第76話 エミルとシオリ
エミルは、指輪の中の【ビブリアード】の導きにしたがい、グレイを走らせていました。
走り続けて十数分。王都の中央区と南区の境目に近い、建てかえ工事の進む人通りの少ない一角で――
『エミル! シオリがいるよ!』
『シオリさんの声です!』
両肩に乗った、目のいいシロンと耳のいいシュガーが、同時に声をあげました。
エミルも目をこらします。百メートルほど先に、深緑色のローブのフードをまぶかにかぶったシオリの姿が見えました。
まわりには、砂色のコートやローブに身を包んだウィザードたちがいて、どうやらシオリは取りかこまれているようです。
エミルは、彼らのおそろいの制服を見て、目を見張りました。
「あれは……"大地の探究者"……!」
大地の探究者とは、序列三位のマスターウィザード、ウォルターが団長をつとめるギルドです。エミルも一度、彼からの依頼で本部を訪れたことがあり、彼らが着ているものは、そのときに見た制服と同じでした。
つまり、いまここでシオリを助けに飛び出せば、確実にウォルターを……マスターウィザードを敵に回すことになるのです。
エミルは走りながら考えました。
シオリがほんとうにロウランを殺したなんて、思っていません。ですが、このまま助けに入れば、まちがいなく自分も指名手配犯の仲間入りです。そうなったら、エイルや故郷の家族、これまでにできた友人たちに、もうしわけが立ちません。そう考えると……つい、ためらってしまいます。
シロンとシュガーにも、両肩を通じてエミルの迷いが伝わっていました。だからこそ、ふたりは声をそろえて言ったのです。
『エミル! こんなとき、おねえちゃんなら!』
『エミルさん! こんなとき、おはなしの主人公なら!』
耳もとに響くパートナーたちの声に、エミルはハッとしました。
そうです。答えが出せないときは、エイルならどうするか、物語の主人公ならどうするかを考える。それがエミルのやりかたでした。後者は、前の冒険でシュガーに教えてあげたことです。
そうだ。お姉ちゃんなら、物語の主人公なら――
――友だちを救うことを、ためらわない!
「シロン!」
エミルが杖を取り出して叫ぶと、シロンは待ってましたとばかりに翼をひろげ、びゅーんとまっすぐ飛び出していきました。
「シュガー!」
シュガーも、それでこそとうなずくように、全身から白い光の粒子をふりまきます。しあわせな気分になる甘い霧――《シュガーミスト》です。
すると、グレイの心はぐんぐんふくらんで、一時的にパワーアップ。さらにスピードをあげていきます。
シオリを包囲する大地の探究者たちのもとへ先にたどりついたシロンは、大きく息を吸い、すさまじい冷気――《ドラゴンフリーズ》をふきつけました。包囲の内側に、氷でできた高い囲いがぐるりとできあがります。
「うわっ!?」
「なんだっ!?」
目の前にあらわれた氷のカベに、団員たちはたじろぎました。
突然、まわりが氷につつまれ、「えっ……」と、シオリも目をまるくします。いったいなにが起きたのかととまどっていると……
「シオリ!」
そこに――グレイに乗ったエミルが、氷のカベをひとっ飛びで越え、シュタッと目の前に着地しました。
シオリがぽかんとしているあいだに、エミルは彼女の体をさっとひっぱりあげ、ふたたび氷の囲いを跳びこえて外へ出ると、そのまま走り去ります。
『まってよー!』
シロンは必死に翼をぱたぱたさせて、グレイを追いかけました。
「……い、いまのは……"雨あがりの聖女"!?」
「至急、団長に連絡だ!」
あっけにとられていた団員たちは我に返り、シオリを取り逃がしたことを"上"の人間に報告しました。
☆ ☆ ☆
シオリを無事に助け出したエミルは、グレイに乗ったまま人ごみをぬい、王都の南区を走っていました。シロンもなんとか追いつき、エミルの肩にもどってきています。
隠ぺい魔法もかけなおしてあり、人通りの多い場所なら追っ手も動きづらいだろう、という判断です。
シオリはエミルの背中にぎゅっとしがみついたまま、たずねました。
「……エミルさん、どうして……?」
それだけの短い言葉に、いくつもの思いが重なっていることを、エミルはわかっていました。
