第77話 ダイヤモンドの正義
「お待ちください、ウォルター様」
エミルとウォルターが視線の火花を散らしていると、彼のとなりにいたもう一人の男性が、すっと前に出ました。水色の髪のマッシュボブに、きりりとまゆをつり上げた、見るからに実直そうな青年です。
「……どういうつもりだ、ワイパー?」
ウォルターは銀縁メガネをくいっと持ち上げて、わずらわしそうに言いました。
ワイパーという名の青年は、ザッと左胸に手を当て、堂々と告げます。
「相手は、一人前になったばかりの歳のかけだし。貴方ほどのお方がわざわざ手を下すほどのことではないかと」
その言葉に、エミルとシロンはむっとしました。事実ではありますが、なめられるのは気持ちのいいものではありません。
ウォルターは目を伏せると、あきれたようなためいきをつきます。
「……いいだろう。この場はお前に預けよう」
そして一歩さがり、腕を組んで戦いを見守る位置に立ちました。
「ありがとうございます。必ずや、この犯罪者どもを捕らえてごらんにいれましょう」
ワイパーは一礼すると、ふところからおもむろに杖を取り出しました。よくみがきあげられた、白い指揮棒です。
「……エミルさん! 逃げてください! 彼は、"大地の探究者"の副団長です!」
ハッとしたシオリが、うしろから声をあげました。まわりを砂のカベでかこまれて、逃げ場などどこにもないとわかっていても、言わずにはいられなかったのです。それほど、ワイパーという青年が手ごわい相手だということでしょう。
エミルはそれを察して、不敵でステキな……それでいて、どこか狂気じみた笑みを浮かべました。
「だいじょうぶ。わたし、前から……あの人たちに、ひと泡吹かせたいと思ってたから!」
自分を聖女にまつりあげようとしたあげく、勝手にその名前も取りあげ、シュガーの故郷までみずからの管理下におこうとした……相手の気持ちを考えないウォルターの数々のふるまいに、エミルは内心、ずいぶん腹を立てていたのです。
だから、真正面から堂々とブチのめせる理由ができて、ほんのちょっぴりわくわくしているのでした。
「元三等星風情が、生意気な……」
ワイパーは、ギリリと歯をかみしめました。
もう"元"あつかいなのかと、エミルはあらためて胸がちくりと痛みます。
「出ろっ!」
ワイパーが指輪をかざすと、光とともにパートナーがあらわれました。
体がきれいなガラスでできた大きなカラス……【ギアマンガラス】です。
砂のカベのすきまからさしこむ光を受けて、翼がキラキラとかがやきます。こんな状況にもかかわらず、エミルたちとシオリは、その美しさについ見とれてしまいました。
「覚悟しろ、罪人ども。これがキサマらの目にする、最期の輝きだ! ゆけっ!」
ワイパーが杖をつきつけると、ギアマンガラスは『カー!』と美しく澄んだ声をあげ、いきおいよく突っこんできました!
「シロン!」
『オーライ!』
負けじとエミルも杖をかまえ、シロンを少女の姿に《進化変身》させて立ち向かいます。
「おふたりとも、気をつけて! ギアマンガラスの体は、ダイヤモンドのように硬いんです!」
「わかってる! でも、関係ないよ!」
シオリの助言はありがたく、エミルは気持ちをふるいたたせました。
シロンのにぎりしめた右手に、マナがぐんぐん集まっていきます。
撃ちこんだ衝撃がそのまま相手の体をつらぬき、硬さに関係なく大ダメージを与える――《ドラゴンビートパンチ》です。
「ムダだ!」
ワイパーがさっと杖を振り上げると、ギアマンガラスはひらりと急上昇し、パンチの射程の外へ逃れました。
さすがは、"大地の探究者"の副団長。シロンのパンチの危険性を、初見で見切ったようです。
『わっ、とっ!』
パンチが空を切り、シロンはバランスをくずしてよろめきました。
そのスキを見逃さず、ワイパーが杖を振り下ろします。ギアマンガラスは急降下して、するどいクチバシをつきたててきました!
ドガァーン!
