りを終えたシルヴィアは、すとんと着地すると、オレンジの瞳を怒りに燃やして、カラッテングと、その向こうのワイパーをにらみつけます。
『覚悟なさい、貴方たち……エミル様とシュガーちゃんを痛めつけたぶん、何百万倍にして、お返ししてさしあげます!』
シルヴィアの引きしまった美しい両腕両脚の筋肉が、青筋を浮かべて、むきむきと盛りあがります。
シロンなら、自分を忘れるなとわめきちらす場面でしょうが、あいにく気絶中でした。
『はっ!』
シルヴィアは、地面をひと蹴りして、ざざっと駆け出しました。
「む、むかえ撃て!」
ワイパーは杖をつきつけ、カラッテングは錫杖を手に飛び出します。
「速い!」
シオリが叫びました。
それでもやはり、カラッテングのほうが、スピードでは大きく上回っているようです。シルヴィアがかまえを取るよりも先に、錫杖がとどいてしまうでしょう。
シャン! と、錫杖の輪が澄んだ音を鳴らします。ダイヤモンドを超える硬さの一撃が、シルヴィアの美しい銀髪の頭を、打ち砕こうとしていました!
しかし――
フッ……
シルヴィアは、ひらりと紙一重の動きで、錫杖の一撃をかわしました。
すかさず、しなやかな右脚に、うずまく炎をまとわせ……
『シルヴィア! 《フレイムストライク》ッ!』
ドガシィーーーン!!!
カラッテングの無防備な左脇腹に、たたきつけました!
飛び散る火の粉と、砕けた透明な破片、そしてシルヴィアのさわやかな汗が、きらきらと宙に舞います。
シルヴィアはさらに、くるりと回転しながら高くジャンプ。たたみかけるように、追い打ちをかけます。
『シルヴィア! 《トールハンマークラッシュ》!』
今度は、オレンジのイナズマをまとったかかと落としを、カラッテングの胴体にたたきこんだのです!
ワイパーは、あんぐりと口を開けたまま固まっています。
「シルヴィア、ほんとうにすごい……でも……」
エミルは体を起こして、ごくりと息をのんでいました。そして、ふとわいた疑問を、ぽつりと口にします。
「……どうして、自分の名前もいっしょに叫んでるんだろう?」
いえ、理由なら、わかります。魔法を使うときに名前を叫ぶのは、エミルだって、気合が入るからやっていますし、気合が入れば、そのぶん威力も増すのですから。でも、自分の名前までは叫びません。だって、はずかしいですもの。
『あ、もしかして、冒険物語のヒーローのマネじゃないでしょうか? 最近は、よくシルヴィアさんといっしょに読んでるんです』
シュガーが、その疑問に答えました。
本好きのシュガーは、シルヴィアともなかよしです。たしかに、いっしょに物語を読む機会は多いでしょう。エミルも、読んだ物語の中に、大げさに技の名前を叫ぶ主人公が出てきたことを思い出しました。
「でも……なんだか、いまのシルヴィアを見てると……胸がドキドキするね」
『はい……実は、わたしも……』
エミルとシュガー、そしてシオリは、華麗に、優雅に戦うシルヴィアの姿に、うっとりと見ほれていました。
――これこそが、アノニマスから学んだ、シルヴィアの特訓の成果。自分の魅力をめいっぱい生かした、新しい戦い方です。
すらりとした長身と、抜群のプロポーション。その美しさを存分にひけらかすような、一見ムダに見える大げさな動きとポーズ……それらのねらいは、相手を魅了すること。そして、なにより、愛するエミルに見せつけることでした。
相手を魅了すれば、考えもマナの流れもみだれて、チカラを弱らせることができます。エミルを魅了すれば、そのときめきが心の栄養になって、あらたに生まれたマナが、シルヴィア自身を強くしてくれるのです。これは、シュガーの甘味のチカラのおかげで気づけたことで、パートナーのいないアノニマスには、知りようのない発見でした。
現に、ワイパーは顔を真っ赤にして、すっかり心をみだされています。エミルもほほを染め、胸の高鳴りがマナをぐんぐんふくらませていました。そのおかげで、カラッテングとシルヴィアの力の差は、ほとんどなくなって……いえ、逆転すらしていたのです。
『カアッ!』
自分まですっかり魅了されて骨抜きになったカラッテングは、顔にシルヴィアの蹴りをくらい、どさりと地面に倒れました。
「な、なにをやってる……!」
ワイパーはパートナーをしかりつけます。けれど、その目は、銀髪をきらめかせ、つやめく肌を輝かせながら華麗に舞い踊るシルヴィアに、すっかりくぎづけでした。心ここにあらずとは、まさにこのことでしょう。
『これで、フィニッシュです! はああ……!』
シルヴィアが両手をかざすと、オレンジ色の魔法陣が浮かびあがり、まばゆい光がみるみる集まっていきます。とっておきの大魔法――《ソーラーノヴァ》を放とうとしているのです。
その光は、あまりに美しく、神々しくて……この場のだれもが、言葉を失っていました。
『シルヴィア! 《エクスタシー・ソーラーノヴァ》!』
――ただ、ひとりをのぞいて。
ザザーッ! ガシィッ!
『え……?』
光が放たれようとした、そのとき。地面からせりあがった巨大な砂の手が、シルヴィアの体をわしづかみにしました。そして……
メキメキメキメキ!
『あ……あああああっ!?』
砂の手は、すさまじい力でシルヴィアをにぎりしめます。全身の骨がみしみしと悲鳴をあげ、しなやかな体がゆがんで、シルヴィアののどから、痛々しい叫びがほとばしりました。
「シルヴィア!」
『シルヴィアさん!』
エミルとシュガーは、同時に声をあげました。
けっして、忘れていたわけではありません。ワイパーの戦いを、ひとことも口をはさまず見守っていた、あの男のことを……
「……これ以上は、見るに耐えん。薄汚いダークエルフめ……」
右手に砂色の杖をにぎったウォルターが、左手でくいとメガネを持ちあげると……
シュワアアッ……
『あ……かっ……!』
砂の手にとらわれたシルヴィアが、みるみるしおれていきました。
まるで……体じゅうの水分が、しぼり取られていくかのように。
「シルヴィア! やめて、おねがい!」
大切なパートナーの、あの美しかったシルヴィアの姿が、ミイラのようにひからび、やせ細っていくのを見て、エミルは涙を浮かべながら叫びました。
けれど、その声がとどいたわけではありません。砂の手は、いらなくなったおもちゃのように、シルヴィアをぽいと放り投げました。その体は、どさりと地面に転がります。きれいだった銀色のティアラも、カランと乾いた音をたてて、もろく崩れて散ってしまいました。
『そんな……ひ、ひどすぎます……』
シュガーは、思わず目をおおいました。うしろで見守っていたシオリも、同じように。
シルヴィアの整った顔も、抜群のスタイルも、見る影もなくやせ細り、カラカラになっていたのです。とても見ていられないと思うのも、むりはありません。
「私がこの場に来た時点で、貴様らの運命は確定していた。まったく、無駄な時間を使わされたものだ」
倒れたシルヴィアにはいちべつもくれず、冷たい目でこちらを見下ろすウォルター。その姿に、エミルは、胸の奥から強い怒りがこみあげてくるのをおぼえました……
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