どうして助けに来てくれたのか。わたしが、ほんとうに犯人かもしれないのに。エミルさんも追われることになるのに。エミルさんにかかわる人たちにも、たくさん迷惑をかけることになるのに……
エミルは振り向かず、くすっと笑って答えました。
「そんなの、シオリを助けたかったからに決まってるよ。助けてって、言ってたもん」
あまりにきっぱりと言い切るので、シオリは重ねてたずねます。
「わたしが、犯人かもしれないのに?」
「シオリはやってないって、信じてるから」
「エミルさんも追われることになるのに?」
「なんてことないよ。かくれんぼはお姉ちゃんより得意なんだ」
「お姉さんにもラナさんたちにも、ご迷惑がかかるかもしれないのに……?」
「お姉ちゃんたちも、きっとそうしたよ。だから、わかってくれる」
エミルの答えには、迷いも後悔も感じられません。
シオリは瞳をうるませながら、最後にひとつだけ問いかけました。
「エミルさんは……わたしを信じてくださるんですか?」
エミルは迷わず、こう答えました。
「もちろん!」
シロンとシュガーも、いっしょになって声をあげます。
ああ、やっぱり、この人は……
シオリの目からぽろぽろと涙がこぼれ、エミルにしがみつく腕に、ぎゅうっと力がこもりました。
「だいじょうぶ……わたしたちは、シオリの味方だから!」
「はい……はい……!」
シロンとシュガーはシオリのそばに飛び移り、なぐさめようと、ほっぺをすり寄せました。
そのくすぐったさとぬくもりに、シオリの心はほぐれ、笑顔をとりもどしていきます。
「まずは、どこか安全なところに落ちつこう。そこでくわしい話を……」
エミルがそう言いかけた瞬間でした。
ズザーッ!
『ガルッ!?』
グレイの目の前に、いきなり高いカベがせりあがってきたのです。
「これは……砂!?」
エミルはひと目で気がつきました。
砂のカベはぐんぐんとひろがって、エミルたちをぐるりと取りかこみ、人ごみを押しのけて、完全に閉じこめてしまいました。
『なんですか、これ!?』
シュガーは砂のカベにかこまれた景色を見まわして、あたふたしています。グレイも毛をさかだて、低くうなりました。
「この魔法は……!」
エミルは表情をけわしくして、ぐっと歯をくいしばりました。
この砂のカベは、前に一度見たことがあるのです。その使い手は……
「……君にはつくづく失望させられたよ。エミル・スターリング」
低くて、よく通る声が響き、一行はハッとします。
真うしろの砂のカベに穴があき、男性が二人、入ってきました。
その一人は……このカベを張った張本人。黒いスーツの上に砂色のコートをまとい、銀縁メガネの奥から冷たい目をのぞかせる、ギルド"大地の探究者"団長にして、マスターウィザード……"難攻不落の地星"、ウォルター・ザントブルグその人でした。
「ウォルター、さん……」
エミルはグレイの背からおりて、杖をぎゅっとにぎり、みがまえます。
ウォルターは気にするそぶりも見せず、左手の通信機に話しかけました。
「ウォルター・ザントブルグの名において、王都アストリア全域に告ぐ。現時刻をもって"雨あがりの聖女"……もとい、"反逆者"エミル・スターリングの三等星ウィザードの称号をはく奪し、アストライト王国の名のもと、指名手配者とする」
それは、シオリを逃がした罪で、エミルが正式に犯罪者と認定されたという宣告でした。
シオリは両手で口をおおい、顔を青ざめさせます。
エミル自身も、すべて覚悟のうえでやったこととはいえ、胸がえぐられるような思いでした。ですが、そんな痛みは一瞬のこと。すぐに気持ちを切りかえます。
ウォルターは通信機をポケットにしまうと、しずかに、指輪のはまった右手をかざしました。
「……もっとも、手配など不要か。貴様らは私の手で、いまここで捕らえられるのだからな」
かつてないほど冷たい……いえ、殺気を宿したウォルターのするどいまなざしに、エミルたちは背すじをぞくりとさせました。
けれど、負けるわけにはいきません。シオリのためにも、なにより自分のためにも。
シロンとシュガーも、冷や汗を流しながらも、やる気じゅうぶんです。
かくしてエミルは、はからずも王国最高峰のウィザードの一人と対決することになったのでした……
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