『あぐっ……!』
ダイヤモンド並みの硬さのクチバシが背中を直撃し、シロンは短くうめきました。
人の姿をしていても、シロンはドラゴンです。じょうぶな肌と全身をめぐるマナのおかげで、防御力は高いはずなのに、それをたやすくつらぬく強烈な一撃でした。
「それ、とどめだ!」
ワイパーが杖を振ると、ギアマンガラスは空中をぐるりと旋回し、もう一度シロンに狙いをさだめます。
シロンは痛みをこらえながら空をにらみ、二撃目にそなえました。けれど、体がうまく動かないようです。
そして加速したギアマンガラスのクチバシが、シロンにせまる――
「《ドラゴンウイング》!」
その直前、エミルの声がひびきました。
シロンは背中の翼をバサッと大きくひろげ、今度はこちらが急上昇して、ぎりぎりで逃げのびます。
「飛行能力の強化魔法……!」
シオリは感心した声をもらしました。これもまた、シロンの特技のひとつです。空を飛ぶスピードとテクニックが、文字どおり飛躍的に上昇します。
「関係ないな!」
しかし、ギアマンガラスはシロンには目もくれず、ぐいっと方向転換をはじめます。狙いは……
「こっちか!」
そう、ウィザードのエミル本体です。
ルールで禁じられていないかぎり、ウィザード同士の戦いでは、なにもバカ正直にワンダー同士を戦わせる必要なんて、ないのです。大もとのウィザードさえ倒してしまえば、おしまいなのですから。
でも、そんなことは……それなりに場数を踏んできたエミルにとっては、百も承知のことでした。
呼び出したままのグレイの背にひょいっと飛び乗り、シオリの手を引いて、ふたりでギアマンガラスの攻撃をかわしたのです。
「かけだしの分際で!」
ワイパーはいらだって顔をしかめますが……それ以上に怒っている存在がいました。
『私をムシして、エミルに手を出すなあっ!』
ガッシャーン!
大好きな相棒であり、姉のようでもあるエミルを攻撃されて怒ったシロンの急降下パンチが、ギアマンガラスの背中にたたきこまれたのです!
『ガアッ……』
衝撃が体をつらぬき、ギアマンガラスに大きなダメージ。ガラス造りの体も、一部がパキパキとひび割れて砕け散りました。
「なっ……バカな!」
ワイパーはぎょっとして目をむきました。
まさか、12歳の小娘とチビドラゴンに、ここまでやられるとは思わなかったのでしょう。
すると、うしろで見守るウォルターが、メガネをくいと持ち上げました。
ワイパーは背中ごしにそれを感じとり、びくっと背筋を伸ばします。ウォルターがクセのようにおこなうあのしぐさは、いらだっているというサインなのです。
このままふがいないところを見せれば、失望どころか、ギルドからの除名もありえるでしょう。ウォルターは、それだけきびしい人なのです。認めたくはありませんが……あの反逆者たちは、全力で倒さなければならないと、思い直しました。
「……いいだろう。ならばこちらも、本気で相手をさせてもらう!」
ワイパーは一転して、落ち着いた声と口調で宣言しました。
その態度には、さっきまでのエミルたちをなめたようなおごりは、もう感じられません。
「《進化変身》!」
ワイパーがまっすぐ杖を振り下ろすと……地に落ちたギアマンガラスが翼をひろげ、体をまばゆく光り輝かせました。
エミルたちは、おどろきに目を見張ります。なにも《進化変身》が自分たちの専売特許だとは思っていませんでしたが、すでに強いギアマンガラスがこれ以上強くなると思うと、背すじがぞくりとするのです。
やがて光が弱まり、ギアマンガラスの進化した姿があらわとなりました。
全身がガラス……いえ、ダイヤモンド造りの鳥人。その彫像のようなたたずまいは、神々しさすら感じられます。
「あ……あれは伝説の聖獣……【カラッテング】!」
シオリは、おどろきと感激が入りまじった表情と声で言いました。
圧倒的な存在感を前に、シロンとエミルがごくりとつばをのみ、身がまえると……
ドガッ! バギッ!
『うぐっ!?』
「きゃあっ!?」
突然、体に強い衝撃を受けて、シロンと、エミルたちを乗せたグレイは、そろって地面にたおれてしまいました。
(なに……なにが起きたの!?)
痛みにあえぎながら、エミルは考えます。
理由は、すぐにわかりました。
進化変身した【カラッテング】が……目にもとまらぬ速さで、右手ににぎった錫杖を振るい、シロンと、エミルを乗せたグレイに、続けざまに打ちこんだのです。
シャン! と、錫杖の輪が鳴りひびきます。
本来なら、この一撃で終わっていてもおかしくありません。ですが、シロンとグレイがとっさに身をひねったおかげで、致命傷だけはまぬがれました。
「覚悟しろ、反逆者ども。貴様らに、もはや輝く未来はおとずれない!」
ワイパーとカラッテングは、まっすぐに杖と錫杖をつきつけて宣言しました。
かつてない強敵を前に、エミルとシロンは地にはいつくばりながら、顔をゆがめるのでした……
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